BLOOD/EMETH   作:オンドゥル大使

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第九十七話 限りある者

 

「動きがあったようね……血の臭いが変わったわ」

 

 そう口にしたイスルギに、文庫本へと視線を落としていたツキシロは何でもないように口にする。

 

「サヤ同士の抗争。旨味はない」

 

「あんたのそういうところ、ドライで助かってるわ。だってそうじゃなくっちゃ、貴重な二枠を取り合っていたところだからね」

 

 イスルギが手にした戦斧の下で呻き声が生ずる。

 

 黒々とした翼手の遺骸がうず高く積まれ、全て息の根を止めていた。

 

「一組三十体って言うのは、実戦型のサヤにしてみれば、枷持ちで考えるとギリギリのペース。だけれど、協力すればその限りではない」

 

「そういう事。この勝負、誰と組むかで勝敗が大きく変わる。私達はこれでクリア条件は満たしたんだし、今さらどこかのサヤと相対する事はない。二日間、隠れさせてもらおうかしらね」

 

「イスルギ、キザハシとはやり合わない?」

 

 ツキシロの問いかけにイスルギは肩を竦めていた。

 

「ナンセンスよ。キザハシだって勝利条件くらいは分かっているだろうし、それにあの子、随分と今回の試験にはやる気があるみたいだから、勝手に自滅するのを待てばいいでしょ。行くわよ。いくら焦土と化したセクションとは言え、隠れられる場所を先んじて取れば、それだけ優位になる」

 

 文庫本をぱたんと閉じ、ツキシロが動き出そうとしたところで彼女は不意に空を仰ぎ見ていた。

 

「……どうしたのよ。空に何か居る?」

 

「今……何かがビルの間を飛び交ったような……」

 

「翼手じゃないの? このセクション、28号に関してで言えば、相当数居るみたいだし。いちいち弱小翼手に付き合ってられないわよ。スコアは満たしたんだから、要らない戦いを繰り広げる利はないんだし」

 

 その言葉を聞き届けてから、ツキシロは違和感に呟く。

 

「……けれど、翼手の気配じゃなかった。あれは、まるで……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 反応を見て楽しんでいるのは、どうやらモニター室のお歴々だけはないようで、アマミヤはその醜悪さにふんと鼻を鳴らす。

 

「……結局は、みんな、身勝手にもこういう勝負が嫌いやないって事やろ」

 

「雨宮小夜、今はそう言っている場合じゃ……」

 

「言っている場合やんか。……早速、サヤ同士の戦闘が観測されたんやし。こういうのがあるのは分かり切っていたんやろうからね」

 

 消えたシグナルは浮舟小夜のもの。

 

 そして直近のシグナルは階小夜と、音無小夜――これが意味するものは。

 

「音無小夜と階小夜が、手を組んだ、と見るべきか」

 

「それ以外にないやろ。それと、少し意外やったんは、ウキフネが二対一とは言え、それでもやられてしまった事やわ。ウキフネほどの実力者なら、この二人相手ならもっとうまく立ち回れたはずやし」

 

「やはり、サヤ候補生が関わって来るか」

 

 サヤ候補生と絶対に一組にしたのは、こういったイレギュラーを加味しての事だ。

 

 如何に一騎当千の実戦型サヤとは言え、サヤ候補生に足を引っ張られればそれだけで命を落とす確率が高まる。

 

 狙いとしては、サヤ候補生のバングルを切り裂く事もあれば、その能力をどう使うかも采配の一つ。

 

「“原生林”で自分だけやない、他の連中も守りながらってなれば、必然的に弱いサヤや民間人も守らなあかんようになる。それが出来へんサヤは三流以下やし」

 

 アマミヤは用意された菓子盆から甘いチョコレートを取り出し、口の中に放り込む。

 

「……だが、少し厳しくも映る。この戦い、たった六組の合格者のために、被害が甚大に出る可能性だってある。28号だってそうだ。舐めているとしっぺ返しを食らいかねない」

 

「何なん? マイケル、あんたさんはこの試験に反対のスタンス?」

 

「まさか。オレはオレのサヤに従うよ。それこそが機関の構成員の在り方だ」

 

「立派な志だこと。……せやけれどね、一個だけ言えるとすれば、自分自身の能力の底の底、本当の最果てまで辿り着かんとこの戦い、ともすれば合格者はゼロかもね。サヤ同士の実戦形式の試験なんてこれまでだってあったけれど、危険性は明らかに上なんやし」

 

「織り込み済みとは言え、サヤの戦闘能力をアシッドの連中に悟られないようにするのにはこれしかない、か。……苦汁だな」

 

「マイケル、古巣の事を結構言うんやね。あんたさん、そういうタイプなん?」

 

 その問いかけにマイケルは襟元を整える。

 

「オレは今を大事にするタイプなんだよ。アシッドがどう暗躍しようが、今は君のサポート役であり、“マイケル”の名は誇りに思っているとも」

 

「……そっ。ま、繰り言するのも勝手やけれど、妙な事はそれだけやないんよ」

 

 アマミヤは位置情報を割り出し、それぞれのサヤのバイタルを認識する。

 

「……やはり、結託するサヤが多いな。イスルギとツキシロはある程度、事前情報で分かっていたとは言え」

 

「この二人は持ちつ持たれつやもんね。それはまだ想定内なんやけれど、ウチが言いたいんは配置よ」

 

「……配置? 別段、おかしくは見えないが……」

 

 マイケルの返答にアマミヤは戦闘状態に至っているサヤ達を指でなぞる。

 

「……翼手の数が思ったよりも少ない。一組三十体で、六組を突破させようと思ったら、もっと多いもんやと思うんやけれど……これはどういう事なん? ウチ、そこまで性悪やないよ?」

 

 問い質したアマミヤへとジョエルが応じる。

 

「……確かに少し奇妙だな。このセクションは翼手の観測数が最多だから選んだんだが……一時的とは言え、28号翼手の数が減っているように感じる。それとも、絨毯爆撃のような能力を持つサヤ候補生でも居たかな」

 

「冗談かましとる場合やないよ、ジョエル。……翼手を狩る一派が居る、そう見るべきやろ」

 

 だが、それは……とマイケルは喉まで出かけた言葉を仕舞う。

 

「それは? 言ってみぃ」

 

「……それは……オレ達だけじゃない、アシッドの勢力がこの試練を利用して、何らかの実戦投入を目論んでいる可能性が……」

 

「だとすれば、何を即時投入するか……。ウチは二者択一やと思っとる。一つはシュヴァリエ、実戦経験を積めばサヤを瞬殺出来るほどの実力に成れば、戦い方はより楽になる。……けれど、ウチはこの線はないと思ってる」

 

「何故なんだ? シュヴァリエだって戦闘経験値がなければ、上級翼手と変わらないんじゃないか?」

 

「シュヴァリエは血で選別された特別な翼手……戦闘経験値なんて積むような鈍い連中じゃない。きっと彼らは生まれ落ちたその時から“完成形”なんだ。そこに疑問を差し挟む余地なんてないだろうね」

 

 ジョエルの継いだ言葉にマイケルは撫でつけたオールバックの前髪をさする。

 

「……参った。そこまで読んで戦っているのか」

 

「とは言え、だ。シュヴァリエである可能性は充分にある。問題なのは、それ以外の可能性だろう」

 

「せやね。シュヴァリエなら、思ったよりも早い遭遇戦になるやろうけれど、その時にはウチが出ればええから。……でも、全く違う、シュヴァリエでも上級翼手でもない存在を試そうとしておるんやったら、読み負ける可能性が高い」

 

「おい、それってどういう……。翼手の種別は28号下級翼手と群れの上級翼手、それにシュヴァリエだったはずだろう?」

 

 マイケルの言い草にアマミヤはほとほと呆れ返る。

 

「マイケル……あんたさん、もうちょっと慎重になったほうがええよ。足元すくわれる」

 

「何を言うかと思えば……オレは慎重だよ。そうでなければ、君の隣に立っているもんか」

 

「……それもそうか。可能性は潰しておくもんやしね。裏切り者のサヤが居る可能性も高いけれど」

 

「データで参照したが、十六夜の小夜だったか。エメトピア中央庁と繋がっていたために、専属だった“デヴィッド”と“ルイス”は抹消。……恐ろしい記録だよ。除名ではなく、抹消と言うのがね」

 

「機関の情報に一端でも触れたんなら、それでも人道的なもんよ」

 

 アマミヤはクッキーを頬張り、手元の端末に表示されたサヤ達の信号を仔細に観察する。

 

「強いサヤは自然と群れの中心地に集まっている。けれど、誰もが皆、索敵に長けたサヤでもない。どこかで見落としがあるやろねぇ。とは言えこの状況、ジョエル、あんたさん的には成功なんちゃうの?」

 

「失礼だな、君の進言でこの選抜試験は企画されたんだ。僕は出来るだけ、実戦経験の高いサヤを“原生林”へと投入すべきだと考えている」

 

「死に体を晒すくらいなら、せめて強いサヤを、か。……あんたさん、やっぱり変わっとらんね」

 

「僕は変わったよ、アマミヤ。もっと無鉄砲だったって言うのに……弱虫に成り下がってしまった」

 

「無鉄砲と命を捨てたがるんは違う事くらいは分かるやろ? ウチはそういう面で見ても、それなりに立派にやっとると思うよ」

 

「……よして欲しい。サヤからの賛辞なんて」

 

 自分とジョエルの距離をはかりかねているのか、マイケルが戸惑いの声を上げる。

 

「その……だな。オレは入ったばっかだし、特別な事も言える身分じゃないが……。仲いいんじゃないか? 二人とも」

 

「それだけはないな」

 

「それだけはないわ」

 

 同時に口にしてから、やはり変わらない、とアマミヤは僅かに笑みをこぼす。

 

 十二年の歳月は人間とサヤでは隔絶があったかに思われていたが、案外、少しの歩み寄りでどうにかなるものだ。

 

 ――と、その時。

 

 冷水を差し込まれたかのような怖気が走る。

 

「……今、変な感じせんかった?」

 

 端末の情報を拾い上げていた自分の違和感に、マイケルとジョエルは困惑していた。

 

「変な感じ……? それは翼手関知に秀でた君だからこそ、感じられるものか?」

 

「……ウチだけか。やとしても、全体的な交戦具合で言えば、何もおかしなところなんてないはずなんやけれど……」

 

「気にかかる、か。そういう時は大概当たるな。アマミヤ、僕の権限で出撃。ただし、他のサヤには出来るだけ気取られるな。出来るね?」

 

 ジョエルの判断は何もなかったとしても、自分の感覚を当てにしてくれている証拠だろう。

 

 実際、彼との関係は一朝一夕の信頼関係ではない。

 

「……特殊弾頭はなしで頼むわ。試練会場を荒らしたくないし」

 

「オレは付いて行くべきなんだろうな?」

 

 マイケルの少し弱気な論調に、アマミヤはわざと挑発する。

 

「あらぁ、マイケル。あんたさん、怖いん?」

 

「……言ったろ。ビビりだって。ただ、初仕事からしくじりたくない。雨宮小夜、同行するとも」

 

 セクションへと向かうのは戦術ヘリであったが機動力を重視にした軽装だ。

 

 乗り込むなり、アマミヤはタブレットを差し出す。

 

「もしもの事もあり得る。グミさえ取っておけば、完全に翼手化するまでは時間稼ぎにはなるかもしれへん」

 

「オレの事を案じてくれているのか、雨宮小夜」

 

「単純な話、味方に刺されるかもって言うのは穏やかじゃないんよ。それに、セクションは28号翼手の巣窟。一手で仕損じれば捨てなくていい命を捨てる事になるよ」

 

「……手厳しいな。いや、それが現実か」

 

 羽音を散らし始めたヘリの上昇を感じながら、グミを口の中へと放り込むマイケルをアマミヤは視野に入れる。

 

 ――もし、レクディを使っての中央庁による罠だとすれば、これも……。いや、今は余分な事は考えん事やね。何があったとしても、結果は結果。サヤの戦力を補充するのに、この試練は打ってつけやもん。

 

 マイケルは端末の呼び出し音に一度こちらへと目線で了承を取った後、通話口に問いかける。

 

「……失礼、何かあったのか?」

 

『何かも何も……。目の前で起こっている事は現実なのか?』

 

「要領を得ないぞ。報告はしっかりとしてもらいたい」

 

 現地へと潜入している組織の下級構成員はサヤ達を出来る限り保護に移れるように見張っているのだが、相手は奇妙な言葉を口走った。

 

『……カナデのサヤが……押されている。敵は黒い外套を身に纏った、人型だ』

 

「人型……翼手ちゃうん?」

 

『人型としか言いようのない。それも、一体や二体じゃない。十人ほどは居るのか……全員、その体躯に見合わない大仰な武器を持っていて……。なぁ、もしかして、あれがシュヴァリエか?』

 

「シュヴァリエは武器を使うのか?」

 

 マイケルの疑問にアマミヤは肩を竦める。

 

「……そもそもデータに乏しい。もしシュヴァリエだとすれば、彼女らには犠牲になってもらうほかない」

 

「あらぁ、マイケル。あんたさん、残酷なんやね」

 

「どうとでも。……それで、敵の特徴は? もっとないのか?」

 

『それが眼で追うのが精いっぱいで……なぁ、カナデのサヤって相当に手練れのはずだよな……?』

 

 アマミヤに首肯で了承を取ると、マイケルは吹き込む。

 

「……そのはずだ。十二年前から第一線のサヤだ。簡単に負けるわけがない」

 

『……そうだとしても、あまりにも……』

 

 一体、何が起こっているのか。

 

 それを氷解させるよりも先に通話口から漏れ聞こえたのは“声”であった。

 

「……いかん……! すぐにその場から逃げぇ――!」」

 

 察知したその時には既に遅い。

 

 構成員はどうやら惨殺されたらしい。

 

 惨い刃の音が軋り、それから通話口に出たのは女性の声であった。

 

『もしもし』

 

「……貴様らは、何だ……?」

 

『そっちに居るのはサヤですよね? ちょうど退屈していたところなんです。何せ、狩れと言われたのに狩りにすらならないんですから』

 

 女性の声にアマミヤは冷徹に応じる。

 

「殺す事はなかったんとちゃうん」

 

『そうでしょうか? この男があなた方に情報を渡せば不利となります。よって先手を打たせていただきました』

 

 躯を踏み締める音が伝導し、アマミヤは憎悪の籠った声で尋ねる。

 

「……あんたさんら、たくさん居るようやけれど、群れてでしか戦えへんの? 三流もいいところやね」

 

『どうとでも。あなた方こそ、こそこそと戦っていて気に食わないんですよ。翼手を殺し尽くすのは、間違いなく私達。サヤには何も出来ない』

 

 マイケルは抑揚に欠けた声に注意を払いつつ、要求を聞き出していた。

 

「目的は何だ? 何のために、サヤを襲う?」

 

『誤解して欲しくないのは別に、サヤを全滅させるとかいうわけじゃない。私達が欲しいのは、たくさんのサンプルと血』

 

「……血だと?」

 

『サヤの血は特別。だからこそ、私達は手に入れなければならない。私達が、ここから先も生き延びるために』

 

「……君らは何だ?」

 

 あまりにも不明瞭な相手の受け答えにマイケルは思わず尋ね帰す。

 

 女性は無機質に語った。

 

『――我らは“シフ”。限りある者』

 

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