BLOOD/EMETH   作:オンドゥル大使

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第四十五話 終わりの淵にて

 

『現場は酷い状況だと、そう伝え聞いている』

 

 ワイズマンの査問会に囲まれ、ジョエルは両手を上げていた。

 

「参ったと言うのはそれもあります。まさか、“オトナシ”の小夜のデヴィッドとルイスが真実を知るとは。僕の想定外だ」

 

『加えて、エメトピアの王たる、七原文人の生存と、そしてケース38の露見……どれもこれも君一人の首が挿げ代わるだけでは収まらない』

 

「それも意外だったのでしょう? 本当にあの場に来ていたのか、七原文人は。“サヤ”が二人も居て、仕留め損なったとは。機関の沽券に係わる」

 

 自嘲気味に告げた自分に、ワイズマンからの追及が飛ぶ。

 

『事態は好ましくないほうへと転がりつつある』

 

『左様。加えて、レクディをアシッドの連中に奪われた。いや、あれは自分の意思で向かったようであったとの報告だが、その真偽も不明。我々としては脅威判定が引き上がった事になる。ケース38――Sコードに相反するDコードを持つ双子のキャリアーの“SAYA”、その一方がアシッドの手になかったのは奇跡的であったのだ』

 

『奴らは王の復活と共に、こちらを本格的に潰しにかかる。セクション三十七のように、焼き尽くされる程度で済むかどうかは分からんのだぞ』

 

「だったら、僕らにとっても優位となる。翼手人類を殺し尽くし、その果てに平穏を刻むのです。何ら可笑しくはない。これまで通り、小夜は任務を遂行すればいい。それが早まっただけでしょう?」

 

『……全て、自分の手の上にあるとは思わない事だ』

 

『ジョエル。貴様の手中になかった小夜を招集する。知ってはいるだろう? “アマミヤ”の小夜を、機関へと呼び戻す』

 

「……アマミヤは、任務を継続中だったのでは? いいんですか? アシッドに一番近づいた小夜でもあるのに」

 

『イザヨイの裏切りもあった。現状、機関に所属する小夜は一度経歴の洗い出しをすべきだ。少しでも我々に叛意があると判定すれば』

 

「なるほど、処刑すべし、ですか。しかし、小夜は貴重な翼手人類へのカウンターですよ? それをいたずらに潰し合わせていいはずがないでしょう」

 

『無論、我々は手を打つべきだろう。アシッドの者達が駒を揃える前に、こちらが打ち勝つ。それがエメトピアという楽園を追われた……我々純正人類の持つ抵抗策だ』

 

 ワイズマンの気配が掻き消えてから、ジョエルは呟いていた。

 

「……楽園を追われた、か。それは一方の価値観でしかないんだが……まぁ、構わない。僕はお前を殺せれば、他はどうでも。また我々の前に立つと言うのなら、殺し返すまでだ。七原文人は……必ず殺す」

 

 それ以外は全て些末事だと、ジョエルの瞳は語っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やはり、間に合わなかったか、とデヴィッドは呟いていた。

 

「デヴィッド! 清掃作業に打って出るのに、おれ達は邪魔なんだと! とんだ失礼なもんだぜ! 貢献者によ!」

 

 文句を漏らすルイスに、デヴィッドは目線で応じていた。

 

「組織にしてみれば都合の悪い真実に辿り着いたんだ。……まさかケース38……キザハシの小夜と、レクディ……二人が機関によって秘匿された、二人の“SAYA”だったなんてな」

 

「しかしだな、それを突き止めなかったら、今頃、おれ達の小夜だって死んでいたんだろ? ……まさかレクディがサプライズゲストに呼ばれているなんて、キザハシの“デヴィッド”は最後まで隠し通すなんてな……!」

 

 レクディに関しての情報は完全に封殺されており、ジュリアを介してデヴィッドは通信を繋いでいた。

 

「……ジョエルへと直通を頼む」

 

『……いいけれど、彼もワイズマンからの追及は免れない。これも情報だけれど、アマミヤが戻ってくるようね』

 

 その名前にルイスが戦慄く。

 

「……嘘だろ? 組織最強の小夜が、戻って来るって?」

 

「アマミヤは潜入任務に費やしていたはずだ。その数年間を無為にしても、小夜を組織へと招集したい上の思惑か。……いずれにしたところで、俺達の思うようにはならないな」

 

『それなんだけれど……ホテルにて、キザハシの“デヴィッド”は自害していたわ。その死体は諜報班が回収済み。アシッドに情報を送られた痕跡はなかったようよ』

 

「せめて最後の最後に、自分の小夜の潔癖だけは証明したわけか。……クソッ! 何もかも、やるせないだろうが! こんな結末なんてよ!」

 

 ダストボックスを蹴り上げたルイスに、デヴィッドは担架に乗せられた真那を一瞥する。

 

「……倉橋真那は重傷だ。出来ればすぐに機関の集中治療室へ」

 

『……優先するわ。けれど、これも分かってちょうだい。私も所詮は、組織の“ジュリア”でしかないの。出来る事には限りがあるのよ』

 

「……それでも、俺は二度も三度も、自分の小夜を失いたくない」

 

 恐らくジュリアにしてみれば想定外の懇願であったのだろう。

 

 彼女は少しだけ、呆れ返ったようであった。

 

『……変わったのね。小夜を使い潰すだけの役職でしかないと、納得していた“デヴィッド”にしては』

 

「……変わったのだろうか。俺は、何も変わっていない。自分の小夜一人守れないまま……ただの無力な人間だ」

 

『……繋ぐわ。ジョエルへと、直通を』

 

 直後、ジョエルの声が通信網を震わせていた。

 

『あのタイミングでケース38に関しての言及……処罰は免れないと分かっての事だね?』

 

「……俺の首で済むのならばどれだけでも捧げよう。俺達の小夜にも教えておきたい。そして、キザハシにも、事の経緯くらいは。それが“デヴィッド”として出来る貢献だ」

 

『貢献、ね……。機関じゃあっちこっちに火が点いて、上は火消しに躍起になっている。みんな、ケツに爆弾をぶら下げているってわけさ。誰一人として、事の経緯に噛んでいなかったわけでもない。ワイズマンの中でも魔女狩りが始まる事だろう。その状況を理解した上で、君は自分の小夜に教えようと? この残酷な世界の方程式を? ……まったく、変わっているな、君も』

 

「倉橋真那には知る権利がある。……オニゲンの事、アシッドの事、キザハシの事……そして、“サヤ”とは何なのかを」

 

『いいのかい? それは君達でさえも失望させかねない』

 

「……構わない。俺は、失望には慣れているつもりだ」

 

 ジョエルは通信の先で嘆息をついたようであった。

 

『……正直ね、君のやる小夜への貢献ってのは、困る人間のほうが多いんだが……まぁ、いいだろう。僕だって、腹に一物がないわけでもないし、受け入れようじゃないか。音無小夜、彼女が真相を知った時……僕らの側につくか、それともアシッドの側につくかを、選ばせてやりたいんだろう?』

 

「……音無小夜は人類を見離す事はない」

 

『それは希望だろう? 君の、壊れ落ちそうなほどの。“音無小夜”を引き継いだんだ、彼女は。なら、それに見合う意義を誇る必要性くらいはある。終わりを描くのならば、それ相応の結末を。僕は受諾するが、これだって裏切り行為だと言われてもおかしくもない』

 

「……俺達は小夜を守るだけだ」

 

 通信はそこで切られ、ルイスが不安げに視線を寄越す。

 

「おい、大丈夫なんだろうな? おれは御免だぜ? こんなところで死ぬのも、何も遂げられないまま終わるのもよ……」

 

「心配するな……とまで楽観視は出来ないだろうが、元々、均衡は取れていないんだ。ならば、バランスを取り直す。倉橋真那が、納得した上で戦えるように。……キザハシにも辛い宣告になるのだろうな」

 

「おれはキザハシの“ルイス”じゃない。だから、入れ込むつもりはないぜ、デヴィッド」

 

「……お前は賢い距離を取っていると思うよ、ルイス。俺は、きっと馬鹿なんだろうな。あの夜に……先代のオトナシが死んだ時からずっと……囚われているんだ」

 

 真那に重ねる面影も、彼女の戦い振りも全て。

 

 彼女が望んで手に入れた力ではない。だからと言って、戦うなと言えるような身分でもない。

 

 ルイスは一拍挟んでから、その天然パーマの後頭部を掻いていた。

 

「……本っ当に、損な性格してるよ、お前も。……まぁ、おれも同じだろうな。損な役回りって奴なんだろうさ」

 

 煙草を探り出したルイスがパッケージを苛立たしげに叩いたのを、横合いからライターを持ち出す。

 

「火だろ?」

 

「……損だよなぁ、本当に。だが……おれは卑怯者の立ち位置で終わる気はないぜ、デヴィッド。せめていいカッコして死にたいってのが本音だからな」

 

 紫煙をたゆたわせてそうのたまうルイスに、デヴィッドは一瞬だけ笑みを向けてから、収容されていく真那へと振り向けていた。

 

「……俺達の“サヤ”はこの期に及んでも赦してくれるのだろうか……俺達自身が持つ魂の功罪。――潜在翼手人類である、オニゲンの宿命を」

 

 デヴィッドは震え始めている自分の掌へと視線を落とす。

 

「その血は呪われて、か。おれも怖いよ。サヤが断罪するのは最後にはきっと……賢しく立ち回るおれ達のような存在なんだろうさ」

 

 ルイスの軽口が今ばかりは笑えなかった。

 

 

 

 

 

 

第四章「失楽園」 了

 

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