14.知恵の国
少年は事情が事情なので行き先は誰にも告げず、ふらりと気の向くままに足を運んだ。岩の国を通り抜けて、知恵の国の入り口辺り。
ふわふわと浮くキノコのような生き物たちは、名前に何かを付随させるのが好きなようで純粋な子どもにしか見えないというやっぱり不思議な生き物であった。ナラアセル、なんて呼ばれてしまうようになってからはどうとでもなれと譲り受けたライアーで小さな演奏会で遊んだり、人間族側の文化に触れて歓迎してくれたりとヒトと同じように個性豊かではある。
そんな不思議生物の中でも少年が好きになったのは、手合わせをした武人キノコンだ。あれは楽しくて気持ちが良かった。種族を超えた友情だと言えるだろう。
雨林を燃やそうとした盗賊団の調査依頼を受けたので、せっかく仲良くなったキノコンたちの集落から離れることとなったのだ。「しっかりとお仕置きしておくからね。」そのことをまず先に、夕日と同じ髪だからと自分のことをアセルと呼んだ友人である武人キノコンへと伝えた。
「砂漠に参るか。」
「うん、そうなんだ。君たちのいう、砂?の悪い人たちの拠点を探すためにね。」
確かに喋るキノコンが珍しいのは分かるけれども、あれでは絶滅してしまう。生態系を破壊するようなことは、その対象が友人であるなら尚、許容できるものではなかった。
別れの際には歓迎と同じほど盛大なパーティーが開かれて、少年たちは和気藹々とした空気をまとって別れる。大人になっても会えるだろうか。純粋な心を忘れなければまた会える、と言われたが、無垢な少年は失ったはずなのに。
あれ、どうして会えたのだろう。武に関することに心血のすべてを注ぐようになってしまっただけで、純粋な心の持ち主であるからだと誰も伝えてやることが出来なかった。
少年は心に疑問を残しながらも、問題となった盗賊団の足取りを洗うべくレンジャーを尋ねる。狐耳の少年はよどみなく質問に答えてくれて助かった。
槍を担ぐ彼も盗賊団のことは気にかけてくれるようだったけれど、冒険者としての仕事だからと力こぶしを見せつける。「とま……トマ、トラトラマ? なんか兵士さん?に伝えたし、」武器の貯蔵はすべて叩き潰したのだ。あとは逃げ回ってる人たちの拠点を見つけて叩き潰すだけなので、ちょっとした技術でマーキングには成功したし、水元素を引っ掻けて拠点に案内してもらうつもりではある。
こうして近くの村々で目撃情報を探すのは、逃亡した盗賊団たちの位置情報。―――の裏取りのためであった。少年は国境らしき国境が見当たらなかったから岩山ジャンプで入国したのである。
故に、少年には広大な砂漠と雨林が広がるスメールの土地勘がまったくなかった。住民たちの声を聞くことこそ近道であり、遠回りでもあり、冒険である。ズズッとコーヒーを啜りながら、狐耳の少年はひとつ訂正を挟んだ。
「それは、おそらくマハマトラのことだろう。」
「まは?」
「そうだ、マハマトラ。」
「……まはまとら。」
姉貴や兄貴が滞在する学校では知識の警備兵のようなものだと。そんな人たちが盗賊団を相手に問題なしと言ったのだろうか。なかなかの強者―――には見えなかったのだが。
傭兵団を雇用して事態に当たることもある。「ふうん?」少年は首を傾げながら、一応の納得はした。通りで腕っぷしはなよっちそうだったわけである。料理で言えば、食べ応えがないと言うような風貌であったのだ。
逆に、槍を抱える少年は強そうである。マハマトラだっけ。組織の幹部クラスだろうか。腰にぶら下がる神の目から察するに、扱う元素は雷。得物は槍だけなのかな。
「しかし、そうか。雨林に火を放った一団か……こちらでも気にかけておこう。」
「知らせてくれて助かった、一応僕の方でも見回りがてらに調べてみるよ。」
「盗賊団を発見ないし捕縛するようなことがあれば冒険者協会へ一報もらえるかな。余計なことを心配しながらの探索は短い方がいいから。」
少年はともかく、他の冒険者が気もそぞろで探索なんて器用な芸当は無理だろう。名声にこだわるタイプもなかなかに多くて、少年が受けるような依頼を盗み聞きしたり、情報を小癪な手で聞きだしたりして仲間割れなんてこともザラにある。冒険者による身内同士の潰し合うなんてことが、起きる前に解決は難しくとも、終わったことなのだと言ってしまえる証拠は必要だ。
滅多とないはずであるが、どうにもスメールでは砂漠と草とで冒険者の間でも対立があるから。そんなことをしたって、同じ国内の同胞であることには変わりないだろうに。不思議なことだよと少年は肩をすくめて、スメール出身の少年たちは苦い笑みをこぼした。
「そういった意味では、確かにスネージナヤの結束力は素晴らしいものだよね。教令院でも一致団結して問題に当たることが多かったし、発表の場でも蹴落とすというよりも、共に生き残るという印象が強かったよ。」
「彼らの協力あって解決した問題も少なくはない。あの人海戦術は見事なものだった。そう言えば彼女たちも君と同じ髪の色をしていたが、スネージナヤでは当たり前にある色なのか。」
それなりに多く見かける色味ではあるだろう、と少年はこくりと頷く。とは言え、少年のようにところどころ色素の抜けたような色はマァマァ珍しくはある。前髪の先っぽをつまみながらヒト房だけ色の異なるそれをさしながら言うと、ティナリが恐る恐ると言った表情で尋ねてきた。
兄か姉はいないか、と。双子の兄姉が居ることを伝えると、彼らは揃って顔をおさえた。…一体何をしたんだ、自分の兄姉は。
「弟のことを尋ねたら小一時間ほど……おそらくはお前だろう、弟のことを語り聞かされた。」
「ご、ごめんなさい…?」
興味のないであろう話題を小一時間。まるで拷問のようだっただろうに、疲れ切った表情からは兄姉たちの押し売りのようなそれを最後まで根気よく付き合ってくれたことが伺えた。
すこし前の出来事で、凍えてしまう氷雪の世界でひとり行方不明になった少年のことはかの兄姉たちから直接聞かされたことだったらしい。自分たちが自由を求めたことであの家で最も最年長の兄としての役割を押し付けられた子どもに対して、兄姉たちは罪悪感と愛情とで板挟み状態であったのだと言う。償うべく何か贈り物をと始めたことが、得意な裁縫であった。
そこから両親との手紙のやり取りで送られてくる少年のカッコよさや愛らしさに胸を撃たれて、気づけば趣味趣向の領域に至り。帰省の段取りを構えるところに不意打ちで父からの手紙で少年が突き落とされて行方不明になったことを聞かされて、半ば狂乱状態にあった彼らの背中を叩き押し出してくれたのだと。
「……行方不明になってたとも言ってたから……うん、無事でよかったよ。僕たちと似た年の子だとも言ってたしね、ずっと気になっていたんだ。」
「あ、ありがとう? おかげで元気だよ、ええっと、姉貴たちがお世話になりました。」
「いえいえ、こちらこそ」
「確かに弟語りは多かったが、こちらこそ世話になった。」
「セノ…。」
少年の居たたまれないという表情にティナリは同情する眼差しを送った。おはようからおやすみを通り越して、頂きますからお風呂まで。
正直あんなに甘やかされるとは思わなかったのである。ティナリが状況を詳しく聞けば、少年はわりと最近の記憶を掘り返してそのまんまのことを告げた。実家での兄姉たちの息継ぎすら許さぬような怒涛の甘やかしっぷりにダメ人間になりそうだったこともあって、前々から憧れのあった冒険者になったのだとかもすべて。
涼し気な表情の奥には秘めたる熱情があるのは周知の事実ではあったのだけれども、その燃えるような熱の矛先が家族であることも自他共に認めることでもあるのだけれど、ある意味で行き過ぎた爆弾を抱えすぎである。
次からどのような顔をして二人を見れば、と悩みからティナリは頭を抱え、爆弾を落とした自覚のある少年は何もなかったことにすればよいのではとさも名案だろうと笑顔で宣った。
「君はそれでいいの……」
「アハハ、どうしようもないから……。」
笑って誤魔化そうとして、姉貴による家族愛の攻撃を思い出して少年はそっと目を逸らす。両手が使える状態にまで回復したのに、あの姉貴は喜び勇んで食べさせ続けてきたのだ。
心配を掛けてしまったのは自分の方だから甘んじて受け入れはしたのだけれど、あの状況は正直助かるを通り越して恥ずかしかった。思い出してしまって少年はカァと頬を赤らめる。ぶんぶん首を振っても冷める様子はなく、のっそりと両腕を交差させて頭ごと顔を隠した。とろとろな仔猫のようになるまで甘やかし続けられた記憶しかなかったのだ。
そう言えば家でもそうした頭を長男にふわふわと撫ぜられて、抱えられて甘やかすように子守唄を奏でられたことを思い出して―――少年は雪原のような首からじわりと耳まで赤く染めて唸る。ごく自然の、流れるような自滅であった。
「うう、」
「……なるほど、」
「過保護にもなるか……」
頭の上でぼそぼそと言われても、今の少年には何も届かない。どうしようもなく羞恥を煽られてそれしか分からなかったからである。のぼせそうなほどの熱を逃しきり、少年たちは草木の揺れる羽音に耳を委ねながら再び他愛もない話を再開した。
―――…
豊かな緑から抜けた先、砂で覆われた世界に足を踏み入れた少年は、早速のことではあるが窮地に陥ってしまった。砂漠の獅子のような女性の助力を得て、今はぷらぷらと両腕どころか肢体を投げ出して運ばれるがままである。
「大丈夫か、坊や。」
「まだしびれてる……なにあのサソリ…」
ぴりぴりとひりつくそこは毒を受けて尚、無理を押し通してしまったからか動かせそうもない。溜息をつきたくても、その呼吸すらひくりとする有り様である。
これは普通ならば怒られるような場面ではあったのだけれど、女性は少年の行動を勇敢なものだと褒め称えた。予想外のことに目を丸くしてしまう。怒られると思ったのに、と素直な眼に女性は肩を薄く揺らして笑った。
「砂漠の蠍だ。毒があるから、不慣れなヤツには厳しいんだ。―――っと、毒って言っても体がちょっと痺れる程度だから命の危険はないぜ。あのまま倒し損なってたら危なかったけどな。」
「そ、う、なんだ。」
少年の有する神の目の属性が、水元素であることも起因するのだろう。水は何にでも染まることの出来る稀有な存在である。水の中に流れた雷がくすぶる原因では、と疑問には同意を返す。全身へと広がる痺れは、身体の内側で感電反応が生じたのだ。
聞けば傭兵である女性の友人もまた、水元素の神の目に恵まれた人であるから似たような様子を見たことがあるのだとか。あ、痺れが取れてきた。
絡まった毛糸球をほどくように踊る鯨が身の内側で解決してくれたようだった。痺れがなくなったことを伝えてもディシアは「そんなはずは…」と怪訝そうに眉を寄せて、少年の痩せ我慢として受け取られてしまう。「たとえ、大丈夫だと言っても信用するなってのが坊やの兄姉たちからの言葉でね。」知った名前か、と告げられた二つの名前にビクリと反応したのがマズかったのだろう。姉貴たちの知人であるなら尚のこと。「噂の弟くん、だな。」無駄な抵抗である。
だが、警戒するように背から降りようと動けば、彼女は豪快に笑って少年を背負い直した。言い訳がましく、誓って姉貴たちから何も怒られるようなことはしてないはず、と叫んだ。
「ならあたしに背負われて村まで行くこったな。」
「大丈夫なのにっ」
「おっとじゃあ、もう直接言っちまうか。……砂漠での怪我を放置し、戦おうとしたことは坊やの家族から”怒られるようなこと”だと思うが?」
「ん-っ!」
返す言葉もなかった。無駄な労力となるのだろうな、と理解した少年は全身から力を抜き、ぷらりと肢体を放り投げることにした。心配をかけさせたバツ、なのだろうと。
「俺を背負ったことは姉貴たちには内緒にしてくれよ、面倒なことになるからさ。」
「面倒なこと?」
「お姉さんも、友人……? 知人……? 発狂しながら妙なことを語るへんな人から鉈もって追いかけられたくはないでしょ。」
だが、せめて、と思ってとんでもない情報を前に約束を結んだ。
あの兄姉たちは絶対にやる。やるったらやるのである。長期間、実家をあけた弊害と言えばそうなのだろうけれど。「まだ私ですら抱き上げたことすらなかったのにーーーっ!」だなんて無事を喜んでくれた見知らぬパン屋のおじさんが犠牲となったのは、故郷では有名な話であった。
「慣れてるから大丈夫だが?」
「そんなものに慣れるなよ……。うちの姉貴がごめんね、どうせ兄貴は関与せずなんだろ。」
他国でも行方不明になったことが知られるほど、姉貴たちの受けた衝撃は強かったのだろうけれども。あの人たち、ねじも一緒くたになって飛ばしてきたとでも言うのだろうか。
よくわかったな、と笑い飛ばしてくれる女性の器の広さに感謝した。やらかしちゃったのかな、大丈夫なのかな大事な夢を持ってるのに。いくら自分のためとは言えども、ほんとうにあの
傍から見れば可愛らしくぷりぷり怒りを見せる少年の年齢相応な様子から放たれる「あの人たちの言動は気にしないでね!」というフォローのような、言い訳のような、なんとも言えぬ微笑ましいそれに女性は笑み一つを浮かばせて「噂通りだ」とひそりと言った。