BLOOD/EMETH   作:オンドゥル大使

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第四十二話 禁じられた再会

 

 絶句する人々の中で、立ち上がって声を上げたのは、キザハシであった。

 

 椅子を蹴り上げ、舞台の上のレクディを睥睨する。

 

 まるで怨敵でも見つけ出したかのように。

 

 その段になって、チトセが気づいていた。

 

「……あっ、そうだ……。階さんに、レクディすごくそっくり……」

 

 真那も遅れながらにその事実に勘付く。

 

 ――しかし、どうして?

 

 愚かにも自らの内奥に問い返した真那は、キザハシが松葉杖を捨てて剣を抜刀の形で腰だめに構えたのを目の当たりにする。

 

「……何を……! キザハシさん!」

 

「……ここで止めるなんてやめてよね、オトナシの小夜。あんたは黙って、もうすぐ現れるエメトピアの役人を殺せばいい。あたしの目的は――最初からレクディ、あんたよ」

 

 息を呑むほどの殺意。

 

 これほど純然たる殺気には今まで中てられた事のないほどの。

 

 だが、真那には理由が分からない。

 

 レクディを狙う理由も、そしてキザハシが今にも飛びかからんと殺意を剥き出しにしている理由も。

 

 だが、舞台の上のレクディはその言葉を受けてはにかんでいた。

 

『まぁ、姉様! ここに来ていたのね!』

 

「……ねえ……」

 

「さま……って……」

 

 チトセと共にその言葉にうろたえている間にも、キザハシは講堂の椅子を蹴って、一足飛びにレクディへと躍り上がる。

 

「……あたしを……姉と――」

 

 鯉口を切られ、銀の閃光が舞い遊ぶ。

 

 スポットライトを引き裂く一条の信念が今、打ち下ろされていた。

 

「呼ぶな!」

 

 レクディへと振るわれたキザハシの迷いのない血の一閃はしかし、同じく白銀の太刀で塞がれる。

 

「……あの姿は……!」

 

 真那はレクディの真正面に立ち現れた黒衣の外套に言葉を詰まらせていた。

 

 色素の薄い白磁の肌が、照明を浴びて薄く輝く。

 

「困りますね、キザハシの“サヤ”」

 

「……シュヴァリエ……!」

 

 キザハシの覚悟の一撃を叩き伏せ、直後に膝蹴りが彼女の腹腔へと食い込んでいた。

 

 その肉体は講堂内を吹き飛ばされ、激しくかっ血する。

 

 真那は覚えず立ち上がり、隠し持っていた刃を突き出さんとする。

 

 その手を取ったのはチトセだった。

 

「……やめて……行かないで、小夜……」

 

 彼女は何度も懇願するように、頭を振る。

 

 その目尻から溢れ出した涙に、今は報いられない。

 

「……シュヴァリエは私達の敵。だから、待っていて、チトセ。きっと、私は帰ってくるから」

 

 その手を引き寄せる。

 

 あたたかい、魂の芯のある「人間」の温度。

 

「約束……だよ?」

 

 一つ頷き、真那は青い加速の旋風を帯びて、一気に舞台上へと援護に出んとする。

 

 まだデヴィッド達の指示はないが、この状況では明らかにシュヴァリエを排除するのが先決のはず。

 

 そう断じて、真那は刃を握っていた。

 

 黒い外套のシュヴァリエはこちらを一瞥するなり、なるほど、と呟く。

 

「……また、貴方達ですか。どこまでも、人界はまかりならぬものですね」

 

「……前回とは、違う……!」

 

 そう告げた途端には、真那の意識は赤い衝動へと塗り替わっている。

 

 殺戮の思惟が脳内を漂白し、要らぬ考えを押し流していく。

 

 全てが児戯、と判定した真那は瞬間的にシュヴァリエへと斬りかかっていた。

 

 シュヴァリエは硬質化した片腕を振るい、何度か交錯するも自分相手に時間を取る様子はない。

 

「……今回は、彼女のほうが先なのですよ。貴方に構っている時間はない」

 

 一撃で大きく弾き飛ばされた瞬間、真那はいつの間にか舞台袖からレクディへと歩み寄った白スーツの紳士を視野に入れる。

 

「……何者……」

 

「何者、とは。機関の走狗も教育がなってない様子。それとも、わたしの事など知らされずに? いやはや、参りましたね、これは。それよりも、レクディ」

 

 紳士はレクディへと傅き、その手へと口づけを果たす。

 

「あなたの歌は素晴らしい。だからこそ――奏でてください、世界を壊す歌を」

 

 レクディはうろたえずにその言葉に対し、ふふんと鼻を鳴らす。

 

『いいの? また、みんな――死んじゃうわよ?』

 

「構いません。どうせ、ここは養殖場。ここに居るものは皆――人間であって人間ではない」

 

 レクディが再びマイクを手に取りかけて、キザハシは獣のように講堂の一部を吹き飛ばす。

 

「……させない……! レクディ、あんたを……殺す!」

 

『まぁ、姉様! 私にそこまで構ってくださるの? 嬉しいわ、嬉しいわ! だってあの日以来じゃない! 私達、引き離されたのよ! この世界を覆う悪意によって!』

 

「……何を言って……」

 

 真那が戸惑いを浮かべた数秒の瞬きの間に、キザハシは己の躯体を流れる血を全身に行き渡らせていた。

 

 刃が赤い残火を帯び、血の剣閃がレクディへと薙ぎ払われる。

 

 それを軽い調子で受け流したのは黒衣のシュヴァリエだ。

 

 火花が散るのに反比例して、シュヴァリエは姿勢さえも崩さない。

 

「退きなさいよ……あんたは!」

 

「そうはいかない。それにしても、相変わらずだな、キザハシの“小夜”。僕が見ていた時から、何も成長していないじゃないか」

 

「黙れ……黙れ黙れ黙れ黙れ、黙れぇ――ッ! その姿と声で! あたしの前でさえずるなァ――ッ!」

 

「――そうはいかないだろう。僕は君の“デヴィッド”だったのだから」

 

 口にされた意味が、真那には何一つ理解出来ない。

 

 キザハシが獣の本能を剥き出しにして戦う理由も、黒衣のシュヴァリエが語った意味も。

 

 そして――紡がれ行くレクディの歌声も。

 

 反響したのはこれまでの歌ではない。

 

 講堂内に響き渡るのは――悪鬼の唸り声だ。

 

「……う、そ……」

 

 振り返った真那は周囲を満たす“声”に言葉を失う。

 

 次々と肉体を変異させ、骨格を軋ませて女生徒達が翼手へと変じていく。

 

 その有様はまるで悪い夢のようであった。

 

 先ほどまでレクディの歌に感じ入っていた理性は消え失せ、獣の野生だけが突きつけられる。

 

「……チトセ……? チトセは……?」

 

 獣の群れの中で真那はチトセを発見する。

 

「チトセ……!」

 

 駆け出そうとして耳朶を打った“声”に足を止めていた。

 

 内奥より呻り声を発し、チトセの肉体が折れ曲がって膨張する。

 

 やがて風船のように黒い肉腫が弾け飛び、チトセが伸ばしたはずの手は薄汚い爪と成り果てていた。

 

「……いや……っ」

 

 真那はその場に膝を折り、堰を切って溢れ出した悪夢を前に慟哭する。

 

「……“サヤ”を名乗るにしては、あまりにも脆いですね。目の前でオニゲンが翼手に成っただけだと言うのに」

 

「……オニ……ゲン……?」

 

 涙に濡れた頬で真那は舞台上の白スーツの紳士へと向き直る。

 

 彼は襟元を正し、嘲る笑みを浮かべていた。

 

「知らなかったのですか? ここは養殖場。我々、エメトピア上級層が食しても無害なように調整された潜在翼手――即ち、“オニゲン”を作り上げるためのセクション。彼女らはいずれ、エメトピアの中央庁で卸されるはずだったのですが、仕方ありません。あまりにも惨いですが、レクディ。あなたの能力を見定める必要があったので」

 

 舞台へと上がってくる獣――オニゲンへと、レクディは歌を止めて、マイクを引き抜く。

 

 白銀の仕込み刃が舞い、レクディは自らの血を沿わせてオニゲンの腕へと突き刺していた。

 

 途端、オニゲンの爪が砕け、巻き起こったのは――。

 

「……結晶化、現象……? けれど、でもそれは……」

 

「あなた方、“サヤ”の持ち得る力。まさか、本当に何も知らずに? それにしては、あっちの彼女は全てを分かっていて、仕掛けたようですが」

 

『……これ、本当に嫌になる。どこへ行っても、どこでライブをしてもそう。本気で歌うと、世界が壊れるのよ。その度に、掃除。私の血は、だって理想郷(セカイ)を壊すもの』

 

「その力は我ら、アシッドのために」

 

 恭しく頭を垂れた男の言葉に、真那は硬直していた。

 

「……アシッド……? まさか、それはでも……」

 

「……そこまで無知ではないでしょう? 機関の“サヤ”。あなた達の敵ですよ、わたしはね」

 

 瞬間――全ての思考回路は無意味に焼け落ちていた。

 

 残りカスのような殺人衝動だけが真那の内部に沈殿し、真紅に染まった肉体が躍動する。

 

 跳ね上がった真那は白スーツを両断せんと刃を振るい上げたが、その攻撃は中断されていた。

 

「……何で……ッ……! ころせ、ない……?」

 

「なんと! 噂は本当でしたか。“サヤ”は人間だけは殺せない、と言うのは!」

 

 歓喜に身を震わせた相手へと、刃を見舞おうとするがどれもこれも相手に届く前に霧散する。

 

 白スーツの紳士は後ずさりながら、嘲笑を浮かべていた。

 

「これは、自分の身で証明出来たのは僥倖でしたよ……! やはり、“サヤ”! あなたは来るべきだ! 我々、アシッドの下に!」

 

「誰が……! お前達なんかに!」

 

 壁を蹴りつけ、青い加速の速力を纏って、真那は講堂を駆け巡る。

 

 途中でこちらを遮らんとするオニゲンを残火が迸った血の刃で断ち斬り、すべからく結晶化させて足蹴で打ち砕く。

 

 最早、衝動だけで戦っている魔物に等しい。

 

 真紅の瞳を見開き、真那は再び白スーツへと仕掛けようとしていた。

 

「……お前は……お前達だけは……!」

 

 白スーツが高笑いを上げる。

 

「自らで仮説を証明出来るとは! これに勝る喜びはない!」

 

 確実に――獲った。

 

 そう判断した真那の太刀筋はしかし、舞台袖から現れた人影に封殺される。

 

「駄目じゃないか、ラビ。ここまで無茶苦茶にしてしまっては、僕がジャンヌ達に申し訳が立たない」

 

 真那の渾身の殺意の刃は――その人物の指先だけで抑え込まれている。

 

「な、に……」

 

 柔らかい相貌を照明の光に滲ませて、訪れた青年は微笑みかける。

 

「……はじめまして。いや、久しぶりかな。また、君に逢えた。――小夜」

 

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