自国から旅立ってすぐ燃えるような髪色の少年―――青年に捕まった少年は、スネージナヤ出身ではあることを証明した。雪のような青白さが目立つ肌が、その証だ。
しかし、それ以外にも証明できるものが必要だったことを、関門で初めて知った。国境を超える為にはまず冒険者協会で冒険者としての身分を登録しておかなければならないという。身分証明となる物を一切持っていなかったので、モンド側の関門で事情聴取が行われることとなったのだ。
生い立ち、職歴、家族関係、趣味など。意味の分からなさすぎるものばかりだったから、少年は笑顔でやんわりとかわした。何が目的だとは、こちらのセリフである。
「これじゃ事情聴取っていうよりも、取り調べだろう。」
それが分からないなら事情聴取って言葉を今一度調べ直すべきである。仕方なしに、故郷で揉める原因となったから出て行った直後であることや国境付近で悩みに悩んだ挙句、風で流れて飛んできたタンポポの綿毛で行き先を決定。自由の国モンドの観光と冒険の為にこの屯所を選んだこと。ついでとばかりに、モンド城への行き方や写真撮影が可能な職人の紹介を、と。少年はざっくばらんに事実をぼかして伝え、強請ってみた。
風を感じる綿毛がまだしんなりしていない。少年の語った言葉が事実であることは、屯所で事情聴取を請け負う青年の故郷の花が教えてくれた。
「……それなら僕が案内しよう。昼から休みになる。それでも良ければ。」
「急いでいるわけではないから俺は構わないけど、せっかくの休みなんだからもっと有意義に過ごせばいいのに。…それとも、モンドの人って観光案内が趣味だったりするの?」
嫌味はなく、ただ純粋な疑問をざっくり斬りつけるように少年は問う。休みの日は普段の疲労を休ませる為にあるものであって、身体をさらに追い込む為にあるものではない。趣味ならば両立するだろうという疑問でもあった。「前に見た雑誌にそんな記事があったんだけど、」疑問を補足するように加えた言葉にピクリと青年が反応する。情報の裏付けをするつもりのようだ。
スネージナヤ出身ってだけで此処まで尋問のような聴取を受けることになろうとは思わなかった。ファデュイへの入隊者が多く出るわけだと納得すらしてしまう。
あまりにも面倒だからほかの国境でもあるのだと思うと、なんだかとても億劫だった。国境の移動が面倒だなあ、とも感じるが正規ルートで入国しなければもっと面倒なことになるから逃げだすような真似はしない。
モンドのコレみたく確かめられるんだろうなあと察した少年は、飽き飽きした様子でどの雑誌だと聞かれるよりも早く「モンド観光雑誌ver.11にあったよ。」とさらに加えた。その他ページ数は覚えていないことを告げてしばらくすると、木製のドアから「ありました!」と声がしたので驚きで目をぱちくりとさせる。気配はあると思ってたけど、嘘だろ近。
しかも子ども相手だからか明らかに嘗められてるし。もっと気配を読み取れるように訓練しなくては。何処かモヤモヤとした気持ちを抱えながら、少年は姿勢を正した。
まだまだ時間が掛かりそうだったから、すぐさま軽く崩す。ファデュイだって疑われているからの対応なのかと足を組んで、ゆらゆら動かして自由に待つ。ある程度の内容は確認が取れたようだけれど、まだ何かあるようだった。
どうにも近くで問題が起きたらしく、それの対応で呼ばれたようなのだ。しきりに少年を見やる彼に「どうぞ」と促した。
治安の維持は重要なことだと理解しているからの言葉だった。そうしてうなずきを受ける。「すこし出てくる。すぐ戻るので。」此処で待て、と言うことなのだろう。手をひらひらさせて赤髪の青年を見送り、待つことの数時間。空の色は深まり、気づけば近くの気配は足が遠ざかる。待てと言われたから待つけれど、時間が掛かるなら一言ぐらい何かあっても良いのではないだろうか。
言伝一つすらなかったのでずっと起きたまま待ちぼうけをくらった少年はすっかりとへそを曲げて欠伸をこぼす。結局、夜が明けても誰も帰ってくることはなかったのだ。
「すまない、待たせた。」
再び事情聴取室に戻ってきた青年を見つめてから、その手にぶら下がる雑誌を認める。ちくりと真っ向から嫌味をさすことぐらいは許されるだろうと少年は苛立ちを笑みにのせて言った。
「―――魔物を討伐しに行ったのだとばかり思っていたけど…。モンドの騎士は、勤務中に客人を放って雑誌読むのがお仕事なんだね?」
「本当にすまない…。」
私服であろう装いに変わっていることから、尋問部屋にも感じる無骨な部屋へなんの説明もなしに少年を置き去りにしてしまったことを思い出したのだろう。「丸一日、放っておかれるとは思わなかったよ。」一夜をこの部屋で過ごしたのだから、少年の怒りは妥当なものだ。
気が回らなかったと謝罪を受けたので、子どもが喜びそうなモンドの写真映えのする場所の紹介と手紙の配達屋を紹介してもらうことで手を打った。
「では、早速案内しよう。モンドの……有名どころの類、だったな。」
有名どころというか、子どもたちが喜ぶような景色であればなんでも。―――見栄えの良くて、何かしらの逸話か説明のようなものがあれば尚の良し。
「とは言ったものの……、えーっと……。」
そうして連れられた先で、少年は盛大に表情を引きつらせた。撮影する風景の要望は子どもたちが喜ぶような自然豊かな場所、である。後半の要望のせいでこんなことになってしまったのだろうかと考えたが、自分なら歴史のある公園や銅像のある場所に連れて行くだろうなと頭を振った。
一応は提示した条件には掠るものの、ぐるりと散策してみても考えが変わらなかったから遠慮なく言葉を伝えさせてもらうべく、名を呼んだ。
「ディルック、さん……だっけ、」
「ああ…、」
振り返った彼もなんとも言えない無表情をしていた。どんなときの表情なのだろうそれ。少年は疑問を抱えながら、疑問を口にする。からから回る風車が、やけに間抜けに聞こえた。
「これ、何かな。」
「……モンドの造酒所、です。」
思わず敬語になっていたことには触れず、少年はそこで察した。財布を忘れてたり、おつかいの内容を忘れてたり。仕事の出来る人間ってプライベートではポンコツ気味だと聞くけれど、すこし気を抜きすぎなのではないだろうか。
彼にとっては休日なのだから、休めてるなら何よりだけれど。「…どうだろうか。」ぼそぼそと尋ねられた言葉には、一応は人気な場所なのだと弁明が入ったが残念なことにスネージナヤで待つ少年の弟妹たちには物珍しさはあったとしても造酒所は興味を持つにはまだ早い。少年騎士である彼には申し訳なかったが、真面目ではあるが、わりとポンコツな面が目立つ人だと理解した。
そして、燃えるような朱色の髪が特徴的なディルック少年騎士の認識を訂正させてもらう。対象となるのは、馬が空を飛ぶことを本気で信じるような子どもたちである。
ものづくりに関しては興味を持つだろうけれど、酒ともなれば味も興味を示してしまうだろうし、何よりお酒を造る工場を見て喜ぶだろうか。そんなの喜び勇んで駆け込み見学するのは、酒に興味のある人や根っからの酒好き、あとは物好きぐらいだろう。
少なくとも少年の弟妹たちは喜ばない。兄が送ったものなら何でも喜び勇んで飛びつくことを、少年は知らなかった。子どもたちが喜ぶような場所をとお願いしたはずが、どうして酒。
此処をまさかテーマパークだとか何かと勘違いしている可能性がある。幻覚でも見てる? 騎士の見習いとして勤務直後から酔っぱらってるって居なくなった数時間で飲んできたの? 勤務中に酒を飲んだのか。…ううん、そんなことは、この真面目な接待からは感じないのだけれど。
「子どもが喜ぶような場所に見える? 大人の皮をかぶった子どもの方だと思ってんの? 残念ながら俺が言ってるのは、まだまだお酒のめない子どものことだよ。」
色々なことが重なり、神経を張り巡らせたままの一夜はまだ少年の身には厳しく、弾けたように言葉が飛び出した。まるで雨の日の川のような激しさを以てディルックを押し流す。
「す、すまない……。花壇が綺麗だからどうかと思ったんだが…」
「お酒の瓶が転がってるのに……?」
どうなんだろうと疑問を前に少年の流れは止まった。純粋な疑問だ。少年は思いきり困惑した。確かに花壇の造形は彫りも丁寧だし、綺麗なのだろうけれども。酒瓶が刺さったり転がったりするそこは、美しさを感じさせながらも台無し感が漂っている。無造作に投げ置かれたゴミ箱の中身も見えてしまって、なんというか―――らしい工場、とでも言えばよいのだろうか。
これが、美的センスの違いってやつ……? 微妙な表情で借りたカメラを構え、一枚。その場で印刷されたそれを見やり、唸る。動かぬ芸術となったことで、より一層、困惑の色を強めた。
ゴミじゃん…。果たして喜んでくれるだろうか、コレ。北の国では命の水だけれど、モンドでは違う。だから叱られる気がした。
後ろからディルックも覗き込み、うん、とうなずく。え、満足したのそれで。本当に? もしやこれが酒を愛する国だからこその感性ってやつ。思わず凝視すると、彼は沈痛な表情をして静かに首を左右に振った。
「勧めておいて、すまない。僕も、その、あまり喜べるような場所ではなかった。」
「アーッよかった!」
びくりと肩を震わせたディルックには悪かったが、安心したのだ。故郷が花の芽吹きもなかなか過酷な北国であるが故に、確かに花壇は考えさせられるものではあるのだけれど。
妹に見せるものだからと情報を追加し、せっかくならモンドでとびきり綺麗な花畑とかに連れて行ってよ、と酒関係以外の景色を要望した。
「それなら、……少し離れてしまうが、案内しよう。山や坂道が続くが……」
「おっとそれなら俺は山を越えて来たからね、自信あるよ!」
「そうか。」
ディルックが案内してくれる中で妹が喜んでくれるような場所があれば良いのだが。とカメラを片付けて、次の目的地へと足を運ぶ。
一応はモンドへ向かうための道のりらしく、ささやきのもり、と言うようだった。緑豊かな樹木が生い茂った林の中には、まるで小人たちが通るためのような小さな道がある。人々の行き交いはそれなりにあるのかして、タイヤの跡があった。足跡の重さから察するに、手押し車程度のもののようだ。
木の葉が擦れ合う音は、少年たちの鼓膜を落ち着かせない。なんだか誰かの内緒話でも聞いているかのような気持ちになってしまう。お守り代わりにもらったピアスを指で弄び、そわそわとしてしまう気持ちを誤魔化した。
「…これだ。」
「どれ?」
ふと木の根元でしゃがみ込んだディルックを追うようにして、その肩口からひょっこり顔を出して彼が示すそこを確かめる。青くて、丸くて、まるで水スライムのようだ。
「イグサはモンド地域ならではの特産物で、夜になると微かな光を放つ花だ。これならきみの妹君も喜んでもらえるのでは、と。」
「そういうのだよ、ありがとう! けど、今はお昼だね。夜になったらまた来るとしよう……野営の機会もあるだろうし。あ、でも記念に写真だけ、いいかな?」
そう言ったものを求めたのだと被写体も、その内容も完璧だったと少年は絶賛した。きっと目を輝かせて、夢見る少女は風の国へと想いを馳せるだろう。今でも竜や狼を守護者に持つ国だからと絵本を強請ってくるぐらいだ。
カメラを覗かせて確認すると、ディルックは迷わず頷いてくれた。それじゃあ遠慮なく、組み立てさせてもらう。スネージナヤによる最先端、小型カメラの出番である。
「準備するから、ディルックはそこで立ってて!」
「僕もか?」
「案内してくれた人も一緒に!」
「そうか、分かった。」
イグサ、という名前の花の両側に、どこか穏やかな表情をしたディルックと満面の笑顔の少年が映り込んだ一枚の写真が完成した。写真の裏側に、再び説明を聞きながら少年はイグサという花の特徴や発見した時の様子をざっくばらんにしたためる。
ディルックの肩から覗き込んで花を見たとき、スライムのようだと思ったことを風船のようだとぼかした。ロマンチストというわけでもないからどんなに素直な気持ちであったとしても、流石に夢を壊すようなことは書けない。余計なことをインクで滑らせてしまう前に「どうやら夜には光るらしいから、次の手紙を楽しみにしていて。」と手紙の最後を締めくくり、封筒に入れる。
日にちをずらして送ることが出来るようだったけど、毎日のように送るつもりはなかった。ある程度の束になってから、故郷へと頼むつもりだ。あとは大きなお土産を買ったときとか。
「ここを抜けたら、すぐモンド城が見えてくる。君さえよければ、このまま城下町までどうだろうか。」
「そんなすぐ入れるの?」
「歓迎しよう、尊敬できる素敵な旅人さん。」
「………幻覚作用があったり、」
「西風騎士団のマニュアルにあるんだ、驚かせてしまっただろうか。」
「ビックリしたね……でもそうやって歓迎してくれるの嬉しいよ。ええっと……挨拶ありがとう、素敵な騎士さん?」
返すなら同じ言葉だろうかと首を傾げて言うと、ディルックはわずかに微笑んで。理解した、と頷きながら少年の肩を掴みながら注意するようにと固く言った。何を注意しろって言うんだ。
※天然じゃないと思ってるタイプの天然VS天然じゃないと思ってるタイプの天然