『クラブドール第三試合をこれより開始いたします。勝ち進んできたのは、このタッグ! “血濡れの人形使い(マッドドール)”!』
キンキンと耳障りな歓声を受け、試合場へと足を踏み入れる。
主であるケイトは仮面の相貌を撫でてギャラリーへと充分なリップサービスを送る。
時に艶めかしく、彼女は操る制服姿の自分へと手を這わせていた。
――ああ、これも反吐が出る代物。
それでも、クラブドールで勝利条件を繰り広げるほかない。
キザハシは三十分前にグミを服用しており、血の力は鈍っていた。
それで十全であろう。
相手が“翼手モドキ”でしかないのなら、サヤとしての力量の半分も必要はない。
しかし、このセクションに潜り込んでもう随分と経つ。
ケイト曰く、「そろそろ盟主が顔を出す頃合い」との事だが、今夜がそれとは断言出来ない。
キザハシは朱火色の鞘に包まれた一振りの刃を翳し、デモンストレーション代わりに派手に抜刀する。
それだけで沸いた会場は血に飢えているようであった。
クラブドールは、暴力と陰惨な血の饗宴。
臓物を撒き、血を流し、その果てに待つ死を誰しもが望んでいる。
芸術だと、誰かが言った。
壮絶だと、誰かが言った。
その様はあまりにも可憐だと、誰かが言った。
「……そんな事、どうだっていい」
目の前に放たれた獣を狩るだけ、そう判じたキザハシの理性は、蠢く本能との秤に敗北するのみだ。
刀を振るう、サムライガール。
その役割に殉じればいいはずなのだと。
だが、今宵の敵は、少し毛色が違っていた。
照明が落ち、バニー姿に身を包んだ進行役が何度も聞き返す。
『えっ……? 本当に……? えーっと、今しがた連絡がありました。皆さま、今宵は“血濡れの人形使い(マッドドール)”と、そして相対するのはこのお方! “真理の奏者”!』
初めて聞く通り名だ、と思いつつもキザハシは刃を握る手に力を籠める。
誰であろうとも切り裂き、打ち倒すのみ――そう、それこそがクラブドールにおける唯一のルール。
だから、殺せばいいだけだ。
相手は所詮、力自慢の未覚醒オニゲンか翼手モドキでしかない。
サヤならば、殺せ。
殺せるはずだと、だからここでの任務を命じられた。
だから――現れた相手の使役するけだものに、キザハシは一瞬現実の理解が遅れてしまっていた。
「……嘘。キザハシ……さん?」
こんなところで聞こえるはずのない、少女の声。
こんなところで聞くはずのない、誰かの疑問符。
「……何で……」
現れたのは三名の少女達。
首輪をつけられ、趣味の悪いボンテージに身を包んだ彼女らは――つい数時間前に、自分と別れた時と寸分変わらずに。
「……いや……っ、見ないで……」
露出した白い肌を覆い隠すように、先頭の見知った顔の少女は羞恥に耐え忍ぶ。
「……トーマ……さん?」
否、トーマだけではない。
「シズクさんに、アミさんも……? 何で……ここは、だって……」
『真理の奏者、登場でーす! このクラブドールでも高位のお方! 割り込み参戦も歓迎ですとも! さぁ、張った張ったぁッ! 賭けのオッズは五十倍以上!』
「……真理の奏者……」
顔を上げたキザハシは牢屋の向こう側で首輪の鎖を握っている少年を捉えていた。
その立ち姿、そして背丈は――。
「何をやっているんだ。君達は僕が使ってあげていると言うのに。まったく、しょうがないな」
凛と響いた声と共に少女らの主は片手を差し出し、ぎらりと煌めいたナイフでその指先を軽く切ってみせる。
そこから滴った血の香りに、キザハシは一瞬、脳髄を眩惑される感覚を味わっていた。
グミを飲んでいなければ、その誘因に負けていたかもしれないほどの、甘美な香り。
シズクとアミはそれを前にして意識が遠のいるのか、あるいは違法薬物に手を出しているのかもしれない。
陶酔した様子で、主の少年から垂らされた血を舐め取る。
「……何を……何をやって……」
「おや? 君は酔わないのか。少し意外だったな。小夜に覚醒しているのなら、この血の匂いは劇薬だろうに。ああ、彼女らはね。もう僕の血の虜だ。ほら、トーマ。いつものように、おねだりをしてご覧よ。僕の血が欲しいだろう?」
「……いや……っ。許して……」
「何度も言わせるな。僕に逆らうんじゃない。それにしても、友情ごっことは。相手がサヤだと分かっていてだったのか、滑稽だったよ。それとも無自覚に? いずれにせよ、ここで対峙したのは大きい。僕の従僕を紹介しよう。ほら。吼えてみなよ」
その声に導かれるように、シズクとアミは四つ足で戦域へと歩んでいく。
絶頂を迎えたようにだらしなくよだれを垂らしながら、息を荒立てて二人の少女は幼い絶対者の完全なるしもべであった。
「……何で、こんな事……」
悪い夢だと言って欲しかった。
だと言うのに、血の匂いが。
少年から放たれる淫靡な香りだけが、止まらない。
「これはね、サヤ。覚醒済みオニゲンにとっては、美酒であるらしい。僕自身ではそんな事は感じられないのだけは残念だな。彼女らは僕の忠実なる駒。楽園の支配者、そう」
めきめきと骨格が軋み、シズクとアミでしかなかった少女らの瞳に真紅の色調が宿る。
直後には、クラブドールの牢獄を立体的に駆け抜け、露になった獣性にキザハシはこぼす。
「……嘘、でしょう……」
「――翼手、だ」