BLOOD/EMETH   作:オンドゥル大使

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第六十六話 戦闘意識

 

 小夜であるのならば、任務の前ならば戦闘待機を続けるべき――そう規定された者達は自ずと訓練場に集っている。

 

 アマミヤの足もそちらへと向いていたのは、平時とは違う空気が流れていたからかもしれない。

 

「あらぁ、珍しい客も居るもんやねぇ」

 

「……アマミヤ……」

 

 こちらを目にして絶句した小夜が数名――彼女らは歴戦を潜り抜けて来た相応の実力者だ。

 

 しかし、こちらを一顧だにしない人影に、アマミヤは目線を振り向けていた。

 

「――“音無小夜”やったっけ?」

 

 自分の声にようやく反応して、オトナシは面を上げる。

 

「……何か用」

 

「別にぃ。うちに用があるんはあんたのほうやろ?」

 

「……私は次の任務まで戦闘待機だ。それ以外は別命あるまで、と。私のデヴィッドからそう言い聞かされている」

 

「デヴィッドなしじゃ、あんたも形無しやね。刀を持っていても何も出来ん、言うわけ」

 

 あえて自分からは切り出す真似はしない。

 

 しかし、他のサヤ達は理解しているはずだ。

 

 ――オトナシは自分のカウンターとしてワイズマンに育成されたサヤ。

 

 ならば、ここで一触即発の空気が流れているくらいは。

 

「……何を言わせたい」

 

「どこまでも淡白な子やね、あんたも。それとも、そう“設計”されたサヤやって言うんかねぇ」

 

 オトナシはしかし、刀を携えたまま噛み付こうともしない。

 

「そうなのだと規定されれば、私は敵を斬る。それが設計の代物だとしても、私の存在意義だ」

 

 冷徹、否、それしか知らないような声音。

 

 ここでの諍いに意味などまるで見出していないかのような。

 

「ちょっと! オトナシの小夜! あんた、分かって言っているわけ!」

 

 自分達がぶつかり合うことはなくとも、サヤ同士の干渉は避けられない。

 

 他の実力者のサヤが詰め寄った瞬間、オトナシはよろりと立ち上がっていた。

 

「……私には関係がない。放っておいて」

 

「放っておけだと……! おい、それ以上は私達を侮辱するって事くらい……!」

 

 肩を引っ掴んだサヤの一人の手を、オトナシはまるで風のように受け流す所作で捻り上げる。

 

 同じくサヤとは思えないほどの性能差で、オトナシは刀の鯉口を切る気配もない。

 

 それとは正反対に取り巻きのサヤ達が柄へと手を伸ばす。

 

「何を……! これ以上は……私達を!」

 

「――やめときぃ、皆の衆。あんたさんらじゃ勝てへんよ」

 

 他のサヤ達をアマミヤは声だけで制する。

 

「……だが、アマミヤ……! 馬鹿にされっ放しで……!」

 

「分かっとるよ。うちの事で怒ってくれとるくらいは。音無小夜、ちょっといっぺん、手合わせ願ってもええやろか?」

 

 それはこの場に居る全てのサヤ達にとっての衝撃であったのだろう。

 

 身を竦めた彼女らが後ずさっていく中で、自分とオトナシだけが向かい合う。

 

 まるでこの世でたった二人、睨むべき怨敵同士のように。

 

「……戦闘以外での抜刀は固く禁じられている」

 

「ここは訓練場やし、どこまでもその禁を守る事もあらへんよぉ。それか、あんたさん、うちの事が怖いん? ここまで迫られた後じゃ、それは意気地なしって言うんよ」

 

 分かりやすい挑発。

 

 自分としてみれば、三流もいいところの言の葉。

 

 ここで乗るか、それとも拒絶するか――サヤ達が固唾を呑んで見守る中で、オトナシは一拍でさえも逡巡を浮かべない。

 

「言ったはずだ。それとも、二度も言う必要性があるのか。私は刀を抜かない」

 

 それは宣戦布告だと、誰もが感じ取っていただろう。

 

 この場でそれ以外の感情を持つ事が出来たのは、対峙した自分だけだ。

 

「……そう。なら、うちらの刀じゃなければ、ノーカウントやろ。訓練用の刀を貸しぃ」

 

 顎でしゃくると二人のサヤが硬直したように身を固め、それから二本の刀を差し出す。

 

 片方は自分に、もう片方はオトナシに。

 

「……詭弁だな」

 

「どうとでも。そうやなくとも、あんたさんは注目されとるんやし、ここやとそれが一番の方策って事くらいは分かるんやないの?」

 

「力を誇示する意味はない」

 

 それでも、オトナシは刀を握る。

 

 アマミヤは彼女が刃を握り締めたのを感覚し、音もなく後退する。

 

 オトナシも距離くらいは心得ているのか、すぐさま飛び退っていた。

 

「……気に入らんのよ、あんたさんの眼ぇ……。弱い相手に施す意味なんてないって断じた、殺戮者の眼をしとる。翼手共と同じ眼ぇよ、それは」

 

「……当然の事を言うのだな、お前は。私達はサヤ――翼手の者共と、何も変わる事はない。塵芥に帰すと言うのならば、目の前に立つ者は、全て排除する」

 

「出来るん? うちに勝てればまだ吼えられるやろうけれど」

 

 太刀を放てば、それだけで相手を無力化出来るだろう殺気を撃つ。

 

 だがオトナシはあえてなのか、それともわざとなのか、刃を放つ気配はない。

 

「……そっちが来んのなら、うちが行かせてもらうわ」

 

 瞬間的に青い残像を帯びて、オトナシの懐へと潜り込む。

 

 翼手の加速術――だが相手は一太刀では倒れてくれない。

 

 すぐさま防御の構えに打って出たが、あまりに脆い。

 

 鯉口を切り、そのまま剣圧だけで吹き飛ばしていた。

 

 オトナシは訓練場の端まで追い込まれ、たたらを踏む。

 

 その隙を逃さず、アマミヤは上段から打ち下ろす。

 

 完全に獲った死の風圧。

 

 それでもオトナシは抜刀せず、僅かに遅れた気勢で振るい返す。

 

 衝撃波が吹き荒び、火花が散って互いの真紅の瞳を照り返していた。

 

 交錯はほんのレイコンマ一秒以下。

 

 拮抗の兆しもなく、刃を掲げたままのオトナシと、打ち下ろした姿勢の自分とが切り離される。

 

「……あんたさん、ほんまに抜かへんつもりなんか」

 

「言ったはずだ。それとも、最強の小夜が聞いて呆れるか。――私はここでは抜刀しない」

 

「どれだけ気ぃ長いほうやって言っても、限界あるんよ。――うちを馬鹿にして、楽しいか、音無小夜」

 

 殺気を飛ばし合い、牽制する。

 

 通常のサヤ同士ならば、このやり取りだけで卒倒する者も居るであろうが、オトナシはこちらへと真っ直ぐに眼差しを返す。

 

 その赤く染まった残光は、どこまでも麗しく。

 

 そしてどこまでも気高い気性だ。

 

 なるほど、自分を超えるサヤを創るのならば、これほどでなければ意味はない。

 

「……もうよせ。意味がない」

 

「意味がなくってもやるんが、うちらサヤやろうに……。それとも、意味のない戦いには腰が引けるんか? やとすれば……さすがやね、その在り方も」

 

 せせら笑うとオトナシは鞘に収めたままの太刀を振るう。

 

 ――自分相手ならば刃を翻すまでもない、か。

 

 その傲慢を叩き割りたい衝動に駆られ、アマミヤは駆け抜けようとして直後に声に阻まれていた。

 

「……何をやっている。サヤ同士の闘争はご法度だぞ」

 

 割り込んできたのはオトナシのデヴィッドであった。

 

 まだ年若いが、どこか憔悴し切ったかのような面持ちに、そして碧眼が射る光を灯す。

 

「オトナシのデヴィッド……ふぅん、ただの“デヴィッド”の焼き増しやないようやね」

 

「オトナシ、刃を抜いていないだろうな?」

 

 まず心配するのがそちらか、とアマミヤは舌を出す。

 

 オトナシのデヴィッドは彼女の様子を仔細に観察し、それからこちらへと目線を振り向けていた。

 

「……アマミヤの小夜。身勝手な事はやめていただきたい」

 

「あらぁ、ウチがけしかけたって言いたいん? 言いがかりも甚だしいわぁ」

 

「……いずれにしたところで、俺はサヤ同士の諍いは好むべきものではないと考えている。どうあったところで、機関のサヤ同士。助け合わなければアシッドには勝てない」

 

「よう分かった風な事を言うやないの。それで? ウチの事を告げ口でもする?」

 

「そうしたところで、お互いの益にはならないだろう。我々は翼手人類に反抗の凱歌を奏でるものなのだからな」

 

「……ふん、若い割には言うやんか。ま、あんたさんも“デヴィッド”なんやし、それなりに使えな困るんやろうな」

 

「デヴィッド! 次の任務の行き先が決まった! ……何かあったのか?」

 

 デヴィッドとは相反した、少し偉丈夫な身体つきのルイスはこちらを見やるなり困惑する。

 

「……何でもない。ルイス、その任務先と言うのは?」

 

「ああ、討伐対象はセクション三十七……少しだけ厳戒態勢で行かなければいけなさそうだ。何せ、まだ“SAYA”感染者が表向きは一名も出ていないセクションだからな」

 

「セクション三十七……“SAYA”が、……なるほど、表向き、ね……」

 

 アマミヤには情報権限が下りている。

 

 既に“SAYA”感染者が一名も出ていないセクションは存在しない。

 

 セクション管理者が必死に秘匿しているだけだ。

 

 どうあったとしても、“SAYA”のキャリアーは防げない。対処療法としてグミが存在しているが、その真価は機関の上層部だけが知っている事だろう。

 

「……なるほど。ならばより隠密に長けたサヤを連れていくべきだろう。ウキフネは居るか?」

 

「……ここに」

 

 ウキフネの小夜が影の移動方法で訓練場へと出現する。

 

「君の能力が最も使える任務だ。オトナシのサポートをしてもらいたい」

 

「待ちぃや。……ウチも出る」

 

「アマミヤの小夜、君の出撃許可は出ていない。機関の守りのために戦闘待機だ」

 

「……ええご身分やなぁ。オトナシの小夜の担当って言うのは他のサヤの行動如何に口出し出来るもんなん?」

 

「……言っておく。オトナシの運用にはワイズマンの命令権もある。アマミヤの小夜とは言え、俺達の指示には従ってもらう」

 

「……そう。けれど、ウチにはそれなりに対応権限もあるんよ。そこの新任ルイス」

 

「は……何だ……?」

 

 ルイスは自分の放つ気迫に硬直し切っている。

 

「あんたさんはどう思うん? デヴィッドとルイス、この両者の意見が食い違えばそれは一時的に持ち帰りにはなるはずやんなぁ?」

 

「……それは……」

 

 刀へと指をかける。

 

 それだけで、相手は図体ばかりが大きいただの木偶の坊である事が窺えた。

 

「……あ、おれは……その、ワイズマンには逆らわない。し、従ったほうがいいと思うぜ、デヴィッド……。後で痛くもない腹を探られれば堪ったもんじゃないだろうに」

 

「……ルイス、だが……」

 

「賢いんはルイスのほうみたいやねぇ、デヴィッド。ウチに逆らったってしょうがないんよ。それに、オトナシの性能試験、ウチが居いひんところでやりたい気持ちが透けて見えるもんねぇ」

 

 デヴィッドはこちらの言葉に滲む苦さを隠し切れていない。

 

 恐らく、彼もデヴィッドとしての歴は浅いのだ。

 

 それでも機関の擁するカウンターとしての小夜を使わざるを得ない。その判断に最も賢い論法で耐え切りたいのだろうが、自分のやり方に反論も出来ない辺り、やはりまだ若い。

 

「……分かった。では、オトナシと共に出撃してもらう。君達はセットで運用したい」

 

「……なるほどね。少しでもデメリットは減らしたい、その上で目端を光らせるところには置いておきたい、ねぇ……。いやらしいやないの」

 

「……どうとでも。ウキフネの小夜にも同行願いたい。命令書の出ていない、サヤの運用となるが……」

 

「……私はそれで大丈夫、だけれど……アマミヤは……いいの?」

 

「ウチの事は気にせんでええよぉ、ウキフネ。どうせ、オトナシの小夜はウチの監視役。それにデヴィッドとしての瞬間的で総合的な判断、という奴なんやろ? なら、ウチを殺したい誰かさんの眼ぇが一番怖いもんねぇ」

 

 オトナシは必要以上の殺気は飛ばさない。

 

 恐らくはそのように「教育」されただけの事。

 

 サヤとしての歴は自分のほうが遥かに長い。

 

「……作戦指示書が受理され次第、我々は動き出す。出撃前のコンディションを整えておいて欲しい、オトナシ」

 

 オトナシの小夜にだけデヴィッドは肩を叩く。

 

 彼にとっては自分のサヤだけが確かな戦力なのだろう。なるほど、その在り方は正しい。

 

「……だとしても、気に食わんわぁ、ほんまに。オトナシの小夜……それがどこまで強いって言ったって、ここまで戦い抜いてきたウチらほどや……ないはずやろうに……!」

 

 

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