BLOOD/EMETH   作:オンドゥル大使

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第九十話 開かれる戦端

 

「――選抜試験?」

 

 問い返したのはマイケルと呼称される男で、アマミヤの言葉に疑問符を抱いた様子だ。

 

「そう。アマミヤからの提案でね。現状のサヤの力量では敵にすり潰される。だが、選抜試験で生き残った強い個体のサヤならば、強襲作戦にはもってこいってわけさ」

 

 ジョエルは選抜試験の情報をスクロールさせつつ、部屋に訪れたアマミヤとマイケルへと眼差しを振る。

 

「……聞いた事はある。セクション三、“原生林”……そこにはエメトピア中央庁にほど近いと言うのに、ほとんど野ざらしの状態であると。“SAYA”感染者の正確な数値も分からず、さらに言えば28号翼手が跳梁跋扈している。まともな神経で打って出るべきじゃない」

 

「優秀だね。戦うべき時とそうでない時とを分けている。アマミヤが君を少しばかり買っているわけだ」

 

「……オレは大した事はないさ」

 

 本人としては謙遜のつもりもないのだろう。

 

 その証拠に口元にニヒルな笑みを浮かべている。

 

「で、ジョエル。機関に所属する全サヤと、そしてデヴィッドとルイスに伝令、つつがなくやれてるん?」

 

「反発が出なかったのは少しだけ意外だったくらいさ。……やはり皆、今のままではいけないのだと思っているのだろうね。このままではシュヴァリエはおろか、上級翼手でさえも苦戦してしまう。今のままで勝てるなんて楽観視は持っちゃいない。それはワイズマンの諸兄も然り、だろう。だからこそ、君の提案を受け入れた。アマミヤ、この選抜試験の内容だが……少し厳しいくらいだな」

 

「それくらいやないと、“原生林”で生き残るなんて出来へんよ。それとも、ジョエルの身分でサヤをいたずらに死なせるのがお望みって言うわけやないやろ」

 

「……参ったな、読まれてしまっている」

 

 とは言え、この伝令は全てのサヤとデヴィッド、ルイスへと承認されたはずだ。

 

 未承認なのは自分だけである。

 

「……その、な? ジョエルだったか。あんたは充分、やっていると思うぜ? ただ、この局面において、オレ達はまだ弱い。それを加味しても、機関の根回しに最強のサヤの運用……どれを取っても一瞬の気も抜けないはずだ」

 

「それは僕のやっている事を嗤っているのか」

 

「まさか。それどころか尊敬だよ。十二年前にほとんど崩壊した機関を立て直した功労者であり、その上、現状のアシッドとの膠着状態を維持している。そうそう出来る手腕じゃない」

 

 マイケルの言葉に軽薄さはない。

 

 彼は心底、自分の采配に満足しているのだろう。

 

 ――だが自分にとってのそれは、呪縛そのものでしかなく。

 

「……少し、いいか? アマミヤと二人っきりで話をしたい」

 

 マイケルはアマミヤへと一瞥を振り向ける。

 

「……ええよ、別に。そんな時間はかけへんから、部屋の前で待っといて」

 

「なら……なぁ、オレの処遇を決めたのってあんたか? それとも、雨宮小夜、君か?」

 

「それは今必要な問答かな?」

 

 その一言で了承は取れたのだろう。

 

 マイケルが部屋を後にしてから、ジョエルは口火を切る。

 

「……随分と強硬策に出る。時間がないとでも言うように」

 

「実際のところ、ないやろ。どれだけ“SAYA”が増え続けたところで、使えへんかったら意味ないんやもん。それよりも、ジョエル。あんたさん、少しは落ち着いた様子やね。十二年前を思い出すと……もう少しガサツで杜撰やったような気がするけれど」

 

「アマミヤ。サヤにとっての十二年はあっという間だろうが、僕達純正人類にとっては長い長い時間が経った。足踏みをしているような余裕もない。……僕は少しでも前に進みたいんだ」

 

「その割には、署名はされとらんようやけれど」

 

 この選抜試験を実施するのには機関の最高責任者である自分の署名が最終確認であったが、ジョエルはわざと話題を逸らす。

 

「……アマミヤ。僕は変わってしまっただろうか」

 

「ああ、変わったんとちゃう? “僕”なんて言うて、可愛く成ったやないの」

 

「茶化さないでくれよ。……あの日から、僕の宿業は決まっているんだ。――七原文人を殺す、それ以外は全て些末事だと思っていた。サヤが増え続けるのは翼手人類へのカウンターとして、そしてこの永劫の闘争にもいずれ終わりが来るのだと。……だが、最近、分からなくなってしまっている。翼手を殲滅するのが正しいのか、あるいは一パーセントにも満たない我々が滅びるのが当然の摂理なのか……。答えは出ない、堂々巡りのままだ」

 

「死に絶えるのが当然と、一秒でも思ったほうが消えるんやろ? それも当然の摂理やないの?」

 

 ジョエルは執務椅子へと深く腰掛ける。

 

 長く深呼吸をついてから、そうだとして、と言葉を継いでいた。

 

「だとして……僕らはそれだけの意義を持っているのだろうか? この世界に生きている人々の九割は潜在翼手人類、即ちオニゲンだ。彼らにとってしてみれば、いつ獣として覚醒するかも分からないと言うのに、それを知らずに生きる。そして、怪物に成ればサヤが殺しに来る……歪んだ世界の理念だな、これも。僕はサヤが機関の兵器として存在し続ける限り、この論争には終わりはないのだと思っている」

 

 一拍の沈黙を挟んで、アマミヤは返答していた。

 

「……それはあんたさんらが人間やからやろ。サヤにしてみれば、そんな事も逃げ口上にしか聞こえん」

 

 サヤの宿命がある。

 

 その血の運命がある。

 

 彼女らにとっては、殲滅者であり続けられるのは、有限でしかない。

 

 その理由は――。

 

「……いずれにしたところで、この選抜試験には意義があると感じる。署名を行おう」

 

 署名と指紋認証でこの試験はロンギヌス機関の公式において催されるものとなった。

 

「……けれど、ジョエル。あんたさん、少し個人的な恨みで動くにしては、ちゃんと距離が取れとるんよ。それも長官としての処世術やと思ったほうがええんかね?」

 

「何だそれ。……憎しみだけじゃ、十二年もこの職をやっていけていないとも。アマミヤ、一つだけ言っておく。確かに七原文人は殺してやりたいほどに憎いが、僕は機関の最高責任者なんだ。当然、責務と呼ばれるものに雁字搦めになってしまう。それが望もうと望むまいと関係なく……だってそうだろう? 君の十二年も、だ。僕らはもう、終わりのない輪廻に身を投げ打っているんだよ。それを誰かに糾弾されて、今さら止まれるものか」

 

 そう、もう足を止める事は出来ない。

 

 それが最も大切な人の言葉であろうとも。

 

 アマミヤは嘆息をつき、頭を振っていた。

 

「……強情やね、相変わらず。けれど、ちょっと安心したわ。あんたさん、ウチのデヴィッドやった時と、そんなには変わってないんやね。それなら任せられるわ」

 

「そう言ってもらえるのは光栄と思うべきなのかな? ……いずれにせよ、我々には時間があまりにもない。選抜試験、どれだけの実力者が突破するのかは……運次第だろうか」

 

 

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