BLOOD/EMETH   作:オンドゥル大使

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第八十九話 向かい来るもの

 

 何度目かの覚醒を経てから、くらくらした視界の中で黒服達が何やら言葉を交わし合うのを感覚していた。

 

「おい、それは……」

 

「厳命だ。その男を解放しろ、とのな」

 

 舌打ちを漏らし拷問官はこちらを睨む。

 

 へへっ、と嘲笑を漏らしながら問いかける。

 

「オレの有用性に気付いてくれたって事かな? 機関の走狗でも」

 

 一発、鉄拳が鳩尾に食い込んで男は何度も意識が閉ざされかける。

 

「……上も酔狂なものだ。こいつはアシッドの狗だぞ」

 

「噛み付くんじゃない。こいつの処遇は……」

 

 そこから先を聞いてから拷問官は瞠目していた。

 

 しかし、その口元には隠しようのない愉悦が滲んでいる。

 

「……オレは相当にいい身分に召し仕えられそうだな」

 

「ああ、お前には相応しい。スーツを用意しろ。それと、そのツラでお歴々に会わせるわけにはいかない。まっとうに見えるように用意させておけ」

 

 男は血痰を吐き、それから後ろ手に縛られた椅子を揺らす。

 

「丁重に頼むよ、機関の方々」

 

 拘束が解除され、男は前と後ろを黒服に固められて訪れたのはロッカーであった。

 

「お前に相応しい名前と、格好が用意されている。それに従うといい。……ああ、それと。お前、何を仕出かしたんだ?」

 

 拷問官は最後の最後に気になったらしい。

 

「……好奇心は猫を殺すぞ?」

 

「気になってしまったのだから仕方ないだろう。アシッドから逃れ、我々に与するんだ。いわば同胞さ。少しは考えを聞いておきたい」

 

 それも気紛れだったのだろう。

 

「……何でなんだろうな。雨宮小夜の正体に勘付いておきながら、こんな真似……馬鹿に映るだろう? だが、オレにとっての存在証明があるとすれば、きっとこの瞬間なんだと思えたんだ。だから、オレは……」

 

「それなら朗報だ。スーツに付いている名札は天職だろうさ」

 

 拷問官が片手を振って立ち去っていく。

 

 ロッカーを開くとそこには灰色のスーツ一式が用意されていた。

 

 てっきり黒服なのだと思い込んでいたが、どうやらここに来訪する際のジャケットを改修した代物らしい。

 

「防弾性能、それにちょっとやそっとじゃほつれもしない技術……どれもこれも機関の賜物か。……オレに翼手と戦えってらしい」

 

 袖を通し、襟元を整えてから男は名札へと視線を落としていた。

 

「こいつは……」

 

「――気に入ってくれたん? それ」

 

 不意打ち気味の声に視線を振り向けると、アマミヤが佇んでいた。

 

 まるでその場に居るのが当然とでも言うように。

 

「……悪い冗談にも思えてくるが」

 

「あんたさん、胆力だけはあるみたいやんか。ウチを拘束した時も、機関で拷問を受けた時も。まったく口を割らんかったって言うんは、もう組織の中では評判よ」

 

「……勘違いしないで欲しいのは、別に義理立てとかじゃないんだ。ただな、何となく言わないほうがいい、そういう第六感めいたものさ」

 

「そういうんが一番大事なんかもね」

 

 名札を掌で弄び、それから問い返す。

 

「……この名前は想定外だった」

 

「そう? ウチはややこしくなくってちょうどええと思うけれど」

 

 そう言って鈴を鳴らすようにからからと笑うのだ。

 

 そこに宿っているのは悪意か、それとも単なる興味本位か。

 

 男は名札を留めていた。

 

「――マイケル、か。名乗るのには少しばかり拍子抜けでもある。てっきりデヴィッドかルイスだと思っていたかな」

 

「あんたさんは灰色やろ? デヴィッドもルイスも、黒に染まる覚悟がある人間だけが纏える名前なんよ。あんたさんはマイケルで充分」

 

「……言葉もないな」

 

 それで、とマイケルは促す。

 

「オレはこれから貴様の……いや、言葉遣いを正そう。君の“マイケル”だと考えていいのだろうか。これから先、作戦展開を共にするのだと」

 

「半分は正解。けれど、その前に一仕事あるんよ」

 

「一仕事? 何だ、それは。面倒ごとじゃなければ嬉しいんだが」

 

「安心しぃ。……いや、戦いのほうが楽って思っとるんやったら、ちょっと厄介やけれどね」

 

 アマミヤの半歩後ろに付き従いながら、マイケルは門を潜っていた。

 

 終わりのない闘争の宵闇への、それは最初の一歩であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お、おい……! デヴィッド!」

 

 資料室で文献を漁っていた自分へと不意に声が掛けられ、デヴィッドは本を畳む。

 

「どうした? ……資料室にまで押しかけて、命令か?」

 

「それとは……ちょっと違うんだけれどよ……。厄介ごとが回って来たみたいだぜ」

 

 息を切らしたルイスはその厄介ごととやらに対し相当に慌てているようであった。

 

 一度深呼吸し、彼は胸元を叩く。

 

「……何があった? 今すぐに作戦行動と言うのは軽率と言わざるを得ない」

 

「ワイズマンと、それにジョエル、アマミヤの決定だ。……次の標的はセクション三、“原生林”への強襲……だが、今のサヤだけではどうあったところで撤退戦も怪しいだろう。だから、なのかは不明だが……サヤの技量を試したい、とアマミヤが進言した」

 

「……アマミヤにしてみれば弱体化した機関のサヤを見据えての事か。ならば、訓練か?」

 

「それが厄介なんだよ……。少し落ち着いて話をしたい。いいか?」

 

 ルイスに肩を叩かれ、デヴィッドは資料室を後にする。

 

「……資料室には七原文人の情報源はなかった。ともすれば、どこに行ったところで何も待っていないのかもしれない」

 

「何だ、お前らしくないな。……ただまぁ、連中と対等以上の戦闘を行うのには、これが一番な気はするがね」

 

「もったいぶらずに教えろ。一体何があったんだ?」

 

 ルイスはこちらの眼差しを交わしてから、憔悴した様子で応じる。

 

「……おれ達のサヤにとっちゃ、これは試練になるんだろうな」

 

 

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