白刃の流星   作:夜鷹ケイ

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28.契約違反NO違反

 仕事の一環で服毒した状態で鍾離先生に会うと、必ず顔をしかめられる。

 一般人や毒に慣れた玄人の嗅覚だって誤魔化せるほどの無味無臭であるはずなのに、毒の香りがするとは如何に。仙人気質の抜けきらない麗人に、凡人であるならば、そもそも毒なんて物騒なものとは無縁だろうから気づけないものだと指摘しておく。

 それ以降はタルタリヤの服毒事情に気づきながらも、物言いたげに柳眉が歪むけれど何も言わなくなったのは可笑しかった。そこまで、という気持ちである。

 契約内容に不備はなく、何があってもファデュイ執行官として氷の神様からの勅令を優先するという一筆もある。服毒事情もその一件だけれども、岩の国での仕事も手抜きするつもりはない。

 

 

「ま、安心してくれよ先生? 俺は約束は守る主義なんだ。」

「そこは……信用しているが、」

 

 

 そこまでの実績を積んだ覚えがなかったから、おやや、とタルタリヤは昏く沈んだ深海を瞬かせた。信用って、過去の実績や結果、記録などにもとづいて相手を信じることであり、それ故に客観的かつ明確な判断基準が必要なはずだ。要するに、評価の意味合いが強く出るそれである。

 

 

「興味本位なんだけど」

「なんだ。」

「先生ってどうしてそこまで俺を信用してくれるの? 会ったの、この間が初めてだろう?」

「ああ、公子殿は、璃月の為に到着してすぐに行ってくれただろう。自覚がなかったのか?」

 

 

 なあに、それ。一体何の話だと思ったが、黙ってにこりと笑みを浮かべておく。鍾離先生が望むような回答は出来なかったけれど、十分のようだった。

 

 石珀と似た色の瞳をキュルリと細めて微笑む姿は、凡人とかけ離れた姿をしていた。「失礼。」 タルタリヤは迷わず椅子から立ち上がって、わざと座り直す。聡明な鍾離先生は行動の意図にすぐさま気づき、軽い咳払いをして湯呑を手にした。

 これは、どうにか凡人の中で紛れるようにしてやることも契約の内だと割り切り、共にする夕食の限られた時間で知識を叩き込んだり、テストしたり、凡人の当たり前を確認しながら注意する方法である。あからさまな言動であれば契約の一部に引っかかるから、先ほどの行動もタルタリヤからの合図を送ることによっての注意なのだ。

 言葉にするなら、「目に見えてわかるほど非凡人しているよ。」である。あのように一言断ってからの行動は、すべてそのような申し立てだと思え、と先んじて伝えたことだった。

 

 

「せんせ、落ち着いた?」

「うむ。」

 

 

 タルタリヤが璃月の一定の知識を蓄えることが課題であるように、彼にもまた、課題があった。たまにこうして、凡人らしからぬ雰囲気になってしまうのが彼の抱える問題点である。

 記憶力が良くとも、大根役者。契約に関しては口うるさくあるのに、細々としたことは好きだと思ったがアテが外れてしまったのだろうか。ああ、でも、庇護を敷くお兄ちゃん側から、庇護下に置かれる側の弟になったのだと思えば戸惑うのも無理はないのかもしれない。まだお世話を焼かないといけない相手(カミサマ)が居るとは言っても、箱庭の守護者から抜け出すために準備を進めてるのだから、ふとした瞬間に気が緩むのだろう。

 かつて昏きどん底から生還した少年時代のタルタリヤを襲った兄姉たちの溺愛。実家に居座る彼らのおかげで、タルタリヤは弟としての自分を認めることとなったのだ。

 

 

「鍾離先生は、」

「何だ、公子殿。」

 

 

 元をたどれば、弟妹たちが生まれるまでは末っ子時代が多かったので。―――家に居なかったから実質一人息子のような状態だったけれど。町中の人たちからやたらと可愛がられて育ったので。甘えることの何とやらは知っているし、甘やかされることへの抵抗感もなかったが。

 要するに、鍾離先生にとっては今がそう(・・・・)なのだろう。あの頃の甘やかされることに驚いてしまった少年の頃の自分と。

 

 

「自分を凡人だって言うなら、早く守られる側に慣れようね?」

「う、うむ。」

 

 

 だから、と云うわけではないがタルタリヤは世話を焼く。生来の面倒見の良さもあるけれど、他人事とは思えないような気がして。―――好かれてるのは良いことだし、嬉しいことだし、善いことだけど、堕落してゆく己を自覚するのはなかなかに()るものがある。

 生まれながらに凡人であるから馴染むのが早かった冬国の子どもに対して、生粋の人外である先生には土台が違うから馴染むのにも時間が掛かるのだろうけれど。

 

 得も言われぬよう眉間にしわを寄せた鍾離先生の様子から、そんなことを一度もされたことがないのだろうとタルタリヤは判断した。不慣れなそれに戸惑うのは、群れとはぐれた長レベルの動物のようである。

 普段は強気なようで、こう言った面ではかなり弱気でポンコツ気味な長男を思い出した。どうしようもない兄貴のような感覚は懐かしくて、弟気質と兄気質を並走させるタルタリヤは仕方なしに肩をすくめる。しょうがないからあの兄貴のように面倒見てやってもいいと思えてしまうのだから、故郷の実家に置き去りにしてきたはずの世話焼き気質は健在だった。

 今回は大きくて摘まみやすいものばかりで助かった。「ごちそうさまでした!」 贈り物と称した高値の買い物をさせられたお箸をちょん、と箸置きとやらに乗せて手を合わせる。稲妻で教わった挨拶で食事に終わりを告げ、今度は違う意味を持たせて両手を弾く。

 パン、と軽快な音がした。妙に空気も軽くなったような気がする。拍手はなんか、悪いものを払ってくれるとか言ってたし、食前と食後にやる手を合わせる挨拶は、稲妻では縁起のよい挨拶なのだろうとなんとなしに思った。

 鍾離先生から視線を受けたことで、さらに、にまりと悪戯小僧の顔してタルタリヤは笑い、ピッと指先を立てる。

 

 

「一つ提案だ。」

 

 

 囁くように言って、食卓の上に身を乗り出した。

 いたずらっ子の顔をした公子は、内緒話をするように口の横に手を当てる。そうすると、腕を組んだままの相手が溜息をつきながらも合わせて耳を傾けてくれるから、タルタリヤは調子に乗って条件までもを切り出した。

 

 

「じゃ、まずは往生堂のお嬢さんが依頼を受けたっていう秘境に俺と行こう。もちろん、今の会話のあとだから分かっているだろうけれど、先生は最初から最後まで手出し禁止だよ。」

「それでは共に行く理由が分からない。公子殿が居れば十分なのではないか。」

 

 

 確かに秘境を調査ないし攻略するだけならば、タルタリヤ一人で事足りるだろう。久しく大人しくし過ぎて、そろそろ身体を動かしたいという気持ちもあった。

 それなら、璃月港で運命的な出会いを果たした秘境に立てこもって遊び尽くす。そこは何度入ってもタルタリヤが望むような強敵と出会える素敵な秘境だったから、今の今まで部下を泣かせずにストレス発散の場となっていた。……そう言えば、あそこも噂の黒色の門だけれど。もしかして、いわくつきだったりしたのだろうか。

 手段がなくても探し出すだけだが、物理で倒せる相手であるならわくわくしちゃうね。ならば、尚の事、一人で大暴れして楽しかったと笑えるように全力で立ち回るのがタルタリヤなのだが。

 

 

「調査を頼まれたのは先生だし、これは先生が慣れる為でもある。何より、―――秘境の調査なら俺も遠慮なく暴れられるしね!」

「ふ、暴れる為の口実に俺を使うか。」

 

 

 先の会話の上で、鍾離先生に守られることに慣れてもらうには丁度良さそうな環境だとも思ったので提案したことでもある。あくまでもメインは、男の方なのだ。

 

 

「先生の訓練でもあるから、もし手を出したら……そうだな……。罰にならなければ意味がない、なら一日、ファデュイで璃月の貿易に関する歴史講座をしてもらおう。」

「俺にとってそれは損害ではないが、いいだろう。契約成立だ。」

 

 

 氷の女皇曰く、遠回しの契約を結ぶと爆発を引き起こされるので注意するように、とあったからある程度の計画と情報を開示したが、それが功を為したようだった。

 この真っ直ぐな契約内容の裏を取るのは簡単ではあるが、タルタリヤからの純粋な気持ちでの提案である。「契約って、先生それ好きだよね。」 呆れたような表情をした彼の性格上、どちらかと言えば自由気ままな冒険者向きであろうに、それでもファデュイに属する理由や意味がまるで分からない。

 しかし、過激な欲求を満たす為には丁度良くはあるのだろうか。タルタリヤは考え込むような仕草をした鍾離先生を放っておき、伝票を抜き取って先に会計を済ませる。どうせまた財布なんてものは持ち歩いていないだろうから、全額タルタリヤ持ちで。

 そろそろ真剣に財布を持って歩く練習もさせてあげるべきだろうか。正直、成人男性の形をとっている相手にそこまでしたくないなぁ。なんて考えながら、秘境の件を詳しく聞くべく石像のように梃子でも動かぬ考え込む様子の鍾離先生を連れて往生堂へと向かうのであった。

 

―――……

 ずるずる、ずるずる。石像を引きずるように成人済みの男性を引きずって歩くこと数分。

 目的地まで連れて、というよりは引っ張って行くこともできなくはないが、疲れるのだ。ううん、弱気、でもなんだかな、と葛藤も数秒の間でさすがにこれは妙だな、と思ったタルタリヤは背後で腕を組んだまま微動だにしない石造のような男に声を掛ける。

 

 

「……せんせー、そろそろ自分で歩かない?」

「先生……?」

 

 

 往生堂で依頼の詳細を聞く前よりも前に、石造をどうにかしなくてはと日陰を作ってくれる木の下でせっせと声をかけて。

 そのうちに、タルタリヤは一人の老婆に出会ってお爺ちゃんお婆ちゃんの聞くことになった。俺別におじいちゃんおばあちゃんの相談所じゃ、ないんだけどな。故郷のマルファたちを思い出すようで強く出られなかったことが、より労を要した。

 

 

「あなたはもしや……」

「え、知り合い?」

「いや、……」

 

 

 隣に連れる男を見て、老婆は驚愕して、そうして何か納得したように壺をくれる。不思議な気配をするそれを反射的に受け取ってしまって、満足そうに笑う顔が故郷で慕うお婆ちゃんのようだったから返すに返せなくて、壺を抱えたまま当初の行き先へと足を向けた。

 テークン、とは正しくは「帝君」なのだろうと。直属の部下でありながら秘密を漏らさぬよう契約を交わしたのは鍾離先生である方なのに、うっかりでは済まされぬ返事から会話まで遂げる。

 タルタリヤの努力もむなしく、凡人なりのフォローはことごとく泡と帰した。あまりの出来事に、何かをしようとしてるってことが伝わっただけでも気の持ちようはあるんじゃないかな、とポジティブに解釈するしかない。

 

 

「契約違反……」

「した? のは先生でしょ。俺は知らないよ。」

「うむ……では違反ではない……」

 

 

 正体を話さないという件の契約は、きっちり守ったし守ろうとしたのに。タルタリヤからのじっとりとした眼差しに、鍾離は肩をすくめて目を逸らした。

 一般的に凡人(ぼんじん)または、庸人(ようじん)とは、優れた性質を持たない人とされている。その為、璃月港の葬儀屋・往生堂に客卿として籍を置く博識な鍾離先生は、とっくの昔に非凡人であった。

 それでも拘りはあるらしく、身分を捨てずに凡人となるにはどうしたら、と質問に対して、タルタリヤは呆れかえって平々凡々な人間生活を教える運びとなったのだが、これまた酷かった。

 仙人らしき人物の方が理解あるってどうなの先生。ピンばあやから貰った壺を見下ろしながら困惑した表情でタルタリヤはそう言った。

 

 これは仙人からの折り菓子のようなものである。謎の壺は、鍾離先生の面倒を見てくれたお礼として、今まで支払ったモラやおそらくこれからも掛かるであろう今後のモラを見越した報酬だと渡されたのだ。所謂、保護者からの感謝と謝罪。

 それを受け取ってしまったら、途中でほっぽりだすなんて真似は執行官の中でもわりと真面目な性質であるタルタリヤは無視できなかった。だからこそ、口酸っぱく注意するのである。

 

 

「あってはいけない人物が居るなら、そっちから教えてくんなきゃダメだろ。俺は先生のこと全部わかってるわけじゃないんだから。先生の仙人(同僚)相手なら、と、く、に。ファデュイ相手だから会うことがないってタカくくってたんじゃないの。」

 

 

 あっさりバレて、あっさり挨拶を交わしたのは男の方である。

 なにごとだ、と慌てながらも誰か似た人なのかなだとか、この人はただの凡人なんだよだとか、フォローまで挟んだタルタリヤの努力は無に帰した。なのに契約違反とか。もう知らねえ、と棘の混じった表情でそっぽを向く。

 事実として、そこまでやらせておきながら「久しいな」と宣ったのは男の方であった。挨拶をされて泣きそうな声で名を呼ばれては、無下には出来なかったのだろう。

 縛り付けられるの、俺キライなんだけど。壺を受け取ってしまった以上、ここで拗ねるポーズだけでもしておかなければムカムカが収まらない。途中まで教えたのだから、無責任に投げ出すなんてことするつもりはなかったが、今以上にそれが出来なくなった。

 人間歴0歳児のとんでもベイビーがある程度のレベルになってお別れするつもりだったが、手元のこれを見るにハイサヨナラではつりあいが取れないだろう。タルタリヤは真面目だった。

 まあ、凡人が何たるかを教える為に今から秘境に向かうわけだけど。保護者によろしくと言われて送り出されたのだから、とりあえずにっこり笑って壺のことを尋ねる。人ならざるものからの贈り物だし、正体不明のままにしておくつもりはないのだ。

 

 

「それで、この壺なに。花でも生ける為のもの? 花が光ったりするの?」

「い、いや、……こほん。それは家だ。」

「……なるほどね。」

 

 

 困ったような表情をしたまま、これまた非凡人なことを宣うものだからタルタリヤは強引に話を逸らすしか出来ない。とん、とん、と軽く指先で腰にぶら下げた神の目を突くと命の片割れが飛び出した。小さな鯨だ。

 彼が大きく口を開き、ばくん、と壺を呑み込んで姿を消してくれる。タルタリヤが大事なものと認識したら、ああして持ち運んでくれるのだから大助かりだ。

 

 

「……―――先に秘境に行こうか。ここで話すようなことじゃなさそうだ。」

「いや、ピンが仙術で結界を張ってくれたから会話が外に漏れることはない。公子殿が懸念するようなことは何も―――」

 

 

 話を一旦切り上げる合図だったのだが、それには及ばんと不思議なことを言う。動揺のあまり往生堂のことがすっぽ抜けた。

 凡人が出来ることの範囲を教えてくれと言ったのは彼だろうに、こうして非凡人の日常を大胆に晒してくるのは、如何なものかと思った。そもそも凡人ってね、壺を見て家と呼ぶことはないんだよと温かな眼差しを向けて。それが出来るのは仙人やら修行を積んだスゴーイ人であることも付け加えて。にこり、と微笑みながら、もう正直隠す気ないだろと白けたように言った。

 どうやら仙術が絡んだことは、基本的には非凡人の類のものであるため口外にするなら十分に気を付けるようにと注意したことは雀の涙程度も役立てなかったようだ。

 

 

「普通ね、年下であるはずの鍾離先生はピンばあやのことをピンばあやって呼ぶはずだし、仙術を掛けられたってことも俺みたいに分からないはずなんだよ。あと俺の懸念って言うけど、先生の、の間違いだろ。俺は先生が凡人じゃなくても困んないし。」

「……うむ、」

 

 

 自分たちは契約をしっかり守って違反する気もまったく無しとアピールした。凡人の練習をするあまり、そこらへんの感覚がゴッチャになってしまっているのかもしれない。

 無理のない感覚で、無理のないように少しずつ変化を迎え入れることが出来れば、彼も普通の人をなぞる程度のことは出来るだろうに。「焦りすぎだよ、鍾離先生。」 仙人からやたらと慕われた様子の男は目を惹くはずなのに、誰の目も来なかったからピンばあやとやらも彼の行動には思うところがあったのかもしれない。

 

 

「会話が漏れないって断言したから言わせてもらうけど、ファデュイは何一つとしてあなたの正体に触れなかったし、関わるようなものは遠ざけたはずだ。俺から言えるのは以上だよ。」

 

 

 鍾離先生の友好関係によって生じる弊害の件は、本人が不要だろうからとちっとも聞くことが出来なかったから発生したものである。タルタリヤはざっくりと斬りつけるような言葉をぶつけて、強制的に会話を終了させた。

 当面のスケジュールを組み立て直す為でもあった。今回のことで重要性は身にしみて理解できたことだろうし、その辺りの擦り合わせは後日、行うことにしたのだ。

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