1.冬国の英雄譚
古びた木材の色や香りが素朴な味わいを感じさせるこの家には数年前、十人という大家族が住まう場所だった。温かな火が爆ぜる音と、時には笑い声が響くような場所。
しかし、十人で過ごすにはすこし小さすぎるのだと成人を迎えた上の兄姉たちはそう言って飛び出してしまう。そうして現在この家に残るのは、夫妻から見てまだ成人を迎えていない4人の弟妹たち。中でもしっかりとした大きな子どもと言えるのは、英雄と同じ名前を持つ子どもだった。
ぱちぱち爆ぜる火の粉を頼りに眠たげな目を擦って、その子どもは父の膝に顎を乗せる。今最もお兄ちゃんである彼は、大人しく、とても利口な子どもであった。
大人や夫妻の言葉をよく聞き、それ以上に役立とうと頑張る姿は健気で、何より小さなことでも約束を重んじるような誠実さを今の齢から見せつけるような子どもであり、同時に年齢相応のやんちゃさをたまにのぞかせる子どもでもある。
そんな子どもは珍しく「ねむれない、」とぼやぼやしながら起きてきて、夫妻の時間にぴょっこり顔を出した。日が沈んだ頃に、末の弟が外に出て数時間ほど行方を眩ませたことが原因だろう。と夫妻は仕方なく思ったのと同時に、子どもの身を案じる。
この子どもは、まだ昼間のことで危機感を覚えたままなのだとわかったからだ。少し前まではそんなことすら考えてやれなかった自分勝手さを恥じ、夫妻は子どもに向かって手招きで呼ぶ。
なあに。素直にやってくる様子は、ただの子どもであった。守られるのではなくて、まもるべき我が子であった。
末の弟を捜索する為に、父は家の外を見て回り、母は家や近所で聞いて回った。この兄である子どもは、自ら父について森まで探しに行ってくれて。血眼になって捜索したとうの相手は、木陰で身を丸めながらのんきに寝こけており、父は唖然とした記憶は真新しかった。
北の国であるスネージナヤは、常に雪や氷に覆われた冬の国である。外で眠ることの危険性は、赤ん坊の頃から耐性をつける為に氷水へ身を漬けて馴染ませる風習があることから、物心がつく頃には肌身で理解するはずなのだ。
それなのに、末の子どもは外ですやすや眠りこけていた。そして、発見したのは父ではなく、兄である子どもであったことが、より子どもに衝撃を与えてしまったのだろう。
末の弟が痛みでぐずるほどに強く抱きしめた子どもは怒りの言葉を口にはしなかったが、相当な心配だったに違いない。散々叱られる末の弟を、常ならば助ける船を運ぶというのに今回は何もなかったことが何よりもの証拠だった。夕食の時間も末の弟をちらちらと見やり、夜の寝かしつける時間も寝息が聞こえてくるまで息をひそめて凝視していたのだから相当な心労だろう。
緊張した心は落ち着くことが出来ぬまま。布団に潜り込んでみたものの、あれでは眠るに眠れなかったのだろうと様子を見た。寝ようとしたのだろう奮闘は垣間見えるものの、その晴れた海色の瞳は確かに覚醒しきった状態である。
頑張り屋さんなお兄ちゃんの為とあらば、下の子どもたちは喜んで寝たふりをして、けれども聞き耳を立ててくれるのだろうけれど。古びたギターを手にして、子どもの為だけにスネージナヤに伝わる詩を紡ぐ。「他の子どもたちには内緒だよ。」子どもの頷きを合図にして、指で弦を緩やかに震わせる。開ききった瞳孔を指摘せぬまま兄であることを自慢に思う我が子の為に、夫妻は寝物語を聞かせてやることにしたのだ。
「ある昔話のことです。」
スネージナヤが北の国ではなく、冬の国と呼ばれていた頃のことです。名の知れぬ巨大な物が、冬の国の浜辺に打ち上げられました。それは、大きな山のような何かでした。
冬の荒れた海ではとても水の恵みなどとは思えず、近くの長老たちが集まって「あれは何だ。」と緊急の会議を開きます。スメールの学者や賢者に尋ねようにも大寒気。人を呼ぶどころか、人を送ることもままなりませんでした。そのせいで会議は難航してしまい、町人たちの不安は日に日に大きくなるばかりです。当時はそれを生き物だとは知る者はおらず、町人たちは「山が出来た、新たな山だ。」と恐々と噂が広がっていきました。恐怖は伝播し、あれは冬の女神が人間に贈り賜た罰なのだと。会議の場所にもその噂が運び込まれます。
当時、雪山は人の命を奪う恐ろしき象徴でした。浜辺に打ち上げられたあれを、人々は新たな雪のお山なのだと断定してしまいます。冬の女神からの贈り物であるならば、正しく罰を受けねばなりません。ですが、新しく出来た山を恐れた町の長は、若者たちを集い、腕利きの部隊をつくり、山の調査を命じました。
若者たちの部隊が浜辺の山に近づくと、それが山ではないことに気づきます。「なんだあれは」ひとりの若者が、恐怖を隠し切れぬ声で言いました。狩人である男は、あれは生き物であることを告げます。悪魔かと恐れる声が広がりました。ざわめきの中、狩人は首を捻ります。そんなものではなさそうだと感じたからです。ですが、それを説明する手立てはありませんでした。
大きな生き物―――声は非ず、されど、気配はありました。生きたまま風が起こるほどの呼吸を繰り返し、ときおり、体を震わせます。打ち付けられる尾鰭の震動は、とてもではありませんが、人間は立ったままではいられず転がってしまいました。
ひっくり返った若者たちは、あまりにも巨大な生き物を前に恐ろしくなって叫びます。脅威だと思ったのです。「化け物だ、化け物が人間を食べに来た。」「武器を取れ、仲間を守れ。」食糧がままならず、餓死する人間も少なくありません。口減らしに冬の女神が派遣した生き物なのであろうと、年長者は恐怖のまま語ります。だからといって死にたいわけではありません。若者たちはお山を見上げたままの狩人を置き去りに町へと戻りました。武器をとりに帰ったのです。
「違うよ、僕は化け物なんかじゃあないよ。ただ、海に帰りたいだけなんだ。」そんな生き物の言葉は人間たちには届きませんでした。打ち上げられた巨大な物は、それでも叫びます。
若者たちが散り散りになって逃げ去る気配を感じながら、生き物は涙ながらに母なる海への帰郷を叫び続け、―――やがて、狩人から声を受けました。多少の恐怖はあるけれど、相手に歩み寄ろうと、どこか寄り添った声です。
海を示す気配がします。「そこが、アンタの家なの。」確信を持った問いかけでした。生き物は肯定する為に鳴き声をあげます。言葉が通じないと分かったから、けれども何かが伝わったのだと分かったから。「だけど帰れない? どうして?」そこにあるだろうと狩人の男は不思議だと首を傾げます。目の前にあるのに、何故。
人間は陸地に生きる、二足歩行で大地を踏みしめて前に進むことのできる生き物です。けれど、巨大な生き物は、海でひれを動かして遊々と泳ぎ前に進むことのできる生き物でした。陸地で前に進む術を知らぬのだと泣きながら訴えます。
そして、狩人の男は、巨大な生き物が尻尾のようなものを打ち付けるのは、怒りではなく悲しみであると知りました。生き物の奮闘は身を結ばず、一歩たりとも前に進むことは出来ぬまま、そこで跳ねるだけだったのです。震動はそうして人々を脅かすのに、同時に、巨大な生き物の生命をも脅かすのだと理解しました。先ほどよりも震動が小さくなったからです。
微々たる差ではありましたが、それが分からぬでは狩人なんてものは出来ません。「なら俺が手を貸すよ。」狩人の男は矢を番えました。「水をあげる。それなら、動けるんだろう?」巨大な生き物を射る為ではありません。彼の生き様を祝福してくださった”水の神”の御加護を、この哀れな迷子におすそ分けする為でした。
弓は苦手だけれど、大きな相手ならば誤射する心配はないと狩人の男は笑って。「さあ、冬の海からの恵みだ。受け取ってくれよ!」巨大な生き物の為に、命の水をまとわせた矢を放ちます。彼を逃すと行動した狩人は、身に降りかかる全てに対して承知の上での行動しました。生き物以上に膨らんだ水の泡は、島全体を覆わんとする波へと姿形を変えます。愛した故郷への別れを胸の中で告げ、狩人は極限まで引き絞った弦を放ちました。
何倍にも感じる生命の水が、巨大な生き物を包み。「ああ、やっと帰れる!」その巨体を悠々とあるべき故郷へ押し流します。喜びのまま体を動かし、海の生き物として戻ることのできた生き物は感謝の言葉を鳴き声で表しました。
化け物はこっちだ、という先ほどの若者たちの声がしました。この状態が見つかれば、狩人の男もただでは済みません。自然界に生きる彼は、それを肌身で感じました。「一緒に旅をしよう。」ひとつ鳴き、自分を助けてくれた狩人の男を背に乗せます。
冒険は、狩人の大好きな言葉です。旅も、男が大好きな言葉です。「何時か故郷を出て世界中を旅してまわるつもりだったんだ。」狩人は自分の夢を語ります。「僕の背を使って。」生き物は恩人の夢を叶える為に運び手になると申し出ました。「それはいいね。陸地の俺と、海の君。最強になれると思わない?」狩人の男は楽し気に、次なる夢を語りました。
そして、狩人と相棒は、唯一無二となった互いの名をひっそりと明かします。愛する故郷の寒天に向かって、矢を番え、放ちます。それはまるで、冬極に輝く彗星。故郷の母なる冬に向かって尊き生命の輝きにて、旅立ちを伝えたのです。
故郷の夜闇を命で照らす偉業を成した男の名前は「アヤックス」。彼を背に乗せ、空を泳ぐように海を飛ぶ相棒の名前は「空鯨」。それは後の英雄の名と、星の名前でした。
ことん、と父の膝から小さな腕が落ちた。子どもの腕だ。
押し付けられるように腹へとめり込んだ頭部は跳んで跳ねた夕暮れを宿し、ふわふわと揺れた。ようやく二桁に乗ったばかりの子どもは、それでも昔と変わらぬ天使の如き寝顔をさらしている。寄せられたままだった眉から力が抜け、口からこぼれる水が膝を湿らせた。
「まあ。……うふふ。」
「今日はここで寝ようか。すまないけど、毛布を持ってきてもらえないかな。」
「ええ、ええ、わたしもこちらで寝るわね。久々に三人で川の字になりましょう?」
なまじなんでも出来てしまうから、子どもは誰かに甘えたり、頼ったりすることを苦手とする。自分がやった方が早いからと理由で相手に任せるという考えが浮かばないからだ。
己の夢を見て、夢を語る。相手に夢を見せて、夢を語らせる。そのくせして、現実主義者。状況を分析し、的確な判断を迅速に下す。頼もしくあるのだが、頼もしすぎて、町の人を含めて子どもが子どもであることを忘れがちになってしまう。甘やかそうにもあまり隙がなく、夫妻の長年の態度が子どもにそれを強いてしまった。だからこそ、こう言ったときは目一杯甘やかすのだと夫妻の間で取り決めがあった。
一つ。子どもが良いことをしたら、たくさん褒めること。
あの子どもにとっては当たり前のようなことでも、夫妻はよく褒めた。洗濯をしたり、掃除をしたり、家の中のことを手伝ってくれた幼少期。大きくなり武器を持てるようになってからは、狩りで献上してくれている少年期。子どもが言うには、自分たちの住処を守るのは生き物として当然のことでしょ、である。どの時期も家のことをするのは当たり前のことだと言って率先してやってくれるものだから、夫妻はよく助けられたものだ。
だからこそ、子どもの”当たり前”を『感謝』しなくてはならない。持っているものを分け与えることを当然のように行えるその心が、子どもの当たり前が、尊いものだと感じたからだ。
一つ。挨拶はきちんとすること。
おはようからおやすみまでの間の生活に、きちんと”人間の生活”を感じられるようにすることが目的だった。あの子どもは、たまに海につよく惹かれる。そのとき決まって鯨の鳴き声がするものだから、名付けによる縁でもあったのだろうかと酒の席で盛り上がるほどだ。
あの子が生まれた時も、鯨の鳴き声がした。祝福を受けるようにあたたかな、夏の粉雪がスネージナヤ全土へ降り注ぎ、空の海を鯨が泳ぐ。奇跡の夜を過ごしたから、あの名を付けた。
親というのは我儘になってしまうようで、父である男は息子を連れて行ってくれるなと。人間の日常を教えてやることでしか、子どもを繋ぎとめることが出来なかった。父の奮闘もむなしく、今ではすっかり英雄の再来として、町で名を馳せるようになってしまったのだけれどもそれはそれで良かった。あの子が愛されているという証だからだ。
一つ。愛情表現を忘れずに行うこと。
目に見えない表現方法もあるが、夫妻は派手なことが好きだった。好きを伝えるなら派手に行うべき。なんて信条もあったものだから、それが爆発して結びつけられた取り決めである。だから、彼らは抱きしめて「おはよう」を唱える習慣を町ひとつに浸透させたし、我が家では祝福のキスを送って「おやすみ」を告げる習慣をつけた。
他にもまだまだたくさんの取り決めがあるのだけれど、基本的な原則は先の三つである。とにかく我が子を愛でまくれと言わんばかりの危険爆発物。そんな直球な愛情表現であったからか、爆発が直撃する子どもはよく照れて硬直した。あ、だとか。う、だとか。言葉に困ってしまった様子のまま雪のような頬を真っ赤に染めて、照れくさそうに、たまに隠れながら、自慢げにそれを受け入れてくれる姿が、また夫妻の―――彼の家族の心に熱を灯すのだ。
これはその取り決めの一部に過ぎない。ひとりでなんでも片付けようとしてしまう、そんな子どもへの愛情表現。他の子どもたちに見つかったら、もっと団子になればいいだけと言ってのけるような家族からの溢れんばかりの愛である。
今はすっかり寝入った子どもは朝に目を覚ましたら、照れて怒ってしまうのだろうけれど、たまにはこういうのも良いだろう。妻が持って来てくれた毛布に三人でくるまり、小さく笑った。想像した子どもの表情があんまりにも愛らしかったからだ。
朝に見えるのはきっと、子どもの困り眉なのだろうと悪戯心を働かせながら、父である男は愛する小さな子どもと妻を抱き寄せた。次なる太陽を待ちわびて、今宵の月を歓迎する。明日もきっと良き日でありますように。
そうして、スネージナヤの子どもらは、母なる冬に感謝と希望を祈り、彼らは一日におやすみを告げた。この極寒が神に見放された証だと言う人も居るけれど、寒冷なる世界こそがかのお方の腕であると村の誰もがそう思っている。―――その故郷こそが、少年の生まれた世界であった。冬の母の象徴を子守唄として、スネージナヤの子等は眠るのだ。
※冬の母の象徴
雪や氷など冬を連想させるものすべて。