BLOOD/EMETH   作:オンドゥル大使

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第六十五話 識る者

 

 断罪の場に呼ばれるのは最早、恒例のようなものでまずはこの場を治める者へと言葉を発する。

 

「……で、僕が呼ばれたのはやはり、シュヴァリエに関してでしょうか」

 

『知っての事ではないか。貴様のデヴィッドの任を解いたが、それでもあの戦いにおいて肉薄したはず。その後の情報進捗を聞きたい』

 

 内偵部門である彼らは幾度となく自分の報告を聞いてきたはずだ。

 

 だと言うのに、分かり切った事をこうして問い質すのは、恐らくそれ以上の情報を引き出せていないのだろう。

 

「……あの状況下で切迫した判断を求められれば、以前の報告と同じ事しか言えませんね。強力なシュヴァリエとの交戦と、そして翼手による包囲陣形。あれはやはり、ロンギヌス機関のサヤ達の情報が漏れていたとしか思えません」

 

『内通者が居ると? よく言えるな、カイン。最早、貴様は“デヴィッド”ではないのだからな。ここで断罪すべきは貴様のような者であろう』

 

『しかし、この者は生き延びた。あの獣達の夜を……。やはり、今一度デヴィッドの任を命じるべきではないのか?』

 

『否。以前の戦闘でこちらの構成員は割れたと思うべきだろう。顔が割れる事そのものが、翼手の擬態能力にしてみれば優位性に転がる』

 

「確かに。翼手がもし、あの夜に生き延びた人間へと接触し、そして擬態を得れば機関そのものの崩壊を招きかねない。しかし、賢明なるワイズマンの諸兄に告ぐ。我々が戦うべきは、この世界を支配する翼手人類だ。盤面を覆すのには、今は一名でもサヤが必要なのは事実だろう。彼女らの足並みを崩せば、それでも第一歩となる。恐れれば勝てぬ」

 

 ジョエルの重々しい言葉に、ワイズマンの者達は少し腰が引けたようであった。

 

「僕に出来る事は少ない……ですが、あの夜を生き抜いたからこそ言える。今次作戦に投入されるサヤ達は優秀ですよ。あなた方が軽んじる彼女らではない」

 

『サヤに入れ込むか。貴様は所詮、アマミヤのような制御し難いサヤの刃を納めるためだけに遣わした存在。最強の小夜が使い物にならなければ意味がない』

 

『アマミヤはどうしている? 彼奴の独断専行は許されないぞ』

 

「おや、それは不可思議な話ですね。僕はもう、彼女のデヴィッドの任を解かれたのでは?」

 

『口を慎め。貴様ほどサヤに精通している人間も居るまい。如何に謹慎としての措置を施したとは言え、個人レベルで会っていないとは言わせない』

 

「個人的な心証は控えるべきか、と存じましたので」

 

『話をずらすな。アマミヤはどうしているかと聞いているのだ』

 

「ワイズマンの諸兄。カインは既にデヴィッドに非ず。となれば、行動制限を付けるのも可笑しな話。既にアベルがデヴィッドを継いでいる。アマミヤに関してはアベルに聞くべきと進言する」

 

『……なるほどな。如何に長官の職務たるジョエルでも、血の繋がりは断って話せんという事、理解した』

 

『だがゆめゆめ忘れるな。デヴィッドであったという事実だけで、貴様は重要機密に触れているようなものだからな』

 

 ワイズマンの気配が遠ざかる。

 

 ジョエルの言葉に助けられた形でカインはワイズマンからの追及を逃れられたようなものだ。

 

「助かりました、ジョエル」

 

「よせ。彼の者達はここまで観ておるまい。それにしたところで……厄介な宿縁に絡まれたものだ。まさか、シュヴァリエとの会敵とはな……」

 

「ご存知で?」

 

「うむ……。殊に報告書に書かれていた、雷霆を操る男の翼手……。ともすれば、伝説に触れる事になるやもしれぬ」

 

「伝説……。ロンギヌス機関の有する、ジョエルの日記に、ですか?」

 

 ジョエルの日記と呼ばれる手記には、今日までの機関の血に塗れた争いの歴史が刻まれているはずだ。

 

 それにアクセス出来るのは歴代の“ジョエル”のみ。

 

 ジョエルは重々しく頷き、指先でその膨大なメタデータに触れている。

 

「……シュヴァリエの中に序列あり、と記されている。その中でも特に気を付けるべき敵……歴代のシュヴァリエでも極点に近い者が居た。名を――アンシェル」

 

「アンシェル……デヴィッドの任を命じられる前に、一度だけその名を聞いた事がありましたが、それはかつて……サヤが当代に一人しか居なかった頃の話では? エメトピアが成立する、遥か前だと伝え聞いております」

 

「小夜は時代を跨いで現れて来た。……我々、機関に味方をする小夜ばかりでもなかった、とされている。中にはアシッドの者達に与する小夜も居た、と」

 

「その手記の中に、アンシェルの名が?」

 

 指でなぞった情報の息吹が揺らめき、まるで蝋燭の火のように漂う。

 

 ジョエルは焔を手繰る冥界の王の威容を伴わせていた。

 

「アンシェルは……だが、滅ぼされた、と刻まれている。それはかつての小夜ともう一人……相克するもう一つの血との遠大なる争いであったと」

 

「最初のサヤと、そしてその双子の伝承ですか。しかし、それは失われた物語のはずです」

 

「データ反証が少な過ぎるな。これでは機関も形無しというもの」

 

「……その事ですが、僕個人で探ってもいいでしょうか? どうにも……気にかかる符号が多い……。相克する双子の血、そしてサヤと同時期に出現したという、秘匿された存在に関しても」

 

 ジョエルは一拍の沈黙を差し挟んでから、その言葉を継ぐ。

 

「……よかろう。今のお前はデヴィッドではない。その身柄が自由という事は、動きやすさに繋がるやもしれぬ。ジョエルの名において許可する。手記の影に隠された存在とシュヴァリエに関しての情報探査を命じよう。これも遠からずロンギヌス機関を救う事に繋がるであろうからな」

 

「その御心のままに。では、僕はこの査問会からようやく解放、という事ですかね」

 

「……すまぬな。親であるというのに守れぬとは」

 

「構いませんよ。ジョエルの重荷がある。僕とてその重責、分からないわけではありません」

 

「……行け。敵は策謀を巡らせてくる。その時に勝てぬでは遅いのだ」

 

 その段になってようやく踵を返す事を許可されていた。

 

 扉を潜ったところで、自分を待っていた人影を見やる。

 

「……アベル、いや、アマミヤの現状の“デヴィッド”、か」

 

「それは当て擦りだよ、兄さん。……オレは納得したわけじゃない。父さんだって分かっているはずなんだ……! 兄さんがデヴィッドでなくなるなんて、あっちゃいけない!」

 

「……状況判断がある。それは分かるだろう? それよりも、“ルイス”からしてみれば昇級だ、おめでとう」

 

「……オレはアマミヤのデヴィッドは兄さんこそが相応しいと思っているんだ!」

 

「静かに。ワイズマンの眼がないとも限らない。それに、今の僕はただのカインだ。現行の“デヴィッド”が易々と語りかけていいわけじゃない」

 

「……けれど、兄さん……!」

 

「二度は言わないよ、“デヴィッド”。アマミヤをサポートしてくれ。そして、ノノちゃんを……ああ、いや。もう今は“キザハシ”の小夜か」

 

「……キザハシには既に別のデヴィッドを充てている。とは言え、やるせないよ。……まさかデヴィッドの有力候補であったアダムを失い、オレ達は闇雲にこの状況に翻弄されるしかない……!」

 

 拳を固く握り締めたアベル――否、アマミヤの“デヴィッド”に冷たい言葉しか吐けない。

 

 そうして突き放す事でしか、今の自分の最適解としか思えないとは。

 

「……なぁ、“デヴィッド”。もうええんやないの? もう、ただの機関の一個人でしかないカインなんやろ? やったら、うちらが時間をかけるのも変やわぁ」

 

「……アマミヤ、貴様……!」

 

 デヴィッドの背後から現れたアマミヤがふふっ、と雅な笑みを浮かべる。

 

「うちはどっちでもええんよ。誰が“デヴィッド”でも、誰が“ルイス”でもね。けれど……戦いに赴けへんのはいただけんわぁ」

 

 黒髪のおかっぱを払い、アマミヤは涼しげに口にする。

 

 その襟元をデヴィッドは掴みかかっていた。

 

「……取り消せ……! オレを馬鹿にするだけならいい、だが兄さんは……!」

 

「よせ、デヴィッド。君の身を案じて言っている。アマミヤは重要な戦力だ。彼女を害するべきではないし、君達の連携に亀裂が走るのはよくないだろう」

 

「……だからって、こんな事……!」

 

 アマミヤは軽くデヴィッドの手を払い除け、それから冷淡に告げる。

 

「……で、何者でもないカインが何をするんも自由って事やろ? そんな事にも気づけんくらい、あんたさんは無能って事なん?」

 

「それは……けれど、承服出来ない事の一つや二つってあるだろ……!」

 

「これ以上は言うだけ無駄やね。うちは先に戦闘任務に向かっておくわ。あんたさんらでどうにかせないかん事があるんなら、うちの耳がないところでしてくれる?」

 

 番傘を携え、カランコロンと下駄を鳴らしていく小さな背中を見据える。

 

 彼女はいつだって変わらない――サヤとして最も的確な立ち位置を講じている。

 

「……アマミヤに気を遣わせてしまったね。彼女なら、サヤとしての能力もコントロール出来る。僕らの話に聞き耳を立てるようなサヤじゃない。話すといい、デヴィッド」

 

「……それは兄さんの名前じゃないか。オレにデヴィッドの重責なんて……」

 

「いずれは継ぐ必要のあった名前だよ。僕らは役割に集約される意義を持つ、全ては辿るべき名前を、ね」

 

 それがたとえデヴィッドの剥奪であったとしても、その行く末は決まっているのだ。

 

 未来は確定で、その名を名乗った時点で運命は収斂する。

 

「……だとしても、オレは納得してないんだ。オレが“ルイス”で、兄さんが“デヴィッド”なら文句はないさ。けれど……! こんな形で成れたって嬉しいものか!」

 

 カインはふむ、と一呼吸置いて向かい合う。

 

「……ジョエルの指示だ。僕らには逆らえないよ。それに、これでもまだマシな処遇だと思うしかない。僕達は前回、貴重なデヴィッド候補生を失ったんだからね」

 

「……アダムを失ったのは痛いが、それはあのサヤ候補生のやらかしだろうに……!」

 

「もうサヤ候補生じゃない。ノノちゃんにはサヤとしての名前、階小夜が与えられた。そうなってしまえば、僕達の庇い立てなんて意味がないようなものさ。サヤに成れば、既にその全権は彼女ら本人と同行するデヴィッドとルイスへと与えられる」

 

「それが承服出来ないって言うんだ……! デヴィッド候補生をあの娘はシュヴァリエにしてしまったんだぞ……! こんな醜態……!」

 

 いきり立って反発するデヴィッドに比して、カインはどこまでも冷静に応じていた。

 

「そうだね、醜態と言えばその通りだ。けれど僕はキザハシが間違った判断をしたとは思えないんだ。だって、そうしなければアダム君は死んでいた」

 

「……分かっているはずだ、兄さんなら。デヴィッドの名前を引き継ぐ者なら、死さえも恐れないという事くらい……」

 

「それはサヤのためならば死を恐れない事であって軽々しく扱う事ではない。僕は個人的にはサヤを尊重し、その意思は戦闘時には誰よりも優先される。それこそが僕らがデヴィッドであり、そしてルイスの名前を扱う義務だ」

 

「だけれど……! ワイズマンの連中はオレ達のサヤにカウンターを用意していたんだぞ! そんな組織信用出来るかよ……!」

 

 前髪をかき上げて怒りを露わにしたデヴィッドの気持ちは分からないわけではない。

 

 事実、内偵部門であるワイズマンがジョエルも通さずに小夜の運用をしていたとなれば前線部隊である自分達の中に亀裂が走るのは窺えていた。

 

 デヴィッドとルイスだけではない。

 

 刃である“サヤ”達でさえ、この激震は計り知れないだろう。

 

 最強と謳われた“雨宮小夜”への完全なるカウンター――それが内密にされていたなど。

 

「……機関を疑うものじゃないさ。それはたとえワイズマンの者達であったとしても同じ。僕達は足並みを揃えなければいけない。そうでなければ読み負けるだろう」

 

「……アシッドに、接触している可能性、だろう」

 

「先のアンシェルと思しきシュヴァリエだけじゃない。キザハシの小夜が遭遇したという、金髪の男。アダム君をシュヴァリエにするようにそそのかした……その事実を知っているのは歴代のジョエルだけのはず。サヤの血が、シュヴァリエを誘発するのは」

 

「……無知は罪だよ、兄さん。その事実さえ共有されていれば、起こらなかった悲劇だ」

 

「……アダム君の身柄は?」

 

 デヴィッドは頭を振る。恐らく、彼の権限には降りていないのだ。

 

 如何にアマミヤのデヴィッドとは言え、前線部隊に余計な情報を噛ませないのは機関の方針には違いない。

 

「……そう、か。僕のほうで探るのも難しい。ワイズマンにどこで嗅ぎ付かれるか分からないからね。殊に、元々“デヴィッド”であった僕は警戒の対象だろう。アダム君は貴重な、シュヴァリエのモデルケースだ。どういう扱いを受けているのかは想像に難くないが……」

 

 視線を思わず逸らしたのは、機関の構成員である以上、全くの無頼漢を決め込めはしない理屈もある。

 

「シュヴァリエである以上は、翼手人類へと牙を突き立てるための道具に過ぎない、か。まったく、所属組織ながら嫌になる……。ここまで腐り切っていようとは……」

 

「腐っているなんて言うもんじゃない。人類が勝利するために必要なピースを求めているだけだ。彼らは立場さえ違えば、アシッドの側だった。翼手であるという事が罪ならば、この世界のほとんどの人類は敵という論法になる。無論、デヴィッドとルイスであったとしても」

 

「……そうだけれど……これは感情の面で拒むんだ。分かるだろう、兄さんだって――」

 

「そこから先は言わないほうがいい。選民意識で戦うのは結局のところ、アシッドを同類になる」

 

 カインはここまでだと判定する。

 

 デヴィッドは苦虫を噛み潰したように顔をしかめる。

 

「……オレ達が悪いのかよ……!」

 

「誰が悪いでもない。けれど、用心はすべきだろう。僕達、機関の者達が勝つか、それともアシッドの者達が勝利を収めるか。それは誰にも分からない……理想郷の果てなのだからね」

 

 それでも独自に調べを尽くすくらいは出来る。

 

 ある意味ではデヴィッドの任を解かれたのはありがたい部分もあるのだろう。

 

 ジョエルの日記にしか存在しないアンシェルなるシュヴァリエの存在――それが間違いなく伝承のものと同じであるのなら自分達が立ち向かうのは――。

 

「……僕達はエメトピア設立の理由を知る事に……なるかもしれないのだから」

 

 

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