BLOOD/EMETH   作:オンドゥル大使

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第六十一話 醜悪な真実

 

 納得出来ない、とそう口にする事も許されないのはルイスの論調からしても明らかだった。

 

「……アダムとはもう会えないって……?」

 

「当然だろう。お前はやってはいけない事をした」

 

 投獄されたノノはルイスへと睨み上げる。

 

 彼と、そして隣で佇んでいるデヴィッドは糾弾するような眼差しでこちらを見返す。

 

「……あの方法でしか、アダムを……生かせないと、そうなのだって教えたのは、あんた達でしょう……!」

 

「……蛇にそそのかされたか。お前は一番やっちゃいけない選択肢を選んだんだ。分かるか? 小夜による血分け、それはイレギュラー中のイレギュラーなんだ」

 

「分からないわよ! ……だって、アマミヤにはそのお陰で、あたしは生き返る事が出来て――!」

 

「例外中の例外だった。教えられなかったのは悔やまれる」

 

 ようやくデヴィッドが口を開く。

 

 彼は自分の投獄に対し、何か言ってくれるものだと思っていたが、どこか遠くを見るかのように視線を投げている。

 

「……兄さん? このサヤに、言ってやってくれ。どれだけの大罪を成したのかと」

 

 ルイスは吐き捨てるように言い捨てて、地下通路を抜けていく。

 

 デヴィッドと取り残されたノノは、縋るように口にしていた。

 

「……デヴィッド……あたしは間違った事をしたの?」

 

「間違った……と言う一事で判断しかねるが……アダム君にしてみれば、彼を一生、人間でない存在にしてしまった。アマミヤから、一通りの事は習っているね? シュヴァリエについては」

 

「……そんなの、例外だってアマミヤは言っていた。翼手の中でも上位種。行き遭えば、自分は死ぬだけだって……」

 

「君が遭遇した男はシュヴァリエであった可能性が高い。その証拠に首のレコーダーには声が一秒も記録されていなかった」

 

「……で、でも……! その人は……あたしに、アダムに血を飲ませれば、それで生き返るって……! 実際に、あたしの時はそうだったんでしょう! 答えてよ、デヴィッド!」

 

 懇願の声にデヴィッドは平時のような微笑みを浮かべるでもなく、どこか冷淡に告げていた。

 

「……“SAYA”のキャリアーの可能性が高かった君と、そうではないアダム君では違う。彼の体内に一度巡り出したサヤの血は、彼を人間ではないものにする。もう戻れない、夜の道だ」

 

「……アダムはどうなったの……?」

 

「死んではいない。いや、死ねなくなった。真実、そのように。君達のような小夜ではない。シュヴァリエとして」

 

「……それも、分かんなくって……。何で、あたしは小夜になって、アダムはシュヴァリエになるって言うの……? それも全然……理解なんて……」

 

 頭を抱えてノノは頬を伝う熱を感じていた。

 

 間違いを犯したとしても、どうしてもうアダムと会えないなんてルイスは言ったのだろうか。

 

 彼も自分のようなサヤに成れないのは何故なのか。

 

 デヴィッドは論調だけは優しいままで、ぞっとするような言葉を吐く。

 

「……彼は人間ではない。それは別に、今の今までと言うわけでもないんだ。この世界に棲まう、ほとんどの人類は、君の救うべき純正人類ではない。潜在翼手人類――オニゲン、と言う」

 

 何を言っているのか、ノノにはまるで理解出来ないでいた。

 

 今、デヴィッドは何を言ったのか。

 

「……オニゲン……? 何よ、それ。人間じゃないって……」

 

「言葉通りだ。純正人類の代行者。討ち手である君達小夜が守っている、この世の九割の人類は、既に正しい意味では人間ではない。彼らは28号翼手や、上級翼手の呼び声でいつ、翼手に覚醒するか分からない、そういった存在なんだ」

 

「う、そ……。そんなわけが……だって、アマミヤは人間を守れって……。そう言っていたはず。アマミヤが嘘を言うわけが――!」

 

「嘘じゃない。小夜は純正人類のための討滅者だ。人間を守る、何も嘘じゃない。ただ、その対象は極めて狭い範囲であるというだけ。純正人類はロンギヌス機関に所属する人間の……いいや、世界の存在する人間達の、ほんの一割。現行人類のほぼ全てが、五十年前を境にして、オニゲンへと置き換わっている。これは、ほんの一握りの機関の者達しか知らない。君達小夜の中でも、知っている者は少ないだろう」

 

「……そんな事……じゃあ、だとしたら、あたしは? あたしも……人間じゃ……ないって……?」

 

 否定して欲しかった。

 

 そんな事はないと。

 

 間違いなく人間なのだと。

 

 しかし、デヴィッドは非情なる言葉を返す。

 

「その通りだ。ノノちゃん、それにこの世に生きるほとんどの人間は、もうオニゲンなんだ。そして、オニゲンの間でだけ、流行する病がある。それこそが、君らの恐れている“SAYA”だ」

 

 何を言われているのか、そもそも話の真偽も不明なままデヴィッドは語り聞かせる。

 

 まるで、言う事を聞かない子供を少しずつ、あやすかのように。

 

「……“SAYA”……」

 

「二十歳未満の少女の間でだけ、感染ルートのある未知の病原菌。その正体は、純正人類を守るための集合無意識。人間が、神の座に昇るために、誰かが用意したのだろう。天へと繋がる血の宿業だ」

 

「……じゃあ、あたし達、サヤは? オニゲンでありながら、サヤだって言うの……?」

 

「逆も然りだ。オニゲンでなければサヤには成れない。君達は、とても危うい均衡の上で成り立っている。いつ翼手に転ぶか、誰も想定出来ない」

 

 デヴィッドが嘘を言っている空気はない。

 

 心底、本当の言葉だけで形成されたその事実は、ノノに生きる気力を失わせていた。

 

「……あたしが殺してきたのは……同類である……オニゲンだって言うの……」

 

「翼手は君達、小夜の血でしか殺せない。純正人類の持つ最後の砦だ。小夜を集め、その軍勢で翼手人類を殲滅する。それがロンギヌス機関の掲げる理念そのもの」

 

「……ねぇ、デヴィッド。じゃあ、あたしは何だって言うの……? 人間でもなく、小夜としても中途半端……。その上、血分けでアダムを……二度と人間に戻れなくした。あたしこそが、裁かれるべきなんじゃないのよぉ……っ!」

 

 悔恨を噛み締めてノノは嗚咽する。

 

 だが、デヴィッドはたやすい終わりを想定しなかった。

 

「……君はこれまで殺してきた翼手の分だけ、ヒトを救うんだ。それを忘れちゃいけない。小夜は、人類を救う最後の希望。だから、簡単に折れちゃいけない。アダム君の処遇に関しては僕を信じて欲しい。非人道的な真似には出させない」

 

 いつもなら、デヴィッドの言葉は何の迷いもなく信じられるのに、今だけはその論調も疑ってしまう。

 

「……あたしが……! 彼を戻れなくした……。その咎を受けさせてよ……!」

 

「残念ながら、それは出来ない。君は試練を突破した。よって、もうすぐ、実戦型の小夜として重宝される事になるだろう。アマミヤと同じく、小夜としての名前を得る。投獄はほんの一週間ほどだが、その間に自身の身の振り方を考えおくといい」

 

 そう言い置いてデヴィッドは立ち去ろうとする。

 

 その背中にノノは呼び掛けていた。

 

「待って! ……待ってよ、デヴィッド……。あたしはどうすれば……じゃあどうすればよかったって言うのよ……!」

 

 その問いかけに彼は言葉少なだった。

 

「……いつだって最適解が選べるわけじゃない。君は……よくやったとも」

 

 それは彼なりの慰めであったかもしれない。

 

 だが今更だ。

 

 全てが決し、全てが狂った。

 

 慟哭する自分の声が地下牢に残響する。

 

 どこまでも、醜悪な声であった。

 

 

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