白刃の流星   作:夜鷹ケイ

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13.やっぱり雪山

 軽やかに槍を肘から手のひらへと回転させながら握り込み、流れるように一線が奔る。燃え滾るような鮮血と、透明のしずくが混ざり弾け、飛沫となって少年と共に舞った。

 まるで流れ星のような刹那の輝きだ。一枚の絵画のようにあまりにも美しい閃光を残したそれであったが、少年は楽しそうな表情から一変して、不服であると顔を歪む。かくも美しきそれの一体何に不満があるというのだろうと、騎士は耳を澄ませる。

 

 

「あーあ、力不足か。また鍛え直しだ。でも今は大剣にかーえよっと!」

 

 

 軽口と共に少年の手元の槍に水が集まり、やがて少年の身の丈ほどの大きな剣となった。軽やかな動きと予測不能な自由奔放な戦闘スタイルを売りとするのが普段の少年だけれども、高く買った相手の技術を取り込んで自分のものとする”強さを求める貪欲な姿勢”は如何なるときにでも発揮してしまうだけで、知能をまったく使わないということはないらしい。

 恐ろしく冷静に自己分析の内容を吐き捨て、当たり前のように自己研鑽を組み立て、あっさりと馴染みであるはずの武器種を変えて対応してみせる。

 そんなものは、如何なる猛者であろうとも咄嗟に武器を変えて対応するのは困難な業である。西風騎士団の団長ですら一本を極めて来たから、少年レベルまでを望まれると「不可」を唱えるだろう。少年の動きはそれほどまでにどの武器での対応も完成されたものであったのだ。

 まだまだ成長の見込みがある少年は更なる武の高みへと登り詰めるのだろうけれど、楽しみである反面、異郷の出身であるから警戒も必要なことが残念でならなかった。先の回転だって決して無意味な行動などではなく、あの回転によって生み出された力を利用して放たれた一撃であったのだろう。騎士たちがそう理解した頃には、討伐対象であったアビス教団の司祭たちは塵の山だ。

 ぱしゃん、とシャボン玉が弾けるように。少年が両腕を空に向けると同時に、手のひらにあったはずの武器は空気に融けて消える。「あーーーっ楽しかったぁ!」遊びつくした子どものように無邪気な声でそんなことを言って顔を上げた少年の頬には、じわりと赤が滲んでいた。隊列から弾かれたように、流れる赤とは違う赤が飛び出したのを見送る。

 

 

「……―――君ッ!」

「あれ、ディルックさん。どうしたの、こんなところで。」

 

 

 駆け出したディルックは少年の肩を掴んで、そこかしこを確かめる。顔から腕、腕から胴体。あちこちに触れられて困惑をありありと顔に浮かべる少年は、ぶん殴って抜け出せるようなそれでもされるがまま。満足するまでやらせてから、お説教をぶち込む予定である。もうすでに冬の故郷で経験済みのことだった。

 安堵に揺れた息を認めて、少年は力任せにディルックを引きはがす。「満足したかな。」ひやりとした声のまま、明確な線引きをした。正直、家族でも友人でも同郷でもない人間にそこまでされるのは不気味なのである。ましてや事情聴取室と称した尋問室に一晩まるまる放っておかれた相手なのだから余計に何か裏があるのではと勘ぐってしまう環境であることも良くなかった。お詫びは受け取ったけど、モンドからしてみたら少年はまだ脅威なのだろうと。

 にこり、と笑顔と共に叩きつけられた拒絶にディルックは硬直して。すぐさま自分の行動を思い返してぎこちなくゆっくりと離れた。

 見知らぬ土地の冤罪とも言えるような状況下で長時間拘束された挙句、牢屋にも似たような部屋で何の説明も無しに放っておかれて。その後、やらかした見知らぬ男から、やたらと親切にされる状況は、言われてみなくとも奇妙なことであったのだ。

 

 

「すまない……」

 

 

 義弟とは喧嘩別れのような形でしばらく顔を会わせていなかったこともあってか、あの子と歳が近そうな少年に入れ込んでしまったのだ。

 少年は納得したように頷く。少年を口実に、と気持ちはなかったとしても。口実に会話の糸口を探せるのではと無意識ながらにあったのだろう。通りでやたらとあわせたがるわけだ。心当たりのある動きをするものだと言って、残念なものを見る目でディルックを見つめて、眉をしかめながら付け加えた。他人に大事なおとうとを重ねるなんてことは双方に失礼なことである、と。

 しかし、少年はそれだけならば別に怒りはしなかったのだが。それは己の力を認めさせてやると負け犬の遠吠えの如しのものである。

 よりにもよって、この赤色の髪の青年は少年の誇りを踏みにじった野郎だったので。武人である少年の腕前を認めたうえで遠回しに未熟だと言われて、自覚はあるのだけれども、前言撤回の速度が速すぎてもう腹が立つとすっかりヘソを曲げてしまったので。

 確かに? 実際に先ほども体格で押し負けてしまったから、今の実力ではおそらくは力の均衡で競り負けてしまうだろうことは承知の上である。けれど、アクロバティックな動きと神の目を加えるとそこそこイイところまで持ち運べそうでもあった。闘争本能のままに分析したそれは事実なのだろうけれど、ただの弁明のように感じてしまって余計に腹が立つ。いつか絶対に負かすが、とりあえずは純粋な己の実力をもっとつけるべきだろうと燃え滾る闘志のままに背を向けた。

 

 

「それじゃ、」

 

 

 会話が終わったことを理解するや否や、あっさり方向転換。流石は氷雪に覆われし国の少年である。雑に扱われたディルックの姿を見た騎士たちはそれぞれの反応をして、当の本人は氷結反応で硬直した。

 宿を拠点にすると思ったのだが、すっかり気に入ってしまった場所だった。少年が目指すのは、冬を感じる雪山ドラゴンスパインである。合言葉は「モンドの冬、暑すぎる」であった。

 

 そう、極寒の冬に生まれた少年にとっては、春風なびくモンドの気温はとんでもなく暑かったのである。あったかーいと喜べたのは最初だけで、長期滞在するとその熱気に蒸されて情けなくもゼエゼエと息が荒くなってしまう。朝の間に兄姉あての布を酒と同じように予約で郵送することに成功したまでは良かったのだ。

 少年はぽろりとあついとこぼして汗を流し、モンドならではの衣装を購入。着替えてから母が用意してくれた上着をまとえなくなってしまったと落ち込み、ならばと老婆からのアドバイスと依頼を受けてモンドにそびえたつ雪山へと足を運んだのが発端であった。

 一歩踏み入れてみれば思いのほか過ごしやすくて、服屋の店主にお礼を言ってから少年は迷わず拠点をここに移し替えたのである。ドラゴンスパインを探索する冒険者たちを麓のキャンプ場まで送り届けたり、落とし物を拾って届けたり、調査を手伝ったり、魔物を討伐したり、遭難者を拾ったりと、まさしく雪山のエキスパートナー。そこかしこにある洞窟などに身を寄せて焚き火で過ごす日々は環境に慣れた少年からしてみれば古巣のようなものであったのだ。

 

 吐息はすべて白銀の世界へ溶け込み、すぐさま熱を奪う。何をも閉じたそこでは時間を感じさせぬ優しさばかりではなく、それ相応に痛みが伴った。

 

 

「…よく、こんなところで昼寝しようと思えたね? 俺の故郷の雪国でそんなことをしたら、凍死してしまうよ。それとも君たちは覚えていないのかな。」

 

 

 山と似たような温度の瞳でテントの中に転がされた大人たちを見やる少年は、人数分のスープを注ぎ足してから踵を翻す。今後もモンドで活動するならばファデュイである自分たちとは深く関わらぬように、と同郷のよしみでと注意を受けたからであった。未開の土地である冬の景色を頂くドラゴンスパインは、冒険者のほかに研究者たちの足運びが数多く見かけたからなのだろう。

 モンドの国境を超える際の、―――洗礼、とでも言うべきか。受けたのだろうな、と思った。冒険者の一人として遭難者を保護ないし誘導する依頼を一手に引き受けた少年の見解である。

 温まる料理は用意したし、野営の準備も済ませたし、冷たくなった人の身体が転がることはないだろうと判断して早々にその場を立ち去った。「気を付けるんだよ。」武装した風貌からは似つかわしくない穏やかな声が、少年の背中に降りかかる。どうしてアレで怖がられるのだろうか。やっぱり属する組織が与えるイメージに関係する? でもファデュイって、言ってしまえばスネージナヤという国の最高峰に君臨する権力者が抱える組織であるため、国家公務員なのに。

 国際問題に発展する、とは冬国側の訴えもあるだろう。少なくとも直近では、フォンテーヌでは冤罪を擦りつけられたとか何とかでニュースがあったような気がする。執行官のひとり「富者」が銀行を設置することに成功したのも、その冤罪あってのことだったとかなんとか。興味がなかったから右から左へと情報は流れてしまったのだけれども。

 活き活きと雪山で身分、人柄、まるで関係なく遭難者の救出をして回った少年は、その身軽さや気質ゆえか、ファデュイに目をつけられてしまったようだった。「あー、」気まずげに唸った少年と同じように、何時ぞやの兵士たちが同じように気まずそうに目を逸らす。

 

 

「ごめんね、俺は自由が好きだから!」

「あっ」

 

 

 捕まえる気はまるでないくせに、任務を受けたがゆえに追わなくてはならないとは組織に属する身とはずいぶん不便なのだなぁ、と少年は中途半端に伸ばされた手のひらから目を背けて、叩きつけるような吹雪に覆われた崖から軽やかに飛び降りた。「じゃあねー!」雪景色が姿を眩ませ少年の安否すらも包み隠し、けれども、何処か楽し気な笑い声が無事なのだと知らせる。やさしいひとたちへの、せめてものお返しであった。

 

 

―――…

 自由と風の国モンドを堪能した少年の主な活動拠点は結局ドラゴンスパインのまま一月ほどの時を過ごした。幾度となくディルックから町を勧められようとも、そこを離れなかったのは故郷を感じさせる冬の世界が少年を魅了してやまなかったからだ。

 雪山に慣れた少年の滞在もあって、ドラゴンスパインの死亡率や遭難率は格段と減ったのは冒険者協会にとっても西風騎士団にとっても朗報となった。吉報続きとなったのだが、厄介なことにもなってしまったので移動する。雪山で見逃してくれた部隊の人たちとは異なるファデュイの人たちから、ちょっと乱暴な目の付けられ方をしてしまったからであった。

 滝のような涙とともに酒と迫られて理由を作らざるを得なくなったのは意味が分からない。納得出来る理由を教えんかいとは何事か。

 定型文のようなそれを夜の間に作ってみたものの、どれもこれも言い訳がましく聞こえるが事実でもある。庇ってくれたディルックの目つきも剣呑になりつつあったし、ただでさえ忙殺な騎士団の仕事を今以上に増やすことにもなってしまうし、まあ、長期滞在するつもりもなかったし、などと様々な理由をあげてモンドを旅立つ理由を添えて、顔見知りたちに挨拶して回った。

 最後に立ち寄った冒険者協会の窓口では、受付嬢であるキャサリンが眉をハノ字に寄せて極限まで落とし、ギルド長である中年の男がおんおん男泣きで少年を引き留める。あまりの形相にドン引きしながら、少年はそっと使い捨てのハンカチを渡した。

 

 

「あげる。」(返されても困る。)

「ウォォォンンッ!」

 

 

 男泣きするギルド長を気にした素振りもなく、キャサリンは少年を見た。嘘だろ、と感覚を抱えながら真正面の受付嬢を見返す。彼女の背後の大男の存在感がスゴイ…。

 

 

「どうしても行っちゃうんですか?」

「まあ、冒険者なわけだし…?」

 

 

 冒険者は、冒険をしてこそなのだし。そもそもずっとモンドに滞在するつもりはなかったのだと伝えると、冒険者ギルドの看板娘キャサリンは残念そうに眉を落として言った。

 

 

「本当に残念ですが、仕方がありませんね。……冬の冒険者さん。どうか気をつけてくださいね。スネージナヤ出身の冒険者の話題、ファデュイの人たちが気にかけてるみたいですから。」

「ああ……、あれね。うん、気を付けておくよ。」

 

 

 ドラゴンスパインで少年が救助したのは、何もモンド人だけではなかった。そこから彼らの上官たちの耳に入り、高貴なお方が興味を持ち。―――つまり、そう言うことである。

 故郷との遊び半分の鬼ごっこが始まった、ともいえる状況。モンドに滞在中であることはすでに知れたことだろうから、拠点を移すことにした少年はそんな状況を楽しむことにした。うまく行動すれば強者たちと戦える絶好の機会でもある。逃す手はなかった。

 最後に顔をあわせたディルックも気づけば表情に翳を落として。どうやら少年とほとんど同時期にモンドから旅立つと報告しに来たし、おそらく今のモンドは旅立ちの時期なのだろうと楽観視。見送りに来てくれた友人たちと軽く別れを告げて少年も風の国から旅立った。

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