BLOOD/EMETH   作:オンドゥル大使

79 / 183
第七十九話 邪悪なる生誕

 

「……デヴィッド……?」

 

 後ろで銃を構える“デヴィッド”ではない。

 

 彼の兄であるカインは柔和な笑みを浮かべ、そしてその手には拳銃が握られていた。

 

 まるでこの血生臭い場所には似つかわしくない、安息の表情で。

 

「……にい、さん……?」

 

「アベルも来たのか。話では九頭が君らを止めるはずだったが、さすがは最強の小夜だ。それくらいは乗り越えられる雑事と言うわけだね」

 

「……何を……何を言っているんだよ……。敵は? こんな風にした襲撃犯はどこに行ったんだ?」

 

 首を巡らせるデヴィッドにカインはゆっくりと頭を振る。

 

「そんな事、分かり切っているだろう? 僕が殺したんだ。ワイズマンと、そして」

 

 アマミヤはその模様を仔細に捉える。

 

 車椅子に蜘蛛の糸で拘束されたジョエルが唇から血を流しているのを。

 

「……デヴィッド……いいや、カイン。何がしたいん?」

 

「ここまでやれば分かるだろう、君なら。ちょうどこれから、ジョエルを殺そうと思っていたところなんだ。君達は運がいい、何せ、観客が居なかったからね。それではあまりにも拍子抜けだろう?」

 

「何を言っているんだ、兄さん……! 早く敵を捕捉してくれ! そいつを殺す! 八つ裂きにしてやる……! 操られでもしてるんだろう……そうなのだと……言ってくれよ!」

 

「可笑しな事を言うな、アベル。この空間を支配しているのは僕の使役する〈古きもの〉だ。それを操れる人間なんて居ないのは、よく知っているはずだろうに」

 

「だとしても……! だと……してもぉ……っ!」

 

 涙するデヴィッドに心底理解できないとでも言うようにしてカインは頬を掻いていた。

 

「嫌だな、アベル。泣くほどの事かい? 僕は何も間違えちゃいない。ロンギヌス機関はこの瞬間をもって、滅ぶべきだ。翼手人類との血で血を洗う抗争も今宵まで。もう、抵抗なんて意味はない」

 

「それは諦めなん? カイン」

 

「諦め? 違うよ、アマミヤ。僕はね、希望を見つけたんだ。こんな終わりのない夜を繰り広げるよりもよっぽど建設的さ。誰も血を流さずに済む。サヤも、翼手も、そしてオニゲンも。誰も彼も、幸福のままに楽園を享受する。素晴らしいとは思わないかい? エメトピアは真の完成を見るんだ」

 

 アマミヤはカインを仔細に観察する。

 

 ――錯乱している様子はない。それどころか、ここまで落ち着き払った彼を見るのは初めてだ。

 

 穏やかな笑みを浮かべ、耳障りのいい優しい言葉で、懇々と聞かせるように語る。

 

 それはまるで、この世界の真理と答えを得たかのような。

 

「……聞いてもええ? 何でこんな答えに至ったん?」

 

「そこまで不思議かな? 機関の本部を潰し、そしてその総本山であるワイズマンと幹部連中を殺せば、簡単に瓦解するだろう? 最適解を取っているだけだよ」

 

「ウチにはそれが今日この日まで機関の一員として戦ってきた人間にしてみれば不可解なんよ。……機関の幹部を殺す? 機関を抹消する? ……それをすれば、翼手人類に永劫に支配されるって言うのに……何であんたさんは笑えるん?」

 

 その段になってカインは口元をなぞって、ああ、と得心した様子であった。

 

「そうか。今の僕は笑っているか」

 

「兄さん……ッ! 〈古きもの〉を仕舞って、両手を上げて降伏してくれ。頼むから……こんなのは悪い冗談だって言ってくれよぉ……っ!」

 

 拳銃を構えたデヴィッドだったが、〈古きもの〉を従えているカインにしてみれば驚異判定に上げるまでもないのだろう。

 

 嘆息一つで、彼は憂いを打ち消していた。

 

「……ずっとそうだな、アベル。せっかく僕からデヴィッドの席を譲られても、君は迂闊だ。殺すのならば、最短を選ぶといい。心臓はここだ、外すんじゃないよ」

 

 左胸をトンと叩いたカインにアベルは苦悶に満ちた声を発していた。

 

「出来ない、よぉ……っ!」

 

「そうか。ならば、アベル。君には然るべき罪科が相応しい」

 

 カインが虚空に向けて人差し指で突く。

 

 その途端、アマミヤは呻いていたアベルが唇の端から血を流すのを目の当たりにしていた。

 

「……何を……」

 

「与えたんだ、君の役割を。さて、問答だ、アマミヤ」

 

 アベルが倒れ伏す。

 

 何かをされたのは明白だったが、今はジョエルへと銃口を据えるカインを阻止せねばならない。

 

「……ここでウチに斬られたいん?」

 

「可笑しな事を言うな。斬れるのならば斬ってみるといい。僕はこの楽園では数少ない、純正人類だ。そして純正人類を殺人と言う手段で滅する事が出来るのは、オニゲンと翼手、そして誰でもない、人間の証明なのだと」

 

 アマミヤは腰だめに刃を固める。

 

 いつでも斬りかかる事は出来たが、問題なのはカインが純正人類である事。

 

 九頭に向けて致命傷ではない斬撃を浴びせただけで、昏倒してしまうほどの精神的呪縛を課せられているのがサヤだ。

 

 ならば、確実な殺人は恐らく、許されていないか、あるいはそれを実行した瞬間、自分は瓦解するだろう。

 

「……どうした? アマミヤ。君は最強の小夜だ。殺しに躊躇いが一手遅れる事くらいは分かり切っているはずだろう?」

 

「……ウチだって、あんたさん、殺しとうないんよ」

 

「それは意外だったかな。僕は君になら、殺されてもいいと思っていた。さて、問答は終わりだ。ジョエルを殺すよ」

 

 何でもないような、雑談を打ち切るような気楽さでカインは銃撃していた。

 

 肩口を射抜いた銃弾にジョエルが呻き声を上げる。

 

「何故だ……何故なのだ、カイン……! わたしが死ねば、翼手人類にとっての優位が……」

 

「宗旨替えをしたんです。僕は翼手の側に付く」

 

 慣れた所作で銃弾を装填し直すカインの背中に、アマミヤは問い質す。

 

「……何でなん……? だってそれって……」

 

「この世界は、楽園は常に最大多数の最大幸福で回って来た。ならば、ほんの一パーセント未満の者達が狩人を気取っているのは奇妙だろう」

 

 こちらを一顧だにせず、カインは拳銃をジョエルへと照準する。

 

「……血迷ったか……!」

 

「血迷ってなどいませんよ。僕は、本当の生きる意味を見出したんです。これまで“デヴィッド”と“カイン”という、偽りの名前に糊塗されてきた。けれどそれはもうお終い。僕は魂の名前を手に入れた。〈古きもの〉を操り、そして自在に彼らに干渉するだけの力。この世界の理でさえも掌握する素質」

 

「驕ったか……! カイン!」

 

「だから、何度もその名前で呼ばないで欲しい」

 

 カインはジョエルへと歩み寄り、額へと銃口を突き付ける。

 

 ゼロ距離の殺意を前にジョエルの瞳が揺れていた。

 

「……アマミヤ。この者を殺せ……」

 

 構えには入っている。

 

 いつでも踏み込んで殺す覚悟はある。

 

 だと言うのに――踏み込み切れない一線が、全てを躊躇させていた。

 

「……何で殺せんの……!」

 

「それが君達、サヤの宿命だからだ。僕はね、ここでジョエルを……父さんを殺して自由になる。楽園を謳歌するために、ここで喜んで王殺しを遂行してみせよう」

 

「血濡れの道だぞ……カイン!」

 

「だから、何度もその名で呼ばないで欲しいと、言ったところじゃないですか」

 

 カインはわざと狙いを反らし、ジョエルの膝を撃ち抜く。

 

 叫び声を上げるよりも先に純度の高い殺意そのものが突き付けられていた。

 

「……本気なのか、カイン……」

 

「本気も何も。父さん、あなたは分かっていたはずだ。〈古きもの〉を使役する素質、それは即ち、楽園の王の証。今より名乗ろう。僕の名前はデヴィッドでも、カインでもない。本当の名前は――七原文人。このエメトピアの、真の王だ」

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。