BLOOD/EMETH   作:オンドゥル大使

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第七十六話 闇を斬り裂いて

 

 状況が切迫しているとヘリの中でキザハシは何度も通達される。

 

『ロンギヌス機関本部施設への侵攻……侵攻だと! この数十年……守られてきた均衡が……崩れる……!』

 

「言われなくてもこちらは階小夜を輸送している。聞いているな、キザハシ。間もなくロンギヌス機関本部上空に到着する。……敵が来ている、斬れるな?」

 

 問いかけたのは自分を担当するデヴィッドであった。

 

 彼の眼差しに、キザハシは思わず目線を逸らす。

 

「斬れるな、と聞いている」

 

「……あたしはついさっきまで、友達を斬り殺したのよ」

 

「だからこそ問いかけている。キザハシ、要らぬ慕情や、要らない友愛に足を取られるな。お前は“小夜”なんだ。機関の有する最大の兵器。そして、翼手人類を滅ぼし、世界に安寧をもたらすための福音の名前。……今一度、問うぞ。――翼手を殺せるな? “階小夜”」

 

 それ以上の問答を許さぬ言葉に、キザハシは刀を抱きかかえる。

 

 ――もう、迷っているような猶予は過ぎた。

 

 そしてこの手は、戻るのには血に濡れ過ぎている。

 

 直後に顔を上げたキザハシは、デヴィッドへと返答していた。

 

「……当然でしょう。あたしは、キザハシの小夜。翼手殲滅のための刃よ」

 

 自分でも想定外なほどに冷たい声音。

 

 感情の何もかもを消し去った、殺戮兵器の応答であった。

 

「……それならば安心だ。特殊弾頭に包まれて、お前を射出する。今の機関本部は危うい。特殊弾頭なしでは勝てないだろう」

 

「まるで人間とは思えない扱いね、デヴィッド」

 

 デヴィッドは一拍、キザハシの肩に手を置いてから、自分にだけ聞こえる声で応じていた。

 

「……すまない」

 

「……何で謝るのよ……。謝られないほうが……よっぽど楽なのに……!」

 

「特殊弾頭を用意する!」

 

 戦術ヘリに内蔵されていた特殊弾頭は二発。

 

 そのうち一発へと入り込み、キザハシはその時を待っていた。

 

『いいか? 最も被害が多い区画へと射出する。当然、着弾と同時に激戦が予想される。……勝てるな?』

 

「愚問よ。早くして頂戴」

 

 どうして自分でもそこまで思い切れた言葉が出たのかは分からない。

 

 ともすれば、もう人間の感情など排してしまえれば楽だと言う処世術であったのかもしれない。

 

 ガコン、と装填され首輪の通信機器へとデヴィッドの声が響く。

 

『特殊弾頭、発射』

 

 その加速度は人間の搭乗を想定してはいないのだろう。

 

 肉体が砕かれても、あるいは血の一滴となったとしても、サヤであるのならば生存出来ると規定した射出速度であった。

 

 着弾時に聴覚は一時的に使い物にならなくなる。

 

 燃え盛る業火と、そして強い血の臭気。

 

 黒々とした表皮を持つ翼手が獄炎の中で職員を喰い殺している。

 

 相手が勘付く前に、薙ぎ払いの一閃。

 

 胴体を断ち割り、頭蓋を割る。

 

 そのまま跳躍し、二体目三体目へと――。

 

 白銀の刃が瞬く間に血に染まり、朱線が舞い上がっていた。

 

 赤い残光が殲滅の輝きを宿し、命をついばむ。

 

 相変わらず耳は聞こえないが、翼手の悲鳴はいやに焼き付く。

 

 その中でキザハシは駆け抜けていた。

 

 最早、手遅れであるのは疑いようもない。

 

 しかし、殲滅機器と化した自分を飛ばし、一匹でも多くの翼手を屠る。

 

 フッと、自嘲が漏れる。

 

「――どっちが鬼なんだか」

 

 呟いても詮無い事実を口にし、キザハシは焼け焦げた廊下を血潮で塗り固める。

 

 ――サヤの本能が呼び掛ける。

 

 隔壁を切り裂き、無数の翼手の骸を踏み締めてキザハシは太刀筋を振るう。

 

 待ち構えていたのは、重々しく施錠された扉であった。

 

 弾道ミサイル相当でも打ち砕けないであろう、堅牢な門をキザハシは刀一本で断ち割る。

 

「――おや、遅かったではないか。小夜」

 

 途端、キザハシを迎えていたのは静謐であった。

 

 これまでの喧騒も、断末魔も、悲鳴も。

 

 何もかもを排した白の世界で、一人の少女へと男が傅いている。

 

 滅菌されたような区画は、まるで悪い夢のようであった。

 

 地面に付くほどの長髪で顔を隠した少女は、こちらへと気づくと、口元を緩めていた。

 

「おね! え、さま?」

 

 言葉の使い方を知らないような、音階外れの声。

 

 だが、自分はよく知っている。

 

 この声の主を。

 

 この問いかけの意味を。

 

「……ネネ……?」

 

「残念ながら、彼女はそのような俗世の名前とはかけ離れている。今、あなたの名を紡ごう。――あなたは“ディーヴァ”。私が唯一仕えると決めた、永劫の少女だ」

 

 ディーヴァと言う名前に、少女は心底嬉しそうに口元を押さえて笑っていた。

 

 その周囲に無数の職員の死骸が焦げ付いている事など、まるで意に介さぬように。

 

「うれ、しい、わ。わたし、になま! えを、くれる、の?」

 

「ええ。あなたはディーヴァ。さぁ、行きましょう。本部施設のサヤ程度では、あなたを穢す事も出来ない」

 

「うれ、しい、わ。うれし! い、わ。わたし、の、なま、え……?」

 

 少女が小首を傾げたのは自分が太刀を突き付けたからだろうか。

 

 それとも、自分の行動の意図など分からないのだろうか。

 

「退け、下郎。貴様ら程度ではディーヴァに手を下す事は出来ん」

 

 マイナス百度の瞳が、キザハシを縫い留める。

 

 実際、そうなのだろう。

 

 ここは組織の最深部。

 

 この場所まで来られた時点で、機関の敗北。

 

 ――だが、纏いつく違和感は何だ?

 

 目の前に佇む男に対し、キザハシは刃を構えていた。

 

「よすといい。死ななくてもいい命を散らすぞ」

 

 何故なのだか、まるで分からない。

 

 分からないと言うのに――。

 

 男は軽蔑する眼差しを投げてから、ディーヴァへと振り返る。

 

「少しお待ちください。サヤ一匹を蹴散らすのに、時間はかけません。私なら、あなたを守れる」

 

「あ、」

 

 ディーヴァが指差す。

 

 その意図をはかりかねて男が笑みをこぼしたその時には、キザハシは刃で頸動脈を掻っ切っていた。

 

「な――」

 

 相手の戸惑いの声が出る前に、さらに瞬きの二の太刀。

 

 腹腔へと突き刺し、一呼吸のうちに斬撃を浴びせる。

 

 臓腑が漏れ出て、男は膝を折っていた。

 

 血は止め処なく溢れ出す。

 

「……何を、何をしたァ……ッ! サヤァ――ッ!」

 

「何も」

 

 断じた声の冷たさに、キザハシ自身、本当に自分の喉を震わせた感覚がなかった。

 

 ただ、脳髄が。

 

 ただ、視神経が。

 

 ただ、指先が。

 

 爪弾くように。

 

 撫でるように。

 

 ――この存在を、赦さない――!

 

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