BLOOD/EMETH   作:オンドゥル大使

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第三十五話 それぞれの贖い

 

 見つけ出すのはさほど難しくはなかったのは、機関の情報交換の場を理解していたからに他ならない。

 

 緑地公園でベンチへと座り込み、キザハシは苛立たしげに尋ねていた。

 

「デヴィッド。よりにもよって“オトナシ”のあの子、何も知らずにここに来たようだけれど」

 

「そのようだな。こちらも想定外だが、ジョエルを含む上層部の意向だろう」

 

「あのね……何を考えているんだか知らないけれど、このセクション十五――別名、“養殖場”がどんな場所かも知らずに、実力だけで“サヤ”を紛れ込ませるなんて間違っている。彼女らはいずれ、翼手に献上されるただの肉なのよ? それを知らずに接触すれば、要らない感情移入をしかねない。特に、あの子はね……」

 

「キザハシ、いつになく焦っているようだが、まだ三日ある。オトナシにはそれとなく伝えて、三日間我慢するようにさせるんだ。講演会が我々のメインミッションであって、この養殖場をどうこうする事なんて出来ない。既に出来上がったシステムだからだ」

 

「分かってるってのに……ああ、もう……っ。これじゃあ、三日間、翼手の餌に囲まれて生きて行くだけだったミッションが難しくなってくるわよ……」

 

「先にも述べたが、“偽装死体”が二件出ている。餌の中に捕食者が混じっている状態だ。このままでは危うい均衡の上にある」

 

「……潜入している翼手を始末して、それで三日後まで待て、でしょう? オトナシが同じミッション内容じゃない以上、それが厄介だって言ってるのよ……!」

 

「彼女もすぐに分かる。このエメトピアが、どれだけ虚飾と欺瞞だらけで構築されているのかを。セクション十五の歪みなど、正直なところで言えば児戯だ。こんなところで足を取られている場合でもない」

 

「分かってる……分かってるんだってば……! 説得するのはあたしでしょう?」

 

「あちら側のデヴィッドとルイスにも協力するようには言っている。問題は、オトナシが何もせずに三日間を黙って見過ごすか、だ」

 

「だから、それが厄介の種だって言ってるんじゃないの。あの子はぬくぬくと温室で育ったも同然なのよ。それなのに、養殖場の実態を暴けですって? それこそ……面倒なだけよ」

 

「それでも、任務は任務だ。しっかりとこなせ、キザハシ」

 

 デヴィッドはペーパーバックを片手に立ち去ろうとして、その背中に呼び止めていた。

 

「……それと、もう一個。情報筋は信用していいのよね?」

 

「君にとっての本命か。安心しろ、これは確かな情報だ」

 

「……機関に気取られた様子は?」

 

「ない。今のところ、私で留めてある。ルイスが口を滑らさない限りは、な」

 

「それ、信用なるんでしょうね? ……まぁ、いいわ。三日後の講演会、その時のために、何としても……。邪魔な翼手と、そしてオトナシを何とかしてみせる。それ以外に……あたしの存在価値なんてない」

 

 ぎゅっと拳を固めた自分へとデヴィッドは言い置く。

 

「そこまで思い切る事もないとは感じているが、それでコンディションが立ち直るのならば私は下手な干渉はしない。それがルールでもある」

 

 デヴィッドは立ち去り際に、袋に包んだ手のひら大のものを差し出す。

 

 振り向かずに手に取って、キザハシは顔を歪めていた。

 

 それは――このセクションならば自分くらいの年かさのどの少女でも、身に付けているドッグタグであったからだ。

 

 ある意味では支配の象徴。

 

 しかし、これを付けていれば翼手は少しばかりは油断すると言う考えなのだろう。

 

「……屈辱ね、こんなの」

 

 既にデヴィッドは遠ざかっている。

 

 その背中へとキザハシは一瞬だけ、縋るような目線を向けたが次の瞬間にはその感情を一蹴して、ドッグタグを手首に巻いていた。

 

 自分の分だけではない。

 

 もう一人の“サヤ”の分のドッグタグもあり、キザハシは奥歯を噛み締めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 聞いていないと、未明に連絡があった時点で察するべきだったのだろう。

 

 デヴィッドは真那の追及に応じていた。

 

「……言えば君は、少しは冷静になれたか?」

 

『……いえ。けれど、こんな……! 彼女達は皆……そうなんですか』

 

 詰問の声音に答えなければ不義理になると、デヴィッドは素直に情報を発する。

 

「セクション十五――通称、“養殖場”は機関では知らぬ者は居ない。少女らは十八歳になると同時に、翼手人類へと献上され、ただの肉として消費される」

 

『……分かっていて……私をここに……?』

 

「君にとって残酷だとは承知していたが、上の命令だ。逆らえなかった」

 

 ここで懺悔したところで、真那の心の傷を抉るだけだ。

 

『……今日、チトセって言う子と出会いました。すごくいい子だったのに……彼女も翼手に、喰われてしまうなんて……』

 

「倉橋真那、この世界は無情で、そして冷酷だ。セクションを跨いだ先の事は、君らくらいの少女には知る由もない。もし、その先に自由が待っているのだとしても、誰も知らないまま一生を終えるんだ。それは君からしてみても克明な事実だろう」

 

『……防ぐ方法は、ないんですか……』

 

「……今のところは。しかし、君を送り込んだのは、何も彼女らに同情しろと言う意味でもない。ミッションで述べた通り、三日後にエメトピア中央庁の長官がその学校を訪れる予定だ。君達、“サヤ”には、彼を殺してもらう」

 

『……けれど、“サヤ”に人間は殺せないはずじゃ……』

 

「人間ではない。恐らくは翼手か、それ以上に厄介な手合いだ」

 

 そう断言すれば、きっと真那は迷わずに済む。

 

 こちらの浅い思惑に、彼女は声を震わせていた。

 

『……暗殺のためだけじゃ、ないんですよね……?』

 

 二人も“サヤ”を投入するのだ。

 

 やはり、ある程度は明け透けになるか、とデヴィッドは前髪をかき上げる。

 

「……ああ。“偽装死体”、既に知っているな?」

 

『……翼手がその人間に成り代わって……社会生活を送るための、犠牲者……ですよね……?』

 

「そうだ。奴らは犠牲者の顔と名前を使い、巧みにエメトピアに潜り込む。恐らくは、既にそのクラスメイトの中に二体、潜んでいる可能性が高い」

 

『……でも、私の感覚じゃ、分からなかった……』

 

「平時は奴らも息を押し殺している。“狩り”の時だ、狙うとすれば」

 

 自分の言っている事があまりにも非情であるのは明白だったが、一度、翼手の罠にかかった真那ならば理解も早いはずだと踏んでいた。

 

 事実、真那はそれを予見してか、声を潜ませる。

 

『……誰かを襲う時に、倒すしかない……』

 

「もっと索敵に秀でた“サヤ”が居ればいいんだが……今のところ、君とキザハシに任せるしかない。そう言えば、キザハシとは上手く行っているか?」

 

 自分にしてはらしくない干渉だったのだろうが、真那は言葉を澱ませていた。

 

『……キザハシさん、私なんて要らないって……けれどこれは、養殖場の意味を分かって……?』

 

「そこまでは推測出来ないが、キザハシは君よりも随分と長く“サヤ”の職に就いている。彼女にしか分からない地獄があるのだろう」

 

 キザハシほどの“サヤ”ならば、既に翼手の存在には勘付いている可能性がある。

 

 しかし、そこで真那が足を引っ張ると考えているのかもしれない。

 

『……私、私……っ……! チトセに明日、どんな顔で会えばいいんだか、分からない。分からないん……です……』

 

 どうやらチトセと言う名の少女と随分と打ち解けたらしいが、それは真那にとって残酷な選択をさせるだけの意味合いでしかないのだろう。

 

「……君はミッション遂行まで潜入を続け、そして完遂した暁には痕跡さえも残さずにこのセクションから離脱する。それだけのはずだ」

 

『けれど……! けれど、私……っ! 知っちゃってるんですよ! この世界の事……! こんなセクションのルール……間違ってるんだって! それなのにぃ……っ!』

 

 嗚咽の混じっている真那の声にデヴィッドはあえて突き放すように告げていた。

 

「君一人で世界のルールは変えられない。“サヤ”の力を持とうと、翼手人類に支配されている以上、どうしようもないんだ」

 

『……こんな惨いのが、世界のルールだって言うんですか……っ! 何の展望もなく……翼手に喰われるなんて事が……!』

 

「君だって、知らなければこちら側の事情など感知もせずに一生を終えていただろう。倉橋真那、俺から言える事は一つだけだ。――感情移入するな。この養殖場に居る間は、他の人間は皆、別の倫理観で生きていると思え」

 

 そこでデヴィッドは一方的に通話を打ち切る。

 

 これ以上喋れば、きっとどこかで自分は真那を慮ってぼろが出るはずだ。

 

 そうなってからでは、ミッションの成功の是非は問えない。

 

「……冷酷なデヴィッド、か」

 

 自嘲気味に告げてから、ドアをノックする音を聞いていた。

 

「どうぞ」

 

 現れたのはルイスであった。

 

 彼はもう一人、灰色の髪の壮年の男性を連れ立っている。

 

「……キザハシの“デヴィッド”か」

 

「ちょっと怪しい動きが目立ったんで同行してもらった。そっちに隠し立てがないんなら、解放するつもりだ」

 

 ルイスに促され、椅子へと座り込んだ壮年のデヴィッドは、どこか憔悴したような眼差しを床へと落としていた。

 

「……あなたが隠し事をしていないのならば、越権行為で我々を排除出来ます。しかし、もし……万に一つでもキザハシの“サヤ”にだけ、何か情報を横流ししているのだとすれば、それは機関への背信行為となる」

 

「聞いているよ。イザヨイの“デヴィッド”と“ルイス”が裏切っていたせいで、そういう風に立ち回っているんだろう? しかし、私が君らに詰問される側になるとはね」

 

 ルイスを顎でしゃくり、相手の首筋へと彼は注射器を押し当てていた。

 

「隠し事がないんなら、ちょっとした夢見心地で終わりますよ、っと。けれど、もし、あんたの心の中に何か一つでも懸念事項があるんなら洗いざらい吐く事になりますが」

 

「……機関のデヴィッドとルイスの質も上がったものだ」

 

 皮肉たっぷりに告げられたその言葉にルイスは注射器を押しつけて、内容液を流し込んでいた。

 

 痙攣した相手は、最早機関の“デヴィッド”ではない。

 

 取り調べには、時間がかかるのを承知して、自白剤を含ませてある。

 

「……さて。あなたは腐っても、組織にとって有益な働きをしてきた。自白剤一個で何もかも吐くようには訓練されていないのは分かっている。だから、ここからは我慢比べになる。自白剤の効果が切れるのが先か、あなたがキザハシに何を言っているのかを俺達が言い当てるのが先か」

 

 どこか自嘲気味に、相手は瞼を震わせて声にする。

 

「楽しくなりそうだな、若造ども」

 

 

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