BLOOD/EMETH   作:オンドゥル大使

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第五話 楽園の裏側

 

 泥のような眠りの只中に居るのが分かる。

 

 意識の明瞭な夢の中で、真那は漂っていた。

 

 重苦しい、赤い血の残滓だ。

 

 記憶の奔流が脳細胞を打ち震わせ、真那は片手を光へと伸ばす。

 

 ここは苦しい、と嘆き息を詰まらせるような一瞬。

 

 真那を向かい合うかのように、鏡像の少女が浮かび上がっていた。

 

 短髪に、鮮やかな真紅の瞳。

 

 制服姿の流麗な少女。

 

 少女の手が、こちらへと伸び、自分の手と触れ合う。

 

「……あなたは……誰なの……?」

 

 少女が唇で紡ぐ。

 

 まるで忌まわしい名前のように。

 

 ――私は、サヤ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夢の皮膜が剥がれるのは一瞬の事で、真那は漂っていた感覚が抜けないまま、ベッドで横たわっていた。

 

 ふと視線を投じると輸血を受けているのが分かる。

 

「あら? 目が覚めたのね」

 

 こちらへとカーテンを開いて歩み寄ってきたのは年若い女性であった。

 

 眼鏡をかけており、怜悧な瞳がこちらを捉える。

 

「……あなたは……」

 

「――ジュリア。ジュリアと、呼ばれているわ」

 

 ジュリアと名乗った女性は自分の脈拍を看てから、次いでカルテに書き加えていく。

 

「気分が悪いとかはない?」

 

「あ……はい。あの……私、どうして……」

 

「説明は後にしてもらえると助かるわ。制服は汚れていたから、勝手に着替えさせてもらったけれど」

 

「汚れて……あ、私……」

 

 記憶の残滓が脳髄を揺さぶり、額を走った疼痛に顔をしかめる。

 

「無理をしないで。まだ安静よ」

 

「あ、私……確か学校に行って……それから……」

 

「記憶の整理は必要ないわ。今はとりあえず、あなたの状態を確認させてちょうだい。眩暈とかはない?」

 

「あ、大丈夫……です。何だか長い……夢を見ていたような……」

 

 右手を開いたり閉ざしたりすると、何かの感覚が脳裏を掠める。

 

 それは――生き物を両断したような感触。

 

「……あの……っ! 確か、私と同じくらいの女の子が……居たはずなんです。どうなりましたか……?」

 

「それに関しても、説明責任を持っているのは私じゃないの。御免なさいね」

 

 ジュリアは自分の状態をカルテに書きつけて、それから立ち上がっていた。

 

 カーテンの向こう側で長身の影が揺らめき、ジュリアを窺う。

 

「ジュリア、彼女はどうなっている?」

 

「少し、落ち着く時間が必要そうだけれど、そうも言えないみたいね。えっと、倉橋真那さん。あなたには説明しなければいけない事があまりにも多い。あとは、彼に任せるわ」

 

 入れ違いにカーテンの内側へと入ってきたのは金髪の紳士であった。

 

 少し優男な印象も持たせるが、眼光だけがいやに鋭く、黒いスーツを身に纏った相手に自然と威圧される。

 

「話は必要だろうな」

 

「あ、あの……」

 

「デヴィッド、それが俺の名前だ」

 

 先んじて名乗ったデヴィッドに、真那は出鼻を挫かれた形で応じる。

 

「あ、えっと……倉橋真那、です……」

 

「ジュリアの問診で問題がないと判定されたのならば、安定域になったと言うべきなのだろうな」

 

「あの……私、どうなったんですか? ここはどこなんですか?」

 

「ここは第三十七セクションにある秘匿区域だ。我々ロンギヌス機関の支部でもある」

 

「ロンギヌス……」

 

「君はどこまで覚えている? それを知りたい」

 

「どこまでって……」

 

 記憶に靄がかかったかのように曖昧だ。

 

 手繰り寄せようとしても、それは逃げ水のように離れていく。

 

「……私、グミを学校に忘れて……それで取りに行ったんです……。で、山形先生が……あれは……」

 

 異形の獣、憎悪に沈んだ赤い瞳。

 

「変異に巻き込まれるのはなかなかないが、どうやら28号に行き会ったのは不幸としか言いようがない」

 

「……28号……って」

 

「我々はあの怪物をそう呼んでいる。“28号翼手”、己の内部に介在する吸血衝動を抑え切れなくなった、人類の末路だ」

 

「どういう……だってあれは……! 山形先生でした! 山形先生が……変身して……」

 

 黒い獣の殺意を思い返すだけで泣き出しそうになってしまう。

 

 デヴィッドは落ち着き払って応じていた。

 

「そうだ。奴らは社会に溶け込み、そしてヒトの血を吸って生きている。奴らはしかし、完全駆逐は難しい。その理由は……」

 

「もういいです! やめてください! そんな……わけの分からない事……巻き込まれたなんて……」

 

 耳を塞いで真那は頭を振る。

 

 デヴィッドは冷淡な様子で続けていた。

 

「……だが、君に引き継がれた。“小夜”の因子が」

 

 聞き覚えのある言葉に真那は顔を上げる。

 

「サヤ……サヤって、まさかエメトピアで流行してるって言う……」

 

「そう、報道管制は入っているが、その認識で間違いない。君は既に“SAYA”のキャリアーだ」

 

 言い渡された途端、信じられないという気持ちと絶望がない交ぜになる。

 

 肉体面では何も異常はないように思われるが、しかし、“SAYA”感染者は――。

 

「致死率百パーセントだって……そう聞きます。なのに、私は……生きてる……?」

 

「“SAYA”感染者の致死率が極めて高いのは事実だが、それは片面の真実でしかない。“SAYA”に覚醒するという事は、君は世界の裏側、この理想郷から爪弾きにされた場所で戦い続ける事になる」

 

「……“SAYA”の感染者は……死ぬわけじゃ、ないって言うんですか……」

 

「死ぬ者も居る。だが、死なずに生き残った君のような人間も大勢居る。経緯を説明するのに、順路が必要なのは分かっているが、君は覚えているはずだ。翼手と戦う少女を。刃を握る勇猛なる戦士の姿を。あれこそが、“小夜”。我々、ロンギヌス機関の有する決戦兵器だ」

 

「決戦兵器……? あの、女の子が……?」

 

 分からない、何一つ。

 

 ウイルスの名前かと思っていた“SAYA”には別種の意味があったと言われても、何も納得出来ない。

 

「君は彼女より直接、“小夜”を引き継いだ」

 

「それって……“SAYA”を治療は、出来ないって事ですか……?」

 

「この世界の病理と向き合うのには、“小夜”は必要不可欠だ。だからこそ、君をロンギヌス機関に招きたい。いや、これも違う言い草だな。もう君は、日常には戻れない」

 

「う、嘘……っ! 嘘ですっ! そんなの……! 違うはずですっ! 私が、“SAYA”感染者なんて……」

 

「事実は覆せない。君には機関に所属する“小夜”として、これから……」

 

 肩へと触れかけたデヴィッドの指先を、真那は弾いて拒絶する。

 

「いや……っ! 帰して……っ! 帰してください!」

 

 無理やり輸血用のチューブを引き千切り、真那は駆け出していた。

 

「倉橋真那!」

 

 デヴィッドの声がかかるが構うものか。

 

 真那は医務室から廊下へと折れ、迷宮のような建築物を抜けようとしていた。

 

「……何、ここ……? セクションのどこかにしては……あまりにも……」

 

 無機質な壁と、そして色素の薄い廊下がどこまでも茫漠として広がる。

 

 真那はその中の一角へと逃げ込んでいた。

 

 大きく取られたホール状の一室の影に身を隠し、追いかけて来たデヴィッドをやり過ごそうとする。

 

「……私が“SAYA”感染者なんて……そんなの嘘……嘘に決まってる……」

 

 だって身体には何ともない。

 

 肉体が摩耗している様子もなければ、熱が出ているわけでもない。

 

 むしろ、身体の状態は平時よりも調子がいいくらいだ。

 

 一体何が、自分に起こったというのだろう。

 

 それを解き明かす前に、ここから逃げなくては。

 

 しかし、どこへと首を巡らせたところで声が響き渡っていた。

 

「あっれー? ここはあたしの部屋なのに、何でドブネズミが居るかなぁ?」

 

 声の主へと振り返る。

 

 ホールの二階層からこちらを見据える少女が嘲りの笑みを浮かべていた。

 

 その瞳は赤く染まっている。

 

「……誰……?」

 

「誰って、何それ。マジでウケる。ここに居るあたしらみたいな年頃の人間は決まってるじゃん。あんたもそうなんでしょう? 何番目の“小夜”なのかは知らないけれど」

 

「……あなたも、“SAYA”の感染者だって言うの……?」

 

 問いかけた瞬間、少女の眼差しに侮蔑の色が宿る。

 

「……ホント、何それ。ウザいんですけれど。あんた、“小夜”でしょ? だってのに、感染者なんて被害者みたいな言い草……それこそ馬鹿にしてる? いいよ、そっちが売った喧嘩なら買おうじゃんか」

 

 少女は二階層から身を躍らせ、水鳥が降り立つように軽やかに着地して見せる。

 

 真那は圧倒されたように後ずさると、少女は腰に提げた刀の鯉口を切っていた。

 

 白銀の閃きが、彼女の殺意を具現化する。

 

「抜きなよ。あんたも小夜だって言うのなら、対等なルールで戦ってあげる」

 

 そう言って投げられたのは鞘に包まれた一振りの刀であった。

 

 真那はうろたえ気味に後ずさる。

 

 それを少女は舌打ちを滲ませていた。

 

「何でどこまでも被害者って顔をして……気に入らないのよ、そういうの」

 

「い、いや……っ! 嫌です……っ!」

 

「はぁ? 嫌ぁ? ……そんなの通用すると思ってるの? どうしたって、あんただって狩人でしょう? “小夜”になったのなら、力を示しなさい。そうでなければ現実に喰われるだけよ」

 

「で、でも……誰も、傷つけたくない……」

 

 その拒絶の声は少女の自尊心を傷つけるのには充分であったのか、ピクリと眉を跳ねさせた少女は、忌々しげに声にする。

 

「……ああ、そう。あんたはそういうのなんだ。じゃあ、殺しちゃえばいいわよね? だって、使えない“小夜”なんて、居ないほうが世の中のためだものねぇ……ッ!」

 

 瞬時に間合いを詰められる。

 

 加速したとしか思えないその速力に、真那は咄嗟に刀を手に取っていた。

 

 しかし、抜刀する勇気はなく、鞘で相手の一閃を受け止める。

 

「ホラ! これが証でしょう! あたし達“小夜”の一閃をただの人間が受けられるわけないものねぇ……ッ!」

 

 弾き上げる一撃が下段より振るわれる。

 

 真那は吹き飛ばされる形で床を転がっていく。

 

 何度か咳き込んだところで、首裏が粟立ち、瞬時の判断で飛び退っていた。

 

 その距離は、本来のどんくさい自分とは一線を画している。

 

 軽く飛び退いたつもりの挙動でホールの端まで跳躍した自身の肉体の性能に戸惑っている間に、少女が太刀を払う。

 

 真那はしかし、刃を抜かずに鞘で応戦していた。

 

「どうしたって言うの? 刀を与えたんだから、一太刀くらいはやりなさいよ!」

 

「……刀なんて……使い方も分からない……」

 

 こちらの言い訳じみた抗弁に少女は喜色を浮かべてせせら笑っていた。

 

「アッハ! そんなわけないじゃん! あんただって“小夜”だからここに居るんでしょうに。その証拠に、その身体能力は何よ!」

 

 真那はその段になって自身の躍動する身体の性能を感じていた。

 

 平時ならば猫背で、その上、ほとんど身体を動かす事もない自分が、明らかにまともではない少女相手に立ち回っている。

 

 反応速度も、反射速度も、どれをとっても段違い。

 

 だと言うのに、少女の次の動きをどこか冴えた思考回路で俯瞰している自分が居る。

 

 ――下段よりの振るい上げ、二の太刀で斜へと一閃。

 

 そのような計算が出来るわけがないのに、少女の動きを読み切り、あまつさえその挙動を凌駕しようと策を講じる己を感覚する。

 

 狙い通り、下段よりの振るい上げを紙一重で避け、その太刀が打ち下ろされるのを感じ取って少女の鳩尾へと峰打ちを放っていた。

 

 加減が出来るほどに自分も上手ではない。

 

 少女の躯体を折れ曲がらせかねないか、という懸念は吹き飛び、真那は力一杯に薙ぎ払う。

 

 少女が今度は端まで吹き飛ばされる番であった。

 

 臓腑を叩き砕いたかのような感触が居残り、峰打ちであったとしても、常人ならば骨の二三本は折れている事だろう。

 

「……あんた、マジにやるっての……?」

 

 少女の瞳が真紅の眼光を湛え、次の瞬間には跳ね上がろうとした矢先、こちらとあちらを引き裂くかのように銃弾が叩き込まれていた。

 

「そこまでだ。“小夜”同士、争い合う利益もない」

 

「……デヴィッド……さん?」

 

 デヴィッドは拳銃を構え、真那へと視線を配る。

 

 そうしてから、少女のほうへと言葉を振っていた。

 

「困ったものだな、“キザハシ”」

 

 キザハシと呼ばれた少女は舌打ちしてから、刃を鞘へと仕舞う。

 

「いいところで首突っ込んでくるんじゃないわよ、デヴィッド」

 

「そうはいかない。“小夜”の管理は俺の仕事だ」

 

「あんたが管理するのは、“オトナシ”の小夜と、この間死んだ育成途中だった小夜でしょ? あたしはあんたの“小夜”じゃない」

 

「オトナシの……サヤ……」

 

 その言葉をどこかで聞いた覚えがある気がして、真那は困惑を浮かべていた。

 

 デヴィッドはキザハシへと銃口を向ける。

 

「なら、俺の言いたいことくらいは分かるな? “キザハシ”の小夜、これ以上は越権行為だ」

 

「何言ってんだか。あたしの庭に勝手に入ってきたのはそっちよ?」

 

 肩を竦めたキザハシに、デヴィッドは、そうであったな、とこちらへと向き直る。

 

「倉橋真那、少しだけ話を聞いてもらえるだろうか。まだ君に、明かさなければいけない真実がたくさんある」

 

「真実って……私、私を帰して……っ! こんなところで……何になるって言うんですかぁ……っ」

 

「あーあ。被害者根性丸出し。ねぇ、デヴィッド。あたしも協力するからさ。その勘違い女に教えてあげなよ。ここがどういう場所なのかって」

 

「……そうだな。倉橋真那、付いて来て欲しい」

 

「言っておくけれど、逃げようなんて思わない事ね。逃げたら刀の錆びにしてあげるんだから」

 

 前をデヴィッドが後ろをキザハシに阻まれ、真那にはもう逃げ場はなくなっていた。

 

「……一体、何だって言うんですか……」

 

「付いて来れば分かる」

 

 デヴィッドの案内で真那は迷宮じみた廊下を抜け、エレベーターホールへと至っていた。

 

 今どき珍しい、籠型のエレベーターに三人で乗り込み、上層へと導かれていく。

 

「……少しだけ心の準備をしておいたほうがいい。もう見えるぞ」

 

 デヴィッドの声に問い返す前に、今まで地下だと思い込んでいた空間が拓けていた。

 

「……何、これ……」

 

 視界に飛び込んできたのは巨大な構造物である壁であった。

 

 壁伝いにエレベーターが配置されており、まるで蟻の巣のように幾何学の軌道を描いている。

 

「エメトピアの片隅、理想郷の裏側よ」

 

 キザハシの説明に、真那は茫然としたままその光景を俯瞰する。

 

「エメトピア第三十七セクションの、ここは裏に当たる。エメトピアを区切っているセクションごとに配置された壁面、それが我々の支部が存在する場所だ」

 

「……エメトピアの……セクション間の壁だった、って言うんですか……」

 

「セクションは管理者の権限によって移動でさえも禁じられた区画が存在するくらい、噂で聞いた事はあるんじゃないの? ここは楽園から追放された者達の集う場所であり、同時に楽園を壊す反逆の徒の砦でもある」

 

「……反逆の徒……って……」

 

「“SAYA”感染者がどこへ隔離されるのか、その実情を君達は知らないはずだ。そのほとんどはセクション管理者によって隠蔽されているが、こうして我々ロンギヌス機関によって保護された“SAYA”感染者は、貴重な戦力として重宝される」

 

「……戦力……? 何と、戦うって言うんですか」

 

「そこまで聞いておいて、疑問に思わないなんてどうかしていると思うけれど」

 

 キザハシの厳しい評に、真那は少し委縮してしまう。

 

「これから君には俺の相棒と会ってもらう。機関の上からの命令でね。どうやら休んでいるような暇もなさそうだ」

 

 エレベーターが行き着いたのはヘリポートであった。

 

 数機の戦術ヘリが機体を寄せ合っている中で、浅黒い肌の男がこちらに気づいて手招く。

 

「デヴィッド! 彼女には……説明を?」

 

「いいや、それよりも上からの命令だ。どうにも、前回の28号翼手は群れのリーダー格ではないらしい。この間の地下鉄の個体と同じく、一体から分かたれたのが確認出来たそうだ」

 

「じゃあ、今度こそ群れの主を潰せるってわけか」

 

「逸るなよ。上は一人でも多くの“小夜”が居るのならば、遊ばせておく余裕はないって言いたいらしい」

 

「困窮するね、まったく。君が“小夜”……ああ、いや、まだ分かってないんだったか?」

 

 男が少し気安く歩み寄ってきたので、真那は一歩下がってしまう。

 

「ルイス、そんなにチャラくしていると、また嫌われるわよ」

 

 キザハシの言葉にルイスと呼ばれた男は天然パーマの髪を掻く。

 

「いやはや、参ったな。そう言われるとは思っていなかったんだが……」

 

「今回も強襲になる。命令書は追って伝達。俺達は現場に向かって28号翼手の撃滅だ」

 

 デヴィッドは戦術ヘリへと乗り込み、こちらへと手を差し伸べる。

 

「倉橋真那。君は少しでも早く、この状況に慣れるべきだ。上もそう感じて、連続で命令を飛ばしているんだろう」

 

 デヴィッドの青い眼に浮かんだのはどこか憐憫めいてさえある。

 

 自分の境遇に、同情しているかのような――。

 

「あーあ、じゃああたしは戻るわね。あたしのデヴィッドとルイスの命令を待つのが正しいだろうし」

 

 踵を返しかけたキザハシに、デヴィッドは呼び掛ける。

 

「ここまで来たんだ。キザハシ、君も来い。“小夜”としての戦い方を倉橋真那に教えなければいけないだろう」

 

 デヴィッドの物言いにキザハシは眉を跳ねさせて抗議する。

 

「ちょっと! あたしは自分のデヴィッドとルイスには従うけれど、“オトナシ”と新人研修が持ち回りのあんた達に指図されるいわれなんて……!」

 

「では君のデヴィッドとルイスに命令書をもらえば文句はないか?」

 

 デヴィッドの返答に、キザハシは苦汁を噛み締めるように舌打ちする。

 

「……これだから、機関の連中ってのは始末に負えないのよ。倉橋真那、って言ったわね? そこの!」

 

 真那が怯えを宿すとキザハシは言い捨てる。

 

「……“小夜”の戦い方を見せてあげる。着いてらっしゃい」

 

 手狭な戦術ヘリであるが、助手席は用意されているらしい。

 

 キザハシの後ろに付く形で、真那は座り込む。

 

 硬い椅子は少女が座るようには出来ていないのが分かった。

 

「飛ぶぞ! シートベルトはちゃんと締めておくんだな。いくら“小夜”の身体能力とは言っても無茶をするからな」

 

 ルイスの号令で戦術ヘリが浮かび上がり、僅かに臓腑へと浮遊感が漂った後、東の空へと上がった陽光が差し込んでくる。

 

 思わず目を細めた真那へと、キザハシは問いかける。

 

「何よ、その感じ。まさか朝日を見るのが初めてってわけじゃないでしょう?」

 

「けれどでも……エメトピアの都市圏から離れたのは、初めてだったから……」

 

 戦術ヘリが舞い上がり、鏡面のビル街を抜けていく。

 

「それで? 標的はどうなっている?」

 

 操縦するルイスへとデヴィッドは後部座席から端末を確認していた。

 

「ああ、命令書にはこうある。28号翼手の始末と、そして群れのリーダー格の駆逐……ここ数か月の作戦行動が実を結んだか。諜報部の証言で言えば、奴らの血の道標を得た事になるのだろうが」

 

「何それ。結局、分かったような分かっていないような命令よね。機関のやり口っていっつもこう」

 

 不貞腐れたキザハシに真那は戸惑いながらちらちらと視線を配っていると、彼女の真紅の瞳とかち合う。

 

「……何見てるのよ」

 

「い、いえ……っ」

 

「あたし、あんたみたいな鈍くさいのが同じ“小夜”だなんて思いたくないんだけれど。それとも何? まだ覚醒してないんなら、デヴィッドにルイス、あんた達のポカよね?」

 

「安心していい。既に力は覚醒済みだ。血中に含まれるSコードが一定値を示しているとジュリアからの報告を得ている」

 

「コードの量の多さなんて、ほとんど実戦じゃ役に立たないわよ」

 

 交わされる言葉の意味がまるで分からず、困惑する真那はルイスの直後の言葉に遮られていた。

 

「声紋認証、確認。28号翼手の声だ……仲間を呼んでやがるのか?」

 

「奴らは血で数を増やす。少しでも減らしていくぞ」

 

 戦術ヘリが羽音を散らし、漆黒の機影がエメトピアの白亜の構造物を掻い潜っていく。

 

 真那は生まれて初めて俯瞰した理想郷の空を、まともに享受する事も出来なかった。

 

 

 

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