白刃の流星   作:夜鷹ケイ

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29.黒門の秘境

―――往生堂からファデュイ執行官・公子への共同捜査の依頼が発生した事件(発端)は、北国銀行の璃月支部へ公子が着任する数ヶ月ほど前まで遡る。

 

 

 

 璃月港の船着き場に、突如として黒い門の秘境が現れた。原因は不明。状況も不明。

 唯一の手掛かりと言えば、発見者である漁師の一人が、毎日行うルーティンワークの中で、ふと気づけばそこにあったのだと証言した。冒険者協会へと報告をあげたのだ。

 当たり前のことながら、未開の土地を、未知なる存在を、解明するために危険を冒してまで探検する者。それこそが冒険者の本懐であるために、報告が上がると同時に冒険者協会は秘境の調査部隊を編成し、周辺外部から内部に至るまで調査に乗り込む。

 もちろん未知なる世界の開拓は、冒険者の十八番。出現場所が璃月港の船着き場であったことも起因して、想像をゆうに超えるほどの冒険者が内部の調査を名乗り上げた。

 

 これはすぐ調査結果が出そうだ、と期待に胸を躍らせたのは最初の方だけである。

 未知の秘境なだけあって、秘境の探索には精が出たのけれども、普段と変わらずちょっとだけ難解なパズルのようなものだろうと。そんな甘ったれた考えは数日のうちにひっくり返り、それなりの犠牲者が出てしまった。

 中には、婚前間近の冒険者も居たし、病に伏した妻を遺した冒険者も居て、冒険者協会の認識は絞られ、責任者は代替わり、そして民間人たちの間では想像による地獄が広がり阿鼻叫喚。

 

 往生堂のお嬢さんが葬儀の依頼を受けたのは、そんな波乱満場の地獄の最中であった。

 璃月出身の冒険者たちは契約を結んだ以上、彼らが望んだ通り往生堂にて送葬儀式が慎ましやかに執り行われる。棺の中に遺体を横たわらせるために犠牲者の大半を悲惨な状態のまま受け入れる運びとなり、鍾離先生とお嬢さんは冒険者たちの状態を直視することとなった。

 あまりの状態に嗚咽が漏れたのは一瞬で、あとは根性。彼女は幼子の頃から死に触れてきたからか、そう言った所謂オカルト関係には滅法強かった。

 だからこそ、お嬢さんは一瞬目にした状況を悪し様に感じたのだ。境目をあやふやにしたままにしてはいずれあの秘境は璃月を飲み込む、と亡骸にまとわりつく妙な気配を見据えながら冒険者協会へと報告にあげた。

 往生堂の客卿として名を馳せるようになった鍾離先生の後押しもあり、由々しき事態になったと冒険者協会では大騒ぎになったそうな。

 

 冒険者協会を通して往生堂へ仕事が舞い込むのは、そう言った死者や人ならざるものへの見識を求めてのことでもあった。彼女からの報告を受けた冒険者協会は、これまでにも何件もその面でお世話になったことがあるから速やかに秘境の調査を命じる。

 

 

「そうして秘境解体の依頼を引き受けて数多くの者が挑戦し、命を落としました。」

「へえ、」

 

 

 今度は、内部の調査ではなく、外部の徹底調査であった。

 秘境の噂話や関係すること、生還した冒険者たちへの聞き込み調査、情報の総まとめから歴史を洗うことまで多岐に渡っての大規模調査の開始。

 その後も増えるばかりの顔なじみの冒険者たちを見送る仕事は年若き少女には重すぎるのではと思われたが、顧客の入り様に帽子で顔を隠しながら生命の門出を祝う日だと言った彼女は、誰がどう見ても立派な堂主であった。

 しかし、事実として、璃月港に現れた黒門の秘境は、人々の常識を覆すように今まで幾人もの冒険者を食らってきた。

 

 

「そもそも秘境って、そこに座する異界の門なんですよね。少なくとも自発的に誰かを呼び込み、中へ取り込んだ、なんてことは今まで事例がありませんでしたし、わたしとしても見たり聞いたりした覚えもありませんでした。」

「だろうね、スネージナヤでもだよ。」

 

 

 秘境は更なる血を望んでか、近くを通る人々を飲み込み始め、本格的に天権が駆り出されて緊急の依頼書が作り出されたのは、公子が視察に訪れた日の数日前である。

 生存者は、その場で辛うじて生き永らえたとしても、数日を過ごして夢が醒めたと言って溶けて朽ちる。キョンシーにすら成れず、ゾンビのように腐り落ちて。

 けれど、恐ろしき存在となったそこは禁止区域として璃月全土で知られることとなったのだが、北国の公子がそこを一括購入したことで風向きが変わった。

 

 

「うん、俺?」

「そうです、そうなんですよう!」

 

 

 すごかった、すごかったんです。ぜひとも見せて差し上げたかった。お嬢さんは前のめりに花弁の浮かんだ瞳をきらりとさせて、興奮気味に両手に拳を握ってぶんぶん上下させる。

 

 公子タルタリヤが目を付けたのは、港側から璃月という町が一望できる町中にある旅館の一角である。町中でありながら町からそこそこ離れた場所にぽつねんとある大きな土地は海辺の優良物件でありながら誰も寄り付かず、見るからに格安。

 安くて場所もよいけど訳ありかな。などと富者に相談した上で、妙な表情を浮かべた散兵の勧めで一括購入したそこは、現在では公子お抱えファデュイ兵士の兵舎である。

 

 ぽん、とモラを景気良く支払ったファデュイの若造に土地権を売ったのは、あの土地を抱えたままで不安がる不動産屋の親子であった。

 

 契約完了後、そこだけが、一瞬にして氷で閉ざされて、誰もが何事かと思った。久方ぶりに人肉を食えると荒ぶる秘境の呪いだとも思った。けれども、足を運んだ公子は「なにこれオプション? 取っ払ってくれても構わないよ。」と平然と言って。確かに出自は冬国だからうれしくは思うのだけれども、と不動産屋相手にコメントまでして。

 氷を邪眼で砕き、何ともなく満面の笑顔で工事を担当する職人たちを募って、彼らは何事もなくファデュイ用の宿舎を建てて。時間がどれほど経過しても、やっぱり何ともなくて。岩の国での滞在期間中は終始健康状態だった公子は、帰国してからもやんちゃに過ごされたと言う。

 まさに天の思し召しだと囁かれるようになった。人身御供の考え方の誕生だったが、公子を迎え入れたら安全に過ごせることに気づき、不動産屋は大損覚悟であらゆる条件を飲んで行った。

 不気味な土地を不気味であると伝えぬまま不動産屋はそれを手放せたことに安堵し、それを小耳に挟んだ天権―――並びに七星が責任を感じ、公子限定ではあるが、タルタリヤとのやり取りは全て前向きに検討することとなったのは余談である。

 

 

「通りで優しかったわけだ。」

 

 

 当のタルタリヤはそんな裏話をドン引きしながら傾聴し、通りで簡単に買えたわけだと納得すらしてみせる。眉を落とした往生堂のお嬢さんに何を言うでもなく大人の対応をしてみせたことで、彼女からの信用は得られたようだったけれど。

 他国の公務員を、ましては外交を結ぼうって相手に現在の璃月は人身御供に利用しようとするのだと認識であちらさんの弱みを思いっきり握ってしまった。あとで報告したらきっとエカテリーナやアンドレイは怒るだろう。

 誰がどう言おうがファデュイ執行官はスネージナヤから発信された情報通り、かの国の公務員の一角を担う重役で、言うなれば外交官のようなものでもあるのだから、タルタリヤが受けた一連の境遇は”ただしく”国際問題である。スネージナヤ側の抗議はもちろん当の本人のあずかり知らぬところであるが、何なら淑女様や散兵様もお出でになるだろう。

 公子様のお仕事に追従する記録係は遠目になる。あの不動産屋、璃月だけじゃなくて冬国でも取引禁止令がひかれるぞ。終わったな。終了した企業の断末を予感した。

 

 閑話休題。

 

 それが、公子タルタリヤが璃月港へ赴任する一年前の出来事のことである。

 タルタリヤが赴任してからは凍ったままであった秘境は解け、しかして、璃月という国が言うようにあの秘境が通り魔のように近くの人を飲み込むような異常性は見せなかった。ふらっとジムに通う学生のような気軽さで、ふらっと秘境に立ち寄っては鬱憤を晴らしてきたからだろうか。

 とどのつまり、鍾離の言うタルタリヤが璃月に立ち寄ってすぐに行った”為になること”とは、秘境の抑制であったのだと秘境の入口までやって来て、ようやっと理解したのだ。

 

 

「ここ、あそび場にしてたや。」

「ある程度の力を戦って放出させることで異常性が軽減された。おかげでまだ、あれは人の世の異常として片づけられる範疇にある。流石は公子殿だ。」

 

 

 方々から危険な地域ですと説明されても「あの訓練場、そんなへんなとこだったんだ。」と言ってのけるだけのことはあって、緊張感はまるでなかった。

 人を飲み込む秘境なんだよと言われても何のその。内部で暴れまわったことのあるタルタリヤはあそこが壊せる場所であると知っているし、調査とは名ばかりで壊しまわってよしと璃月人から正式かつ厳重な依頼を受けての、正攻法の破壊権利を得た無敵状態であった。

 最初は暴れられるだけだと思ったのに思わぬ収穫だ。人間じゃないものと戦えるかもしれない、むしろ戦っていたのかも。ほくほく顔で秘境の周りを一応は調査してみたが、何もなかった。

 

 

「さて、では入るか?」

「そうだね、周りには何もなかったし入ろうか。」

「ほ、本当に入っちゃうんですか…?」

「何もなければすぐ出てくるよ。…と、お嬢さんは一応、エカテリーナと一緒に外で待機しててくれよ。いざとなったら鍾離先生だけでも放り投げて、秘境を(ここ、)破壊(コワ)してくるからさ。」

 

 

 タルタリヤは平然ととんでもないことを言ったが、事実として秘境を内側から破壊したことのある実績の持ち主であるとエカテリーナはなんでもないように首肯した。

 淑女から引き抜かれたはずの彼女の心の内側では、流石は我が国が誇る公子様ですと称賛の吹雪に覆われているとは感じさせぬポーカーフェイスっぷり。秘境に入る背中を不安げに見送る往生堂のお嬢さんに、当時のことを嬉々として語りだしてからは飛んでしまったが、結果としては緊張感や不安を和らげることに成功したので良しだろう。

 

 

―――…

 秘境に入ると、まるで物語の中であった。

 夢の世界で旅をして最後まで物語を演じきれば脱出できるという摩訶不思議な空間。出来なければ物語の中で物語のように死んでしまうことから、「夢死(むし)の秘境」と呼ばれるようになった秘境の内部に彼らは居た。砂埃を払うように立ち上がり、タルタリヤは辺り一帯を見渡す。

 

 

 

―――入りはいつもと変わりなく、水の中だった。

 

 

 

 唯一脱出できた冒険者曰く、摩訶不思議な乗り物の上で化け物がゆっくりと人数を声に出して、ゆっくりと自分のところまで近づいてくるようなものだったという。

 それでどうやって脱出できたのかと言えば、ただ「夢から醒めた」からだと。おそらくその感想も絡めて、冒険者協会は名前を定めたのだろう。ごぼ、と水の中に入るような感覚に往生堂の客卿は体を強張らせ、すぐさま陸地へと押し出されたことで肩を撫で下ろした。

 原因となったのであろう子どもは生き生きとした表情でありながら、器用に視界を塞がぬようばさりとタオルを頭からかけてくる。

 おもちゃ箱を開けた子どものような表情で震動を前に、きたきた、と弓を構えた好戦的な性格を隠しもしない少年のような青年を制止し、鍾離先生は言った。比較的温暖な環境下にある璃月でこの白雪が積もったひやりとした空間は、璃月ではありえないことであったのだ。

 

 

「……ところで公子殿が入った時、普段は何が見えていた?」

「何がって……」

 

 

 タルタリヤと鍾離が門の手前へ足を踏み入れた瞬間、秘境の内部に入った。これは、確実な話だ。秘境の中ではひやりとした空気が頬を撫ぜている。

 あったとしても、精々しとりと頬を濡らして溶ける程度。足跡が残るほどのそれは、国境にあるモンド側の領土ドラゴンスパインのようであり、空気を吸うたびにキリリとした感覚で引き締まる北国のようであり、とにかく璃月の空気ではなかった。

 円形状の大理石で作り上げられた床。部屋の隅に降り積もる白雪。白く溶ける呼吸。戦う為の場を囲う水のドーム。だが、これをぐるりと見渡してタルタリヤは「いつものことだね。」と平然とした様子で言う。

 

 

「え、……ん-、雪山のボスとか。毛むくじゃらの雪男だとか。そんなのばっかりだったよ。璃月では珍しいみたいだけど、秘境は冷たかったから生息自体はしてるんだろ?」

 

 

 他の冒険者たちが報告したように秘境から出られなかったこともなかったし、彼女が言ったように幻覚に掛ったこともなかった。

 あそこに入ってすぐ出会えるのは、血を求めるような敵だ。タルタリヤが望んだような強敵であった。秘境は不思議な場所だからと柔軟さと言うのか、純粋さを見せてくる辺り、彼の根本的なものは一度たりとも此処で崩されたことはないのだろう。

 強者を求めるタルタリヤにとってまさしく都合の良い世界。―――夢のような世界。なるほど、入った人物の想像に左右する秘境ということのようだ。

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