お歴々に囲まれるのは単純に気分のいいものではない。
だが十二年の月日は、アマミヤにとってはある意味での諦観の領域にあった。
「……変わらんのやね、こういうのも」
後ろ手に拘束された手錠を意識する。
変わった事と言えば、ワイズマンの内情とそして最奥に位置するロンギヌス機関の盟主――。
「おかえり、雨宮小夜。十二年のミッション、まずはご苦労様と言わせてもらおう」
「ジョエル、あんたさんも変わったやないの。すっかり頭目の顔になってもうたんやね」
「自ずとね。君もそうだ。十二年前と変わらぬ相貌でありながら、その纏っている空気には覚悟を垣間見させる」
『だが雨宮小夜の運用は急務、分かっているのだろうな? ジョエル』
『左様。実戦形式で使えなければ無意味だろう。十二年の月日も泡沫と化す』
「その事なんやけれど、ウチと一緒にここまで来た、命知らずはどうなったん? 聞かせてもらえへんの?」
『彼はアシッドの構成員だ。未覚醒のオニゲンだが、いつ覚醒するか分かったものではない。加えて、君の正体に肉薄した。ただで帰すわけにはいかない』
「あれ、帰る気なんてないと思うけれど? どっかで自分の命の在り処でさえも達観しとるんちゃう? せやから、こういう大胆な策に出られたとすれば?」
「アマミヤ。彼は何者だ? 調書には君と彼の接点はまるでなかったとされている。それに、君の正体に勘付いた人間は全員始末してきた。彼はそれさえも掻い潜って、君の帰還とタイミングを合わせ、こうしてアシッドを裏切った。意味がないとは思えない」
『あるいは作意か。アシッドの用いた爆弾かもしれない』
『だがアシッドの構成員の情報が得られれば上策だ。人格までは必要ないがな』
ワイズマンの考えは十二年前から変わらない。
ヒトをヒトとも思わない所業――それでも自分達の正しさを疑おうともしない。
それが歪んだ正義なのだと、一滴たりとも彼らには考えの余地はなく。
「……なぁ、アマミヤ。この十二年で多くの事が変わった。アシッドとの攻防もそうなら、28号翼手との戦闘、そしてサヤの訓練……どれもこれも、上向きになったものもあれば右肩下がりになったものもある。だが、一つだけ言えるのは、君をアシッドの潜入任務に就かせて十二年、一度として失敗は考えなかった、という事だ。我々の誇る“雨宮小夜”は確実に遂行すると。そして実際、それは叶った」
『だが、あまりにもイレギュラーが過ぎる。シュヴァリエの存在に、そして王の顕現だとはな……。エメトピアの王が目覚め、そしてサヤに接触した』
『十二年前の情報と照合すれば、その王は“七原文人”……我々から離反した“デヴィッド”そのものだ』
『そしてアマミヤ、貴様のデヴィッドであったな、奴は』
「何を言わせたいんかさっぱりやわぁ。もっとはっきりと言えばええんとちゃう?」
「では僕が失礼して」
挙手したジョエルにワイズマンの面々が後れを取っている。
アマミヤは顎をしゃくっていた。
「言うてみぃ」
「アマミヤ、本当にこの十二年間……王を殺す術はなかったのか?」
詰問はどこか尋問の論調でさえもあった。
現ジョエル――アベルにとってしてみれば、兄であるカインの正体とその処遇は急務のはずだ。
彼が誰よりも恨んでいるのは分かっている。
だが、アマミヤは必要な答えを持っていなかった。
「……玉座はなかなか潜入出来んかったし、潜り込めても七原文人がどこに居るんかも分からんかった。ウチの限界よ。責めても構わんし」
「いや、それが聞けてよかった。君でも手こずった、他のサヤならば不可能だっただろう」
ジョエルはワイズマンの意味を持たない質問を制するために、自らヨゴレを被ったのだ。
それが分からぬほど、彼らは賢人を名乗っているわけではない。
『……だがサヤの数は減ったままだ。十二年前から増える事はなかった』
「サヤ候補生は? それくらいは居ったんとちゃうん?」
『実戦ベースのサヤの育成に手間取っていてね。元々はオトナシのデヴィッドとルイスの領分だったのだが、何せ十二年だ。“SAYA”の隠蔽も楽ではない』
「……要は数も減って、その上戦力としては質も下がった、言う事やんか。それで使えるん?」
『現状、機関の方針としてはサヤ育成の時間はないと判断している。そして、次に仕掛けるべき一手は既に講じているとも』
中央の投射映像が螺旋を描いて浮かび上がり、構築された建築物はエメトピアの建築基準から大きく外れている。
エメトピアの建物は純白に統一され、高さも面積も計算され尽くしているのだが、その場所はまるで違っていた。
無秩序に乱立する高層ビル群、陥没した道路と太陽光を集める機能を失い、永劫の雨と薄靄に覆われた楽園の最果ての土地――それは。
「セクション三、通称“原生林”。ここに、“SAYA”のキャリアーと、そしてアシッドより派遣された翼手が対立しているとの情報があった。……とは言っても、対立と言うのも言い方としては正しくはない。覚醒者が翼手を狩り、その結果としてアシッドが増援を送り込んでいる。“SAYA”覚醒者は翼手殲滅の衝動のままに殺し合いを繰り広げている状態だ。中央庁にほど近い場所でありながら、今の今まで介入がなかった」
「そこに攻め込もう言うん?」
「……上手く行けば大勢の“SAYA”キャリアーの確保と、そして敵の主戦力を潰す事が出来る。何よりも、サヤが大勢居る状態ならば、我々機関が動かない理由はない」
「その子ら、もう死んどるやろ。いくらサヤの覚醒者と言っても、何の補給もなしに何日も何十日も生きてはいられんよ」
『だからこそ、提案したい。補給と共に彼女らを機関に迎え入れるために』
「提案? ……嫌な予感するんやけれど」
「決して、我が方に不利なばかりの提案ではないよ。先ほども言ったが、現状の帰還所属のサヤは血の質が落ちている。その力量も十二年前に比べれば及ばないだろう。だからこそ、彼女らの覚悟の本質を問い質さなければいけない。一体、どれほどの血の宿命を、己の中に強く持てるのかを」
ジョエルの物言いにアマミヤは眉根を寄せていた。
「ジョエル、あんたさん……いいや、ワイズマンも。何がしたいって言うん?」
『アマミヤ、君の帰還はただ単に任期の満了だけではないという事だ。我々はセクション三、“原生林”へと踏み込む。しかし、あまりにも戦力がお粗末だと判断されている』
『よって、サヤの厳選を行いたい。彼女らは強力だが、その力の差には大きな隔たりがある。特殊弾頭も、ましてや己の力のみを頼りにして戦い抜けるとも思えない』
「……サヤを特訓でもするって?」
『間違ってはいない。雨宮小夜、これよりロンギヌス機関においての命令を下す。これに拒否権はない』
その断言口調にアマミヤは心底呆れ返っていた。
結局のところ、ここでも利用されるためだけに生かされているも同義。
「……ええよ、何でも聞いてあげる。けれど、一個だけ。ウチのワガママ聞いてもらえるんなら、ね」
その言葉に彼らが疑問符を浮かべているのを感じ取って、アマミヤは悪戯っぽく微笑む。
「ちょっとした人事なんやけれど、ええかな?」