BLOOD/EMETH   作:オンドゥル大使

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第五十一話 試練の夜

 

 踏み込みは容易く、それでいて、動作には一挙手一投足に魂を刻むようにして。

 

 何度目か分からない打ち合いを講じ、ノノは刃を薙ぎ払う。

 

 しかし、太刀筋をかわして躍り上がった影が背後へと回り込む。

 

 それを予見しての刃の偏光は捉えたかに思われたが、直前で弾き返される。

 

「あかんよ、それ」

 

 言葉一つで無効化されたこちらの渾身の一撃に、ノノは白銀の旋風に吹き飛ばされる。

 

「――そこまで」

 

 手を叩いて自分達の動きを制したのはアマミヤのデヴィッドであった。

 

 眼前に突きつけられたアマミヤの切っ先に息を呑むよりも先に、ノノは脱力する。

 

「大丈夫かい? 水を」

 

 デヴィッドによって飲み水が与えられ、ノノは一気に呷る。

 

 それを注意深く眺めていたルイスは、舌打ちを漏らす。

 

「……いい身分じゃないか。アマミヤの小夜のデヴィッドとルイスであるオレ達を顎で使うなんて」

 

「ルイス、彼女はまだ“サヤ”候補生なんだ。自分のデヴィッドとルイスがあてがわれるのはまだ先さ」

 

「それを占うのが、これからの試験なんやけれどね」

 

 アマミヤは一滴も汗を掻いた様子もない。

 

 それどころか水も必要としていないようであった。

 

 自分の刃は一撃さえも届いていない。

 

「……本当に、同じ“サヤ”……」

 

「違うよ、ウチとあんたさんは。もう随分と口を酸っぱくさせて言わしてもらうけれど、あんたさん、ウチの血で“サヤ”にした割には弱いんよ」

 

 痛いところを突かれてノノはむすっとしていた。

 

「……しょうがないじゃないの。訓練だってまだ足りないんだし……」

 

「ウチと刃を交わしとる時点で、まぁまぁの戦闘経験値やと思うけれどねぇ。それでも……せやね、まずは眼が悪い」

 

 指差したアマミヤにノノは刀を仕舞っていた。

 

「……それは生まれつきで……」

 

「あと、ウチの血にしては耳も悪くって、反応も鈍い。太刀筋も二流がいいところ。……ほんまにウチの血を飲んだん? 途中で違うって言われても困るんよ」

 

 そこまでズケズケと言われてしまえば、ノノにも一家言あった。

 

「……索敵に関してはジュリアからも向いてないって言われていたし……反応速度はこれでもちょっとは上がったほうでしょう」

 

 こちらの反論にアマミヤは心底参ったように嘆息をつく。

 

「……なぁ、デヴィッド。これで試験を行うっての、大丈夫なん?」

 

「機関にしてみれば、“サヤ”候補生には一番に実戦への投入を、と釘を刺されていてね。ちょうど、察知したとの報告が入った。28号だ」

 

 28号――このエメトピアの闇に存在し、今も数を増やし続けているという下級翼手の総称であった。

 

「……教本には目を通したけれど、28体目からその反応が固定化したから28号って言うのは安直なんじゃない?」

 

「そういう慣例があるんだよ。“サヤ”未満は黙っておけ」

 

 ルイスは自分に敵対感情を抱いているようであった。

 

 デヴィッドとアマミヤの拘束時間を使うのがそれほど許せないらしい。

 

「……そんな事言ったって、あたしは教えられた通りしか知らないんだから」

 

 制服についた砂埃を払う。

 

 袖を通していたのは古めかしいセーラー服であった。

 

 赤いリボンに、黒一色。

 

 群青のスカートを翻し、ノノは刀へと視線を落としていた。

 

 ここまで追従するのに、二週間。

 

 機関の“サヤ”として戦い方をアマミヤ直々に教わるのにはそれだけの時間を要した。

 

 何せ、最初のほうは刀を振るうだけでもやっとである。

 

 ようやく手に馴染んだのは、初歩的な直刀でありアマミヤからは「クセがないけれど面白味もない」という評価をいただいている。

 

「それにしたって、“サヤ”としての初陣やけれど、デヴィッドとルイスは貸せへんのやろ? 誰が付いて行くん?」

 

「それに関してなんだけれど、彼らと顔合わせして欲しい」

 

 デヴィッドが促した先に居たのは、まだ年若い青年であった。

 

 黒服にはどちらかと言うと着られている印象さえも抱く。

 

 背丈もさほど高くはない。

 

「何なん? まさか、デヴィッドも候補生やって言うん?」

 

「失礼ながら、アマミヤの小夜。僕は試験を突破している。充分な訓練を積んだ“デヴィッド”ですよ」

 

 抗弁を発した青年へと、アマミヤはふぅんと値踏みの視線を走らせる。

 

「担当している“サヤ”は? それ次第で口の利き方を変えたげる」

 

「アマミヤ、あまり彼をいじめないでくれ。担当する“サヤ”はノノちゃんがはじめてとなる」

 

「じゃあ、候補生止まりやないの。よくもまぁ、吼えたもんやわぁ」

 

 それでも、自分の“デヴィッド”となると述べた彼は実直にこちらを見据えて声を放つ。

 

「……アマミヤのデヴィッド、僕は不愉快です」

 

「そう言わないで。アマミヤ、機関もデヴィッドとルイスの不足を感じている。今回の試験には、僕も同席する。それと、ベテランのルイスも」

 

 現れたのはデヴィッドとは相反するかのような老練の紳士であった。

 

「……この二人が……あたしの“デヴィッド”と、“ルイス”……」

 

「未定ですよ。何もかも確定し切ったわけでもない」

 

 先ほどまでアマミヤに反抗的な態度を取っていたかと思えば、自分に毒を吐くのでノノは苛立っていた。

 

「……あのねぇ……あんた、“デヴィッド”に成りたいの? それとも成りたくないの?」

 

「……僕だって、君のような未熟な“サヤ”と組まされるとは思いも寄らない」

 

「何をぉ……」

 

 神経を逆撫でする言葉に、拳を握った自分へと、アマミヤのデヴィッドが遮っていた。

 

「悪いが、ここで言い争っていても仕方ない。試験に移らせてもらおう。時間は有限だからね」

 

「それはその通りやね。ウチだって、あまりひよっこに時間をかけるようなヒマ、ないんよ」

 

 アマミヤの意見はいつだって辛辣であったが、そう言われてしまえば立つ瀬もなく、ノノは言葉を仕舞っていた。

 

「……分かったわよ。で、試験って言うのは?」

 

「歩きながらでいいかい?」

 

 アマミヤのデヴィッドが率先し、前を歩いていく中で、ノノはデヴィッド「見習い」である青年へと目線を振り向ける。

 

 どこか反骨精神を隠せていないエメラルドの眼差しに、ノノはぼやいていた。

 

「……せっかくの、“デヴィッド”就任だって言うのに、嬉しそうにしなさいよ」

 

「そっちこそ。僕が命令しなければ指一本動かせない“サヤ”のクセに、言葉だけは一端なんですね」

 

「……あんた、やっぱり分からせないと……」

 

「こらこら、喧嘩しちゃ駄目だよ。二人とも。それとも、喧嘩するほど、仲がいい、という奴なのかな? これは」

 

「「そんな事ない!」」

 

 二人同時に放った言葉にアマミヤが朗らかに笑う。

 

「惚気なんて嫌やわぁ、ほんまに。お似合いやないの」

 

 その言葉に恥じ入るようにして、ノノは意見を封殺していた。

 

 しかし、相手は一言添える。

 

「……こっちの文句がないわけじゃないんですよ」

 

「それは……こっちだって同じでしょう」

 

「いいかな? 試験はこれより、28号を観測した場所にて行う。実戦形式だ。君達だけではなく、同じように機関に見初められた“サヤ”候補生全員で行う」

 

 ノノはこの二週間で、思ったよりも“サヤ”であるのは特別でない事を知っていた。

 

 日々、セクションで発表される“SAYA”感染者の五割ほどは死なずに確保され、機関の手足として鍛錬を積む。

 

 もちろん、訓練したからと言って、皆が物になるわけでもない。

 

 それをはかるための試練が今日この日――“サヤ”候補生達と、歴戦のデヴィッドとルイスが専属し、彼女らの戦闘をモニターする。

 

 既にほとんどの戦術ヘリは飛び立っており、今日と言う日の特別さを醸し出していた。

 

 同時に、ここで一端の力を発揮しなければ、自分達は“SAYA”のキャリアーとして不適合の烙印を押され、そして処分される――それがアマミヤと彼女のデヴィッドに教えられたこの世界での鉄則であった。

 

 エメトピアが“SAYA”を隠し立てしていたわけではない。

 

 爆発的な増加速度を誇る“SAYA”のキャリアーを、ロンギヌス機関と争奪戦を行っているのだ。

 

「二週間、“これ”、我慢出来たのだけは褒めたげる」

 

 アマミヤが手元で弄んでいたのは自分達が服用していた完全栄養補助食品である「グミ」であった。

 

 グミは“SAYA”を含む全ての病魔を遠ざける――そう教え込まれてきたが、それは偽りであったと知ったのが訓練三日目の事。

 

「……グミの服用が……突発的な翼手化を防ぐためのものだったなんて……ね」

 

「“サヤ”の身分になってからじゃ、これも可笑しなルールの一個やね」

 

「なに、そう不自然でもない。“サヤ”に成れば、その意味もよく分かるはずだ」

 

「兄さん、アマミヤ、こっちのヘリの調整が終わった。後は……任せていいんだよな?」

 

 ルイスの問いかけにアマミヤのデヴィッドが首肯する。

 

「よし、では行こうか。アダム君はノノちゃんと同じく後部座席に。ルイス、操縦を頼みます」

 

 老練のルイスが操縦席に入ったところで、ノノは尋ねていた。

 

「アダム?」

 

「……僕の名前ですよ。まぁ、デヴィッドに成れば記号以下に成り下がる。忘れてください」

 

 そうか、デヴィッドにも本来の名前があるのだ。

 

 アマミヤの手足として当たり前のように名を捨てているデヴィッドとルイスに慣れたせいで、そのような事実にさえも自分は失念していた。

 

「……そっか。ごめん」

 

「何で謝るんです?」

 

「……だって、あたしもこの試練で名を失うから、自分だけ辛いんじゃないって……そういうフェアな痛み、忘れていたわ」

 

「……そんなの、意識に上らせて28号にしてやられないでくださいよ。ここで死んだら、元も子もないんですから」

 

「それは確かに。……お互いに頑張りましょ、アダム」

 

「……その名を呼ばないでくださいよ。僕はもう、“デヴィッド”に成るんですからね」

 

 そのどこか気丈さを保とうとする相貌に、ノノは微笑ましくなって、片腕を翳して拳にしていた。

 

 アダムが怪訝そうに首を傾げる。

 

「……何です?」

 

「一応、チームみたいなものでしょ? じゃあ、これって約束事」

 

 こつん、と拳を当てるとアダムは眼に見えて不機嫌になっていた。

 

「あ、あれ……? 何か変だった?」

 

「……変でしょうに。前を行く“サヤ”と、僕ら後方支援の“デヴィッド”達が等価なわけが――」

 

 そこから先の言葉をヘリの羽音が遮る。

 

 アマミヤが乗り込み、彼女のデヴィッドは落ち着き払ってシートベルトを付けていた。

 

「ノノちゃんも、ちゃんとシートベルトを締めて。さしもの“サヤ”とは言え、想定外の事が起これば困るからね」

 

 デヴィッドの言葉の赴くままに、ノノはシートベルトを締めてから、発進補助をするルイスへと目線を向けていた。

 

「……ルイスは来ないんだ?」

 

「彼には他に業務があってね。それに、一時的とは言え、アマミヤと僕が出るんだ。なら、少しは警戒したほうがいい」

 

「分かっとるん? ウチは本来、こういうのには同席せんのよ。それだけ手を焼いている“サヤ”やって事」

 

「……善処するわよ」

 

 居心地の悪さを感じながら、ヘリの浮遊感に意識を集中させる。

 

 二週間の鍛錬に意味がなかったとは思いたくない。

 

 しかし、こうして“サヤ”候補生としてエメトピアの白亜の理想郷を眺めるなど、思いも寄らなかった。

 

「……これが、楽園の裏……」

 

「28号翼手の“声”は既にサンプリングされている。まずは索敵部門だ。ノノちゃん、この中で関知出来るかい?」

 

「ちょっと待って……集中させてよ……」

 

「それくらい、呼吸と同じくらいなのが、立派な“サヤ”と言うものなんですが」

 

「うっさいわねぇ……アダムは黙ってなさいよ!」

 

「僕はもう“デヴィッド”です。何度も言わせないでください」

 

「まぁまぁ。……で、分かった?」

 

 嗜めたデヴィッドに、ノノは少しずつ集中の糸を絞っていく。

 

 空間を掌握するイメージを伴わせるが、それでも雑多だ。

 

 あらゆる音叉を細分化させ、その中でも網にかかった28号翼手の“声”だけを拾い上げていく。

 

「……一つ、二つ……もっと、細かく……」

 

 脊髄から生じる思惟を拡大化させ、“声”を捉える。

 

 その段になって呼び合うかのように吼える28号翼手の“声”のうち、一つが明瞭化されていた。

 

「……居た……」

 

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