白刃の流星   作:夜鷹ケイ

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15.砂で踊る

 砂漠で知り合った女性傭兵は、ディシアと名乗った。砂漠に生まれ、成人後は武力で生計を立てるスメールの傭兵―――通称「エルマイト旅団」のひとりである。

 ディシアを含むすべての砂漠の民は、生まれた時から砂漠を理解することを学ぶ。砂上の歩き方から砂漠での戦闘方法、砂漠で食べられるものや水分補給用の獲物などのサバイバル技術など草が一枚も見当たらぬ過酷な砂漠で生き抜くための手段を学び、あとは実践の積み重ね。「へえ、」と興味津々に病人用のベッドから軽く身を乗り出して少年は続きを催促した。

 

 

「あ、俺はね、冒険者なんだよ。」

「ハハハッ、知ってるさ。」

 

 

 壁の向こう側で火災を引き起こそうとした盗賊団の調査のために、追跡してきたのだと付け加えるとディシアはそれも承知の上だと言った。

 火を扱った事件ということで調査実施の旨は極秘というわけではなかったのだが、国内でのすみわけと言うかなんというか。「草」と「砂」―――同じスメール内の、派閥のようなものの対立を煽るような内容ではあったからそれなりに知る人は少ない情報ではある。

 件の盗賊団とはべつの盗賊団に捕まって砂壁を越えた少年の警戒心を見て、ディシアは憤りを見せずに微笑み、むしろ褒めるように言った。「それでいい。」肉食獣のような瞳を満足げに細めた彼女は家主である女性の名を呼んだ。

 

 

「キャンディス! 薬箱借りるぞー!」

「ええ、どうぞー!」

 

 

 遠くから女性の声がした。慣れた手つきで棚から木箱を取り出したディシアは、照れた様子もなくさらりと「友人なんだ。」と先ほどの女性のことを語る。

 家主の彼女は、年若き乙女でありながら砂漠の戦に身を投じる戦士でもあった。砂岩に囲まれた村を守護する、唯一の守護者なのだと。盾ばかりを手にする姿には首を捻りたくなったが、それで成り立つ戦闘技術は少年も興奮を覚える。

 なるほど、ガーディアンであるならば武器は不要と考えてのことかと学ぶ姿勢で光の差し込まぬ蒼を輝かせて戦闘技術においての話を強請った。

 

 

「元気がいいね。坊やそういうのが好きなのか。」

「うん、戦うの大好き!」

 

 

 少年は間髪入れずに即答した。ニコニコと屈託のない満面の笑顔である。ギュと女性二人はそれぞれの場所で胸をおさえた。

 

 

「まあ、」

 

 

 それならば、とディシアも腰を上げて砂漠での戦い方などを教えてやることにした。もちろん、療養が終わってからのことである。

 盛り上がった会話の最後の方でディシアが少年の仕事を知った理由が浮かぶ。すこし離れたところでの任務を終えたばかりの彼女があんなところを巡回していた理由は、少年が冬国生まれであることを知るキャサリンからの依頼だったのだ。

 

―――…

 「戦うの大好き!」発言は正しく、少年はリハビリ中もずっと身体を動かし続けた。身体がダメならば目を。水元素をたくみに操り、鯨がぷかぷかと砂漠の空気を踊った。

 本当に蠍に刺された麻痺があるのかと疑われるほどの働きっぷりであったのだが、身体の痺れは途中で訴えるのをやめたからか、件の鯨のおかげでとれたのだと言うことは少年と相棒しか知らぬことである。

 砂漠に伝わる装いをまとい、ひらり、ひらりと海中を舞う月が如く脚光を浴びるかれ。鮮やかな青が、ただ眩く瞼裏に焼きつく。

 「さあ、みんなで楽しもうよ!」 音楽や芸術を禁じられた知恵の国では、もう滅多と見ることのできないはずの芸術(うつくしさ)がそこにあり。アクロバティックな大技を加えた旋舞を披露する。アップテンポな音楽やシャービー音楽に合わせて踊る彼の、明朗快活とした表情が伝播した。

 広場で焚き火を囲み、しなやかな肢体を踊らせる鮮やかで艶やかな女性たちの乱入もあり、沈黙を保つはずの追放村―――アアル村は、人々の賑わう夜(笑顔広がる)を過ごしたのだ。

 

 顔を寄せ、内緒話でもするかのようにひっそりと。「楽しかったね」「またやりたいね」とその為の談義は事欠かず。けれども、あの日のことは皆が口を噤んだ。

 それは、あの日の思い出を汚されることを忌避してのことだった。あんなにも笑い合ったのは数十年ぶりのことで。誰の顔色を気にすることなく、ただ異国の少年を接待するという体裁で踊り明かした宵の記憶は、書庫の奥深くに隠される秘書のごとく秘めておきたいという共通感覚である。お偉方も沈黙し、大きな内緒話が出来たと酒を酌み交わす夜も出来たことは、アアル村にとっては喜ばしき出来事なのだから。

 

 身体の麻痺が抜けたかどうかのリハビリ中に少年はキャンディスとディシアの仕事を手伝って、砂漠での戦闘方法を教わって、身に付けて、実践して。

 しばらくすると動きが滑らかで慣れたそれになるあまりの吸収力。生まれながらに砂漠の戦士、と言わんばかりの身のこなし。吸収力でスポンジの方が負けてしまったのではと戦慄くそれに惹かれたキャンディスは少年を後継者として誘って。

 そして、それはもう無邪気な笑顔を前にバッサリ断られた。「あの大きな蠍に再戦する!」無邪気な声で言ってのけ、宣言通りに蠍との再戦を果たして見事、討ち取ってみせたのだ。アアル村全体が祭りのように沸き上がった。

 最初は微笑ましいとばかりに見守っていたキャンディスとディシアであったが、少年の戦利品の量に驚愕してしまった。戦利品の肉を村へと献上する少年戦士は、驚くことに最初と同じ一対一の対決ではなく、一対多での大乱闘をしてみせたのだと言外に証明したからだ。

 教わった通りのことをしたに過ぎず、砂漠での戦闘もなかなか刺激的で楽しかったと少年は一旦満足した様子でふんすふんすとご機嫌な様子で血抜きをしている。

 

 

「ど、どうやったんです…?」

「近くに来てた奴らぶっ倒した。」

 

 

 さもありなん。キャンディスの恐る恐るといった問いに、あっけらかんとした態度で少年は答えてみせた。見ればわかるだろ? と言わんばかりに手元で血抜き作業中の蠍の尾を揺れる。

 そこかしこを歩き回り、洞窟の中で雷が弾ける音がしたから行ってみたのだ。そこに獲物が居たから再戦したけど、たまたま群れであったのだと大量の山を築き上げた少年は言った。

 嘘のような現実である。思わずディシアが調査した結果、確かに少年が言う通り洞窟の中に蠍の巣があった。―――あったのだけれども、そのどれもがアアル村から離れた洞窟である。おそらく少年は洞窟と名がつきそうな穴をしらみつぶしに確認したのだろう、とディシアはどこか疲弊した様子で報告した。

 数珠繋ぎのようにそこかしこに広がる蠍との大乱闘の痕跡をたどったようだから、熱気も相まって疲れたのだろうと村から離れられぬ己の代わりに確認してきてくれた彼女を労わる。

 

 

「あ、俺そろそろ次の冒険に行くよ。犯人も捕まえられたしね!」

「え!?」

 

 

 わくわく顔で砂漠の敵を倒しまくると宣言した少年は、有言実行の塊である。村人たちを置き去りに、一切の光をうつさぬ瞳に似つかわしくない爽やかな笑顔を浮かべて村を後にした。

 彼が受けた祝福と同じように流れるような別れで、あまりにもあっさりとしたものだったから、少年はもう旅立ったのだと気づくのに数日かかってしまった。多くの足跡を残しながらも向かった先は水の国だと分かり、キャンディスは肩を落とす。

 少年は踊るように、うたうように、楽しそうに戦うものだから、彼が戦う姿は禁じられた芸術を感じられて多くの人を魅了して行った。

 追放村と名高きそこで、少年が変わらぬものだと接してくれたことが村人たちにとっては一番の幸福だったと言えるのだろう。願わくば、また会える日を祈って。

 

 

(砂の国に再び歌が来るだなんて……、本当にありがとうございました…。どうかお元気で。)

 

 

 細々と紡がれる人の営みの合間に再び相まみえた、情という心が産む余裕だなんて知恵の国では久しくなかったことだ。遊戯に関することであれば何でも取り締まられる、砂の地獄。―――そんな記録の中でも、砂嵐の中で遭遇する魔物の数が異様に減少した年が刻まれたのはキャンディスにとっては喜ばしいことであった。

 趣味なのにゆっくりできないの。生きるということは、想像の連続である。何しよう、どれしよう、あれしよう。そうしたら先に出来るのは。…小さな点によるたくさんの思考が、夢が紡がれ、一つの知恵として記録が為される。夢の折り重なりこそが、キャンディスにとっての歴史(ゆめ)だから。そんなちょっとした話をしたからなのか。

 苛烈な双生を兄姉に持つ彼は、また別の雪の輝きを以て砂漠に音を奏でてくれた。少年が旅した足跡の一つに、この村が選ばれたことを心の底から喜んだ。

 

 

「余裕、できちまったな。どうだい、キャンディス。今からあたしと町の巡回に(散歩)ってのは?」

「ええ、…ぜひ。」

 

 

 伸ばされた手のひらを重ね、キャンディスはひそりと微笑む。いたずらっ子の顔をしたディシアを見るに、きっと彼女の旅の記録にもかの少年の話はあるのだろう。

 あの少年が砂漠で大暴れした年だと村ではちょっとした噂話になり、笑みが伝播する。停滞した世界に笑顔を残した少年へ感謝と敬意を抱きながら、彼女たちはそれぞれの生活に戻った。

 そんなここは、草を司る神がおわす、知恵の国。将来への設計図である夢を封じ、未来への希望である理想を禁じた束なる英知のみによる歴史を重ねる地、知恵の国である。

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