白刃の流星   作:夜鷹ケイ

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19.少年と花火師

 なんとなく鳥籠のようなものを感じてしまう。この雰囲気を少年は苦手だと感じたのだが、鎖国中の稲妻は、意外にも商人たちの穴場のようだった。

 護衛対象の中には、この国で永遠に飼われたい、と口を滑らせる好きモノが居るようだったから相性というものなのだろう。少年は自由に暴れまわる方が好きだから、ちょっと窮屈に感じてしまうというだけで。

 稲妻の港を行き交う人々のほとんどが他国の顔立ちばかりなので、流石の自分でも気づけるというもの。此処のカミサマは鎖国令は出すほど変化を嫌うようだし、引き篭もりかつ、自国への愛で溢れる人たちにとっては天国のような場所なのだろう。共感性が少年の中で生まれた。ファデュイからの逃亡生活ではあるものの、少年の中には愛国心はあるのだ。

 ちら、と自由な海へと目を向けた。ときおり風にあおられて潮の香りを運んでくる。己の星座が海の生物をかたどるからか、故郷の英雄の相棒がそれであるからか、少年は海が好きだった。

 稲妻の港は岩の国とは違う意味で近く、生命の気配を感じる。心地良さすらあったけれど、何か物足りなさがあった。それが、故郷の冷ややかな風が吹く海こそが、子どもにとって一番落ち着くということを示していて、所謂、殿堂入りというやつなのだろう。軽くホームシックになりながら溜息を一つこぼして、お土産の為にシャッターは切った。

 見慣れぬ景色で愛する弟妹たちが喜んでくれるといいのだけれど。安心感があるのは、やはり生まれ育った土地なのだ。

 

 

「坊や~、坊や~」

 

 

 稲妻への滞在から数日を経て、お土産ばかりを送り付ける我が子への両親から心温まる手作り贈り物が遠くの海からやって来た。手紙には材料を用意したのは愛する家族で、それを縫ったのは母で、送りつけたのは父であると知らせが一つ。息子の身を案じる内容のものが二つ、三つ。

 そうして遠く離れた土地まで届けられた子どもの背負うリュックのような形をしたそれは、すらりと伸びた白木のような一角を額に飾った見慣れた造形のそれである。

 空に海が溶け込んだような布地は何処のものだろうか。ファッションデザイナーを目指す姉が、新たに生み出した技術によって試作されたそれであると手紙があるから、たぶんスネージナヤのものとしての作品なのだろう。モンドと稲妻の生地を混ぜ合わせてああだこうだしたと、文字通り、ああだこうだと書かれてある手紙を読んでそう思った。

 今回も説明は彼女の双子の弟に任せるつもりなのだろうな。苦く笑った兄の顔を浮かべて、息抜き用のお酒をちょっぴり多めに送ってやることにした。姉はこうして説明しきれない何かがあるとぼかす癖があるのだ。

 それはそれとして。よく稲妻に届けられたなと頭に浮かべながら、少年の名前が一度も載せられていない手紙を読み込んでから言った。双子の兄姉は現在スメールに居るらしい。すこし前まで居たけれど、すれ違ったようだ。顔を見たかったと文字を発見して少年は自分もだと笑った。とてもパワフルな人たちだけど、愛する家族だから。

 兄姉たちからのプレゼントはとても趣向を凝らしていて、細部まで丹精込めて作り上げたのだと理解は出来る。あの兄姉が血汗を滲ませた一品であることは理解したのだけれども、正直、宛先が違うような気がした。

 末の弟や妹たちにならば、とても分かる。写真だって撮りに帰りたくなるほどの愛らしさだろうってことも共感できた。けれど、受け渡しの対象は少年である。

 それを受け取った子どもは、もう14歳の少年と呼べるような年頃であった。このぬいぐるみのようなリュックを背中に飾って持ち歩くには、流石に可愛らしすぎると自分は思うのだ。

 

 

「あのさ、」

「はい。」

 

 

 狙ってやってるだろ、と思った。兄貴の方の手紙では、生地の作りにはこだわったと専門家へのレポートと言わんばかりの説明があるから、そこで精魂使い果たしてしまったのだろう。

 触り心地を気に入ってくれたなら良いのだけれど、と兄貴からの不安げな一筆があるし、デザインまでは見れなかったに違いない。共同と言っても姉貴がデザインを作り、兄貴が生地や糸を作るので。「ほら写真送ってきなさい」姉貴による悪魔のような笑い声が聞こえてくるようだった。

 隠しきれない背中を彩る冬の海。作品のタイトルはそのまま「冬鯨」で、英雄の相棒を模したものだと言う。冬の故郷から届けられた、家族曰くの「ちょっと丈夫なリュック」は、つまるところ少年の相棒と同じ形をしていたのだ。

 写真を送り付けたこともあって、ちょっと大人向けに綴られた故郷の英雄が歩んだ冒険譚を同封された手紙からはやっぱり狙ってるだろとしか思えなかった。「好きなんでしょ。」少年の趣向を完全に断言した文字が、やけに羞恥を煽る。好きなのだけれども。

 

 

「これ、ほんとに俺宛てなのかな。」

 

 

 彼方の地方で降り積もる雪原のような頬をカカァッとりんご飴のように染め上げて、家族からの贈り物を受け取ったばかりの少年は、冬鯨を抱きしめながら確認する為の言葉を口にした。

 それはまるで、大事な宝物を取り上げられてしまわぬよう全身を使って守りに入る幼子のような仕草で大っ変愛らしく、徴集令が下されてからはめっきり若者が減った稲妻の大人たちが持て余す庇護欲やら愛情やらをことごとくぶち抜くほどの衝撃が奔る。

 ドーンドーンと何かが打ち上がる音がして、その場の多くの心を示す。誰ぞが間違えて狂った手元をカバーするようにササッと丸めたばかりの火薬を空へと放り投げられて、空に咲かせた大輪の花に向かって本能のまま叫ぶ声が人々に正気を取り戻させた。しかし、正気を失ったままの職人が此処に居る。

 稲妻の花火師と言えば、その人以外はおらなんだと言わせしめるような凄腕の生ける伝説。笑顔が好きでたまらん爺は、子どもよりもお姉さんであろう孫娘を呼び寄せて花火に目を奪われるその子を示した。ぎゅと力の込められた腕。返事のなくなった周囲の静寂さに心細そうに落とされた夕焼けと同じ色の眉。異郷の子どもであっても、笑顔を咲かせるならばウチの花火が一番。「任しとき!」心得たと大急ぎで拵えられたのは、彼が抱きしめるお宝であった。

 つまり、笑顔を浮かばせることこそが、今の花火。謎の使命感が沸き立つほど愛らしかったのだと共感を得たのだ。

 そうして急遽、稲妻の雷鳴轟く空にて打ち上げられた花火は、少年の持つぬいぐるみのようなリュックと同じ形をしていた。どおん、どおん。重音が炎と散るたびに、空を泳ぐ鯨の姿を現す。少年の表情は恥ずかしそうなそれから一変し、喜色一つをまとった。

 

 

「わあっ空鯨だ! あんなにいっぱいいるよ、ねえ、どうして教えてくれなかったんだい相棒! 君そんなに分裂できたの!?」

 

 

 はて。と職人たちは首をひねり、海から伸びあがった影に目を見開く。焦がれるような熱が、大気を燈した。少年の命の傍らに鼓動を置く海の獣の姿であったのだ。

 少年の手元と似通ったところのある水の塊。空気が震えるたび空へと打ちあがる炎とは異なり、それがある意味での生命体であることを示した。おそらくは、あまねく空で生命の導となるそれである。

 書物だけで語り聞かせられてきた旅歩く星海の生き物。誰もが冬の空を遊ぶように泳ぐそれを見たくて、けれども、決して空に表れてくれなかった気まぐれなそれ。

 少年の腰で輝く神の祝福は、稲妻の空へと大きな生き物を運ぶ。再び震えた大気が、その生き物の鳴き声であることを理解した。その頃には上機嫌で歌うように名を呼び続けて、少年は無邪気な声で相棒を呼んだ。

 

 

「空鯨!」

 

 

 少年は無邪気に呼ぶ。新たなおもちゃを与えられたときのような、無垢なる笑顔で空の生き物を呼び、大はしゃぎで手を伸ばした。

 呼んだら来てくれる。当たり前のような甘えを無防備に晒して。けれども、その呼びかけだけでいつも通り少年のもとへとやってきてくれたのは、水の塊だけであった。「分裂したら意識が離れてしまうのかな。」不思議なものを見たように、少年は空へと見上げて言う。

 そうして最後の一匹が打ち上げられて儚く溶けた頃に、あることに気づく。騒動の中央に居る少年は目に見えて分かるほど硬直した。「……あ、」喜びやら楽しさやらとは違う意味で頬をりんご飴のように染め上げて、夕暮れの髪をぐしゃぐしゃと抱え込んだ。

 

 

「あー…、やっちゃったぁ……。」

 

 

 少年は形容しがたい呻き声をあげながら、とりあえずは擦り寄る一角を撫でてパシャンと手元で姿を隠させた。「ハナビってやつだよね…」 騒ぎを起こしてしまったのだし謝りに行かなければと腰を上げた少年の頭を、花火師の二人は全力で撫で繰りまわす。火の鯨と水の鯨の共演は、誠に見事なものであったのだ。

 水元素で花火を作るハメになろうとも、それはそれで面白そうで吉である。新たな一種の演目として抱え込むことにして、その場に沸き立つ混乱を諫めた。

 

 

「……俺が言うのもあれなんだけど、演目追加って本当に大丈夫だったの?」

「もちろんだ。むしろ刺激を受けられて良かった。」

 

 

 少年は納得していない様子で頷き、それならば、と神の祝福を輝かせた。目からと言うよりも、海から力が湧き上がる。冷めやらぬ人々の熱気を受けて、期待の眼を全身で受け止めたからこその行動だ。

 滞在する期間はたったの三ヶ月。そのうちの一ヶ月を過ごしたのだし、何なら商売人たちはそれを利益にしようとああだこうだとしている。「せっかくならもっと派手な記憶を残してあげる。」宵闇をうつし込んだ海が泡立つ。ごぼ、ごぼり。大きく膨らんだ泡が弾け、その飛沫がやがて空へと飛び散り星をなぞるように形作った。

 遠くで海の獣が吠える声がする。クオオン。そこかしこで呼応するように空の獣は吠え、少年は無邪気な笑顔で言った。「さあ、空鯨。君の大舞台だ!」弾けるような声に誘われるようにして、鯨は星空を悠遊と泳ぎ渡る。その巨体を大きく逸らして海へと還った。分裂出来るのかという彼の問いかけに応えるように、その帰り際にはたくさんの鯨をかたどらせて。

 大きな桶をひっくり返したかのような海水が子どもを襲った。頭からずぶ濡れになるほどの水を被った少年は、それでも楽しそうに笑って海と遊ぶ。

 すべての演目が終わった頃には、空はミルクを溶かしたように白さがあった。差し込む太陽の光はやがて見慣れた雷雲に覆われていく。ほどなくして全身を潜めてしまったけれど、子どもの色に人々は太陽を見出した。

 民衆たちを押し切るようにして、花火師たちは子どもを連れて街を出る。きっとあのままあそこに居ては、奉行に目を付けられてしまうだろう。ほとぼりが冷めるまでは、その身を潜ませておくことが一番だ。

 芸術家であり、職人であり、ただひとりの稲妻の民でもある身は、彼の安全を願うから家で匿うと言った。ありがたいことではあったが、それはそれで心配である。

 

 

「ほら、ウチの髪色かて花火みたいに明るうてキレイなもんやろ? せやから坊やのこと、隠すにはもってこいやと思わんか。」

「バレたときが大変だろ。俺のことは放っておいてくれても大丈夫。これでもスネージナヤの冒険者だからね、ショーグンサマも国際問題に発展するような真似は流石にしないだろ。」

 

 

 少年が冒険者登録したのはモンドではあるのだけれど、受付嬢キャサリンの出身が北国であることが幸いして身分証明は”スネージナヤの冒険者”となっている。やはりドラゴンスパインでの出来事がそうさせてしまったのだろう。未成年であることも加味すれば、一応は問題にまで発展する程度のポジションに足を踏み入れてしまったのだ。ファデュイが探し求める人材として、ではあるのだけれど。

 少年の有用性を見出させてしまったという自覚はあったので、反省して身を潜めながら冒険者としての活動に勤しみ、今では故郷との鬼ごっこに身を投じていた。

 度々ファデュイから追われる姿を目撃したのであろう花火師たちは、少年のざっくりとした言動にあまり良い顔をしなかった。心配なのだと訴えてくる表情は故郷の家族を想わせるからてんで弱く、思わず眉を落としてしまう。「せめて神里の坊っちゃんを紹介させてぇな。」 少年よりもお姉さんな花火師がそう言って、上品な青年を連れ立ってきたのは数分前のことである。連れてくるだけ連れて来た彼女は仕事があるからと立ち去ってしまった。

 自分が不在のときは彼を頼れと言い聞かせるように肩を握られて頷いてしまったが最後、軽やかな足取りで森の奥へと。お祭りの準備で大忙しなのだとかで。花火の材料を集める作業であれば、手伝ったのに。

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