BLOOD/EMETH   作:オンドゥル大使

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第六十八話 普通の価値

 

 街の喧騒に意識を割かれるのも慣れたもので、キザハシは商業施設を訪れていた。

 

 しかし、セクション内では貧富の差が激しく、すれ違うほとんどの人間は富裕層だ。

 

 逆に貧しい者達は姿さえも見せない。

 

 彼らはセクションの忌むべき暗部として葬り去られている現実がある。

 

 キザハシは商業施設の中にあるフードコートへと向かっていた。

 

 自分と同じように制服姿の女子高生達は、甲高い声を使って自分自身を切り売りする。

 

 彼女らにとってのそれは日常だ。

 

 このセクション――「クラブドール」が異常なのではない。

 

 どのセクションでも起こり得る現象の一つであったが、キザハシにしてみれば異様さが浮き立つ。

 

「あっ、来た来た。キザハシさん」

 

 テーブルに端末を投げ出しているグループへと歩み寄り、キザハシはぎこちない笑みで応じる。

 

「……お待たせ。ちょっと遅かった?」

 

「ううん、全然。それよりも、結構バイトきつそうじゃん。大丈夫そう?」

 

「うん……次のテストまでに何とかしないとな、って思う」

 

 そのグループは女子高生三人組――短髪の少女と、幼さの残った面持ちの少女、そして金髪の少女らだ。

 

 キザハシはこのセクションでの作戦行動時に、学園への潜入任務も与えられていた。

 

 ただでさえ、クラブドールの戦闘任務があると言うのに、慣れない学園生活は神経をすり減らしていたが、それでも機関の任務だ。

 

 放置するわけにはいかない。

 

「けれどもさぁ……いい噂聞かないね。うちのガッコ、やっぱりヤバいんじゃない? 裏にカネ通してるって聞くし」

 

 金髪が髪の毛を巻きながら発した話題に、幼げな少女は所在なさげに応じていた。

 

「でも、学校だよ? そんなに悪い事するかなぁ……?」

 

「ちょっと、ちょっと。キザハシさんが来たばっかなんだからさ。お腹空いてるでしょ? その話題は後回しにしようよ」

 

 短髪の少女はこの集団ではリーダー格のようだ。

 

「いや、あたしは別に……」

 

「無理しないでって。……酷い顔だよ? 地獄でも見て来たみたい」

 

 あながち間違ってはいない。

 

 自分は地獄へと毎晩堕ちている。

 

 刀と血だけが信用出来る、人形としての闘争へ。

 

 彼女らに打ち明ければ信じてもらえるだろうか。

 

 きっと無理だろうと感じ取る。

 

 如何にセクションとしては悪い噂が立つ事の多い場所であっても、生まれ育った土地がそこならば、疑いなんて挟むはずがない。

 

「けれど、大人達がやってるって言う、賭け事だっけ? あれ、倍率ヤバいって聞くけれど、やっぱこのセクション、大学進学と同時に出てったほうがいいのかもね」

 

「ガッコに行かなきゃいけないんなら、それも耐えないとだけれど。ほら、殺人とかは表立ってないけれど、うちらみたいな女子高生にも広まるって相当じゃん?」

 

 ファーストフードのポテトを金髪は頬張りつつ肩を竦める。

 

 幼げな少女は少しだけ面を伏せてオレンジジュースをすすっていた。

 

「……うーん、けれど、気を付けていれば大丈夫じゃないかな? ほら、大人だってみんな悪い人じゃないんだし……」

 

「どっちにしたってとっととオーダーしちゃおうよ。キザハシさんは、Bセットでいい?」

 

「あ、……うん」

 

 どうしても不自然な受け答えになってしまうのは、これまで真っ当に他人と付き合ってこなかった弊害か。

 

 いや、いずれにしても、ここから先は自分でどうにかこじ開けなければいけないはずだ。

 

 ハンバーガーとポテトのセットを受け取り、キザハシはそれとなく探りを入れていた。

 

「……その噂話、どこで聞いたとか分かる?」

 

「どこって……誰かが言っている噂話なんてそんなものでしょ? それに、嫌な流行病もあるし」

 

「“SAYA”だっけ? 私達には関係ないとは言えないよね。女の子だけがかかるなんて」

 

 その名前を聞いた途端、キザハシの心臓は収縮する。

 

 つい先日まで自分も関係がない出来事だと思い込んでいた――だがその実は、世界を覆うのは悪意と暗礁、そして絶える事のない血の連鎖である。

 

「……どう、かな……。ごめん、あたし変な事言ったね」

 

「全然! そんな事はないでしょ。それにしたって、アミは相変わらず怖がりなんだから」

 

「むぅ……そんな事ないもん! シズクちゃんこそ、バイト先の噂話ばっかりじゃない」

 

「私はあんたと違って社会貢献してるの。万年恋愛脳とは違うんだから」

 

 不服そうにするアミと呼ばれた幼げな少女は金髪のシズクからポテトを引っ手繰る。

 

「ふーんだ! どうせ、私は恋愛脳ですよーだ!」

 

「あっ、それ私の……! 手癖悪いのは相変わらずね。見た目ロリのくせにそういうところちゃっかりしてるから、あんた女子から嫌われてるんだからね……」

 

「えぇー、そうかなぁ? キザハシさんはどう思う?」

 

 唐突に話を振られてキザハシは硬直するしかない。

 

 そんな自分を慮ってか短髪のリーダー格が手を叩く。

 

「はいはい、ケンカしない。キザハシさんと仲良くしたいって言い出したのはアミでしょう? 困らせてどーすんのよ」

 

「困らせてないもーん」

 

 アミは自分のミスではないとでも言うようにつんと澄ます。

 

 見た目は幼いがどうやらこの中では確信犯なのは彼女らしい。

 

「ってか、ガッコ、慣れてきた?」

 

 シズクはちょいちょいと話題を振る。存外近づきがたい彼女のほうが自分の事は考えてくれているのかもしれない。

 

「あ、えっと……」

 

「それ、画材ケースだよね? 何なら美術志望のクラスのほうがよかった?」

 

 指し示されたのは刀を入れている画材ケースで、キザハシは自ずとそれをきゅっと握り締めている。

 

「いや、これは違って……」

 

「そうなの? ずっと持ってるから、絵とかに造詣ある人かと思ったけれど」

 

「シズクにアミも。失礼よ、キザハシさんに。突然の転校なんだから、そりゃー全部飲み込んでってわけじゃないでしょうに」

 

 リーダー格の少女はジンジャエールのストローに口をつけてから、こちらを窺う。

 

「……飲む?」

 

「あ、そういうつもりで見ていたんじゃ……」

 

「冗談。まぁ、キザハシさんも大変よね。まぁ、ここでウチらに気を遣う必要性はないから。クラスメイトとして後腐れのない関係としましょうよ」

 

「相変わらずクールね、トーマは」

 

 トーマと呼ばれた少女は短髪をかき上げる。

 

「トーマ、って自己紹介しなかったっけ? 男みたいな名前でしょ。冬に麻って書くんだって」

 

「自分の名前なのにトーマちゃんは他人事みたいなんだよね、いっつも」

 

 アミはポテトを頬張って感想を述べる。

 

 それに対しトーマは苦虫を噛み潰したような表情で辟易していた。

 

「……嫌いなんだってば。ウチは自分の名前が」

 

 どうしてなのだか、その他人におもねらない在り方は少しだけアマミヤを想起させる。

 

 孤高なのが酷似しているせいなのだろうか。

 

 考えながら横顔を眺めていると、ふと視線がかち合う。

 

「……やっぱ飲む?」

 

 ジンジャエールを翳され、キザハシは赤面しつつ自分のセットの飲み物を探っていた。

 

「あ、あたし、そんなつもりじゃ……!」

 

 だが大慌てで手繰ろうとしたせいで爪がかかり、ジュースを転がしてしまう。

 

 その結果としてトーマの制服に大仰にかかっていた。

 

「あーあ、やっちゃったかぁ」

 

「ご、ごめんなさい……っ! あたし……」

 

「あー、いいって。ちょっと汚れちゃっただけだし」

 

「シミになっちゃうよ。すぐに乾かしたほうがいいってば」

 

 シズクの忠言にトーマは首を傾げる。

 

「まぁ、別にねぇ? 毎日同じ制服ってわけでもないし。替えくらいはあるってば」

 

「で、でも……あたし……」

 

 あまりにもあたふたしていたせいか、トーマはぷっと吹き出す。

 

「何だかなぁ……。キザハシさん、あたふたし過ぎ! そうだなぁ、ちょっとだけじゃあ時間もらえる?」

 

「あーあ、トーマちゃんは怖いんだー」

 

 アミの囃し立てる言葉にトーマは、こら! と指差す。

 

「ウチが悪者みたいに言わない! ちょっとだけ、時間があればいいから。ね?」

 

 キザハシはその言葉に流されるままに頷いていた。

 

 トーマは微笑み、それから立ち上がる。

 

「じゃあ行こっか」

 

「い、行くって……?」

 

「決まってるじゃん。デート、しよって言ってるの。駄目とか言わないよね?」

 

「デート……」

 

 茫然自失のまま呟くと、アミとシズクはじゃあ、と鞄を抱えて別行動を取る。

 

「デートの邪魔はしちゃいけないわよねぇ」

 

「お邪魔虫は退散しないと!」

 

 手を振って帰路につく二人の背中を見送ってから、キザハシはトーマのほうに視線を投じる。

 

「で、どう? 学校には慣れた?」

 

「あ、一応は……」

 

「そいつは結構。ウチ、これでも委員長なんだ。だから、キザハシさんに悪い虫がつかないようにしないとって、ちょっと肩肘張ってた」

 

 微笑んだトーマにキザハシは少しだけ気圧されたように曖昧に返す。

 

「……委員長って言うのは大変……?」

 

「そりゃあね。って、キザハシさんはそういう経験とかないか。でもま、悪いもんじゃないよ。アミは男受けばっか狙ってるあざとい系だし、シズクはクールビューティー気取ってるけれど、あれでちょっと馬鹿だし。ま、みんな違ってみんないいってね」

 

 少しだけ意外であった。

 

 トーマが残り二人の悪口を言っているように感じられたからだ。

 

「……あたし、そういうの……」

 

「あー、重く捉えないで。こーいうの、よくあるから。知ってるでしょ? このセクション、あんまし頭いい子居ないんだって。真面目腐ったって馬鹿見るだけだし、二人のスタンスは何も間違ってないよ。ウチがこうして陰口叩いていたって、あっちもあっちでウチのコト馬鹿にしてるってワケ。そういう、ギブアンドテイク? 違うか」

 

 首をひねったトーマに思わずキザハシは笑っていた。

 

 それを見てトーマは言葉にする。

 

「……キザハシさん、笑ってたほうがいいよ。せっかく整った顔なのに、何て言うのかな、ずっと下を向いて生きているみたい」

 

 その人物評にハッとする。

 

 ――ずっと下を向いて生きている。

 

 それはまさに、自分の、“サヤ”に成ってからの生き方そのものであった。

 

 機関のサヤとして一日でも早く一端にならなければ、という思いが先行して、自分自身が伴っていなかったのだろう。

 

「……あたし、その……すごい大きな間違いを犯しちゃって……」

 

「転校してくる前の話?」

 

「……うん。だから、なのかな。責められる事には慣れたつもりだったけれど……」

 

「責められる事に慣れる人間なんてよくないでしょ。ウチは少なくともそう思う。それってさ、生き方として純粋じゃないよ」

 

 生き方として純粋じゃない。

 

 そんな風に言ってくれる人間が居るなんて思いも寄らない。

 

「……トーマさんは優しいんだ」

 

「よしてって。ガサツで通ってるんだからさ」

 

 軽口を交わしつつ、トーマの足が向いていたのはエメトピアの集合住宅ではなく、高級住宅街であった。

 

「……あれ、こっちって……」

 

「ああ、うん。家、こっちだから」

 

「けれど、この辺は……」

 

「クラブドール」における自分の主であるケイトの邸宅がある区画のはずだ。

 

 だと言うのにトーマは気後れした様子もない。

 

「こっちこっち。この家……見た目はちょっと大きいけれど、見せかけだけだから」

 

 そうは言うが一等地に建てられた館と形容してもいいほどのそれは明らかに女子高生の帰る場所ではない。

 

 ともすれば、何か担がれているのだろうか、と疑っているとトーマは何でもないように扉を開ける。

 

「この扉も重くって……ただいまー」

 

 入るなり二股に分かれた階段をシャンデリアの暖色が照らし出している。

 

 木造建築はエメトピアにおいて完全に廃れた建築技法のはずだが、それを忠実に再現していた。

 

 匂い立つ荘厳な香り。

 

 それだけで気圧されていたキザハシは二階層からこちらを注視する視線を察知して振り返る。

 

「……誰……?」

 

「トーマ。見慣れない人を呼ぶんだね」

 

 佇んでいたのは少年であった。

 

 まだ年の頃は十歳にも満たないであろうか。

 

 しかし、白い服飾を纏い知性を感じさせる瞳が細められる。

 

 まるで値踏みされているようでキザハシは覚えず後ずさっていた。

 

「……こぉーら。姉ちゃんの友達に失礼でしょうに」

 

「……姉……?」

 

「そっ。口さがのない弟よ。ウチの友達に失礼な口を利かないでよね」

 

「失礼なのはお互い様だな。僕は闖入者を許した覚えはない」

 

 どこまでも冷徹でありながら、こちらの存在に興味を覚えたように少年は頭からつま先まで観察の視線を注ぐ。

 

「……そういう物言い、あんたってば本当になってないわよね。けれど、紹介は必要か。この子、キザハシさん。で、ウチの愚弟が――」

 

「――ラビ。ラビというのが、僕の名前だ」

 

 淡々と名乗ったラビという少年に、キザハシは遅れながら応じる。

 

「その、はじめまして……?」

 

「そのはずだけれどね。僕は君のような存在と出会った覚えはないし」

 

「こら! あんたはいっつもそういう……」

 

「本当の事だろう、トーマ。父さんと母さんは今日も遅いらしい。夕食は勝手に取れとの事だ」

 

 白い服飾の少年は落ち着き払って階段の手すりをなぞる。

 

「……そっ。いつもの事ってワケね。なら、そうさせてもらうわ」

 

「それと。僕の邪魔はしないでくれよ。トーマ、それにサヤも。部屋には用がない限り立ち寄らないでもらいたい」

 

 そう言い置いてラビは立ち去っていく。

 

 どこまでも慇懃無礼に映る少年の所作に、トーマは肩を竦めていた。

 

「……ちょっと意想外だった? ま、家庭の事情って奴。ウチの部屋はこっちだから」

 

 トーマに招かれて彼女の部屋に入るが、彼女も部屋も相応に手広い。

 

 間接照明と女子校生らしいポップな色調の部屋だが、基本的に全てのもののグレードが高いように思われる。

 

「そこ座って。ちょっとしたクッションがあるから」

 

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