BLOOD/EMETH   作:オンドゥル大使

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第九十五話 確率論の悪魔

 

「始まったみたいやねぇ」

 

 本部のモニター室に映し出されているのは、選抜試験に臨むサヤ達のバイタルサインと、そして彼女らの状況であった。

 

 総員二十四人。

 

 翼手を狩って条件だけでも満たそうと言う者も居れば、やはり早々にライバルを潰そうと動く者も居る。

 

「……雨宮小夜、オレは詳しくはないんだが……サヤ同士が戦えば、それなりに被害と言うか、お互いに無事じゃ済まないんじゃないか?」

 

「あらぁ、マイケル。素人考えにしては分かっているほうやね。……サヤにはそれぞれ、固有能力と呼べるもんがある。血の力、と呼んでいるけれど、その特性って言うもんがあるんよ。それは相性の問題もあれば、明らかに人智を超えた能力であるがゆえに、対処不可能なもんもある。要はサヤは一人として、同じ能力を誇っていない……どのサヤと戦えば有利かって言うのは、戦ってみんと分からんのよ」

 

「雨宮小夜ほどの実力者でも、か?」

 

「そらそうやろ。ウチが最強でも、相性が悪いサヤは居る。……その中でも面倒なのは……せやね、今所属しているサヤの中で言えば、ウキフネなんかがそうやね」

 

 マイケルは端末に同期された資料を読み解いていた。

 

「浮舟小夜……機関の中でも古株のサヤだ。武器は他のサヤと違い、重量級のパイルバンカー……それに血を装填させ翼手を一撃で貫く。……記録を辿れば……驚いたな。十二年前の本部強襲の際に、生き残った数少ないサヤか」

 

「加えてウキフネには厄介な固有能力があってねぇ……。あの子、影を自分のものに出来るんよ。質量、形状を関係なく。自分に一部でも繋がっている影なら、そこに武器を仕舞ったり、今回の試験なら、もっと有用な使い方もたくさんあるやろうね。器用なサヤやけれど、一人で戦うのには向いとらん」

 

「それは、何故だ? サヤとしての基礎能力もかなり高い。それに、十二年前の地獄を生き延びたのなら、相応に力があるはず……」

 

 アマミヤはマイケルへと一瞥を寄越し、ため息を一つこぼす。

 

「……これやから、人間って言うのはなかなか分かってもらえへんのやろうね。……得意があるという事は不得意もある。ウキフネは奇襲や、攻撃力だけならトップクラスやけれど、それは策が成功すればの話。ただでさえ取り回しの悪い杭打機を使っとるんやから、だいぶハンデみたいなもんよ。……まぁ、それ以外にも理由はあるんやけれど」

 

「それは雨宮小夜、君にもあるのか? 弱点と呼べるものが」

 

「……ないと思う?」

 

 逆質問になってしまったが、マイケルは少しだけ上機嫌だ。

 

「いずれにせよ、この局面でもし、サヤ同士の抗争が出て来てしまった場合、リタイア組も出て来てもおかしくはないな」

 

「せやね。そろそろ誰かが死んでも驚かんよ」

 

 こちらの態度にマイケルは唖然とする。

 

「……それはあまりよくないんじゃないか? 選抜試験を提案したのは君だろう?」

 

「別に、サヤの命に頓着なんてしとらんのよ。どうせ、運が悪ければ死ぬし、運がよければ命を拾う、それが当たり前の戦いやからね。……けれど、もし、ほんの少しでも格上を叩きのめせるサヤ候補生とサヤが居るんなら……その子らの顔を見てみたいと、少しは思えてくるわ」

 

 フッと冷笑を浮かべると、マイケルは嘆息をつく。

 

「……性悪だな、オレのサヤは」

 

「どうとでも。……さて、今のところ脱落者は居らんけれど、時間の問題やね。それとも、もう始まっとるんかもしれんけれど。サヤ同士の殺し合い、その結果がどうだとしても、最後まで見据えるのが、ウチらの役割なんやからね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 浮舟小夜との戦いは避けるべきだと、灯里は進言していた。

 

「……だって、その話通りなら……十二年前からずっと現役の、サヤなんですよね?」

 

「ええ。……一度として前線から退いた事のない、正真正銘の実戦レベルよ。それに聞いた話じゃ、あの時点でシュヴァリエとの交戦経験もあったらしいし。あたし達みたいなのが束になったって敵わないでしょうね」

 

「逃げましょうよ……! 幸い、ボクの索敵能力なら相手から十分な距離くらいは稼げます。勝てないサヤ相手に戦って、選抜試験をおじゃんにしたら、それこそ……」

 

 それこそ無意味、と言う言葉を飲み込んだ灯里へと、真那は刀を抱いたまま考え込んでいた。

 

「……ねぇ、おおむねそのサヤ候補生の言っている事は合っていると思うんだけれど、あんたは何を考えているの?」

 

 先ほど貫かれた部位をさする。

 

 傷は塞がっているものの、肉体を射抜かれた嫌な感覚だけは残っていた。

 

「……キザハシさん。私、あの人が逃がすとは思えません」

 

 キザハシもその線に関しては考えのうちにあったのか、ああ、と前髪をかき上げる。

 

「……でしょうね。一撃与えた相手に生きていてもらっちゃ困るし、それにあんたの事を確実に殺したと思っている以上、スタンスはハッキリしているでしょう。……ウキフネは翼手討伐のスコアではなく、ライバルのサヤを殺してこの試験を通ろうとしている」

 

「そ、そんなの……! 間違っていますよ! だって、この選抜試験の目的はそもそも、次のミッションの成否を占うもので――」

 

「弱いサヤに生きていてもらったってしょうがないんでしょうね。あるいはこうも言えるか。……オトナシ、あんた最初から狙われていたのかもね。前任者は随分とウキフネと反発していたみたいだから」

 

 ある意味では自分の因縁か、と真那は立ち上がっていた。

 

「……どうするんですか、オトナシさん……」

 

「私は……こんな状況になってしまって灯里ちゃんには申し訳ないけれど……逃げたくない。だって、ここまで来た、ここまで来られた……! なら、今さら腰が引けていたんじゃ、何一つ守れやしないから、だから……!」

 

「はい、そこまで。情熱的な演説、痛み入るけれどね。実力差はあるのよ。あんたが不明な血の力を使えるとしても、たった一人じゃ……いえ、枷持ちだから一人以下でしょうね。その状態でウキフネのような熟練のサヤに勝てるとは思えない。よしんば届いたとしても、相討ちがいいところでしょうね。そんななのに、まだ命を張るって言うの?」

 

 真那は諦めていなかった。

 

 どこか醒めた目つきのキザハシを見据える。

 

 彼女に期待しているのはたった一つ。

 

 だが、その可能性は低いだろう。

 

 それでも――共に戦った絆はないとは言わせない。

 

 数拍の睨み合いの末に、キザハシは呆れ返っていた。

 

「……馬鹿のやり方よ、それ」

 

「それでも……お願いします。私は絶対に……選抜試験を突破したいんです」

 

 深々と頭を下げる。

 

 キザハシは刀の刃毀れを観察しつつ、ふぅんと返答していた。

 

「ようやく頭の一つでも下げる事を覚えたってわけ。……それなら、少しは協力してあげてもいいわ」

 

「キザハシさん? しかし……」

 

「いずれにせよ、顔を見られている。オトナシを殺した後、ウキフネはあたし達を追撃するでしょう。その時になってから、手を組んでおけばよかったと思うのは遅いのよ。……いいわ、共闘しましょう。ただし、これは期限付きの話。あんたとはいずれ、きっちりと決着をつけないと気が済まない」

 

 キザハシの言葉に顔を上げると、彼女は手を差し出していた。

 

 きょとんとしていると、キザハシは何でもないように尋ねる。

 

「どうしたのよ。まさか握手が初めてってわけじゃないでしょう?」

 

「あ、いや……こういうの、キザハシさんってやるんだって言う……。あっ、その……そういう意味じゃなくって……」

 

 今さら取り下げたところで遅い代物ではあったが、失礼ながらもキザハシは不承げに飲み込む。

 

「……まぁ、あんたみたいなのが誰かに取り繕ったりするのも違うでしょう。行くわよ、作戦を立てる」

 

 ぐいっと強引に握手が交わされ、それからキザハシは煤けた地面へと指先を走らせる。

 

「……作戦……」

 

「何を意外そうにしているのよ。作戦なしでウキフネに勝てるほど、あたし達は楽観的じゃない」

 

「その……勝つんですよね? ウキフネ……さんに」

 

「気持ちで負ければそこまでよ。それに、相手にはまだ策もあるんでしょう。あたし達が無い知恵を突き合わせたって何にもならないかもしれないし、何かにはなるかもしれない。可能性の話だけれど、少しはマシな帰結を辿れるかもね」

 

 キザハシはどこか興味なさげに応じながらも、その言葉の端々に戦意が満ちているのが窺える。

 

 彼女は勝利するつもりなのだ。

 

 十二年間、負けなしの浮舟小夜に。

 

 その気概が、今ばかりは眩しく映っていた。

 

「……灯里、って言ったわよね? 索敵はどれくらい有効?」

 

 灯里は血の魔眼を使ってウキフネとの位置関係を把握する。

 

「……少しは撒けたかもしれないけれど、まだ充分に接近出来る距離です。それに、多分向こうは見失っていない。その風を装っているだけかと……」

 

「よし、その分析は当てになるわ。理恵、もし……あのパイルバンカーに貫かれた場合、応急処置までにかかる時間は?」

 

「先ほどのように直接触れればすぐにでも。致命傷でも治癒可能だけれど、逆に遠距離の場合は私自身がやられる可能性もあります」

 

「……そうね。あんた達はほとんど戦闘能力のないサヤ候補生……。使えるとすれば、あたしとオトナシだけか」

 

 思索を巡らせるキザハシに、真那は問いかけていた。

 

「……私、でもさっきは何の役にも……」

 

「あれは影からの強襲よ。あたしの場合でも危なかったわ。……ウキフネのカラクリをつまびらかにしておく必要性がありそうね。影はウキフネの肉体の一部……いいえ、正しくはあたしのように血の力の末端と言うべきでしょう。血によって肉体の拡張領域を持っている。それが影として凝っているだけ」

 

「あの影に、物理攻撃は通用するんですか」

 

「試した事はないけれど……多分、刀自体は入る。ただ、強度や耐久性が不明な以上、影に仕掛けた途端にその奥から武器が迫って来ないとも限らない。それに、影の大きさもそこまで自由が利くとは思えないけれど、少なくともサヤ候補生を一人沈めておくくらいは可能みたいね」

 

「その……影の中のサヤ候補生は生きているんでしょうか?」

 

 灯里が不安に駆られて質問したのを、キザハシは軽く応じる。

 

「生きているでしょうね。でもウキフネの性格なら、サヤ候補生の能力なんて絶対に信じない。イレギュラーが怖いのよ、あれは。だから、サヤ候補生はあくまで沈めておくだけ。自分一人で戦うのに、いささかの躊躇いもない」

 

「それほどの相手と……ボク達四人……」

 

 絶対的な、埋めようのない彼我戦力差に思われたのだろう。

 

 言葉尻が沈んだ灯里に、真那は言葉を投げる。

 

「で、でも……! 脅威に感じたから、私達を仕留めようとしてるんじゃないかな……? そうじゃないなら、手負いの獣を追うメリットもないし」

 

「ウキフネの実力なら、翼手三十体の討滅なんて大した苦労じゃない。それでも仕掛けてくるって言うのは、事ここにおいて、あたし達の戦いに中てられたと見るべきでしょうね。静観を貫くスタンスから、あたしとオトナシのどちらかを潰せばより勝利条件が揺るがないと判定した、と」

 

 そこまで考え込んで、キザハシは作戦を練り直そうとしているようであった。

 

 策がないわけではない。

 

 しかし愚策で一時でも向かえば、それだけで死の影が差す。

 

 一手の間違いでさえも許されない中で、真那は、あれ? とふと声にする。

 

「何? 言っておくけれど有効な策以外を言わないでよね」

 

「いえ、そうじゃなく……気付いた事があるんですが……」

 

 おずおずとした自分の挙手に、キザハシはどこか胡乱そうな眼差しを崩さず、顎をしゃくる。

 

「言ってみなさい」

 

「じゃあ……キザハシさんの血の力は、直接触れられれば相手を支配下に置ける、そうですよね?」

 

「そうだけれど……まさか、あたしを囮にして、とか言い出さないわよね?」

 

「そうではなくって……ウキフネさんの影って、その――」

 

 

 

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