「階小夜、言っておくが黙秘権はない」
尋問が数時間にも渡って行われ、キザハシは飽き飽きしていた。
「……最初に言った通り、あたしはレクディを殺し、アダムを殺すために行動しただけ。オトナシは無関係よ」
「だが、それだけではなく、楽園の王である七原文人の出現。そして敵を取り逃がした。これは失態だぞ」
「はいはい、どれだけの失態でも甘んじて受けましょうとも。……けれど、分かっているんでしょう? レクディは火の点いた時限爆弾みたいなものよ? あれが歌えば、潜在翼手人類はほぼ覚醒するか、あるいは意識を漂白される。結局のところ、選択肢なんてないのよ。あたし達にあるのは前進するための矜持だけ」
「よく舌が回るな、キザハシ。だが、貴様がこれ以上の情報を持っていないと言うのならば、それも致し方なし。措置に入る」
恐らくはサヤとしての権限を全て抹消し、自分を実験動物として扱うのだろう。
――予め覚悟出来ていたとはいえ、いざそうなると辛いな。
片隅で思いつつその処置を待っていると、不意に尋問室の扉が開かれる。
「何だ! まだ尋問中だぞ!」
「それが……つい先刻、ジョエルが決定した事なんだが……」
耳打ちする黒服に尋問官は瞠目する。
「……確定情報か?」
「恐らく……キザハシにも参加辞令が出ている」
その赴く先があまりにも醜悪だったのか、尋問は拘束が解かれたことで終わっていた。
「……階小夜。これより貴様には、ロンギヌス機関において実戦形式の訓練を積んでもらう。通称、選抜試験。次の戦いにおいて、参加資格を得るためのものだ」
「あたしに拒否権なんてないんでしょう?」
「拒否するのか?」
「まさか。むしろ好都合よ。……これでようやく、レクディを殺す事が出来る……!」
拳を握り締めた憤怒に、相手は不可思議そうに応じる。
「……レクディは確かにD因子の持ち主だった。放っておくわけにはいかないだろう。だが、得心がいかないのもある。どうしてそこまで憎めるんだ?」
そんなの決まっている、とキザハシは即答していた。
「この世で許せない存在を、十二年も手が届かなかったのよ。なら、十二年分の恨みと怨嗟をぶつけるのに、憎悪はちょうどいいスパイスでしょ」
キザハシは前回の作戦で相対したレクディの様子を思い返す。
この楽園での歌姫の座を与えられ、自分とは正反対に表舞台での生を謳歌していた。
そして彼女はその歌声の力を知っている。
理想郷を破壊するだけの能力と、素質がある事を。
その上で、アシッドに降ったと言うのならば、殺すしかない。
――否、そもそも機会が巡ってくれば抹殺する事に何の躊躇いもなかったのだ。
自分の“デヴィッド”は十二年間もその好機を手繰り寄せて来た。
組織におもねりながら、『ケース38』を秘匿し、自分を支援し続けて来たのだ。
彼が死ぬのならば、自分はもう首輪を付けられた番犬ではない。
どれだけでも機関の人間を殺し、どれだけの骸の上に成り立とうとも、レクディを誅殺する。
それ以外の全ては些末事のつもりであったが、尋問官はこちらへと目配せする。
「階小夜。選抜試験を受け、そしてセクション三、“原生林”にて前線で戦う資格を持つのは数少ない優秀なサヤだけだ。貴様にそれが務まるのか?」
「今さら何を……あたしは十二年間も有能なサヤを演じてみせたのよ? これから先も機関にとっての有用性を説く事に対して、不安要素なんてないはず」
尋問官が顎をしゃくり、黒服によって拘束が解かれる。
「では、向かうがいい。その赴く先が地獄であろうとも、貴様らは業火に焼かれ続ける。それが機関のサヤにはお似合いの結末だ」
歩み出したキザハシはふんと鼻を鳴らす。
「そんなの、周回遅れの警句ね。あたしは迷わない。機関のサヤとして一流であれと言うのならば、その道に一切の澱みなんてない」
「……一つ、言い忘れていた。雨宮小夜が帰還している。この選抜試験はアマミヤの提案らしい」
「……アマミヤが? ……いえ、それなら納得したわ。そうね、彼女なら強いサヤだけを伴わせて戦いたいはずでしょう。弱いサヤは邪魔なだけだものね」
「会わなくっていいのか? アマミヤにとって貴様は特別なサヤだろう?」
「アマミヤがどれだけ冷酷なのか、あんた達はよく知っているでしょう。だからこそ、彼女は今日までアシッドに肉薄し続けてこられた。それに、アマミヤはもう忘れているかもしれないわね。あたしをサヤにした事も、十二年前の戦いの帰結も」
振り向きもせず、キザハシは手首をさする。
あの氷雨の夜――熱い血の口づけを、自分は一時として忘れた事はない。
だが、彼女にとってしてみればただの偶発性であったのかもしれない。
気紛れでサヤにした少女の事など覚えているのだろうか。
「そうだろうかな。……まぁ、いずれにせよ、アシッドとの戦いは貴様らサヤに任せるほかない。まったく嫌になる。どれだけ醜悪に成り下がったとしても、翼手を殺せるのはサヤだけだ」
「それが分かっているんなら、要らない邪魔立ても、ましてや首を突っ込む事もないわよ。捨てなくっていい命を捨てる事になるわ」
「ああ、そうなんだがな。しかし……」
拷問官は最後の最後に、搾り出すように口にしていた。
「……それがあどけない少女を送り出す大人の役目か……」