響き渡った声の主は、訓練場へといつの間にか現れていた。
二つ結びの勝ち気そうな少女は、ふんと鼻を鳴らす。
「アマミヤ、貴女らしくないわね。ウキフネ程度の挑発に乗るなんて」
「あら、嫌やわぁ、“カナデ”の小夜、ウチ、売られた喧嘩を買った覚えもないんよ? ウキフネが勝手に襲ってくるから、戯れとるだけやもん」
「アマミヤ……あなたは私が――」
「ウキフネも、そろそろやめなさいよ。それじゃ、せっかくの実戦投入型の“サヤ”の程度が知れるわよ」
カナデと呼ばれた少女の一声で、ウキフネは鼻血を拭いながら後ずさっていた。
「……許したつもりはない」
「それはええけれど、カナデ。あんたさん、任務の途中やったんちゃうん? こんなところで油売っとる場合なん?」
「心配しなくても、任務は終わらせたわ。貴女こそ、新任の“サヤ”未満の女の子の前で格好でも付けたいの?」
「そんな事、欠片も思うとらんよ。カナデ、あんたさんこそ、仲裁してちょっとは強くなったつもりなん? 何ならウチが手合わせしよか?」
「やめておく。だって貴女、加減して勝てる相手じゃないでしょう?」
僅かな緊張感が漂った後に、アマミヤは肩を竦める。
「ウチ、そんなつもりはないんよ? ほんまに」
「貴女はいつだってそう言うわね。ウキフネ、武器を仕舞いなさい。ここは中立地帯のはず。それに、実戦以外の訓練場で死ぬ初めての小夜に成りたくないでしょう?」
ウキフネは舌打ちを滲ませてアマミヤを睨む。
「……いつでも殺せたわ」
「そう。あんたさんがそう思うんなら、そうなんやろね」
巨大な杭打機は出現した時と同じように、彼女の影へと収納されていく。
目の前に現れた二人の少女に、ノノは絶句していた。
誰も彼も――只者ではないのは、一般人である自分でも明瞭に分かる。
「……あんた達は……何……?」
「彼女らは全員、“サヤ”だ。実戦型のね」
説明役に回ったデヴィッドに、カナデがこちらを値踏みするような眼差しを向ける。
「それが機関の作り上げた新しい“サヤ”ってわけ?」
「君達も聞いているだろう。前回の戦闘において、アマミヤが自分の判断で“血分け”を行った……そういうプロセスを経た最初のモデルケースとなる」
その説明にカナデとウキフネは震撼したようであった。
アマミヤだけは落ち着き払って刃を仕舞う。
「そんなに驚く事ちゃうよ」
「……いや、でもそんな事……! 不可能なはずでしょう? デヴィッド」
声を荒らげたウキフネに比してカナデは少しは信じる気があるようで、こちらへと歩み寄る。
「へぇ、この子がねぇ……。アマミヤ、貴女に人命救助なんて一番に似合わないって言うのに」
「あの……」
声を発する前にカナデのしなやかな指先が自分の首を引っ掴む。
少女の握力とは思えない、万力のような膂力で締め上げられていく。
「アマミヤの血って言う事は、この程度じゃ死なないわよね? それとも、もっといじめたほうがいいかしら?」
足が浮き上がり、今にも脳への血流が途絶えかけたその時、アマミヤがその手を抑え込む。
「やめぇや。性根が悪いんよ、カナデ」
ノノの眼には指が添えられた風にしか映らないのに、カナデの指先が痺れたように硬直していた。
「……そうね。あまり候補生をいじめるものでもないわね」
ようやく手が離されてノノは激しく咳き込む。
そんな自分を見下ろして、アマミヤは告げていた。
「……テストをしたいんよ。この子が……“サヤ”に相応しいかどうかを。ウチは別に、この子を殺したいわけでも、いじめたいわけでもない。“サヤ”に成るんやったら、武器の一つは手に取っておいたほうがええやろ」
アマミヤは自分の使っていた刀をこちらへと差し出す。
それを黙って見つめていたカナデとウキフネに、デヴィッドが応じていた。
「いいね? じゃあ、拘束具を外すよ」
まるで自分のような非力な少女一人を解放するのに、この場に集った三人でも足りないかのような物言いであった。
獣を前にしているかのように、カナデとウキフネは僅かに強張っている。
拘束具が外され、不意に自由になったノノはつんのめっていた。
アマミヤの前で膝を折り、何度か大きく深呼吸する。
脂汗が伝い落ち、先ほどまでの戦局を思い返すだけで胃の腑から酸っぱいものが上がってきそうだった。
「掴んでみぃ」
アマミヤに促され、ノノは眼前の刀へと手を伸ばす。
落とされた途端、その重量に目を見開いていた。
自分の身体のように振るうのだから、それほどまで重くないのだと感じていた自分の迂闊さを呪う。
それは――命を刈るのに相応の重さを保っていた。
その段になって、シスターが怪物に変じた事も、自分達の孤児院の仲間や友人らが獣の姿でアマミヤに殺された事も――何もかもが現実なのだと強制的に思い知らされる。
「……現実……なのよね、これ……」
「嘘なんて一個もあらへんよ。ああ、それともこう言うたほうがええか」
アマミヤは自分へと屈んで視線を合わせ、それから冗談のような麗しい笑顔で述べていた。
「ようこそ、現実の――楽園の外側へ」