BLOOD/EMETH   作:オンドゥル大使

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第三十九話 何もない明日が待っていても

 

「――だってさ。涙ぐましいわね」

 

 自嘲気味に口にしたキザハシは、今にも吹き飛ばされかねない風圧の中でこちらへと殺意を剥き出しにする上級翼手を目の当たりにする。

 

「見た目は28号と変わりはなく……か。出来れば能力も代わり映えのないほうがいいんだけれど」

 

 吼え立てて敵が鉄道の天蓋へと根を張るようにして、袖口より伸長した器官を巡らせているのを睨む。

 

 やがて、車両そのものがまるで肉体のように血脈を滾らせていた。

 

「……まさか……」

 

 直後、上級翼手の血脈の宿った車両が暴れ馬のように叩き起こされる。

 

「……無生物を生物に変異させる……厄介な敵ね」

 

 それ自体が敵の肉体の一部のように上級翼手は残骸となった車両を振るう。

 

 膂力はこれまで遭遇してきた上級翼手の中でも指折りだろう。

 

 キザハシは振るわれる車両そのものを槌のようにした攻撃網に軽く身をかわしながら思考を巡らせる。

 

「……下手に距離を取れば下策。ならば……」

 

 刃を逆手に握り締め、キザハシは直後、内奥より発する赤い血の呼び声に応じていた。

 

 真紅の煙が巻き起こり、自我を染め上げて行く中で、キザハシは疾走していた。

 

 その煙の一地点を狙い澄まし、太刀を振るう。

 

 接触地点より火花が散り、車両の重量が肉体を押し潰さんとする。

 

 上級翼手が勝利を確信しての哄笑を上げていた。

 

「……あんた達には、勝利の笑いなんて、永劫に似合わない」

 

 片手を翳し、翼手の肉体の一部と化した車両へとキザハシは神経を駆け巡らせていた。

 

 血の一滴――その集中を極め、車両を流れる血潮の対流を関知する。

 

 キザハシが指先を這わせた、その直後には操られていた車両が動きを縫い止めさせる。

 

 敵も何が起こったのかまるで理解してないようであったが、教えるような愚は冒さない。

 

 時速三百キロ以上で線路を経由する車両を蹴り上げ、キザハシは瞬間的な加速度を帯びて上級翼手の懐へと飛び込んでいた。

 

 驚嘆に相手が目を見開いたのを大写しにし、下段より刃を振るい上げる。

 

 両腕が吹き飛び、車両がエメトピアの白亜の建築物へと突き刺さる。

 

 決壊したように割れた車両から大量の鮮血が溢れ出していた。

 

「無生物を体内と一定化する能力があるって言うのなら、それが“サヤ”にもないと思った? ある程度使役下にあるものならば、それはあんた達の肉体と同じ。血に干渉する“サヤ”の能力を、嘗めない事ね」

 

 キザハシの指先は僅かに切れ込みが入り、そこから呪詛の血が滴っている。

 

 ――車両へと血を沁み込ませ、一時的に制御を奪った――説明したところで上級翼手に理解は不可能だ。

 

 その証左のように――敵の頭蓋には打ち下ろされた一閃が叩き込まれている。

 

 両断されたその顔を震わせたまま、上級翼手は絶命していた。

 

 その肉体から力が失せ、車両から滑り落ちて線路と車輪の間へと噛み潰されていく。

 

「……それにしても、妙な能力持ちだった。オトナシを守りながらじゃ、こんなの倒せない……」

 

 キザハシは犠牲となった車両連結部から押し入り、今でも内部で蠢いているであろう28号翼手へと急いでいた。

 

「……連れは生きてはいないか」

 

 如何にオトナシが優れた“サヤ”とは言え、これは理不尽であっただろうか。

 

 否、理不尽など踏み越えて行かなければ、“サヤ”の宿業は容易く彼女の精神を叩き伏せるであろう。

 

 キザハシは降りた途端――周囲を満たす死臭に顔をしかめていた。

 

「……オトナシ……サヤ……」

 

 絶句したのはその惨憺たる光景にであった。

 

 すすり泣くチトセへと、手を伸ばすのは血濡れの少女――。

 

 全身に翼手の血糊と臓物を浴びた“オトナシ”の“サヤ”が、チトセへと声をかけていた。

 

「……大丈夫、だから。チトセは、私が……守る、から……」

 

 切れ切れの声は如何に28号翼手の群れとは言え、損耗した様子の音無小夜を壮絶に染め上げていた。

 

 チトセは何度も戦慄いた目線を音無小夜へと投げる。

 

「いや……っ、いやぁ……っ!」

 

 その拒絶に真紅の戦闘色へと染まった音無小夜の瞳が収縮する。

 

「……いけない」

 

 反射的にキザハシは彼女とチトセの間に割り込んでいた。

 

 刃が打ち下ろされる前に火花が散る。

 

「……我を忘れる気?」

 

「……私……は……」

 

「深呼吸なさい。あんたも一端に“サヤ”を名乗るって言うのなら、出来るわね?」

 

 呼吸を再開しようとして音無小夜は何度も咳き込む。

 

 身を折り曲げて後ずさった音無小夜は頬を伝う熱を血溜まりへと滴らせていた。

 

「……私……チトセを守りたかったのに……っ! 衝動に負けて……」

 

「……いえ、よくやったほうよ。28号翼手は……全滅したみたいね」

 

 紛れ込んでいる上級翼手が潜在的な翼手を覚醒させ、そしてこちらを関知して一斉に襲ってきたと言うわけか。

 

 その筋立てが簡単に読み取れるだけに、キザハシは苦いものが浮かんだのを感じる。

 

 翼手の目的は短絡的だが、それでもこのセクションで“サヤ”として継続戦闘は難しくなっていく。

 

「……残り二日だってのに……作戦続行不可能なんて、許さない。聞いているわね、ジュリア」

 

『ええ、つつがなく。それにしたって……無茶をしたわね、オトナシさん。少し、休息が必要かもしれないわ。一度、そのセクションからの離脱命令がじきに――』

 

「冗談。ここまで来たんならなおの事、オトナシを離脱させるわけにはいかなくなった。相手は相当な策を講じてきている。それは即ち、あんた達、機関の思惑通りって事でしょう?」

 

 反吐が出る。しかし、ジュリアがすぐに返答しない事でそれは確定的になった。

 

『……あなた達を死なせろという命令には、さすがに首を振れとは……』

 

「けれどそうでしょうに。あんただって今代の“ジュリア”でしかない。先代より賜った矜持くらいはあるでしょう? 原則として、現場判断の“サヤ”には逆らえない」

 

『……この状況を作り出した犯人を、炙り出すとでも?』

 

「と言うよりも、見え見えなのよ。あたしとオトナシ、この二人での合同任務。何かがないとは言わせない。ワイズマンの連中とあの鼻持ちならない長官殿は何を考えているの? 裏がなければ“サヤ”を養殖場に二人も投入しておいてこのザマじゃ、アシッドに出し抜かれる。勝てる算段があると思っていいのよね?」

 

 暫時の沈黙の後に、ジュリアは自分とオトナシの首輪型の通信端末を震わせていた。

 

『……私も確定事項として聞いているわけではないけれど、セクション十五をただの現場として押さえるだけじゃない。上には目論見があるのよ。私にだって、“サヤ”二人の暗殺任務なんてどうかしているとしか思えない』

 

「少しは信を置いていいのよね? まぁ、とは言っても、“ジュリア”でしかないあんたなんて、情報開示要求があれば拒めない身分なんだけれど。所詮、あたし達、“サヤ”のメンテナンスが仕事だものね。いえ、もっと言えば“SAYA”と言う事象の解明、かしら?」

 

『肉薄はおススメしないわよ、キザハシ。あなたは前に出過ぎている』

 

 警句は恐らく、通信越しであったが煙草のにおいを感じさせた。

 

 彼女は秘匿すべき事項がある時、よく喫煙に逃避するのは自分も知っての事だ。

 

 組織の“サヤ”として長ければ、それも当然の知識。

 

 幻想の紫煙を払うように、キザハシは手を振る。

 

「……あんたが言葉を詰めるなんてよっぽどよね、ジュリア。所詮は組織の子飼いでしかないっていうスタンス、崩さないんじゃなかったの?」

 

『私だって長生きはしたい。あなた達の事を心配なの当然の帰結でしょう?』

 

「……嘘つき。サンプルが死ぬのが困るだけでしょう?」

 

 ジュリアはあくまでも柔らかな言葉振りを続けて時間を稼ぐ算段らしい。

 

 キザハシは付き合っていられないと即座に命令の声を飛ばす。

 

「処理班をすぐに。さすがに養殖場のセクションとは言え、切り離すのは惜しいでしょうに」

 

『受理しておくわ。キザハシの“サヤ”からの命令として』

 

 舌打ちを滲ませて、キザハシは茫然とするチトセへと視線を振っていた。

 

「……あなた達は何……」

 

「ジュリア。目撃者一名。どうする?」

 

 刃を突き付けると、チトセは短い悲鳴を上げて血の広がる床へと手をつく。

 

 翼手の血液に触れた途端、チトセは錯乱に陥りかけていた。

 

 発狂すれば殺害も厭わない――そう判じたキザハシであったが、音無小夜は彼女を抱擁していた。

 

「……何を……」

 

「もう……取りこぼしたくないの、キザハシさん……! 組織の排除は待って……待ってください……」

 

「それは懇願? それとも“サヤ”としての提案かしらね?」

 

 切っ先を向けると、音無小夜は血に濡れた刃を突き付け返す。

 

「……これは……誰でもない、彼女の友達になってしまった……ヒトとしての、お願い……」

 

「そう。即座に後者を選んだのならまだ、理解はあったのにねぇ……ッ!」

 

 太刀を振るいかけて声が遮っていた。

 

『待て、キザハシの小夜にオトナシの小夜。僕からの命令だ。これ以上の戦闘継続は推奨しない』

 

「……ジョエル? へぇ、隠居している長官殿が自ら繋ぐなんて、珍しい事もあるものね」

 

 斬撃が届きかけて、互いの刃が硬直する。

 

「……ジョエル……? 何で、この命令系統に……」

 

『僕からの直通だ。君らは引き続き、セクション十五に留まって欲しい』

 

「留まって欲しい、なんてもったいぶった事を言わないで、あんたはあたし達を縛れるでしょう?」

 

「……ジョエル。私はまだ……作戦を続けていいの……?」

 

『確約しよう。処理班を既に向かわせてある。目撃者は一名との事だね? なら、その一名に留めておけるのならば、作戦に支障は何もない。講演会の事も不備がない限りなら現場判断に委ねる』

 

「……言うじゃないの。そんな余力なんてないクセに」

 

『このままアシッドに嗅ぎ回れるくらいならば、少しのヨゴレは引き受ける。その覚悟はあると思って欲しい。それに、二体の翼手は排除された。脅威判定は下がりつつある』

 

「……って言っても、ミッションの終了ではない。あくまでも、講演会が、あたし達のメイン……」

 

『理解してくれたかな? オトナシの小夜も』

 

「……一つ、質問が」

 

『何かな? 可能な限り応じよう』

 

「……もうすぐ、セクション間トレインが終着駅に着きます。そこで降りても……いいでしょうか?」

 

 僅かな沈黙の後に、ジョエルは応じていた。

 

『……オトナシ。君も僕に斬りかかった時に感じたはずだ。この世界はほとんど一ミリの隙間もない、閉鎖された理想郷なのだと言う事くらいは』

 

「それ……でも……っ。自分の眼で確かめたいんです……!」

 

 強い論調にジョエルは一拍の呼吸を挟み、なるほどと口にする。

 

『……いいだろう。目撃者に関して、キザハシ、君の継続監視を命じる。それとオトナシも。それが終われば、作戦に戻れ。別命あるまで待機、以上』

 

 一方的に通信は切られ、キザハシは刀を鞘へと納めていた。

 

「……いつだって、あっちの都合ばっかり……! ねぇ! オトナシ! ……分かっているんでしょう? 終着駅に何が待っているのかくらいは」

 

「……それでも。希望を自分から手離したくはないんです……」

 

「……希望、ね」

 

 どれもこれも虚飾。

 

 どれもこれも、無知蒙昧でしかない。

 

 分かり始めているはずだ。

 

 この一分の隙間なく敷き詰められた白の楽園には――彼女らの望んでいるような自由は存在しない。

 

 それでも音無小夜はチトセへと声をかけていた。

 

「……チトセ……? 私のときめきに……付き合ってくれる……?」

 

「……音無さん……」

 

 少し落ち着き始めている経過に、キザハシは舌打ちを滲ませる。

 

「……勝手にするといいわ。オトナシ。言っておくけれど、こんな形作られただけの理想郷、どこに行ったってこんな調子よ。……それでも、自分の眼で絶望したいって言うのね?」

 

 音無小夜は首肯し、チトセへと手を伸ばしていた。

 

 血濡れの指先を、今度はチトセは拒絶しない。

 

 しかしそれは、決して許されたわけではない。

 

 他でもない、“サヤ”の名が背負う宿業からは。

 

『間もなく、セクション十五、終点です。お降りのお客様は、通行証をお持ちの上、お忘れ物のないようご注意ください』

 

 アナウンスが無人の車両に木霊する。

 

 壮絶なる殺し合いが繰り広げられた車両が緩やかに駅舎へと停車し、扉が開かれていた。

 

「……行こう。チトセ」

 

 無言で頷いたチトセの背後にキザハシが付く形で、彼女らは白亜の構造物たる終着駅に降り立っていた。

 

 先ほどまでの凄惨な現場とはまるで隔絶した、無菌の白だけが広がっており、チトセと音無小夜は息を呑む。

 

「……これが……セクションの終点……」

 

 ――そう、自分は既に知っている。

 

 セクションのトレインが行き着く終着駅。

 

 エメトピア中央庁へと続くはずの駅舎は余すところなく白に染められ――他の景色はないのだと言う事を。

 

 まるで唐突に無音の世界へと降り立ったかのような光景。

 

 無機質なだけの白は、逆に突き放す色彩であった。

 

 求めるように、あるいは色を求めて喘ぐように。

 

 何かを声にしようとして、何もかもが結実せずに霧散していく。

 

 呼吸でさえも、この場においては異物でしかない。

 

 生物の脈動も、ヒトの血潮も、何もかもを排した完全なる理想郷の姿。

 

 書き割りのように、あるいは窓のように。

 

 風景を描いた絵画だけが等間隔に居並び、この白の空間にて息吹を誇っている。

 

「生き物なんて一匹だって居ないわよ」

 

 音無小夜の言葉を先回りして、キザハシは冷徹に告げる。

 

「……何で……」

 

 白の山稜の絵画。

 

 雪景色と呼ばれる、決して到達する事のない過去の遺物でしかない記録情報を投射し続ける。

 

 そしてその中には、灰色に染まった水溜りの景色もあった。

 

 何度も寄せては返す水墨の景色に、音無小夜は握り締めていた刀を取り落とす。

 

「……これ、は……」

 

「分かっているはず。この絶対の楽園たるエメトピアでは、これが“海”なのよ」

 

「海……? こんなものが……海だって言うの……?」

 

 色彩を永劫失った景色しか、自分達には許されていない。

 

「分かったでしょう? これがあたし達に許可されている領域。……大方、流言に惑わされたんでしょうけれど、組織の“サヤ”の手に在るのは、血の赤だけなのよ。他の色なんて、誰も見た事がない。与えられた即席の色彩を永劫だと教えられて、あたし達は大人になる前に、生物兵器として徴用されるだけ」

 

 全てがその意味に集約されるなど、自分の口から告げるつもりはなかった。

 

 最も深い絶望は自分の眼で確かめれば、音無小夜とは言え、もう惑わされずに済むのだと。

 

 しかし彼女は、この現実を否定するかのように声を震わせる。

 

「……こんなのが、海……な、わけじゃない」

 

「オトナシ。らしくない感情を浮かべて、希望なんて――」

 

「違う……! 違う、違う……! 私はあの日、見た! 店長の端末越しだったけれど、けれど確かに……! どこまでも広がる水平線を! 青の世界を……海、を……っ」

 

「……音無さん。帰ろう。私、ここまで音無さんが連れてきてくれただけでも……それだけでいいよ。死ぬところだったんだもん。助けてくれたんでしょう?」

 

「違う……それも、違う……ぅ……っ。私は……こんな終着点のために、チトセを連れてきたわけじゃ……」

 

 キザハシは首筋の通信機へと指を添え、問い質す。

 

「……分かっていて、静観したんでしょう。あんた達は、いつだって」

 

『……彼女の選択肢よ。だから、今回の任務が下りた』

 

 ジュリアの冷徹な言い草も、自分の知る限りでは変わらない。

 

 だが、音無小夜は膝を折っていた。

 

 心底絶望し切ったか。この何もかもが管理された、偽りの世界に。

 

「……チトセ、私……」

 

 謝罪でもするのだろうか、と窺っていたキザハシは直後に相貌を上げた音無小夜に息を呑んでいた。

 

「……私、こんなところで絶対に……めげない」

 

 音無小夜の決意の言葉にはチトセも面食らっているようであった。

 

 彼女はチトセの手を取り、再び声にする。

 

「私は……絶対に……! こんなところで絶望しない! だって、チトセを……海に連れていくんだって約束したんだから。だから、ここが終着点だなんて思わない。どこか……どこかは分からないけれど絶対に……! 海はあるんだって、言いたい……!」

 

 しかし、その声音は震えている。

 

 きっと全てを諦めてしまいたいに違いないのに、それでも音無小夜はチトセの胸に浮かんだ希望を捨て去ろうとはしない。

 

 ――その子は翼手に喰われるっていうのに……。

 

 それが最善なのだと教え込まれてきたセクションで育ったのだ。

 

 最早、究極的には幸福も、ましてや将来への展望もあるわけがない。

 

 だというのに、音無小夜はチトセの手を握り締めて誓う。

 

「……私が絶対に助ける……だから、諦めないで欲しい。チトセにはきっと……きっと、未来があるんだから……」

 

「……ジュリア。こうなるって分かっていて、許諾したわけじゃないでしょう?」

 

『……それは当然でしょうね。でも、まさか彼女が……そこまで思い切れるなんて。計算外よ』

 

 音無小夜はチトセへと今にも崩れ落ちそうな笑顔を向ける。

 

 そんな壊れ落ちる直前のような虚飾で、チトセの未来が変わるはずがない。

 

 それでも――音無小夜はこの絶対的な支配に屈しなかった。

 

 白に染まった鳥籠の証明。

 

 この世に計算されていない事象などない。

 

 あまねく全ては、エメトピアと言う理想郷へと貢献するべくして存在する。

 

 それは養殖場の少女達然り、自分達のような“サヤ”然り。

 

 だと言うのに、抗うと言うのか。

 

 この終わりのない宿業へと。

 

 終わりのない、闘争の宵闇に。

 

 それはまるで、消え行く直前の灯火のように意味を持たないものでありながら、最も熱を発する言葉であった。

 

「……あたしが、打たれてるって? こんな……つい最近まで、“サヤ”じゃなかった子の決意程度に……」

 

 音無小夜の言葉は詭弁だ。

 

 その場限りの、ただの現実を見ない逃避でしかない。

 

 しかし、チトセの頬を伝ったのは涙の雫であった。

 

「……信じて……いいの? 私達でも、生きている意味があるって……」

 

 チトセの心を動かした音無小夜は笑顔を絶やさずに首肯する。

 

「……うん、うん……っ! だって、チトセは翼手なんかのために生きてるんじゃない。自由になるために……生きているんだもの……!」

 

「音無さん……」

 

 茫然自失のチトセへと音無小夜は抱き締めていた。

 

 その強い抱擁で彼女の中の迷いと恐怖を掻き消さんとするかのように。

 

「大丈夫……っ! 私達、“サヤ”が、そのためにあるのなら……きっと大丈夫……っ!」

 

 半分は自分に言い聞かせているのだろう。

 

 キザハシはこれを傍受しているはずのジュリアへと、首輪に手を添えて問いかける。

 

「……これも想定内?」

 

『……いいえ。誤解して欲しくないのは……あなた達をただの兵器としてだけでしか、見ている人間ばかりじゃないと言う事よ。きっと……あの子には何かがあるのね……』

 

「何か、ね。それが明言化されないようじゃ、結局のところ理解者なんて……」

 

 キザハシは身を翻す。

 

 処理班が訪れ、トレインを清掃していくのを目の当たりにする中で、胸に湧いた一滴の感情を持て余していた。

 

 ――もし、今代の音無小夜のような人間ともっと前に出会っていれば自分は……。

 

 しかしそれは益体のない考えに過ぎない。

 

「……馬鹿よね、あたしも。とっくに手離した理解なんて代物を……誰かに見るなんて」

 

 それでも、ただ一つ。

 

 泣きじゃくり始めたチトセに、泣き顔を見せないように強く努める音無小夜の努力と度胸だけは買おうと、視線を背けていた。

 

 

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