BLOOD/EMETH   作:オンドゥル大使

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第四十七話 ケース38

 

 査問会は憂鬱だと、そう告げたルイスに、デヴィッドは微笑む。

 

「やはり……僕達の“サヤ”とは言え、突発的な事には耐えられない、か」

 

「そう言えるだけの余裕があるだけ、兄さんはまだいいよ。……問題なのは、サヤが“血分け”を行ったと言う事実だろう? ……これまで機関のデータベースを照合しても、こんな事態は初めてだった」

 

「だからこそ、ワイズマンの方々にとっては心穏やかではないのだろうさ。僕も少しだけ意想外でね。あの鋼鉄の……失礼、氷のような“雨宮小夜”が、何かの拍子に人の情でも目覚めたのか、と」

 

「……兄さんのほうが随分と酷い事を言うな」

 

「そうかい? 僕だって気分は同じさ。海の底みたいな感じだよ」

 

「……海なんて、オレ達は見た事もないけれど」

 

「違いない。さぁ、行こうか」

 

 両腕に手錠をかけられた状態で、査問会の場においてデヴィッドはアマミヤと顔を合わせていた。

 

 彼女はこちらと目線が合うなり相好を崩す。

 

「なんや、二人も呼んだん? 別にウチだけでええやんか、ワイズマンの方々のイケズぅ」

 

『事は重大だぞ、アマミヤの小夜』

 

 空間を鳴動させる声が響き渡り、無数のデータネットワークを震わせる。

 

「……ワイズマン……ロンギヌス機関の、内偵部門、か」

 

 思わず口にした様子のルイスにデヴィッドが進言する。

 

「我々を招集したのは、やはり彼女の“血分け”の件ですか」

 

『分かっているはずだろう。“サヤ”が自らの“血分け”を行うと言う意味を。それは即ち、二つの帰結があると言う事だ』

 

『データベース上には、少女らの中に内在する因子に左右されるだろうが、しかして間違いない。集合無意識のコードが肉体に巡っている間、隔離された少女らは地獄の苦しみを味わう』

 

「……待ってください? 少女“ら”?」

 

 報告とは違う言い草に注目すると、ワイズマンは苦々しく言い捨てていた。

 

『……“血分け”を行われたのは一人の少女だったが、彼女には姉妹が居た。双子だったのだよ』

 

『もう一人は孤児院の奥深くに軟禁されていたようだ』

 

「……“SAYA”のキャリアーですか」

 

 察したデヴィッドに、ワイズマンのお歴々は嘆息を漏らす。

 

『……聡いではないか、デヴィッド。その通り。片割れは“SAYA”に感染していた。そして、姉である少女の肉体の変貌に、同期している節がある』

 

「あり得るんですか、そんな事。だって、個体としては別種のはずです」

 

 ルイスの逆質問にワイズマンは重々しく応じていた。

 

『この世には、分かたれようのない血の呪縛がある。それがたとえ個体として別個であったとしても、姉の血の変化を妹は鋭敏に感じ取ったのだろう。既に変異は始まっている』

 

「……翼手に成るとでも?」

 

 淡々と尋ねたデヴィッドに、その可能性がある、とだけ返されていた。

 

『“SAYA”のキャリアーであれば、誰しも可能性は高い。加えて、その中に我らの中でも最高峰に近い、アマミヤの血脈が宿れば自ずと、であろう。新たな“サヤ”に成るか、それとも強大な翼手として変貌するか……どちらかだ』

 

 デヴィッドがアマミヤへと視線を向けると、彼女はわざとらしく首を傾げる。

 

「せやけれど、分からんねぇ。ワイズマン。あんたさんら、まるで知っているような口ぶりやないの。そういう秘匿情報は、事前に周知しておくべきやないん?」

 

『事が事だ、重要機密事項に抵触する』

 

「機密事項や、言うて。結局は怖いだけやろう? “サヤ”も翼手も、あんたさんらにとってしてみれば毒やもんね。“純正人類”であるワイズマンにとっては」

 

 場が凍り付いたのを感じていた。

 

 それ以上はまずい、と第六感が告げる。

 

『……アマミヤの小夜、分かっていてそう言っているのか』

 

「分からんとそんな事言えんよ。なぁ、これまでどんだけの実験してきたん? ウチに教えてみてぇや。こういうケースも案外、初めてやないんと違う?」

 

 その瞬間、アマミヤの肉体へと電流が突き抜けていた。

 

 これまで余裕の笑みを崩さなかったアマミヤが手錠から流された高圧電流で肉体を焼かれ、その臭いが鼻を突く。

 

『口を慎めと言っているのだ……! “サヤ”風情が……!』

 

「……可笑しな事……言うんやねぇ……。ウチが、居なかったら……死んどるのは、あんたさんらやのに……」

 

『貴様……ッ!』

 

「――そこまで」

 

 場を制したのは車椅子に乗った老齢の男性であった。

 

 一声だけでワイズマンが怯んだのが伝わる。

 

『……ジョエル……』

 

「それ以上は越権行為である。ワイズマンの諸君」

 

 白髭をたくわえた老爺にワイズマンは及び腰になったかのように言葉をしぼませていた。

 

『……だが、査問会は我々の領域であろう……』

 

「それも、アマミヤの小夜を罰する場ではない。デヴィッドとルイスもだ。これ以上の介入は機関の長官として見過ごせないな」

 

『……いいだろう。しかし、我々が正しかったのだと、後悔する……』

 

 ワイズマンのネットワークが掻き消え、デヴィッドは気安い笑みをジョエルへと向けていた。

 

「……危うい綱渡りでしたよ、ジョエル長官」

 

「アマミヤの小夜を死なせるわけにはいかん。それに、命じたのはわたしだ。ならば、最後まで見届ける義務がある。アマミヤ、何故、被験者へと“血分け”を行った?」

 

 詰問の論調に、さしものアマミヤでも逃げられないと判じたのだろうか、彼女は身を起こして返答していた。

 

「だって、何や、哀れやったんやもん。どうせ、ウチも“サヤ”なんやし……死ぬ時はこうして死ぬんやろなぁって……。らしくもない感傷かもしれへんけれど」

 

「君らしいな、アマミヤ。最強の小夜が一時の享楽で道を踏み外す、か。……だが命令したわたしの責任でもある。よって、これより先はわたしの名において指示を行う」

 

「だ、だけれどよ……親父――」

 

「ルイス。このような場で、容易くわたしの事を父と呼ぶな。お前の悪いクセだ」

 

 遮ったジョエルに、ルイスは言葉もないようであった。

 

 デヴィッドはジョエルから視線を外さずに問いを重ねる。

 

「もし……回収した個体が翼手へと変じた場合は? その時の処置は、アマミヤにさせるのですか」

 

「無論だ。……残酷かもしれんが、アマミヤ。やってくれるな?」

 

「……ウチの血やさかい……ウチ以外じゃ、多分止められんよ。請け負う、それでええんやろ?」

 

 アマミヤの了承を取り付け、ジョエルは深く頷いていた。

 

「デヴィッド、それにルイスにも命令する。これより、本件をロンギヌス機関最高機密、『ケース38』と呼称し、封印指定として扱う。ここから先は、他の機関の関係者には任せられない。我々だけで、彼女らの運命の是非を問う」

 

「……38……ああ、38番目の“サヤ”覚醒者に成れば、確かにそうか……」

 

 呟いたルイスにデヴィッドはジョエルから視線を外さなかった。

 

「他のデヴィッドやルイスにも話は通すのですか? “サヤ”に成れば、自ずと専属になってきます。我々が担当するのが筋でしょう」

 

「兄さん……まさか二人も“サヤ”を扱えって……? それは無理だぜ……」

 

「二人に……いや、三人か。頼もうと思っていたのはそれもある。もし……被験者が正しく“サヤ”へと覚醒を果たした場合、育成を専任させたいのだ。アマミヤにもその責任はあろう」

 

 アマミヤへと目線を振り向けたジョエルに、彼女は嘲笑を浮かべていた。

 

「ええの? ウチ、殺してまうかもよ?」

 

「それくらい厳しいほうがいい。……辛く苦しい運命に巻き込んでしまったのだ。世界は冷徹なのだと、認識したほうが随分とマシだろう」

 

「……では、僕達で」

 

「ああ。目覚めるのと同時に、アマミヤの“デヴィッド”、そして“ルイス”には引き続き、任務を命じる。新たな“サヤ”が覚醒した場合、育成の手順は三名へと投げる。わたしの厳命でワイズマンには手出しをさせない」

 

「ええ覚悟やね、ジョエル。けれど、けったいな事もあるもんやね。まさか双子やなんて……運命ってもんがあるんやとしたら……残酷にもほどがあるわ。妹のほうが“SAYA”キャリアーって事は、もう随分と、人間じゃない扱いを受けたって事とちゃうん?」

 

 それは想定内の事実であったが、デヴィッドはジョエルへと問い返す。

 

「どうなのです、ジョエル」

 

「それなのだがな。……どうやらあの孤児院は元々、翼手のハーレムとして機能していたらしい。そこに時折、無関係な人間を混ぜて血の選別を行っていた痕跡がある」

 

「偽装死体、ってわけか」

 

 吐き捨てたルイスにジョエルは首肯する。

 

「気を付けたほうがいいかもしれない。今回の上級翼手は知恵を付けつつある。それがこちらの劣勢に回る前に、敵を殲滅する」

 

「ウチ、上級翼手になんて負けへんよ?」

 

「気を張るに越した事はないと言う事だよ、アマミヤ。それに、僕らだって万能じゃない。今回のように特殊弾頭を用意出来なかったがために起こった悲劇もある」

 

 デヴィッドが嗜めるとアマミヤは首を引っ込めていた。

 

「……で、その肝心の“血分け”した被験者の容体は? ジュリアが診ているんだろう?」

 

 ジョエルは手元のパネルで情報を同期していた。

 

「ジュリア、被験者はどうなっている?」

 

『芳しくありませんわ。肉体の変異があまりにも強過ぎて……このまま自我を漂白されれば、翼手へと変じても何ら可笑しくはない』

 

「アマミヤの血は強過ぎたわけか」

 

「ウチのせい? こうせんかったら、その子、死んどったよ」

 

「いや、今は糾弾している時間も惜しい。アマミヤ、上級翼手の追撃と、そして被験者の育成を担当して欲しい。ともすれば、君の血で目覚めるかもしれない“サヤ”候補生だ。その力、どこまでも伸びる可能性がある」

 

「要らん期待はせんほうがええよ、ジョエル」

 

 デヴィッドはこれでジョエルの聞きたい事がほとんど終わったのを悟る。

 

 元々、アマミヤと自分達に対し、これ以上の詮索を避けるという意味合いと、そして専属にさせる事によって今回の事態から逃さない理由があるのだろう。

 

「しかし、いいのですか? 被験者がもし、新たな“サヤ”となった場合……他の“サヤ”との軋轢を生みかねない」

 

 僅かな懸念事項を述べるとジョエルは、それこそ杞憂だと返す。

 

「アマミヤの小夜の血を引き継いでいる。強くなければ生きる意味もない」

 

 ジョエルの哲学はいつもこうだ。

 

 ――強靭な精神力を持っていなくては、生きるに値しない。

 

 殊に、このエメトピア――偽りに塗り固められた楽園では。

 

「……了解しました。ルイスも、いいね?」

 

「……オレは兄さんに従うだけだよ」

 

 ある意味ではこれも呪縛かと一瞬だけ脳裏を掠めたデヴィッドはアマミヤへと顎をしゃくる。

 

「……アマミヤ、次の作戦を講じる。やれるね? 連戦になるが」

 

「ええよ、別に。ウチは“サヤ”やさかい、どれだけでも酷使するんが、機関のやり口やろ?」

 

 気の利いた言葉一つ返せないまま、デヴィッドは身を翻していた。

 

「一つ、約束して欲しい」

 

 ジョエルの出し抜けの言葉に、一瞥を振り向ける。

 

 老練の面持ちに、僅かに宿っていたのは憐憫であった。

 

「もし、翼手として覚醒した場合……速やかに殺してやってくれ。それが楽園の裏側に呼び込んでしまった贖いとなろう」

 

「……善処します」

 

 その言葉を潮にして、査問会は閉ざされていた。

 

 

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