『現場は酷い状況だと、そう伝え聞いている』
ワイズマンの査問会に囲まれ、ジョエルは両手を上げていた。
「参ったと言うのはそれもあります。まさか、“オトナシ”の小夜のデヴィッドとルイスが真実を知るとは。僕の想定外だ」
『加えて、エメトピアの王たる、七原文人の生存と、そしてケース38の露見……どれもこれも君一人の首が挿げ代わるだけでは収まらない』
「それも意外だったのでしょう? 本当にあの場に来ていたのか、七原文人は。“サヤ”が二人も居て、仕留め損なったとは。機関の沽券に係わる」
自嘲気味に告げた自分に、ワイズマンからの追及が飛ぶ。
『事態は好ましくないほうへと転がりつつある』
『左様。加えて、レクディをアシッドの連中に奪われた。いや、あれは自分の意思で向かったようであったとの報告だが、その真偽も不明。我々としては脅威判定が引き上がった事になる。ケース38――Sコードに相反するDコードを持つ双子のキャリアーの“SAYA”、その一方がアシッドの手になかったのは奇跡的であったのだ』
『奴らは王の復活と共に、こちらを本格的に潰しにかかる。セクション三十七のように、焼き尽くされる程度で済むかどうかは分からんのだぞ』
「だったら、僕らにとっても優位となる。翼手人類を殺し尽くし、その果てに平穏を刻むのです。何ら可笑しくはない。これまで通り、小夜は任務を遂行すればいい。それが早まっただけでしょう?」
『……全て、自分の手の上にあるとは思わない事だ』
『ジョエル。貴様の手中になかった小夜を招集する。知ってはいるだろう? “アマミヤ”の小夜を、機関へと呼び戻す』
「……アマミヤは、任務を継続中だったのでは? いいんですか? アシッドに一番近づいた小夜でもあるのに」
『イザヨイの裏切りもあった。現状、機関に所属する小夜は一度経歴の洗い出しをすべきだ。少しでも我々に叛意があると判定すれば』
「なるほど、処刑すべし、ですか。しかし、小夜は貴重な翼手人類へのカウンターですよ? それをいたずらに潰し合わせていいはずがないでしょう」
『無論、我々は手を打つべきだろう。アシッドの者達が駒を揃える前に、こちらが打ち勝つ。それがエメトピアという楽園を追われた……我々純正人類の持つ抵抗策だ』
ワイズマンの気配が掻き消えてから、ジョエルは呟いていた。
「……楽園を追われた、か。それは一方の価値観でしかないんだが……まぁ、構わない。僕はお前を殺せれば、他はどうでも。また我々の前に立つと言うのなら、殺し返すまでだ。七原文人は……必ず殺す」
それ以外は全て些末事だと、ジョエルの瞳は語っていた。
やはり、間に合わなかったか、とデヴィッドは呟いていた。
「デヴィッド! 清掃作業に打って出るのに、おれ達は邪魔なんだと! とんだ失礼なもんだぜ! 貢献者によ!」
文句を漏らすルイスに、デヴィッドは目線で応じていた。
「組織にしてみれば都合の悪い真実に辿り着いたんだ。……まさかケース38……キザハシの小夜と、レクディ……二人が機関によって秘匿された、二人の“SAYA”だったなんてな」
「しかしだな、それを突き止めなかったら、今頃、おれ達の小夜だって死んでいたんだろ? ……まさかレクディがサプライズゲストに呼ばれているなんて、キザハシの“デヴィッド”は最後まで隠し通すなんてな……!」
レクディに関しての情報は完全に封殺されており、ジュリアを介してデヴィッドは通信を繋いでいた。
「……ジョエルへと直通を頼む」
『……いいけれど、彼もワイズマンからの追及は免れない。これも情報だけれど、アマミヤが戻ってくるようね』
その名前にルイスが戦慄く。
「……嘘だろ? 組織最強の小夜が、戻って来るって?」
「アマミヤは潜入任務に費やしていたはずだ。その数年間を無為にしても、小夜を組織へと招集したい上の思惑か。……いずれにしたところで、俺達の思うようにはならないな」
『それなんだけれど……ホテルにて、キザハシの“デヴィッド”は自害していたわ。その死体は諜報班が回収済み。アシッドに情報を送られた痕跡はなかったようよ』
「せめて最後の最後に、自分の小夜の潔癖だけは証明したわけか。……クソッ! 何もかも、やるせないだろうが! こんな結末なんてよ!」
ダストボックスを蹴り上げたルイスに、デヴィッドは担架に乗せられた真那を一瞥する。
「……倉橋真那は重傷だ。出来ればすぐに機関の集中治療室へ」
『……優先するわ。けれど、これも分かってちょうだい。私も所詮は、組織の“ジュリア”でしかないの。出来る事には限りがあるのよ』
「……それでも、俺は二度も三度も、自分の小夜を失いたくない」
恐らくジュリアにしてみれば想定外の懇願であったのだろう。
彼女は少しだけ、呆れ返ったようであった。
『……変わったのね。小夜を使い潰すだけの役職でしかないと、納得していた“デヴィッド”にしては』
「……変わったのだろうか。俺は、何も変わっていない。自分の小夜一人守れないまま……ただの無力な人間だ」
『……繋ぐわ。ジョエルへと、直通を』
直後、ジョエルの声が通信網を震わせていた。
『あのタイミングでケース38に関しての言及……処罰は免れないと分かっての事だね?』
「……俺の首で済むのならばどれだけでも捧げよう。俺達の小夜にも教えておきたい。そして、キザハシにも、事の経緯くらいは。それが“デヴィッド”として出来る貢献だ」
『貢献、ね……。機関じゃあっちこっちに火が点いて、上は火消しに躍起になっている。みんな、ケツに爆弾をぶら下げているってわけさ。誰一人として、事の経緯に噛んでいなかったわけでもない。ワイズマンの中でも魔女狩りが始まる事だろう。その状況を理解した上で、君は自分の小夜に教えようと? この残酷な世界の方程式を? ……まったく、変わっているな、君も』
「倉橋真那には知る権利がある。……オニゲンの事、アシッドの事、キザハシの事……そして、“サヤ”とは何なのかを」
『いいのかい? それは君達でさえも失望させかねない』
「……構わない。俺は、失望には慣れているつもりだ」
ジョエルは通信の先で嘆息をついたようであった。
『……正直ね、君のやる小夜への貢献ってのは、困る人間のほうが多いんだが……まぁ、いいだろう。僕だって、腹に一物がないわけでもないし、受け入れようじゃないか。音無小夜、彼女が真相を知った時……僕らの側につくか、それともアシッドの側につくかを、選ばせてやりたいんだろう?』
「……音無小夜は人類を見離す事はない」
『それは希望だろう? 君の、壊れ落ちそうなほどの。“音無小夜”を引き継いだんだ、彼女は。なら、それに見合う意義を誇る必要性くらいはある。終わりを描くのならば、それ相応の結末を。僕は受諾するが、これだって裏切り行為だと言われてもおかしくもない』
「……俺達は小夜を守るだけだ」
通信はそこで切られ、ルイスが不安げに視線を寄越す。
「おい、大丈夫なんだろうな? おれは御免だぜ? こんなところで死ぬのも、何も遂げられないまま終わるのもよ……」
「心配するな……とまで楽観視は出来ないだろうが、元々、均衡は取れていないんだ。ならば、バランスを取り直す。倉橋真那が、納得した上で戦えるように。……キザハシにも辛い宣告になるのだろうな」
「おれはキザハシの“ルイス”じゃない。だから、入れ込むつもりはないぜ、デヴィッド」
「……お前は賢い距離を取っていると思うよ、ルイス。俺は、きっと馬鹿なんだろうな。あの夜に……先代のオトナシが死んだ時からずっと……囚われているんだ」
真那に重ねる面影も、彼女の戦い振りも全て。
彼女が望んで手に入れた力ではない。だからと言って、戦うなと言えるような身分でもない。
ルイスは一拍挟んでから、その天然パーマの後頭部を掻いていた。
「……本っ当に、損な性格してるよ、お前も。……まぁ、おれも同じだろうな。損な役回りって奴なんだろうさ」
煙草を探り出したルイスがパッケージを苛立たしげに叩いたのを、横合いからライターを持ち出す。
「火だろ?」
「……損だよなぁ、本当に。だが……おれは卑怯者の立ち位置で終わる気はないぜ、デヴィッド。せめていいカッコして死にたいってのが本音だからな」
紫煙をたゆたわせてそうのたまうルイスに、デヴィッドは一瞬だけ笑みを向けてから、収容されていく真那へと振り向けていた。
「……俺達の“サヤ”はこの期に及んでも赦してくれるのだろうか……俺達自身が持つ魂の功罪。――潜在翼手人類である、オニゲンの宿命を」
デヴィッドは震え始めている自分の掌へと視線を落とす。
「その血は呪われて、か。おれも怖いよ。サヤが断罪するのは最後にはきっと……賢しく立ち回るおれ達のような存在なんだろうさ」
ルイスの軽口が今ばかりは笑えなかった。
第四章「失楽園」 了