BLOOD/EMETH   作:オンドゥル大使

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第六話 鮮血の味

 

「買い」をやっていた山形が死んだと言うのは、女子生徒にとってしてみればそれなりのセンセーショナルなニュースで、千佳は早速寝ぼけ眼をこすって、早朝のメッセージを打ち込んでいた。

 

〈やっぱヤバかったんだって。よかったぁ~、私関わってなくって〉

 

〈関わっていた子、ショージキに言ったほうがいいよ。変なビョーキもらってからじゃ遅いから〉

 

〈“SAYA”とか言うの、そういう病気なの?〉

 

「……みんな、浮かれてるなぁ……」

 

 ぼやいてから、冷凍しておいた朝食を解凍し、レーションを頬張る。

 

 しかし、やはりと言うべきか味気ない。

 

「……店長のアイスが恋しいな」

 

 さらにメッセージを遡ると、どうやら休校であるらしい事が伝わってきた。

 

〈ガス爆発だって。最近物騒だよね〉

 

〈この間、地下鉄が駄目になったっての、あれ、清掃業者にバイトしている子から聞いたけれど、ガセネタらしいよ〉

 

〈じゃあ本当のところは何?〉

 

〈たくさん死体を洗ったって聞いた〉

 

〈バカじゃん。都市伝説〉

 

〈“SAYA”のネタよりしょうもない〉

 

 千佳は清掃業者の話に入った時、朝食の味がしなかった。

 

「……あれ、本当に何だったんだろう」

 

 バイト時には端末の持ち込みは禁止だったが、隠し撮りをした地下鉄の清掃業務の写真を見返す。

 

 血塗れの地下鉄内に、天蓋を吹き飛ばされたような事件現場は何度見ても不可思議であった。

 

「……ギャラは積んでもらったから、他言無用だけれど……」

 

 自分以外のバイトの人間が口を滑らせたのだろう。

 

 人の口に戸は立てられないと改めて思ってから、千佳は喉に朝食を放り込んで誰も居ない屋内へと出立の言葉を上げる。

 

「……行ってきます。誰も居ないけれど」

 

 休校の噂は立っていたが確定の情報はない。

 

 こういう時、自分の親友は抜けているので登校しかねない。

 

 ちょうど一階層下に住んでいる真那の家のインターフォンを押すと、困惑顔の真那の母親が出てきていた。

 

「おはようございます、おばさん。真那は……起きてます?」

 

「千佳ちゃんの家に行ったんじゃないの?」

 

 言葉の意味が分からず、小首を傾げると真那の母親は少しばかり困り果てているようであった。

 

「昨日の夜に学校にグミを取りに行ったっきり、帰ってないのよ」

 

「真那が?」

 

 しかし、学校は事故が起こったと聞く。まさか、と安易に繋げかけた自分へと真那の母親は声をかけていた。

 

「大丈夫よね? 真那が……あの子に限って……悪い事に巻き込まれたりなんて……」

 

 こういう時、頼れる親友ポジションを崩さないのが自分である。

 

 胸元を叩き、毅然として応じていた。

 

「大丈夫ですよ! 真那の事ですし! もしかすると学校で寝入っちゃったのかも。あの子、まだまだ子供ですから!」

 

 こちらが快活に言いやると少しだけ彼女の母親は安堵したらしい。

 

「そう……よね。千佳ちゃんみたいなしっかりした子が居るのだもの。きっと、大丈夫よね」

 

「もし真那がそんな事になってたら、この愚図! ってどやしてやりますよ!」

 

 千佳は軽く挨拶してから集合住宅を後にする。

 

「……真那がどこへ行ったのか……他の子なら知ってるかな」

 

 親友とうそぶいておいてこれでは立つ瀬もないが、情報が乏しいのも事実。

 

 メッセージを流すと、何個か返答が来ていた。

 

〈倉橋さん? 鈍くさいから分かんないな〉

 

〈あの子、ぼんやりしていて取っ掛かりにくいし〉

 

〈案外、ああいう子ほど“売り”やっていたりして?〉

 

 親友の悪い噂が流れるとは思わず、千佳は端末を閉じていた。

 

「……どうせ、真那の事だし、油処かな?」

 

 学校に訪れた頃合いにはもう噂の数々は消え失せており、千佳は封鎖線の張られた校舎を仰ぎ見ていた。

 

「……どうなってるのよ、これって……」

 

 まるで爆撃でも受けたかのように一角が崩落している。

 

 覗き込もうとして、清掃業者に制されていた。

 

「ここには寄らないで! ……千佳ちゃん、だよね?」

 

 バイト先の清掃業者の同期が声を潜める。

 

 どうやらここの清掃も任せられているらしい。

 

「何かあったんですか、こんなの……」

 

「分からない。ガス爆発だって、公には。ここの生徒だったんだ、千佳ちゃん」

 

「あ、はい……。その生存者とかは? 聞いてませんか?」

 

「いや、今朝すぐに出られる人間だって、それで出勤しただけで……。千佳ちゃんは? 何か話とか聞いてない?」

 

「い、いえ……私は何も……」

 

「それにしたって、物騒になったものだよ。“SAYA”感染者こそ出ないものの、こうも厄介な事件が立て続けだとね。疲れてくるって」

 

「おい! こっちの清掃終わってないぞ!」

 

 上司から怒声を飛ばされ、同期は頭を下げて遠ざかっていく。

 

「……何だろ。嫌だな、これ……」

 

 呟いた千佳は、見覚えのあるキッチンカーが学校の裏に横付けしているのを発見する。

 

「……油処のキッチンカー……? もしかして……!」

 

 駆け寄ると運転席で店長がこちらを観察していた。

 

「あれ? 千佳ちゃん? どうしたのよぉ、こんなところで」

 

「店長こそ……。何だって学校まで?」

 

「心配したのよぉ、今朝早くにここで何かあったって聞いてね。千佳ちゃんと真那ちゃんのハイスクールが確かこっちの方角だったな、って思って。つい来ちゃった」

 

 微笑んだ店長も今はどこか頼もしい。

 

「ごめん……ちょっと乗せてもらっていいかな。話したい事があって……」

 

「あら? 恋バナ? いいわよ、別に。こっちも営業時間じゃないしね」

 

 キッチンカーの後部座席に座ると、店長がエンジンをかける。

 

 緩やかに学校から離れていくのを、どこか名残惜しくサイドミラーで追っていると、不意に声が投げられていた。

 

「……何かあったのね?」

 

「……うん。真那がね、昨日学校に行ったっきり、行方不明だって」

 

「あら、それは気になるわね。まぁ、真那ちゃんの事だから悪い事には巻き込まれていないとは思うけれど」

 

「そう……! だよね……そのはずだし……」

 

「千佳ちゃん、一番の親友でしょう? 何か知らないの?」

 

 千佳は無力感に頭を振る。

 

 真那の行方もそうならば、学校のメッセージで真那が悪く言われるのも耐えられなかった。

 

 こういう時に寄り添えるのが親友の証であるはずなのに。

 

「……私、ちょっとズルいかもしれない」

 

「何でも言ってね? アタシと二人の仲じゃない」

 

 店長ならば、少しくらいは自分の秘密を打ち明けられるような気がしたのはやはりこれだけの時間を共有してきたからだろう。

 

 それに店長はどこか浮世離れしている。

 

 少しくらいの噂は守れるタイプなのは、自分のような少女でも判断出来た。

 

「……この間……あ、私清掃業者でバイトしていて。それで、その……言っちゃ駄目なんですけれど、この間の現場でその……あまりにも変だったから……」

 

「あら? 変ってどういう風に?」

 

「……地下鉄の清掃だったんですけれど、血塗れで。人間の血のはずなんですけれど、ちょっと気を付けてって言うくらいには防護服を着させられて……で、地下鉄も半分くらい壊れていて……。そういうの変だとは思ったけれど、私も仕事だから。そういうもんなのかなって」

 

 話すと楽になるかと思ったが、店長はその先を促していた。

 

「それで? その後に何かあったの?」

 

「いえ……それだけが特別だったとかじゃないんだけれど……エメトピアって時々、そういう事あるから。何かの痕跡みたいなのをきっちり消せみたいなのは、何度か……」

 

「大変ねぇ。アタシもセクションを巡る事もあるから、そういうのは行き会う事もあるわぁ」

 

 店長のキッチンカーは裏通りに停車していた。

 

「……あの、店長……?」

 

 店長は窓を開いてエメトピアの空を仰いでいる。

 

「……潮時みたいね、そろそろ」

 

「……店長? どうしたの?」

 

 店長は調子を取り戻してから、アイスを一つ取り出していた。

 

「これ、サービスよ」

 

「何これ……? ストロベリー?」

 

 それは真っ赤な色味のストロベリーアイスに映っていた。

 

 まるで鮮血のような――。

 

「千佳ちゃん、少し気を付けたほうがいいわ。真那ちゃんを探すのはいいけれど、あの子、多分もう戻ってこないわよ」

 

「な、何で……? 何でそんな事言うの! 店長、いつも私達に、よくしてくれて――」

 

「あと、“売り”もやめたほうがいいわね。生理、来てないんでしょ?」

 

 千佳は絶句する。

 

 店長は何でもない世間話の延長線上の風体を崩さない。

 

「だって血のにおいが違うもの。すぐ分かるわ」

 

「……店長……それ、誰かに……」

 

「言わないわよ。真那ちゃんも分からなかったのかしらね」

 

 どこか他人事のように言ってのけてから、後部座席のドアが開く。

 

「帰り道に気を付けてね。……とは言っても気を付けようもない事が……もうすぐ起きるわね。じゃあね。あなた達との数年間、楽しかったわ」

 

「……店長。それってどういう……」

 

「それと名前、ずっと名乗っていなかったわね。アタシの名前はマハラル。本当の名前はもっと長いんだけれどね、それだけ言ってなかったなって思って」

 

 店長――マハラルはそう言ったっきり、キッチンカーを走らせて裏通りを進んでいく。

 

 その後ろ姿が見えなくなった頃合いに、千佳は手に持ったアイスがまるで溶けない事に気づいていた。

 

 誰にも明かしていない、山形との蜜月を看破されたのもそうならば、何の感慨もなく立ち去っていくマハラルの奇妙さも際立つ。

 

 そして彼はどこか、真那が居なくなった事に関しても達観しているような気がしていた。

 

「……このアイス、何だか……妙に、惹かれるって言うか……」

 

 舐め取ったアイスは鮮烈な血の味がした。

 

 

 

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