BLOOD/EMETH   作:オンドゥル大使

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第九十三話 生存圏

 

 キザハシは刃を払い、それから真紅の瞳を向ける。

 

 純度百パーセントの殺意に中てられそうになりながら、真那は乾いた喉から声を搾り出していた。

 

「……もう一度、聞きます……。何でですか……」

 

「何で? どうして? ……可笑しな事を聞くのね。選抜試験を超えられるサヤはたったの六組。なら、下級翼手のスコアよりも潰し合いのほうがよっぽど現実的でしょう? まさかそんな事も分からないほど日和ったわけじゃないでしょうけれど」

 

「で、でも……! サヤ候補生の方々だって居るんですよ……! 要らない戦いなんてしていたら、みんなを危険にさらしてしまう……!」

 

 こちらの物言いにキザハシは心底侮蔑の眼差しで返す。

 

「……おめでたいわね、あんた。サヤ候補生はあたし達にとっての枷。要は枷持ちでどれだけ立ち回れるかって事でしょう。それくらい、あのアマミヤならやってのけるわ。それに……あんたは勘違いをしている。一つ、大きな」

 

 キザハシが刃を構え直す。

 

 真那もそれに相対するように腰だめに刃を構えたが、大きな勘違いとやらは分からない。

 

「……私、キザハシさんに悪い事をしたと……そう思ってはいます。勝手に話を聞いちゃって、勝手に分かった風になって……。でもそれって……誰だってある事じゃ――」

 

「ないわよ。少なくとも、あたしにはない。……あたしの妹がレクディだった、そして今となってはアシッドに協力して、世界を壊そうとしている……。これがどれだけの地獄か分かる? あたしは翼手を一匹残らず殺し尽くす。だって言うのに、翼手側に火の点いた爆弾みたいなのがぶら下がっているのよ? ……あたしは一秒だって惜しい。選抜試験を抜けて、シュヴァリエを殺して……エメトピアの、楽園を壊してやる……!」

 

 憎悪と怨嗟に塗れた口調に、真那は何も言えなくなってしまう。

 

 だが、キザハシとて、戦いに赴くに当たって矜持くらいは持ち合わせているはずだ。

 

 彼女の理由を知りたい――それは知った事への負い目から、だったのかもしれない。

 

「……キザハシさんの理由は、レクディだけですか? それとも、他にあるんですか。機関のサヤとして、全てを終わらせるって言う……」

 

 緊迫感の中で問いかけた言葉は直後にキザハシが一蹴した事で霧散する。

 

「……あんた、相変わらず分かんない事を言って言うのね。レクディ抹殺、機関のサヤとして、最後の最後まで戦い抜く……あんたのおめでたい話し方を聞いているとね、反吐が出るのよ。レクディを殺せなかった、アダムを殺せなかった、七原文人を……殺せなかった。どれもこれも失態。けれどね、もうあたしは最後だと思っているのよ。連中をこの刃で斬り殺せれば、道中はどうだっていい。あたしはただの血に飢えた獣。鬼の血脈なんだから」

 

 刃を携え、キザハシが歩みを進める。

 

 恐らくは必殺の間合いへと踏み込んでの一閃で自分を断ち割るつもりだ――それが明瞭に分かっているのに、真那は避けようとも思わなかった。

 

 抜刀姿勢を取りつつ、互いの真紅の眼差しで睨み合う。

 

「……キザハシさん。誰かが終わらせないといけないはずですよね。こんな戦い、こんな闘争……でも、私は、それがキザハシさんじゃない気がするんです。ううん、違う。今のキザハシさんじゃ、シュヴァリエだって倒せない」

 

 ぴくり、とキザハシの形のいい眉が跳ねる。

 

「……今、自分が何を言ったのか分かってるの? あたしに、相応しくないと言ったのよ。レクディを殺すのも、アダムを殺すのも……楽園を破壊するのも全て……!」

 

「私はキザハシさんを斬りたくありません」

 

 それだけは確固とした自分自身だと、真那は迷いなど捨て去ったキザハシの視線と交錯する。

 

 一秒よりも短く、しかし永劫よりも長い時間が経ったような気がした。

 

 睨み合いはしかし、すぐさま霧散する。

 

「……じゃあ、ここで斬られても文句は言えないわよね」

 

 直後に火花が散る。

 

 キザハシの振るった剣閃を弾き返したその時には、彼女の姿は直上にあった。

 

 習い性の肉体感覚で返答の太刀を振るい上げたが、着地してからはキザハシのほうが遥かに素早い。

 

 地面に手を付けたかと思うと血脈が宿り、真那の足場を崩していた。

 

 激震する視界の中でキザハシが青い移動術で駆け抜け、一気に肉薄する。

 

 刺突が見舞われる――そう予見した真那が刃を翻したが、キザハシの目論見は自分ではない。

 

 フェイントからの自分の胸元を蹴っての離脱。

 

 その眼差しが地面で索敵を続ける灯里に向けられたのを感じ取ったのはあまりに遅い。

 

「灯里ちゃん……!」

 

 逃げて、と言う前に。

 

 避けて、と指示する前に。

 

 キザハシの切っ先が灯里の肩口を捉えていた。

 

 そのまま力任せに振るわれ、灯里は近場の廃屋へと背筋から吹き飛ばされる。

 

「……弱いサヤね。こんなんじゃ、生き残れない」

 

 心底、うんざりしたようにキザハシが告げて歩を進めようとするのを、真那は遮るように舞い降りていた。

 

「キザハシさん……!」

 

「なに。ちょっとはやるって言うの? そろそろあんたも理解しなさいよ。殺し合いの土壇場で、友達ごっこなんて意味がないんだって事くらい」

 

 真那は下段より切り上げるが、キザハシは難なくステップを踏んでかわし、返答の斬撃を見舞う。

 

 紙一重で回避してから、真那は飛び退り、灯里へと呼びかけていた。

 

「灯里ちゃん? 灯里ちゃん……っ!」

 

「オトナシ……さん……?」

 

 朦朧としているが生きている。腕のバングルも無事だ。

 

「本当、あんたってば神経を逆撫でする……。一発で殺してあげればよっぽどマシだったでしょうに」

 

 キザハシが刃を払う。

 

 最早、冗談でもましてやブラフでもなく。

 

 キザハシは自分達を殺すつもりであろう。

 

 ならば――と、真那は己の内奥に存在する真紅の衝動へと呼びかけていた。

 

 あまりにも都合のいい話かもしれない。

 

 だが、ここで生き残らなければ、エメトピアの真実にも、そしてどうしてあの時、あの場に居たのか分からない店長にも肉薄出来ない。

 

 それに何よりも――。

 

「何も知らないのは、一番嫌……っ! だから……!」

 

 真紅に染まった衝動の世界で、真那は脊髄から複雑に発達する感覚器を意識する。

 

 それはデヴィッドから教えられてきていた、戦い生き残るための策であった。

 

 

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