BLOOD/EMETH   作:オンドゥル大使

56 / 183
第五十六話 策謀の夜

 

 何度目かの呼吸を差し挟み、ワイズマンの者達の声が響き渡る。

 

『事態は切迫しているぞ、ジョエル』

 

「承知しております。しかし、まさか“サヤ”候補生の試験を利用しての28号翼手の作戦展開……どれもこれも、想定外」

 

『言い訳が通用すると思っているのか? 既に確認出来るだけで数十名の“サヤ”候補生のバイタルサインが消えたのを確認している。中にはデヴィッドとルイスでさえも罠にかかったとの事だ。これをどう清算する?』

 

 ジョエルは落ち着き払った声で、対応策を返答していた。

 

「アマミヤでさえも撤退に追い込まれている現状、仕方ありませぬ。“音無小夜”のカードを切りましょう」

 

 その宣告は、ワイズマンにとって完全に虚を突かれた形であったのだろう。

 

 彼らは驚嘆を浮かべる。

 

『……何と言った? まさか、オトナシを解き放つと?』

 

「ですから、そう言っているのです。何度も聞き返さないでいただきたい」

 

 しかしそれは――機関にしてみればまさに鬼札に等しい。

 

『……もし……シュヴァリエに音無小夜が殺されればどうする? その場合、ジョエル、貴様の首を挿げ替えるだけでは済まない』

 

「重々承知です。アマミヤのルイス、デヴィッド達の現在位置は把握済みだな?」

 

 この査問会に召集されたルイスは苦々しげに口にする。

 

「……ポイントは把握しておりますが……そこにオトナシを投入すると? それはだが、送り狼としての役割をこなせるかどうか……」

 

「聞いていなかったのか? 音無小夜の即時投入こそが、彼女らの生存率を上げる。オトナシのデヴィッドとルイスには、既に厳命を与えてある。十分以内に現着、それは揺るぎない」

 

『ジョエル。長官としての越権行為に抵触するぞ』

 

「構いません。一人でも多くの“サヤ”候補生を救い出す。そのためならば、泥くらいは被りましょう」

 

『だが、音無小夜の調整は上手く行っているのか? 彼女は強いがゆえに……』

 

 濁したワイズマンにジョエルは言ってのける。

 

「この緊迫した戦局を覆すのに必要なのは最強の“小夜”。それは間違いないでしょう。幸いにして、音無小夜は出来る“小夜”です。28号翼手を殲滅し、シュヴァリエの刃を遠ざけるだけの力を持つ」

 

 これから先は、論ずるだけ無駄なのだと悟ったのだろう。

 

 ワイズマンは責任を自分へと投げる。

 

『……知らんぞ。音無小夜の即時投入はあまりにも早計だ』

 

『左様。彼女はアマミヤに匹敵する小夜だが、制御系統が困難なのだと報告書にある。……やれると思うのか?』

 

「そう信じなくては死ななくていい者達まで死なせます」

 

 断じた自分にそれ以上の言葉は重ねられなかった。

 

『……では作戦を遂行せよ』

 

 ワイズマンの気配が消えてから、ルイスは声にする。

 

「……いいのかよ、親父。これじゃ、ワイズマンからの心証がよくないだけじゃない。オレ達は要らない禍根まで背負う事になる」

 

「だとしても、今、“サヤ”候補生を死なせる意義はない。彼女らは一人でもともすればこれから先、一騎当千に成り得る。それを信じてはいけないか?」

 

「……親父は夢想家だよ。“サヤ”なんて代わりが利くものだ」

 

「だとしても、彼女らの運命とて過酷。それに、ルイス。お前とて、兄であるデヴィッドの行方が気にかかっていないとは言わせない。デヴィッドを守れるのは“サヤ”だけだ。他の何者でもない」

 

「……アマミヤが撤退したってのは意外だったよ」

 

 つい先刻もたらされた情報に、ジョエルは投射画面をなぞる。

 

「……まさか、シュヴァリエ、か。それも、最強の小夜の名をほしいままにする、雨宮小夜が、手も足も出ないとは。如何に特殊弾頭が彼女専用ではなかったとは言え、これは手痛い一打だ」

 

「……親父はさ。小夜に入れ込むものでもないよ。分かってるんだろう? “サヤ”はロンギヌス機関における生態兵器、彼女らの生き死にに親父が絡む事はないんだ。もっと、……長官として生きてくれれば、少しは楽なんだよ。オレも兄さんも」

 

「……長官として、か。だがそれは、無責任と何が違う。わたしは、あくまでも現場を担当するお前達に、恥じ入りたくない生き方をしたいだけだ。それ以外にない」

 

 断言した自分にルイスはうろたえる。

 

「……もう、若くもないんだ。親父は隠居だって考えるべきなんだよ」

 

「ありがたい言葉だが、今はそのような場合でもない。ルイス、音無小夜のデヴィッドとルイスに同行しろ。これは命令だ」

 

「そ、それってさ! オレに……あいつらの走狗になれってのか?」

 

 きっと、それは屈辱であったのだろう。

 

 奥歯を噛み締めた様子のルイスに、ジョエルは間髪入れず告げる。

 

「戦闘を学べ。小夜の扱い方も、だ」

 

 これ以上の問答は意味がないと判断したのか、ルイスは身を翻していた。

 

「……了解……だがよ、得心がいかない場合には……言わせてもらうぜ、親父」

 

「それともう一つ。ここではジョエルと呼べ。父と呼ぶ事は許さん」

 

 ある意味ではここで一線を引いておかなければ、ルイスは血の繋がりに頼り過ぎてしまう。

 

 それは彼にとって不幸な宿縁となるだろう。

 

 査問会の扉を抜けたルイスの背中を見送り、ジョエルは情報集積地点へとアクセスする。

 

「……“サヤ”候補生を狙っての作戦展開。加えて上位翼手であるシュヴァリエの実戦投入。そして……最強の小夜の撤退戦か。どれもこれも、一夜に起こる出来事にしては、大き過ぎるな……」

 

 ジョエルはそう結んでから、車椅子を押していた。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。