白刃の流星   作:夜鷹ケイ

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25.冬の公子

 女性兵士たちが見せる公子様への熱狂ぶりの主たる理由は、惚れ惚れするような闘う姿も理由の一つだが、スネージナヤを主としてフォンテーヌから発刊された最年少の執行官の雑誌及びブロマイドにある。

 月ごとに発行される分厚い冊子のおかげでアイドルばりの美青年上司を迎えられた地方支部の兵士たちはファンのような気持ちで沸き上がり、行動の一つ一つに黄色の声援が巻き起こった。

 璃月の出版社でもちらほらと見かけており、一般人たちにも人気を誇る写真集は棚に並ぶ間もなく完売。ファデュイ兵士を中心とした売れ行きだったが、表紙一面を飾る冬の彗星。あまりにも美しき白刃の一線は、戦を知らぬ一般人たちの心をも掴んだそれだ。

 付属品であったはずのカレンダー目当てですぐさま売り切れになり、再発刊の行列は天権が沈黙を貫くほどのものであるとかなんとか。富者がやたら笑顔で公子を見送った理由の一つである。そうとは知らぬは本人のみぞ。

 側近を任されるエカテリーナは誇らしさ半分、あの日出会ったばかりの少年らしさに微笑ましさと危うさをちょっとずつ抱えながら同僚たちに羨まれる日々を過ごす。彼女がまとめた資料にパラパラとある程度は目を通したタルタリヤは肩をまわして席を立ちあがった。

 こうした書類仕事も大切だが、町内の把握や印象付けも必要なことである。座ってばっかりじゃつまらないしね。

 

 

「ふー、休憩がてらちょっと町を見てくるよ。」

「いってらっしゃいませ。」

 

 

 そうとも知らず璃月で商売をするにあたっての基礎を叩き込むべく、書店へ赴かんとしたタルタリヤを一般市民たちからの熱狂が襲った。

 殺意も殺気もない。何事だと身構える間もなく黄色の声が支配する空間で一般市民に取り囲まれて年齢相応にきょとりと目を瞬かせる。その動作がさらに人々の熱を呼んだ。「え、何事?」 北国銀行・璃月支店を出てすぐのことであった。

 戦う術を持たぬ弱者を相手に荒事まで持ち込むわけにもいかない。外交問題にもなり得てしまう要素を徹底して行うわけにはいかないから、タルタリヤは一般市民に溶け込みながら合間を縫って移動するしかなかった。おかしい。へんだな。富者からはそのような実施があるとか話はなかったのだけれど、資料を見落としたのだろうか。

 

 

「ぷは、っ……はー、何かキャンペーンとかでもやってたっけ?」

 

 

 否、それはないか。見落としがあれば公子タルタリヤの秘書として付けられた側近エカテリーナが指摘するはずである。

 騒動をどこから聞きつけたのか、風の国モンドを担当する「淑女」からは一定の期間が過ぎれば手を出すから、と注意を受けて顔をしかめた。討伐系統なら一回もミスったことないもん。仕事が出来ないみたいな、そんな言い分は知らんぷりしてやる。

 とは言え、事を大きく構えるつもりはなかったので、とりあえずは久しぶりに望舒旅館へと足を運ぶことにした。一応は見回りと名目で執行官としての仕事だし、お忍びのスタイルをとる。友人をダシにするようで嫌だったが、大きな休みと言うか、自由な時間はしばらくは取れないだろうから丁度良くもあった。

 部下たちに進められるがまま、タルタリヤは望舒旅館をしばらくの活動拠点とする。一週間程度もあければ謎に興奮しきった璃月の人たちの騒動も冷めていることだろうと期待を込めて、仕事のやり取りの場所を部下たちに指定して璃月港を後にした。

 

―――…

 望舒旅館と言えば、少年が一方的に友人だと叩きつけた相手がときおり羽休めに足を運ぶ場所である。最近は滅法姿を見なくなったと囁かれる彼の噂話を小耳に挟みながら、タルタリヤは数枚のレシピを頭の中に呼び起こした。

 何を作ろうかな。精進料理の専門店で、三ヶ月みっちり覚えるまで通った記憶は冒険者の頃からファデュイのものまで濃厚だ。

 

 

「こんな形でまた足を運ぶつもりはなかったんだけど、約束は約束だ。」

 

 

 稲妻の地で首絞められて気を失ってる間にファデュイの下っ端になって、わずか三日ばかりで最年少執行官の名を賜って、気づけば他の執行官たちの仕事について回って、一躍買って。

 執行官というものは、忙しさもてっぺんなのか。わりと多忙の極みである。”公子”の座に就くタルタリヤも例外ではなく、一週間なんてものは仕事をしているとすぐに過ぎてしまってビックリしてしまった。

 とは言え、ファデュイであろうとなかろうと、交わした約束はしっかり守るべきことだ。音楽を奏でる為の道具はなくとも、とりあえず先んじて料理だけでも作って渡したかったから望舒旅館滞在の最終日、料理人に真夜中の厨房を借りることにした。

 新しく覚えた稲妻の精進料理を作ってから決まった机に置き、璃月の友人宛に書置きを残す。「またね」 本当なら顔を合わせたかったが、彼にもタルタリヤにも立場というものがあったからギリギリ出来ることであった。

 本来ならば敵同士だけれども、タルタリヤとなる前に結んだ友人との約束だ。それは何があっても守る性質なので、ちょっとした奉納品―――プレゼントぐらいなら許されるだろうと甘えで置き去りにする。

 

 そうして人目を避けるようにして出立した。

 執行官として外せない会食という名前の仕事があるからだ。どこか知った夜風が乱暴に髪をかき回すのを感じながら、タルタリヤは先の熱狂を回避すべく部下の助言通り息を潜めて璃月港へと戻るのであった。

 

―――…

 商売賑わう璃月港に北国からの英雄ファトゥスが一人。ファデュイの最年少執行官・公子タルタリヤが到着してから、一ヶ月が経過した現在。

 現在の璃月港にて、権力を握る人間側の頂点・凝光との会食に招かれた。その中で困ったことはないかという話題を振り当てられたタルタリヤは言葉を譜面通りに受け取って遠慮なく、出歩けない先のような状況を尋ねた。商人相手に裏があるとは思っても専門に理解がない以上、むつかしいことを富者に丸投げして現場で潔く切り進むのが公子である。

 もしかして今の時期の璃月では何か祭りごとでもあるのだろうか。それとも法に触れるようなことでもあったのだろうかと。外に出かけるたびに人から囲まれて通れなくなってしまうのだ。

 

 

「……ってわけで外に出るのも大変なんだけど、何か規制をしいていたりするのかな?」

「うむ、それはない。」

「そうなんだ?」

 

 

 あの日、望舒旅館へ逃げ込んだ到着初日の騒動は今も小さく起き続けており、たまに営業やら運営やらの業務に滞りが出てしまっていた。

 だというのに、即座に否定されてしまっては何故あんなことになっているのか分からない。ならどうして? 何かしらの規制ではないのなら、璃月ならではの何かだろうかとフォークで海老の天ぷらを突きながら首を傾げる公子の様子に、凝光が微笑みを携えて言った。

 

 

「北国の公子様は、この璃月港でのご自身の人気をもしやご存知ないのでしょうか。」

「…なんだいそれ。人気って…ファデュイの中であればともかく一般市民相手に? 執行官が?」

 

 

 冗談のつもりなのかな。皿の上を空っぽにしたタルタリヤは下品にならない程度に足を組んで背もたれに身体を近づけ、ゆらりと顎を引く。

 そうして首の角度を落として視線を合わせ、同席している法律家からやたら納得されるが、やはり分からない世界の話をされているのだろうか。「おお! 雑誌にあった通りだな。」 思わぬ言葉をかけられてタルタリヤはきょとりとした。

 雑誌、雑誌ね。スネージナヤ国内に発刊されたものであれば覚えがある。それを許容した記憶もあるし、雄鶏からそれとなく探りを入れられた記憶もあった。

 とは言え、それは富者から国内に限ったことであると聞かされたことであって、国外に出るようなことはなかったはずである。何せ、執行官の雑誌と名ばかりで、公子タルタリヤ限定とした内容の、いついつにどこどこいましたっていうある意味では執行官の情報オンパレードなので。

 

 

「雑誌? ……雑誌、雑誌、ねえ……」

 

 

 出演した雑誌のタイトルは数知れず。何なら出演者である公子タルタリヤですら、自分で把握しきれぬほどだったような気がする。何があったかな。

 ジャンルだけは細分化して、よくも飽き飽きせず一人だけをメインで回せる。仕事熱心で良しと褒め称え、共に行動することを許すのはすべて女皇陛下のためになるからだった。元をたどれば、結局はスネージナヤで新しく起業されたばかりの出版社なのだけれど。

 

 

「ファッション雑誌?」

「確かに男女問わず人気なのだけれど、違うわね。」

 

「城下町の観光案内?」

「ええ。そちらも興味をそそられたけれど、違うわ。」

 

「市役所見学のインタビュー!」

「私はとても興味深かったのだがな、残念ながら違うぞ。」

 

 

 主なタイトルはさておきとして、ジャンルで語るとことごとく違うと言われてしまう。その他で主だったタイトルと言えば、スネージナヤ国内限定のものばかりだが。

 思い切りが良すぎると表情にありありと浮かべた公子は、なるほど、名前の通り、子どものまま成長した青年のようだった。「えぇ……うそだろ…?」 武人気質なのかして璃月港が愛する契約よりも人々の間で紡がれる約束を好む辺りが潔さを感じさせる。単純とは違う素直さだ。

 

 

「え、まさかスネージナヤ国内限定のやつ? 執行官の。」

「ああ、そうだとも! なんだ知っているじゃあないか! あまりにも人気なものだから、国外でも売ってくれと懇願が多かったらしくてな。国外で働くスネージナヤ人の為に、国外でも販売されることとなったものだ。それに合わせて新たな法も出来たんだぞ。」

 

 

 言ってしまえば、雑誌とは名ばかりのそれは、冬国の気配を纏う美青年の写真が詰まった一品。ファデュイ執行官・公子タルタリヤを中心とした写真集なのだ。

 そんなものを国内で販売する為に、たくさんの苦労をしたと言うのか。出版社から持ち込まれたのであろう仕事とは言えども、璃月港の秩序と平穏を守る彼女たちの目にはファトゥスの手配書に見えたことだろう。

 一瞬だけ、うわぁという表情をしたがすぐさまにっこりと笑顔を浮かべた。その後、追加で飲み物を注文して同席する女性たちへ振る舞うそれは、ただの労りである。「大変だったね…。」 何とも言えない表情でそんなことを言った公子は商談のために空気を取り直させてもらう。半ば強制的な空気の入れ替え方ではあったが、否やを唱えられるような雰囲気でもなかった。

 

 凝光との会食を隠れ蓑に行われるやり取りは、璃月でファデュイが滞在する際における問題についてのことだ。

 本来であれば全面撤退を要求したいところではあるのだが、公子の部下が集う瑠月港にある企業の数々は真っ当なものであったため、そんな理不尽はまかり通らない。故に、天権は分かりきった現状よりも分からぬ未来の方へ焦点を向けた。すなわち、璃月としては璃月港を筆頭にファデュイが行う悪事のことごとくを許さないということである。

 今までの行動からファデュイが”そう”なることには理解はある。だが、実際問題、何も黒くなくても黒だと言ってのけるそれは危険だろうとタルタリヤは笑って言った。

 

 

「それは当然のことだ。俺だってスネージナヤに他の組織が来たら同じことを言うだろう。―――だから公子タルタリヤとして提供できるのは、この戦力だ。」

 

 

 璃月港が抱える兵士たちのように、ファデュイを指揮する権限。しかし、ファデュイとは氷の女皇のもと行動する組織であるため、ある一定の条件の下ではあるのだけれど。もちろん、条件付きである理由もある。そこが大きな理由となるだろう。指揮可能―――操縦可能な対象の中に、公子タルタリヤも含まれるからだ。

 そんなカードを初手で切るだなんて。条件付きの件で眉を潜めた彼女たちは、自分すらも駒として提供する旨を掲示した公子タルタリヤの発言に驚愕した。

 

 

「それは、如何ほどの条件下であれば貴殿は行動可能か?」

 

 

 早々に動かせる基準を尋ねてくるとは思ったが、執行官のカードはそれほどまでに魅力的のようだった。一応、情報を抜き取るとかは無理だよと先んじて注意しておく。

 

 

「魔神クラス……って言いたいところだけど、早々ないだろう? だが、もしそんな機会があれば相対させてもらえたら……きっと楽しいんだろうなぁ。」

「それで……っ」

 

 

 ふ、と微笑んでタルタリヤは法律家へと視線を向けた。引き延ばしてしまったが、遠回しの言葉では伝わりにくかろうとある程度の条件を提示する。彼らも氷の女皇陛下の僕だから適用期間は今回”公子”が璃月港へ滞在する間のみ、だけど。

 

 

「ああ、そうだったね。俺の部下…一介の兵たちは治安向上や取締り、璃月の危機だとか、あとは危険な場所の調査だとか? そんな感じのもの? 詳しくはそっちで詰めてくれても大丈夫だよ。最初に言った通り、ある程度の状況であれば戦力を要するものであれば提供する。」

「あら、好きに決めてしまっても構わないの?」

「アハハ、一定の条件は富者から提示されてるんだろう? そこから決めるなら、どうぞ。…あと分かっているだろうけど、ファデュイを動かすのであれば俺への連絡はしてくれよ。」

 

 

 その条件が飲まれたか否かは、ファデュイとしての仕事の合間に璃月港を自由に歩き回る公子タルタリヤの姿で一目瞭然であった。

 璃月港は有事の際と限定的ではあるが、ファデュイの高嶺。冬の栄光なる十一位、そこに座する執行官という、最強の戦力を手に入れることとなり、結果として七星の権威とファデュイの危険性および有用性を高めることとなった。

 言うまでもないが、その成果に結びつけられたのは、単に、公子様の為人と、彼の直下で働く兵士たちの人間性と実力のおかげだ。深淵調査だの七星牽制だのと、色々とやらかしまくった執行官は感謝すべきと少年の顔をした人形にねちっこく突かれ、なるべく公子およびその部下が璃月港での活動範囲を自由に出来るよう契約書を作らされたことは、完全な余談である。

 なお、そのことは、公子直属の側近であるエカテリーナと、ふとした思いつきで企画を立てる執行官様の下で予算を組み立てる会計士であるアンドレイしか知らない。

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