BLOOD/EMETH   作:オンドゥル大使

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第五十五話 古きもの

 

「芳しくないなぁ」

 

 何でもないようにそう返答したデヴィッドは進路と退路の両方を下級翼手に挟まれたのを感じ取っている様子であった。

 

 アダムにしてみれば、28号とはいえ翼手。

 

 油断も出来なければ、この状況下で自己判断を下せるほどよく出来てもいない。

 

「……デヴィッド……さん。どうするんですか。これじゃあ、ジリ貧じゃ……」

 

「そうだね。だが、何とかアマミヤは離脱したらしい。重傷だが、他二名も無事。シュヴァリエと会敵したにしては上々だろう。これで本部にデータを持ち帰れる」

 

 しかし、小夜が生き残ったとしても自分達が死ねば同じ事だ。

 

 唸り声を上げる下級翼手は総数五体。

 

 幸いにして、群れのリーダー格である上級翼手は居ないが、それでも絶体絶命に等しい。

 

 前方を目にして、ふむ、とデヴィッドは一考を差し挟む。

 

「やはり、前から行こう。後ろ向きなのはよくない」

 

 まるで、ちょっとした遠出に向かうかのような気軽さで、デヴィッドは策を講じているようであったが、アダムにしてみればそれさえも理解不能。

 

 懐から取り出した拳銃を翼手に向けたところで、相手は刺激されたのか跳躍し一気に距離を詰めてくる。

 

 ――機関の射撃訓練では優秀成績を収めていたはずだ。

 

 だと言うのに、本物の翼手を目の当たりにすれば一発だって掠りもしない。

 

 これが翼手――人類にとっての毒であり、そして超常的な身体能力を誇る怪物。

 

 一体の翼手の動きを嚆矢としたように他の個体もなだれ込んでくる。

 

 決して広くない道へと前後から翼手が向かってくるのは悪夢以外の何者でもない。

 

 アダムは何発か引き金を絞ったが命中したとしても硬質化した翼手の表皮に弾かれていく。

 

「……い、嫌だ……助け……」

 

 牙を軋らせ、爪に殺意を宿して翼手は襲い来る。

 

 その行方を――デヴィッドは塞いでいた。

 

「悪いけれど、彼はまだ前途ある“デヴィッド”の候補生なんだ。だから、死なせるわけにはいかない」

 

「デヴィッドさん! 銃を! すぐに!」

 

 その決死の言葉に、デヴィッドは微笑む。

 

「僕は射撃がとても苦手なんだ」

 

 それが今際の言葉になる――翼手の爪が打ち下ろされデヴィッドの整った相貌を引き裂いていた。

 

 否、引き裂かれたとしか認識出来なかった。

 

 打ち下ろされた暴力は人間の頭蓋など簡単に粉砕出来てしまうだろうし、実際にそうだったのだろう。

 

 ――デヴィッドの眼前で止まった翼手の爪を目の当たりにするまでは。

 

「……何、を……」

 

「現代兵器が、僕はとても苦手でね。銃もナイフも、そういうのは向かないなって思ったんだ。だけれど、僕にも得意分野はあってね」

 

 爪を至近距離で硬直させているのは呪符であった。

 

 一枚の呪符より黒く凝った波紋が浮かび上がり、翼手の爪を次の瞬間、白い植物の蔦が覆い尽くしていた。

 

 蔦は翼手の肉体を埋め尽くし、その筋肉繊維を締め上げてうっ血させていく。

 

 やがて拘束された一匹を触媒にして、その植物は乱杭歯を軋らせて四方八方へと蔦を投げ放っていた。

 

 絡まった翼手から血が奪われていく。

 

 どくん、どくんと脈動する白い植物の化け物は翼手の血を苗床にして成長し、敵の心臓を射抜いていった。

 

「……これは……」

 

「ある者は言う。エンシェント、E保有個体。けれどこれらは、彼らの呼称に相応しくない。僕は彼らをこう呼んでいる。――〈古きもの〉、と」

 

 その言葉の証左のように〈古きもの〉は蔦を薙ぎ払わせて翼手を死滅させていた。

 

 まさに一瞬。

 

 これほどの彼我実力差が開いているとは夢にも思わない。

 

「アダム君、今のうちにノノちゃんに連絡を」

 

 しばし茫然としていたアダムは、ようやく我に返り、ノノへと直通を打とうとしていた。

 

 その間にデヴィッドは呪符を翳し、〈古きもの〉を封印する。

 

 そう、封印と呼ぶのが相応しい。

 

 彼にとっての武器に自分はまるで理解出来ないでいた。

 

 銃でもナイフでもなく、ましてや刀でもない。

 

 怪物に対しての怪物という名のカウンター。

 

 アマミヤほどの小夜のデヴィッドなのだ、それもある意味では当然――しかし、彼が振るう力はまるで別種のように思えて。

 

『……アダム……?』

 

 ようやく繋がった通信にアダムは呼び掛けていた。

 

「……聞こえていますか、“サヤ”未満! これからそっちに向かいます! ……どうやら僕ではこの二人にとって、足手纏いのようだから……。そちらの状況は!」

 

『……翼手は……死んでいる』

 

 掠れた声音にアダムは詰問していた。

 

「死んで……? 倒したのですか?」

 

『……分からない。何にも……分からない』

 

「……恐らくは血中のSコードの暴走か。今すぐ向かいます! そこから離れないように、いいですね?」

 

 アダムはデヴィッドへと視線を合わせる。

 

 彼も首肯し、それを促していた。

 

「すぐに向かうといい。ノノちゃんもともすれば混乱しているのかも」

 

 次の言葉を紡ごうとして、ノノは疲弊しきった声を発する。

 

『……アダム。少しだけ……休める場所に移動させて……。そうじゃないと……壊れてしまう……』

 

 それは小夜としての力の限界か、あるいはノノとしての精神の臨界か。いずれにしたところで、もう物にならなくなってからでは遅いのだ。

 

「……分かりました。そちらで合流地点は示し合わせてください。……どうか、少しでも身体を休めて……無茶だけは、しないように」

 

 返事は来ない。しかし、少しは信じてみなければどうしようもないだろう。

 

「……“サヤ”未満とは言え、この夜は異常だ。すぐにでも……向かいます……!」

 

 アダムは拳銃を構えて獣たちの夜を駆け抜けていく。

 

 その先に何が待とうとも、今はただ――ノノを死なせてはいけない、その一事であった。

 

 

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