BLOOD/EMETH   作:オンドゥル大使

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第六十話 夜を問う

 

 拘束は、と問いただしたのは何も相手が恐ろしかったからではないのだろう。

 

 自分でも同じ事を問うだろうな、とジョエルは査問会に赴いた己を顧みる。

 

 彼らもワイズマンの一員達だが、戦線を維持する者達を「表」と表するのならば、いわば「裏」のワイズマン達だ。

 

「覚醒前に既に。しかし、彼の人権は保障されて欲しい」

 

『人権? 何を言っているのか、分かっているのか、ジョエル。機関内部からシュヴァリエが生まれた、この異常事態を』

 

 ワイズマンの詰問の口調に、ジョエルは静かに応じる。

 

「非常事態だった、如何にサヤ候補生の判断とは言え、別段、想定されていない事態ではないはずですが」

 

『それは違う。機関内部からシュヴァリエが発生したとなれば、彼女らも直に気づく。己が何者であるのかを』

 

『……アシッドにそそのかされた可能性もある。サヤ候補生が遭遇したという、金髪の男に関しての素性は?』

 

「不明です。だが……恐らく追跡は難しいのだろう。サヤ候補生の首筋にはめられた通信機にもレコードはなし。つまり、相手は解析音波を理解して、サヤ候補生に接触したという事」

 

『ジョエル、これは責任問題でもある。そうでなくとも、アマミヤの先走った行動で要らぬサヤを増やし、そしてその上でデヴィッドの候補生をシュヴァリエにしてしまった。誰が咎を受けるというのだ、この状況を』

 

「……わたしが責任を負うと言えばいいのならば、それでよろしい。元々は監督不行き届きもあった。今は、敵を見据えるべきだ。敵性存在……アマミヤとの遭遇戦は、何とか記録出来ているのですからね」

 

 投射映像が中央の卓上に浮かび上がる。

 

『げに恐ろしきは、この男か。戦闘能力が我らの有する最強の小夜である雨宮小夜に匹敵するとは』

 

『恐らくはシュヴァリエ……それにしても、これほどの相手はモニターされた事がない。相手は翼手化さえもしていないのだぞ……』

 

 震撼した様子のワイズマンの心持ちも分からないでもない。

 

 アマミヤが防戦一方、それ以外の小夜では話にもならない。

 

「……わたしはこの敵を最優先滅殺対象に引き上げるべきだと進言する。今は組織内部で勘繰り合いをしている場合ではないと。アシッドにこの男が接触すれば、それだけでパワーバランスは瓦解する」

 

『ジョエル、貴様、その身可愛さに敵を作ろうとしているのではなかろうな?』

 

「……何が言いたいのです? わたしがこの男をけしかけたとでも? 生憎だが、シュヴァリエの知り合いは居ない」

 

『短慮に飲まれるなと言っている。この男を排除したところで、サヤ候補生に接触したもう一人もシュヴァリエ相当だと想定すれば、脅威判定は一人ではない』

 

『左様。まさか、貴様の身を守るためだけにアマミヤを使おうというのではあるまいな?』

 

 ワイズマンが憂慮しているのは所詮、我が身だけだ。

 

 彼らはお互いへの牽制しか能がない。

 

 内偵部門が聞いて呆れる――とジョエルは胸中に結ぶ。

 

「……わたしの守りはなくとも構わない。アマミヤには引き続き、戦線を押し出すように前に出させましょう」

 

『頼んだぞ、ジョエル。雨宮小夜でさえ勝てないのならば、最強の名は最早、輝くまい』

 

『サヤ候補生の中で生存したのは、その問題の者だけか?』

 

「いや、書類上では五名の生存者と報告されています」

 

 書類を呼び出し、ジョエルは生き延びた少女達の名前をそらんじようとして無駄なのだと判じる。

 

 もう、彼女らに俗世を生きる名はない。

 

 永劫に奪われた名前だけが意味のない指標のように列挙されている。

 

『では、サヤ達には襲名の儀を行え。一刻も早く、使えるようになってもらわねば困るのだからな』

 

『使えぬサヤはとっとと前に出して死なせて後ろを押し出せ。どうせ彼女らは“SAYA” のキャリアー。生きていても辛かろう』

 

「……その前に一つだけ。あなた方はわたしに開示していない情報があったようだ。音無小夜とは、一体何者か」

 

 ここで自分の身分でハッキリさせなければならないのはその一事だろう。

 

 ワイズマンは何でもないように応えていた。

 

『貴様らの教育はあまりにも手ぬるい。よって内偵部門である我々でも作らせてもらった。最強の小夜を』

 

「だが、命令系統が違えば弊害もある。音無小夜の順次の周知を。そうでなければ襲名の儀は延期させてもらいましょう」

 

 この交渉術に相手はどう出るか。

 

 僅かな間が空いたが、彼らは口を開いていた。

 

『……よかろう。音無小夜を貴様らの小夜の葬列に加えるがいい』

 

『だが勘違いをするな。もし我々が音無小夜と、そして彼女の“デヴィッド”と“ルイス”を教育していなければ、この事態を防げなかったのだと』

 

「承知していますとも。だが、サヤ達にとっても、知らないサヤの存在は脅威となるだろう。彼女らの事を考えていただきたい」

 

『貴様が言うと笑えるな、ジョエル。ロンギヌス機関を回すために、せいぜいその寿命を使い切れ。貴様とて、我らと同じく世界から爪弾きにされた“一割の側”だ。戻るべき退路も、進むべき楽園も、永劫に奪われた存在なのだよ。我々、純正人類はね』

 

 ワイズマンの通信が全て掻き消えてから、ジョエルは皺と血管の浮かんだ手を撫でる。

 

「……純正人類、か。それを誇りのように言える時は……いつ来るのだろうな、楽園を追われた側でしかない、我々は」

 

 

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