BLOOD/EMETH   作:オンドゥル大使

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第七十八話 裏切りの記憶

 

 着陸と同時に放たれるべき矢であるかのように、アマミヤは疾走していた。

 

 道中、28号翼手を蹴散らし、蹂躙の爪痕を垣間見る。

 

「……酷いもんやね。ここまでしてやられるなんて」

 

「……待て、アマミヤ……。オレだってデヴィッドだ」

 

「勝気な口、聞いとる余裕あるん? 間違えば死ぬんよ?」

 

 デヴィッドは治療を受けているとは言え重傷だ。

 

 このまま自分が連れて行っていいものか――その逡巡を縫うようにして直上から両腕が異様に長い翼手が強襲する。

 

 爪と刃が弾かれ合い、アマミヤが状況を確認したその時には相手はその腕をデヴィッドへと向けていた。

 

「デヴィッド!」

 

 彼は銃撃でいなそうとするが、恐らく形状から鑑みて上級翼手だ。

 

 成す術もなく殺される――そう確証したその時であった。

 

 斬と、白銀の刃が振るわれ上級翼手の腕を斬り落とす。

 

 相手が喚いた隙を逃さず、加速してさらに追撃。

 

 胴体を両断し、浮いた敵の頭蓋を貫いていた。

 

 直後には結晶化させ、刃を振るって霧散させてみせたその後ろ姿にアマミヤは言葉を漏らす。

 

「……音無小夜……」

 

「遅かったな、随分と」

 

 嫌味なのだろうか。いや、それ以前に事実なのだろう。

 

「……手間取る相手と相対してな。機関の本部は大丈夫なん?」

 

「サヤは候補生含めて全員、前線に出ていたが……四割生き残ればいいほうか。候補生も動員してこのざまでは笑えない」

 

「オトナシ……あんた、ここまでたった一人で戦い抜いてきたん?」

 

「まさか。デヴィッドとルイスのサポートがなければ私だけでは勝てない」

 

 どこまでも真実と断ずるオトナシの論調に、アマミヤはふんと鼻を鳴らす。

 

「……まぁ、ええわ。特殊弾頭の余裕は?」

 

「つい先刻まで、窮地に陥ったサヤに対してのサポートに充填させていた。私の手持ちは一発のみだ」

 

 つまりオトナシは他のサヤを補助しつつ、自分の戦いを繰り広げて来たという事なのだろう。

 

 どこまでも苛烈。

 

 そして、どこまでも強靭。

 

 その不屈の精神と血の力は組織の擁するサヤ全員が束になったところで敵わないだろう。

 

「……で、上級翼手。やる用意は出来とるんよね?」

 

「私が見てきた限りでは、上級翼手だけでも三十体以上。だが、こいつは雑魚だな。とっとと前に進ませてもらおう」

 

 上級翼手が吼え、両腕をまるで鞭のように自由自在に振るうが、どれもこれもあまりにも散漫な動きだ。

 

 アマミヤはオトナシと共に二手に分かれ、襲い来る相手の網を掻い潜ってから、懐へと潜り込む好機を練る。

 

 オトナシはオトナシで一歩たりとも迷いはない。

 

 その足並みは戦場の咲く花のようで美しい。

 

 可憐なる立ち振る舞いに、血の一滴が刻み込まれている。

 

 同時に至近距離に入った瞬間、アマミヤとオトナシは太刀を薙ぎ払っていた。

 

 上級翼手の頭部が落とされ、胴体が断ち割られる。

 

 すぐさま結晶化した相手を蹴り上げ、双方に分かれたアマミヤとオトナシは挟撃を仕掛けていた。

 

 上級翼手が統率を取り戻す前に、全て殲滅せよ――血が命じる最適解を辿り、刃を突き上げる。

 

 数体の上級翼手を惨殺し、アマミヤとオトナシは同じルートへと一秒の誤差もなく着地する。

 

「……アマミヤ。こいつらの目的は足止めだ。そちらのデヴィッドと共に最深部へと向かえ。恐らくはワイズマンの連中が控えている査問会か、あるいはさらに言えば」

 

「頭目たるジョエルの抹消……ほんま、嫌になるわぁ。こんな敗残処理に、ウチが駆り出されるなんて」

 

 アマミヤが刃を払う。

 

 それと同期して切り刻まれ、血を埋め込まれた翼手が内側より爆ぜ、粉砕されていく。

 

「……オトナシ。やれるのか?」

 

「時間稼ぎにはなる。それよりも、アマミヤのデヴィッド。もし機関が陥落していたとすれば、我々の職務もそこまでだ。戦いの意味はなくなる。翼手人類の勝利で終わらせてはならない」

 

「……それは、重々承知だ……お前に言われるまでもない」

 

「なら、とっとと片付けて来い。殿は任された」

 

 オトナシが刃を構え直す。

 

 上級翼手と残存した28号翼手が吼え立て、威嚇の音叉を張り巡らせる。

 

「行くよ、デヴィッド」

 

 自分の声にデヴィッドは歩を進める。

 

 血濡れの廊下には翼手の遺骸とサヤの死体が入れ替わりのようにそこいらかしこに転がっている。

 

 中には自分の血で相討ちに持ち込んだサヤも居たらしい。

 

 アマミヤは絶命に見開かれたままのその瞳を閉ざす事はせず、真っ直ぐに歩む。

 

 デヴィッドは拳銃へと弾頭を装填し、それからこちらへと言葉を投げていた。

 

「……なぁ、アマミヤ。オレは、さ。もし……ワイズマンが全滅していて、機関がもう、使い物にならなくなっていたとしても……」

 

「しても、何なん? 余計な繰り言は毒やと思うけれど?」

 

 デヴィッドは一拍の逡巡を挟んだ後に告げていた。

 

「……だとしても……オレは翼手人類との闘争に、諦めたくはないんだ。こんなところで折れてしまえば、多分死んでも後悔するだろうから」

 

「死んでも、言うんは変やね。死んだらそこまでやろ」

 

「……お前が言うと笑い話にもならないな。これでも場を和らげているつもりなんだが」

 

「何やの、それ。デヴィッド、あんたさん、いつの間にか冗談が得意になったんやね。こんな終わりの土壇場で、笑えん冗談やわ」

 

「……かもな。アマミヤ、敵が居れば討てるな?」

 

 最終確認のような言葉に、アマミヤは首肯する。

 

「今さら何を言っとるん? ウチが仕留め損ねた相手は居らんよ。どんな翼手であれ、ウチの刃からは逃れられん」

 

「……それを聞いて安心した。後ろは任せろ。お前は前だけを見て刀を握れ」

 

 査問会の重々しい扉が眼前に佇む。

 

 真鍮製の取っ手には血がこべりついていた。

 

 既に凄惨な事態にまで追い込まれているのは明白。

 

 だとしても、とアマミヤはゆっくりと扉を開けていた。

 

 真っ暗な空間で唯一、光を放射しているのはテーブルモニターだ。

 

 それは本来、査問会で裁かれるものへに対しての光源に過ぎなかったが、今ばかりは裁かれるのは罪人ではなく。

 

「……本部に駐在していたワイズマンは全滅やね。けれど、血の臭いが違うわぁ……人間の血だけやないみたいやね」

 

 その瞬間、アマミヤは超感覚で刃を振るい弾き返す。

 

 暗闇に蠢動するのは巨大な蜘蛛であった。

 

 ――牛鬼、と分類されるべき牛の頭に蜘蛛の躯体を持つ異形。

 

 それが死に絶えたワイズマンの骸へと蜘蛛の糸を通している。

 

 ここはもう、敵の領域だ。

 

 ――いや、それ以上に今、アマミヤの視界が捉えたのは。

 

「――やぁ、遅かったね。雨宮小夜」

 

 

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