白刃の流星   作:夜鷹ケイ

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11.自由な風の国

 囁きの森を抜けたその先に、ディルックの言ったようにすぐさま風の国が誇る城が見えた。物語の中に登場するような理想的なそれは、風神を祀る教会だと言う。誰もが自由に足を運び、あらゆるものに祈りを捧げる場所なのだと。写真撮影などは覚えはないけれど、旅の記録だと言えば理解を示してくれるかもしれないと言ってくれたので、機会があればお願いしに行ってみよう。

 城が近づくにつれて、何かの声が耳に届く。騒ぎ、のようだけど。「う、わっ」荒れた風が頬を乱暴に撫で、髪をかき乱す。たたらを踏んだ少年の背には、支えるように手が添えられた。

 

 

「大丈夫そうか。」

「……支え、ありがとう。俺は大丈夫だよ、それよりあっちに行こう。今のって悲鳴だろ?」

「ああ。巻き込んでしまうが、」

「気にしないで。」

 

 

 ディルックは大剣を取り出して構えた。少年は沈痛な色を持った声が謝罪をこぼすよりも早く、遮るように頷く。わかっている、という意味での肯定だ。

 騎士団としての仕事をするということは、案内役としての役割を中断する―――もしくは終わりを告げることになる。だが、あの案内役としてのポンコツ具合で半減されたとしても、武器を手にしてまで守護者の化身である”騎士”を名乗るなら、その高潔さには好感が持てた。尊敬に値する。武人の在り様に通ずるものがあるからだろうか。少年もまた、短剣を取り出して構える。平均的な人間より小さく見えるから、足止め程度の得物でも充分だろうと判断してのことだ。

 しかし、と少年は標的の姿を認めて心の中で呟く。どうやら自分はつくづくヒルチャールに縁がありすぎるようだ。テイワットで生きる以上、それは少年に限らずあるのだろうけれど。

 襲撃を受けたのは果物を運ぶ商人の荷車のようだった。巣ではなかったことに安堵しつつ、そんな自分をとても恥ずかしく感じる。戦場を選ばぬことこそ、真の戦士と言えるだろう。ひよっこも同然の感覚が先に出てくるだなんてまだまだ未熟だなぁ、と持ち手でくるくると回転させて感触を確かめた。徘徊するあれらを放ってはおけないのだろうなと察したから、少年を待たずに飛び出して行ったディルックに対する「手伝う」アピールである。

 ひとりきりだけで踊るディルックの動きが変わった。追って来れるかと挑発交じりのそれを彼からの了承だと認識する。ディルックが大剣を振り回して敵視を集める中、ひっそりと荷車に近づき短剣で線を斬って結び、拘束を解く。

 晴れて解放の身となった荷車は坂道に従ってカタカタと音を立てて転がっていくが、商人を急かして回収させる。逃げるまでの時間稼ぎはするけれど、そこまでの面倒を見るつもりはなかった。しきりに感謝の言葉と風神へのお祈りを告げた商人は荷車とともに城の方へと走り去る。暴れまわる焔の中に身を投じ、冒険者を目指しているからついでに紹介状も欲しいなとダメもとで言えば、短く「承知した」という言葉が返ってきた。今日一番で嬉しいことかもしれない。

 

 

「じゃ、俺は左から。」

「右から。」

 

 

 確かめ合うように言葉を短くして方向だけを告げる。彼と闘ってみたいなあ。燃えるようなそれとぶつかり合うだけでも、きっとどんなおもちゃよりもわくわくさせてくれるに違いない。一瞬にして武人となった彼の”実力”を感じ取り、少年を高揚させた。

 思考が一般人のそれとすこしズレても少年の実力は健在である。むしろ、一秒ごとに相手の強みを吸収し、着実に力を付けては前進する戦士だ。

 少年としては、強いという二文字を敵対した相手へ刻むことが出来ればそれでよい。認識を刻むだけで逃げ帰るようであれば少年にとっては不要なものであり、ねじ伏せてくるようであれば逆に叩き落すものであり、向かってくるなら相対するものであるからだ。

 雨風にさらされてすっかり老朽化した柵を蹴りつけて宙を舞う。広げられた両手で月を描くような動きは優雅な円舞曲のようで、苛烈な足さばきは情熱的なタンゴのようで、戦闘と呼ぶには見るものを魅了する踊りのようであった。「果たして君たちは、そのどちらなんだろうね?」昏く灯る闘志の瞳は弧を描き、ゆるやかに引き結ばれる。ほのかな期待を前に、行動に出た。

 少年は見極めるために水の元素をかき集めながら槍を放り投げる。ひゅん、と空気を切り裂くような音を立てて空高く銀が打ち上がった。視線を宙へ奪った先で、作ったばかりの大剣を燃える剣にぶつけるようにして大きく振りかぶる。ディルックの瞳が大きく見開かれるが、すぐさま意図を理解したようだ。

 

 

「―――何、を……ッ元素反応か!」

「あは、正解!」

 

 

 流石だと称賛しながら、少年の勢いは止まらない。ぶつかった先で蒸発反応が起き、何の前触れもなく沸きあがった熱気にヒルチャールたちは仮面越しに目を押さえて後退する。今更下がったとしても、理性なく暴れまわる彼らに慈悲は無し。ディルックや少年から繰り出される猛攻は、止まぬ雨となって彼らに降り注ぐ。

 悪戯のようにときおりディルックの獲物へとちょっかいを掛けては元素反応を起こしては戦局をさらに有利なものになるよう誘導する―――敵の中央で立ち回る勇気。その間も踊るように槍と大剣を交互に使いまわし、軽やかでありながら急所を抉る動きで相手を翻弄する技術。あってはならないことだが、試しに取りこぼしてもすぐさま打ち抜き、声を張り上げて仲間を鼓舞する姿。

 それに気づかぬ最年少で騎士となったディルックではなく、少年の実力に目を見張る。あまりに動きやすすぎる上に、かき集めた敵視を利用して団体の中に飛び込んでくる度胸が、この少年には備わっているようなのだ。

 ファデュイではないと言ったが、組織の幹部に君臨する「執行官」とは卓越した存在であると風の噂を耳にした。まさしく少年のような存在なのでは、疑問から自然と視線は鋭くなる。気づけばヒルチャールの集落はなくなっており、残骸はまるで嵐が通った後のようだった。

 上機嫌な顔をしてニコニコと笑って少年は言った。「楽しかったね!」武装を解く武人の息は子どもらしく跳ね上がり、まだまだ発展途上なのだとわかる。また共闘したいねえ、とのんびり語りながらその実力や戦場を楽しむかのような言動には恐れを抱く。そんな少年の様子にディルックは危機感を覚える。屈託のない笑顔で、あまりにも危険な思想だと思ったからだ。

 だが、それは生粋の騎士であるディルックの考えだった。たしかに彼よりも年下なのだけれど、ある日をきっかけに生粋の武人として目覚めた少年にとっては、あの程度の群れは軽すぎる準備運動であり、甘めの手遊びでもある。奇しくも少年が最初に感じた芸術の感性ではなく、彼が好む武における感性にて相違を得た彼らは、”交流”という名の縁を結ぶこととなった。

 

 

「ふァ……」

「む…。」

 

 

 モンド城も目前にして少年は欠伸をこぼした。体力に自信があると言っても、流石に徹夜明けの連戦は厳しかったようだ。はふりと二度目の欠伸が吐息となる。

 のびっ、と両腕を組んでから空へ向かって体を伸ばす。とろりと蕩けた瞳が微睡みを宿したのを認めて、ディルックは目前の城を見上げてから首を左右に振る。当たり前に寝不足な状態で、少年をその状態へ追い込んでしまったのは西風騎士団の不徳の致すところ。もはやただの言い訳にしかならないが、飛ばした伝令はスネージナヤというだけで任務を放棄したのだ。

 どちらも少年であったことが、なめられる原因となったのだろうか。厳罰のため懲罰室へと叩き込まれた件の騎士には反省の色が見えず、さしもの自由の国とは言えども、―――否、だからこそ少年への仕打ちに多くの騎士たちは強く追放すべきだと声を上げた。言い訳がましくローレンスの命令などと宣う騎士の声は聞き苦しく、それを信じかける大人たちの言動には嫌気がさす。時代が流れても、貴族社会の善し悪しの価値観は未だに変わらぬもののようだ。

 ふう、と重々しく溜息を吐き出したディルックに見えた疲労を認めた少年はピタリと足を止めてから、わざとらしく欠伸を再びこぼした。「あー、眠たくなっちゃった。」近くに見える焚き火の後をさしながら、誰か居たのかなとしゃがみ込んで荷物を下ろす。英気を養い万全な態勢で挑む、戦士であるのならば当然の感覚での行動だった。

 ヒルチャールの群れに関する報告は急ぐものではあるのだろうけれど、疲労を溜め込んでの作業は格段と質も速度も悪くなるものだ。望ましくない事態を起こさぬためにも、気兼ねなく仕事をするためにも、休めるときにはきちんと休んでおく。それが休日ならば、尚のこと。

 

 

「今日はここで野営、なんてどうかな。」

「……そうしよう。」

 

 

 少年が自分から言い出してくれてよかったと安堵するディルックと、真面目すぎるなぁと丸く石を並べられたそこに太めの枝を重ねておく少年たちの、どちらもどちらの状態に気を掛けながらの言葉であった。

 

 

「モンドはお城を見上げながら夜を過ごすなんて、贅沢なことが出来るんだね。」

「そう、だろうか。……いや、そうだな。」

 

 

 当時のことを思い出した少年は、ぶるりと肩を震わせて語って聞かせた。風の国モンドでは当たり前のことであっても、スネージナヤでは雪や氷で覆われた国である。

 一晩だけでも野外で過ごすことになったら命の危険は通常の野営より幾万倍もするし、風を受けながら穏やかに言葉を交わすなんてもってのほか。常に氷雪で覆われたそこで薪を探すのも一苦労なので、こうしてのびのびと野営支度することも叶わないのだ。

 モンドの風と違って、スネージナヤの風は吐息すら凍てつかせる。それを吸わぬためにと野営支度で一切無言であることもざらにあった。吹雪の間では生存確認のために飛び交う会話はもはや怒号に近く、しかして雪崩を恐れて吹雪に潜んだ囁きが、人間たちの営みを感じさせる唯一の音となることもある。

 モンドにも雪で覆われた山はあるが、父親が心配するということもあり、少年騎士である身ではまだ任務に赴くことはなかったから極寒の厳しさというものは想像で推し量るしかない。ゆえに、ディルックは目を丸くするしかなかった。

 

 

「過酷な、環境なんだな……。」

「アハハ! こっちは過ごしやすすぎて驚きだけどね。…逆にちょっと暑いかもだし。」

 

 

 もそもそと上着を脱ぎながら少年は言う。彼の故郷である雪原のように白く透き通った肌はほんのり赤らんでおり、焚き火の熱が移ったと言うだけではなさそうだった。体調にはまったく問題はなく、本当に環境に対する問題なのだろうと。

 寝そべり、小型のカメラで空模様を写し取りながら、すっかり夜の帳を広げた空を見上げた少年はくふくふと笑って話を強請った。モンドの夜に関する話題である。

 タンポポに祈って息を吹きかけて窓から飛ばしたり、噴水にコインを投げ入れて願掛けしたり、比較的に拓けた土地柄だからか星を見上げながら酒を飲み交わしたり。そんなことを語るたび妹が喜びそうだと写真の裏側にペンを走らせ、弟が興味を持ちそうだと教わったばかりのお祈りのやり方を別の手紙に添えて写真の裏へ貼り付ける。

 

 

「あとはタンポポの綿毛さえ見つければ……かんぺき、だね…」

「そうだな。」

 

 

 微睡みに揺れるまま少年はうつ伏せになり、組んだ腕の上にぺたりと頬を乗せて笑った。まるで義弟のような愛らしさを感じて、すっかり寝入ってしまった少年の背に自分の毛布を掛けてやる。すうすうと穏やかな寝息を立てて夜空にさらされる表情はあどけなく、彼が昼間に見せた恐ろしさなんてものは一切なかった。そうなってくると変に警戒するのも馬鹿らしい。

 次第にしっかりと案内してやれなくて申し訳なくなり、何か少年が喜んでくれそうな伝手はあっただろうかと思考を巡らせながらディルックは夜を明かすことにした。人が一等無防備になる夜の番である。

 翌朝、交代する時間を決めなかったことを詫びられながら、起こしてくれても良かったのだとぷりぷり怒られて。そこに真面目で律儀なおとうと味を感じたディルックは思わずほっこりしつつ、少年からの説教を受けることになったのは余談である。

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