「……言ったのか、兄さん」
地下牢の扉の前で佇んでいたルイスにデヴィッドは首肯する。
「辛いね、世界の真実を告げると言うのは」
「時間の問題だったんだろう? 今回のシュヴァリエの出現に、サヤ連中も浮足立っている。勝てる勝てない時点の話題にも上がらないサヤだっている。彼女らにしてみれば、使い潰されるだけの駒なんだろうさ」
ルイスの言葉は正鵠を得ている分、デヴィッドとしてはノノの宿業があまりにも残酷なのだと思い知らされる。
「……血分けを行わなければ、アダム君は死んでいた。だが、この致命的な間違いを犯さなければ、ノノちゃんは世界の真実を知る事もなかった、か……」
「後悔しているのか? 兄さん。小夜に対しての感情移入なんてらしくないだろうに」
「……僕は小夜に壁を作るような真似は出来ないよ。それにしても、辛いのはもう一つある。……オニゲンである彼女らは、体内に流れる“SAYA”の持つSコードの因子と常にせめぎ合いにある。……寿命が約束出来ないという事だけは、言い出しきれなかったな……」
「そんなの、オニゲンだって分かった時点で頭が回るんなら少しは察しもつくだろう。現にアマミヤは説明を受けて理解したんだ。あのサヤ候補生だけ特別視するのも違うだろう」
その時、デヴィッドは端末に着信があって通話口で声を聴く。
『アマミヤのデヴィッドよね? 研究室に来てちょうだい。少し話しておく事があるわ』
「おい、兄さんは任務帰りで忙しいんだ! 少しは考えろよ!」
割って入ったルイスの声に通話先は涼しげに返す。
『あら? 不完全なルイスがよく言うわよ。まぁ、いいんだけれどね。最後の最後で音無小夜に功績を譲ったんだから』
「……何だと……こいつ、舐めて……」
それを制してデヴィッドは問いかける。
「その用事って言うのはシュヴァリエの関係の話かい? それとも、今も幽閉されているネネ君の?」
『察しがいいわね。いえ、今の機関を騒がせているのはその二つなんだから当然か。アダム……彼の血中のSコードに関してと、シュヴァリエとしての性能。それに、双子の小夜に関しての新情報。欲しいでしょ?』
明らかにこちらを誘っている声に、デヴィッドは落ち着き払って応じる。
「……越権行為になる可能性もある」
『大丈夫よ。何せ、あなた達の父親である、ジョエルからの調査依頼なんだから』
「親父から……?」
戸惑ったルイスに、デヴィッドは事情をある程度読んでいた。
恐らくはワイズマンの手を掻い潜るために、こうして自分達を少しばかり先走らせようとしている。
アマミヤの小夜とて、自由の身と言うわけでもない。
ならば、デヴィッドとルイスの身分で探りを入れられれば上々だ。
「……これから向かおう。研究室だったね?」
『早めにお願いね。先んじられて殺されたらどうしようもないから』
通話は一方的に切られ、ルイスが唇を尖らせる。
「そいつもどうなんだか。信じられるのかよ、兄さん」
「機関の中で魔女狩りめいたものが横行すれば、僕達だって被害を被る。一手でも多く、手数は用意しておくべきだろうね」
「……やってらんないな。小夜の試練を突破したかと思えば、シュヴァリエの誕生に、それに未だに解析中の双子の“SAYA”キャリアーってのは。何か、とんでもない事が起きる前兆じゃないのか?」
「そうだとしても、僕らにやれる事は少ないよ」
訪れた研究室は雑多でそこいらに雑誌や菓子袋が散らばっている。
「足の踏み場もないな……」
「ああ、ようこそ。あなた達が、アマミヤの“デヴィッド”と“ルイス”ね。噂はかねがね」
そう言ってくるりと椅子を返したのは、まだ年若い――。
「……子供?」
反射的に出てしまった感想に幼い少女はむくれる。
「そういうの、機関じゃ関係ないって思うけれど? それとも、そういった序列みたいなのしか意味を見出せないルイスなのかしらね」
挑発的な少女はセミロングの髪を払い、眼鏡の奥の瞳を怜悧に細める。
「……君が今の“ジュリア”だね?」
「そっちの名前でもいいけれど、正式に襲名するのはまだ先だから。今は由衣、と名乗っているわ。どっちを呼ぶかは任せるけれど」
キーを忙しくタイピングする少女はデータ照合を行い、その立ち振る舞いは既に“ジュリア”として完成されているようにも映る。
「……では、由衣君。まずはアダム君の安否からだ。彼はどうなった?」
「どうなった? そんなの、既に知っている事実でしょう? シュヴァリエへの覚醒を観測した時点で、永劫に拘束よ」
「だとしても、血中のSコードがあるはずだ。彼は、サヤのシュヴァリエなのだろう?」
「……それもね、観測したけれど、彼本人に素養があったというよりも、雨宮小夜の血を引き継ぐ、ノノ、だっけ? 彼女の能力を引き継いでいるからかもしれないわね。ざっと見たところ、戦闘能力は機関の有するサヤ覚醒者と遜色ない。だからこその、厳重な拘束措置なんだろうけれど」
もし、アダムが暴れれば特一級の対象として処置しなければいけないわけか。
それも、アマミヤがノノに血分をしなければ起こらなかった事態だ。
「……アダム君は、封印措置。致し方ないと思うしかないね。だとして、そういえばノノちゃんの妹である、ネネ君、だったか。彼女はどうしている?」
「どうも」
素っ気ない由衣の物言いにルイスは突っかかっていた。
「おい、どうもってわけじゃないだろう。話じゃ、Sコードに相反する、Dコードを持っているって言うのは……」
「確かにこれまでの“SAYA”感染者とは違う。Dコード……予想されていた、Sコードへのカウンターとなる血筋。けれど、今のところは大人しいわね。何ならモニターしてみる?」
ネネの投獄された部屋の監視カメラ映像をルイスは注視する。
彼女はそっと、何かを歌っているようであった。
「……歌声……?」
「これも分からないんだけれど、ネネは抵抗の様子もなく……ずっと、歌っているだけなのよ。波形パターンも用意したけれど、本当に不明瞭なだけの歌声で……」
「……何か、意味はあるのかもしれない。由衣君、引き続き警戒監視を」
「はいはい、分かったわよ。本当にあんた達、“デヴィッド”達は口うるさい……」
そうぼやいた由衣にデヴィッドは違和感を覚えていた。
「……僕らだけじゃなく、君に接触したデヴィッドが居るのかい?」
その言葉に失言であったと、由衣は後頭部を掻く。
「……察しのいいデヴィッドは嫌われるわよ。ただまぁ、守秘義務があるわけじゃないし、別にいいか。……音無小夜、知っているわね?」
デヴィッドが首肯すると、由衣は彼女のデータを呼び出して見せる。
「私は音無小夜の管轄を任されている。元々はワイズマンの生み出した、内偵部門のための守護者。他のサヤとは違う……討滅者の完成型」
「討滅者の完成型って……最強の小夜はアマミヤなんじゃ……」
ルイスの問いかけに由衣はふふんと鼻で笑う。
「情報は常に更新される。雨宮小夜の力を想定し、彼女に勝てるように調整された、まさにカウンターとしての意味合いを持つ小夜よ」
「そんなものを生み出して……ワイズマンは何がしたい? ただいたずらに混乱を生み出しているだけじゃないか」
ルイスの物言いももっともだ。
サヤ同士だけでも軋轢はあるのに、そこに全く不明な情報のサヤが介入すれば、彼女らだけではない。
機関の内部分裂さえも誘発しかねない。
「これは想像でしかないんだけれど……ワイズマンは音無小夜を生み出した、んじゃない。何かの拍子に、音無小夜と言う最強の小夜が生まれてしまった。それを運用するのに、彼らは都合がよかっただけの事」
「勘繰りが上手ければ組織では疎まれるよ」
「忠言感謝するわ。けれど、私は次代の“ジュリア”候補。少しは賢しく立ち回らないとね」
肩を竦めた由衣に、ルイスは一考を浮かべる。
「いや、待ってくれ……。“SAYA”感染者は完全に偶発的なはずだ。だって言うのに、音無小夜のようなイレギュラーをオレ達だけじゃない。父さんも知らないと言っていたはず……」
「ジョエルの言葉がどこまで本当かも分からないけれど、だとすれば今のロンギヌス機関では派閥が生まれている事になる。少し……厄介かもしれないわね。音無小夜は次の任務からサヤの編成に組み込まれる予定だけれど、Sコードの値は圧倒的。数値量だけなら、アマミヤを凌駕しているわ」
次々と数値が編み出され、ルイスは目頭を揉んでいた。
「……ちょっと受け入れがたい。オレ達のやってきた事が、まるで無意味と言われているような気分だ」
「別に構わないじゃない。アマミヤにはアマミヤの、オトナシにはオトナシの領分がある。ま、二人が仲良しこよしが出来るかどうかは全くの別の話だけれどね」
「由衣君。アダム君の拘留は仕方ない事なのだろう。しかし……もう少し情報が欲しいのは事実だ。僕らを追い詰めたシュヴァリエ相当の男に関して、分かっている事を述べて欲しい」
「とは言ってもねぇ……」
由衣はデスクに置かれていたモンブランをフォークで口に運び、もぐもぐと頬張る。
粗い画素であったが、撮影されたのは翼手化を全く果たさずして、アマミヤ達、サヤと同等以上に渡り合う様子であった。
「……これまでの28号でも、ましてや上級翼手とも違う。データの中だけにあったシュヴァリエに該当すると見たほうがいい……。けれど、ここまで強いなんて想定外よ」
「アマミヤが手も足も出なかったって言うのは本当なのか?」
モニターされた映像を早送りにするが、やはりアマミヤの太刀筋であっても有効な傷を与えられていない。
「……これ以上に強くなれと言うのは酷だろうけれど、現状のライブラリだけでは勝てそうにもないわね。どうするの? あなた達、アマミヤの“デヴィッド”と“ルイス”でしょう?」
突き付けられてしまえば言葉を失う。
アマミヤ専属とは言え、彼女を勝てるようにしろと言われれば模索出来る事柄は少ない。
「……少し時間は欲しいところではあるけれど、問題なのはアマミヤ本人か。これまで無敗のサヤだったわけだからね」
「兄さん、だが、アマミヤほどのプライドの塊がそう簡単に鍛錬なんてすると思うか? 勝てるように、と方策を練ったところで、あいつの自負じゃ、そう容易く乗るわけが――」
「――あらぁ、そこまで安く思われとるんやないの。心外やね」
不意打ち気味の声にルイスは絶句していた。
デヴィッドは気配に勘付いていたのでそのまま進める。
「アマミヤ、やれるのかい?」
「仕方ないやないの。ウチが弱かったから、どうしようもなかったんやさかい。けれど、ウチだけの強さじゃどうしようもないわぁ。機関のサヤ全体のレベル上げ。出来るんやろうね? デヴィッド」
「他の“デヴィッド”と“ルイス”との渡り付けにもなるが、今回の試練で突破した五名を入れれば、それなりの戦力になるはずだ。生き延びたノノちゃんの想いを無駄には出来ない」
「……そのノノやけれど、血分け、したんやってね」
この場でアマミヤを糾弾出来るような胆力を持つ者は居ない。だが、彼女なりに思うところくらいはあるはずだ。
「……僕の説明不足だった」
「ええんよ、別に。けれど……シュヴァリエを生んだって言うのは問題やね。ウチ、もしもの時にノノの作ったシュヴァリエを殺さなあかんのやろ?」
最早、言わずとも彼女には理解されているか。
ノノが生み出したシュヴァリエであるアダムを確実に殺せるのは、間違いなくその親に近いアマミヤ以外はあり得ない。
「……非情な選択をさせている事になるが……」
「別にウチは何とも思わんよ。けれど、ノノがどう思うかは別やろ。アダムとか言うのに肩入れしてるのは事実やろうし。ウチはあくまでも、もしもの時の備え。音無小夜、やったね? ウチよりも強く設計された、新世代のサヤ」
やはり、自分より強いとされている存在には一家言あるのだろうか、と思っていると、アマミヤは由衣へと視線を向けていた。
「……そこの。前回のシュヴァリエのデータくらいはあるんやろね?」
「あなたと戦った男ね? データが足りないと言わせてもらえばそこまでだけれど、所感を聞きたいわね。どうだった? シュヴァリエと対決したのは」
アマミヤは一拍置いてから、そして答える。
「……奇妙、やったんは事実やねぇ」
「奇妙……? それは、相手の能力に不明な点が多いって事なら……」
「ちゃうよ、ルイス。そんな簡単な結論やない。あのシュヴァリエは……アンシェル、って名乗っとったけれど、強い以前に、何か……知らないはずの事を知っているようではあったんよ」
「知らないはずの事……」
「シュヴァリエに関する記録情報は?」
デヴィッドが促すと由衣はその前髪をかき上げる。
「……うーん、それが閲覧許可の下りている情報だけでもあまりに少ないのよね。上級翼手のさらに上……ってのが分かっている大筋で、この存在がいつ頃から観測され始めたのか、そもそもどうして、誰がこのような分類を付けたのかさえも不明。……こんなの情報とは言わないわよ」
「それでも、アンシェル、で検索出来ん?」
アマミヤの言葉に由衣は不承気に検索を始める。
「“アンシェル”……ね。駄目ね、検索候補はゼロ件。……そもそもの話、それが本当の名前とも限らないんじゃないの? 相手がそう名乗っているだけで」
「いや、あれは……自分の名前を偽るような、そんな相手やなかったんよ。同じく応戦に出たカナデとウキフネのデータは?」
「カナデのサヤは手も足も出なかったようね。ウキフネに関しては重傷よ。至近距離で雷霆を受けたようだし、そういえば、あなたもあれを受けたのよね? 平気なはずがないでしょう?」
デヴィッドがアマミヤに視線をやると、彼女は肩を竦めていた。
「撤退した時点で再生はしとったけれど……完全修復までには二日はかかるわぁ。こんなん、聞いとらへんってねぇ」
「……アマミヤ。あのサヤ候補生がもし……襲名の時期を与えられた時、お前はどうするって言うんだ? 明らかに間違いを犯したサヤだ。責任を取って少しはまともに戦えるように修練を積ませる事くらいはしてくれるんだろうな?」
「ルイス、あんたさん、勘違いをしとるようやね。試練を超えたんなら、もう立派に機関の運用するサヤや。それに対して、ウチが何でそこまで面倒看ないかんのよ。ウチは目の上のたたんこぶであるオトナシの小夜をどうにかせないかんの。ノノがどうしようが知ったこっちゃいないってのがスタンスやろ」
「……だが、元々はお前が血分けを……!」
「ルイス。これ以上は水掛け論だよ。それに、アマミヤとて今回は負傷しているんだ。あまり詰問すべきでもない」
自分が制するとルイスは舌打ちを滲ませて言葉を仕舞っていた。
「……これだから、機関のサヤってのは……」
「聞こえとるよ、ルイス。それにしても、このアンシェルを倒すために、これ以上の地獄ってわけ」
「……いや、恐らくもう一人……レコードされていないシュヴァリエが存在する。そちらへの対抗策も練らなければいけない」
「大変やね。けれど、機関に出来る事はこの程度、か」
アマミヤはあくまでもそこまで自分に責任の所在があるとは思っていないようではあったが、ノノの事を無視は出来ないはずだ。
「……アマミヤ。ノノちゃんがもし、小夜として一端になったとしても……少しは目をかけてくれないかい。彼女の心の支えは今、君くらいなものだ」
「……その口振りやと、ノノにこの世界の理を聞かせたんやね? 残酷なのはどっちなんやか」
だが、それでも進み続けなければいけない。
デヴィッドは表示されたアンシェルの戦闘を今一度凝視する。
明らかに他の翼手を凌駕する戦闘能力と、そして纏っている気高さにも似た何か。
「……不幸な宿縁があるすれば、僕らはどうあっても翼手を殲滅しなければならない。それだけは、繰り言を並べている場合でもないはずだからね」