白刃の流星   作:夜鷹ケイ

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20.少年と社奉行

 口許のほくろが妙に視線を奪われる。彼の背後に隠れるように顔を出した少女は、おそらくこの青年の妹なのだろう。

 

 

「君が、花火の中で鯨を打ち上げた子……ですか。」

「そうだけど、……」

「ああ、そう警戒なさらないでください。演目の一つだった、そう伺っていますから。」

「そうなんだ?」

 

 

 なら遠慮する必要はないのだろう。少年は気持ちを切り替えた。鯨と言っても、水元素の塊のようなものである。訂正するように、ぷかぁ、と体の近くへと浮かべたのは手のひらサイズにおさまる鯨であった。

 

 

「器用なことをしますね。」

 

 

 自分ではそのようなことは出来ないと言った青年は、剣とするにはやや歪な形をした水を手繰り寄せて弾けさせる。彼の中の予定ではその水は武器として扱えるはずだと言うので。「ふうん?」武器の形状は違うけれどもまじまじと見つめてから、似たようなことは可能であると槍を水で作り出した。精密なコントロールを要するそれは得意中の得意であり、武術に関することであれば時間を惜しまず鍛錬に明け暮れるような性質である。

 本来の武器である短剣―――ナイフはちょっぴり小さくなってしまったことが関係し、戦闘スタイルを吸収する少年の性質があらゆる可能性を経験したくなったことが重なり、気づけば水で武器を作り出して戦うスタイルを身につけたのだ。

 そこまで鍛錬を続けた技術を相手に教えられるのか、と言われたらちょっと頭を悩ませてしまうけれども、マァマァ可能だろう。「それを覚えたら、手合わせしよーね!(戦おうね)。」少年は闘うことしか頭になかった。「ええ、わかりました。」餌をぶら下げておけば良いのだと約束を結び付けて、少年は技術を惜しげもなく青年に叩き込んだのである。

 修行と称した手遊びの合間に、彼の妹や護衛とやらが顔を出しに来るけれども、その時は普通にお茶して帰った。滞在期間が一週間を切ったところで、少年はあることに気づく。

 

 

「お、お土産! ぜんっぜん選べてなかった! どうしよう、トーニャが稲妻のお姫様っぽい何かが欲しいって言ってるの忘れてた!」

 

 

 稲妻の姫君を探してもドレスを纏ってティアラを被った女性を見かけなかったのに、今から探しても間に合うだろうか。青白い肌をさらに白く染めて、少年は唸る。神里家の二人と遊ぶ約束をして、その帰りのことだった。

 滞在期間も両手の指でおさまるようになった頃。そろそろ稲妻を旅立つ時期なのだろうと神里の兄が話題を振り、神里の妹が友人との別れを惜しむ。穏やかな友好関係を築き上げたそこで自分も寂しくなると素直な気持ちを口にした少年が、はっとしながらそう叫んだのだ。また次に来られるタイミングが何時になるのか分からなかったからこその叫びであった。

 そもそも異文化であるゆえに、少年は己の目の前に「神里家」の姫君がおわすことに気づいておらなんだ。「それならばお役に立てるかと。」意気揚々と神里の兄は一族御用達のお店に赴き、彼の妹のことをよく尋ねる。

 髪色は母親譲りで、子どもの髪に混ざる星と似たような色の方が目立つのだとか。せっせと選び取られたのは、少年によく似合う海鯨の扇子だった。彼が花火師たちと打ち上げた鯨にちなんで、現在の稲妻では鯨が流行しているオシャレなものである。名前は花火師の少女が「海を照らす鯨」と称したことから、「海鯨」として知られるようになったのだ。

 多少なりとも気恥ずかしさはあるものの、それは自惚れというものだろうと割り切って購入することにした。いつも通り、スネージナヤ宛ての便で。

 それなりの出費ではあったが、最近の謎の収入減を得たからちっとも痛くなかった。作品のアドバイス料、とかで花火師たちから何かと断っても押し付けられる―――貰うのだ。あまりの金額に思わず返そうとしたら倍にして叩きつけられる恐怖を味わった。やっぱり商人向きではないのだと再認識したほどである。

 友人たちに引っ張り出してもらわなければ、あのまま大人の渦の中であぷあぷしていたことだろう。お土産選びに付き合ってもらったことを含めた感謝を伝えて、あとはそれぞれ帰るだけだ。

 ほくほく顔で家族のこと語り始める少年には、もう慣れた様子で神里兄妹もニコニコ笑顔でそれを聞く。最後の締めくくりには、とびきり無邪気な笑顔での感謝が続けられるのが見ていて気持ち良かった。山道ですれ違う人々も心温まる子どもたちの会話を見守り通り過ぎていく。

 

 

「ほんと助かったよ、ありが―――」

「見つけました! 神の目を持った稲妻の子どもだ、『博士』のもとへ送りつけるぞ!」

「と、……は? え?」

 

 

 あとは帰るだけ。そのはずだったのに。

 完全に油断した。背後から迫りよる大きな手で身体を握り込まれた少年は、舌打ちを一つこぼして水元素をかき集めて全方向の斬撃を放つ。見事な緊急離脱だ。

 

 

「何者です!」

 

 

 少年からの攻撃を受けた男の悲鳴を聞き届ける間もなく次へと踏み出そうとすると、少し離れた場所で小さな刀を構えていた少女が捕まってしまった。恐怖を前にして気丈に振る舞ってはいるけれど、両手に乗っかったばかりの齢の少女は守られるべき妹である。すっかり動きが鈍ってしまった少年の気持ちも分かるから、少年は武装を解除してへらりと笑って見せた。

 下手すれば、少女に危害が及ぶと思ったからの行動だったので、青年もまた武装を解除して息を吐く。―――かと言って、降参したわけではない。

 か細く兄や少年を呼ぶ声に、ひらひらと手をふって応える余裕を見せつけるのは、それを証明している。「あー、おじさんたち?」深海をうつしこんだような瞳のぎらつきは、飢えた獣のようでもあった。状況を把握する為の一手を打ち出して、足さばきと場の空気だけで読み取る。目的は、神の目を持った子どもの誘拐。

 だが、標的は誰。「何が目的なのかな。」誰が、ではなく、何かもしれない。三人ともそれなりに狙われる心当たりがあるポジション持ちである。何なら少年と青年は同じ属性の神の目持ちであったから、二人を狙うならばモノである可能性が高かった。

 

 

「それとも、小さな女の子が好きなだけのヘンタイだったりする?」

 

 

 ちまちまと情報収集するのが面倒になったので、目に見えて分かりやすくて、より少年が好む手法に出た。神経を逆撫でするように嗤って言ったのだ。

 

 

「クソガキがッ! 全員ぶち込んでやる!」

「あはっ!」

 

 

 少女が乱雑に放り投げられたのを見やり、水を操り双子の剣を構える。流水のように一所に留まらぬ太刀筋で、少年は複数人を躊躇なく相手取った。

 彼女のことは兄である青年がどうにかする。というか、どうにかした。抱きとめて震える少女を駆け付けた兵士に預けて、飛び込む隙を伺っている。けれども、彼の出番はないだろう。少年の動きが一変したからだ。

 せせらぎのようなのどかさから、まるで嵐の中の川となる。激流に飲まれそうになるたびに男たちが顔を浮かせて仰ぎ見ようとすれば、息継ぎする間もなく次の斬撃が彼らを襲った。

 少年はひたすら戦場を楽しんだ。「もっと俺を楽しませてくれよッ!」時間稼ぎは任せろ、邪魔してくれるな。矛盾する二つを青年に向けて、彼はそれを了承した。血が沸き立ち、肉が躍る。それこそが、この少年の本懐であると知ったからなのだろう。

 将軍が頂きに座する国だからか、少年の在り方にはとても寛容―――否、共感的だった。武勲を立てる、と言うのだろうけれど件の少年は戦えれば何でもよかった。

 とは言え、友人の無事を案じるぐらいの情緒は持ち合わせている。全員と来たからには、誰もかれもが目を付けられていたのだろうか。それとも、目撃証言を消す為? 考えるのは社奉行を預かる彼に任せておけば大丈夫だろう。情報を引っ張り出す為に喋りながら刃を合わせはしているが、切っても切っても出てくる敵の多さが嬉しくなって、どちらでも良くなってしまったのだ。

 とにかく少年は遠慮なく、容赦なく、全てを切り伏せれば良いのだとあちらから明言してくれたようなものなのだから、好機を逃すつもりはない。おもちゃを与えられた子どものようなあどけない笑みで、ファデュイの兵士たちを片っ端から倒していく腕前はお見事である。

 ある程度の戯れも時間が過ぎれば終わりはやって来る。息絶え絶えに転がされる兵士たちを退かせた女は、少年とは違う”狂気の塊”であった。

 

 

「子どもたちは家に帰る時間だ、そうだろう。」

「ッは……ぐ…っ……!」

「まったく、散兵も自分で探しに来ればいいものを。」

 

 

 誰の返答を聞かぬまま、彼女は曲を奏でるように指先を折り曲げる。首が締まる感覚がした。妙な圧迫感が、己の首に生じたのだ。掻きむしるように首に爪を立てても、自分の皮膚以外には何もない。血がにじんで、どくどくと妙に脈の音が聞こえた。

 唐突にもがき苦しみだした少年の身を案じた青年が、自身の妹を保護しながら幼き友を呼ぶ声がした。「アイアス!」ほかならぬ少年の相棒が、真名を知られてはならぬと言ったから冒険者として名乗った偽名であった。

 それに答えることが出来ぬまま、少年の身体はがくりと力をなくして崩れ落ちる。ちゃぽんと弾けた尾びれは相棒の身を案じるように鳴く。痺れる指先は酸素不足を訴えて、ただ意識は揺らぐ。完全なる敗北の瞬間であった。

 探しに、と言うことは、何かしらのモノが目的だったのだろう。狂気の手を掴んで滲んだ視界のまま睨みつけてやった。もとよりモノに対する興味は薄かったのだろう。わずかに口角をあげた彼女は、手に込める力を強めた。少年は息の詰まった音をこぼし、かたどった鯨は弾けて消えた。

 

 

「稲妻の子どもたちは稲妻へ。冬国の子どもは冬国へ。―――そうだな、坊や。」

 

 

 意識が完全に薄れてしまう前に、稲妻の友人たちが手を伸ばしてくるのが見えた。自分は大丈夫だからと確証のないそれを口パクで伝えて、意識が呑まれる。

 そうして少年は、璃月に足を踏み入れることもなく稲妻を離れることとなったのだ。




※空鯨:少年の相棒
※冬鯨:少年の相棒をモチーフとした姉の作品シリーズ。
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