白刃の流星   作:夜鷹ケイ

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こどもが少年を拾う。


3.子どもの拾い物

 雪原での任務だなんて最悪だ。少年は言葉を吐き捨てるように言った。地の底から這うような声色に後ろで部下が震えようとも一ミリも気にしなかった。自分の目的の為だけに、世界に名を馳せる組織へ身を寄せただけなのだから、どうでもよかったのだ。

 あの組織を止まり木だなんてとんでもないことである。ただ退屈しのぎの一つとして身を寄せたにすぎず、執行官としての職務を果たせなどと言われる筋合いもなかった。お互いが利用し合うだけの、利害が一致しただけの、そんな関係であるというのに。まさしく「神の傀儡」である己を、まるで我が物顔で使おうとするアレらの存在が全くもって不快であった。

 

 そもそも、アレらとて、冬の頂である彼女を除けば、風が吹けば倒れてしまうような雑魚ばかりである。次代の■である己がわざわざ顔を出してやった事実以外を望むのは不敬というものだ。

 よりにもよって、氷の神の代理人―――執行官の第一位が寄越した任務は、一兵士にでも出来るような雑務であったこともまた、”少年”を苛立たせる要因となった。不平不満を辛辣に吐き捨てながらでも、”少年”は任務を遂行する。ひとたび口を開き音を乗せるのは、どれもが悪辣かつ辛辣な言葉だ。それは此処数百年の間も変わらぬことだった。

 だが、そんな性格をしていても、彼の仕事ぶりからは生来の真面目さと言うものがハッキリと目に見える。だからこその任務であるのだろうけれど、それを理解する為の思考は”少年”にはない。

 氷の神が誰よりも深く自国の民を愛し、人を愛し、それ故に、全ての害悪を排除する為に、愛する全てを斬り捨てようとすることすらも、まるで”不器用な人間の感情”のまま行動する彼女のあらゆる思考を、自ら不要なものだと斬り捨てたこの”少年”は理解出来なかった。

 

 他の人間たちよりも丈夫な身体を持つ”少年”は、昨日の吹雪で飲まれそうだった人間たちを任務の邪魔だと言って帰し、ひとりで巡回を続けた。吹雪の中を歩くのは至難の業であるが、そもそも人間ではない身はどんな環境にもすぐさま適応して見せるから、あの最後まで帰還命令を無視しようとした人間のそれは無用の代物である。

 しかして少年の考えとは裏腹に、部下の心配は現実のものとなってしまう。隣の国からやってきた暴風が雪国の空気を荒らした。そうして急に渦を巻き始めた雪の波に年齢とは釣り合わぬ少年を模した身体は容赦なく飲み込まれてしまったのだ。

 

―――…

 

 風をまとって崖から降り、町の中へと入ろうとした時のことであったから、咄嗟の機転で町への被害を阻止することには成功した。

 風元素を爆散させることによって事なきを得たが、受けた損傷は激しく”少年”を蝕み、ひとり雪の中へ。冷たく閉じた世界は、過去に経験したことのある”暗闇”のようであった。

 しかし、この程度なら荒れ狂う雪の怒りを拡散したばかりの力のほど回復できれば、自力で脱出可能になるだろう。よく人が口にする”凍えてしまう”ほどの寒さを訴えるのは温度感知機能ではないことぐらい分かっていたから、意識があるのも面倒なことなのだと身に染みて理解させられてしまったから。睡眠をとる必要はなかったが、”少年”は意識を閉じようとした。

 

 

「っあ……」

 

 

 思わず伸ばそうとした手が、ぎちりと音を立てて。まだ記録に縋ろうとするのかと、”少年”は己を嘲笑する。そんなものは捨ててしまえと瞼だけを降ろした。

 思い出しては苛まれるそれが「孤独」なるものであると教えてくれたのは、”少年”が生まれてから望んでも手に入らぬ「家族」という組織であった。はじめて出来た家族という組織が属する村という人間の社会は、「孤独」と対為す「幸福」も教えてくれて、朽ちることを望まれた人形の身に人と交流することの意味を見出させる。

 当時の無垢な己は物語の中にでも飛び込んでしまったのかと思ったほど、夢のような世界であった。あれはまさしく一時のささやかな夢のようで、故郷の花のように儚き幻想で。己も連れて行けと手を伸ばした先は、血濡れた地獄道と化した。幸福を知った後の孤独ほど「絶望」に濡れた世界はなかった。なんてことをしてくれたのだと謗りたくなったのに、その相手すらもう居らぬ。

 以降、”少年”の機能は過去の記録を反芻する。知識を記録するパーツでも損傷したのだろう。手に入らぬ幸福と、叩きつけられる絶望の苦しみを繰り返す。神が作りたもうた人形の身は、人間のように気を狂わせて楽になることなどできなかった。

 知れずと伸びた手は、そのままの形をとって降り積もる雪に埋もれる。「…やはり誰も僕の手を取らない。」本心とともにまろび出たあの日の弱音は、無意識のことだった。

 

 

―――…

 

 家に茶葉を運び込んだ子どもは、見渡しを良くする為に近くの雪を掻き分けた。家の裏手から伸びる森の入り口辺りまでをしっかりと掘り返し、踏み場を覆う白を退ける。

 不意に、ちゃり、と音がした。軽い金属のような、装飾品のような、それである。誰かが落としたものだろうかと子どもはシャベルを置き、すっかり暖かくなった手袋を外した。そして、露わになった景色と同じほどの色をした小さな手で音がした辺りを掘り起こす。何かが埋まっている感覚があったのだ。

 うんうん唸ってなんとか掘り返したそこには、”人型の何か”が在った。―――否、居たと言うべきだろう。

 冬に閉じたスネージナヤを旅歩くにはあまりにも軽装で、服からあらわになった肌から見える黄色じみた白さは子どもと同じほど真っ白に染まり、その体温はまるで金属のように冷たくなってしまっている。吐息や鼓動を確かめてみても、ピタリと止まったままであった。見える肌のそこかしこは傷だらけであったが、血のようなものと一緒にコードが飛び出して。……ただの人間じゃなさそうと感想を抱く。

 なら生きてるかも。改造人間というやつだろうか。また不思議な存在だと、己の内に棲む相棒(・・)を頭に浮かべながら、子どもはそのヒトを雪から掘り出した。

 

 

「どうしようかな、」

 

 

 家に連れて帰ったら、きっとどちらも(・・・・)驚かせてしまうほかに不安にさせてしまうだろうと常識はある。だから、子どもに与えられた秘密の部屋と称する、修行小屋に連れて行くことにした。

 あそこならば誰にも見られることはないし、そもそも家族は子どもが強くなるために行う訓練を怖がるから近づかれる心配もないし、―――何よりささくれたような黒猫のような少年が安心してくれると思ったのだ。まだまだ”少年”よりも小さな子どもは、身長で負けたとしても筋力には自信があったから彼を背にしょって計画通りに運び始める。

 子どもの内側で、相棒が彼の行動に喜ぶ声がするから少年を担ぐ動作は軽やかなものである。自分のことを褒めてくれる存在は、彼の命に根差す生き物がずっとそこに居たからだ。

 しかし、既にその行動が非常識であると言ってやれる人間は誰も側には居なかったから、よくものを拾うようになる。善きものであれ、悪しきものであれ、なんでも。だが、子どもが許容できる容量すべては、相棒のものである。おかげで大きくなっても双方の認識はゆうったりとしたもので周囲の胃を痛める要因となるとは誰にも分からぬことであった。

 しばらくは小屋の方で生活するのもいいだろう。弱った野生動物の世話は危険を伴うから、弟妹たちにも近づかぬよう注意しておく。聞き分けの良い弟妹たちは寂しがりながらも兄である子どもを見送ってくれた。

 こうして子どもは”少年”を拾ったのである。

 

―――…

 奪われてばかりだった頃の記憶が繰り返される最中、冬の紅葉が見えた。いつかの記録のように相手へ体温を分け与えるためだろう。子どもながらの声で鼻歌が紡ぎ”少年”の手を握りながら、もう片方の手で白い熱の息がくゆるコップを傾けて何かを飲んでいる。流石に飲むときには歌わないようだった。

 さり、と思わず確かめるように動かした指先は、子どもの手の感触をしかと受け取る。白く柔らかそうな手はそれなりに硬くなっており、努力家であることを伝えた。職人、というわけではなさそうだったが。

 ”少年”が初めて手にした自分のもの―――それと”似た色”が、”少年”を連れ出すゆめをみた。夢を見ぬはずの人形の、あり得ぬ妄想だろうと毛布を引っ張り上げようとして、視界を澄み渡る水面のような瞳で埋め尽くされる。「は?」思わず漏れた声は困惑に揺れてしまって、舌を鳴らした。妄想だと切り捨てようとした存在は、実在する子どもだったようだ。

 失敗した。怖がった様子もなく、ぴたりと額をくっつけて体温を測られる。子どもはのんきなもので「まだ冷えてるだろうか」と眉を寄せて、壁に引っ掛けられたハンガーから上着らしきものを引っ張って”少年”の肩に掛けてから言った。

 

 

「吹雪にやられたんだろう? 大丈夫だった?」

「は?」

 

「寒かったろう。しばらくここにいていいから、ちゃんと休むんだよ。」

「は?」

 

「あれ、聞き取りづらかった? それともまだ回復―――してるはずないか。もうちょっと薪も足しておこう。毛布は、要らなさそうだね。」

「は?」

 

 

 流れ続ける川のような一方的な会話だった。

 同じ言葉を繰り返す”少年”の様子に、まだまだ回復しきらぬ身だと判断したらしく、甲斐甲斐しく世話を焼いてくる。”少年”の正体を知らぬ人間の行動であった。

 

 

「はいこれ持って、うん、持てたね。これがココアだよ、ちょっと甘い飲み物さ。これでも飲んで内側から温もらないと。」

 

 

 耳を澄ませてもとくん、とくん、と子どもから一定の音がした。不審な人物を前に緊張した様子もなく、リラックスした様子で”ココア”というお茶らしきものを飲んでいる。

 長らく飲食に興味を示さなかったからか、”少年”の反応は遅れた。目を覚まして一言目から身を案じられて、暖かな空間まで用意した子どもの善良さが見て取れる。今すぐにでもその偽善者ぶった行動を吐き捨てて組織へと帰還しようとしたが、当の子どもはどこ吹く風。明らかに剣吞な瞳をする”少年”を前にして、「そっちに置いてるよ。」と、あっけらかんと言ってのけた。

 同じ飲み物を机に用意したと告げる子どもは、”少年”よりも小さな子どもであった。テキパキと要領よく、”少年”の世話を見る。大人顔負けの働きぶりだ。

 執行官あるまじき。”少年”にあるまじき。普段ならばしない行動だった。怒涛の世話焼きに懐かしさを感じたそれは同時に、口を一切挟ませてもらえぬこれには覚えがある。

 冬の池で探し物をしたときに”家族”から受けたそれだった。銀杏と紅葉を写し取った池のような髪色の子どもは、”少年”からの視線を受け取ると、にこりと笑みを向けてくる。相手を安堵させる為の笑みだ。

 だから、人間性を感じ取った”少年”は、自己修復の時間の暇つぶしだと思うことにした。ある程度の話を合わせて、人間と同じ治療期間を見計らって、元気になったふりをして出て行けば、問題なく終わる話だと思ったからだ。子どもの笑みに合わせて微笑みを浮かべようとして、しかし、視界の端で小さな火花が爆ぜたことで”少年”の表情は凍り付く。誤魔化さなければ、と強張った心は昔々に傷つけられた”少年”の弱音であった。

 

 

「あ、君が燃えちゃうかもって思って手当できてないんだ。手足の方はやったけど。」

「は?」

 

 

 同じ言葉がこぼれ出る。今度は意味を伴った言葉であった。

 布はよく燃えるから、と付け加えた言葉にさらに同じ単語が出た。コードの見える身体を、子どもは躊躇なく手当したと言ってのけたのだ。”少年”の手足に巻き付けられた包帯や、そこから漂う子どもの香りが同じだったから、その言葉が正しく事実であることが分かる。

 だからこそ、なおのこと分からなかった。人間という矮小なる生き物は、他者とは違う生き物を排除するか弱くちっぽけな存在であるはずなのに、何故、この子どもは手当して世話を見るまでに至ったのだ。

 ぐるぐると思考がまとまらず、俯く”少年”の額に子どもの手が伸びる。危機は何も感じなかったが咄嗟にねじ伏せようとして、綺麗に躱された。ひんやりとしたままの肌は、発熱した様子がちっともなくとも、”少年”を見やりながら子どもは言った。

 

 

「熱が出た感じはなかったけど、くすぶってる状態なのかな。体調悪くてココア飲みにくかった? 気づかなくてごめんよ。もしかしてホットミルクの方が良かったかな。」

「は?」

 

 

 意味のない言葉が再びこぼれた。

 狂った様子は何処にもない。ただ日常を当たり前に持ち込むような子どもであった。見てわかるほどの人外を―――人ならざる存在を目にしても恐怖を感じるどころか、怪我の心配だと。それを当たり前と言った。怪我をしたら痛いだろうなどと。思わず腹を抱えたくなるほど愉快で、不快な話だった。

 だが、このココアとやらも子どもからの”献上の品”として認識してしまえば飲めなくはなさそうだ。己の信者にはなれないにしろ、純粋無垢なその心は信徒の候補として考えてやっても良いかもしれない。

 手にさせられたままのそれを飲み干した。「あま、」顔を苦くすると「苦手だった?」と首を傾げられる。重力に合わせて子どもの頭を彩る夕焼けが、ふわりと揺れた。

 

 

「ああ、そうではないよ。驚いてしまってね。」

「そうなんだ?」

 

 

 空っぽになったコップを受け取った子どもは、おかわりは、と尋ねてくる。”少年”の身体は飲食が不要であった為に否を唱えると、ふうん、と言った。

 時間を空けて出てきたのは、コンソメとやらで味を付けられた野菜の煮込みスープだった。中に入った鶏肉の大きさはまちまちで、なかなか大胆なサイズのものもある。流石につながったままのものはなかったが、小さな肉はわざわざ後から切って調節でもしたのだろう。真っ白な頬をトマトのように赤らめた子どもは、「味は保証するけど、切り方を失敗した。」と呟く。

 かたんとテーブルに置かれたそれを見れば、ただ見せつけに来たのではなく、”少年”の為に持ってきたのだとわかる。子どもの手作りだということは来て早々に表情から察したが、北国ならではの食前の挨拶をして同じ机を囲む意図は理解できなかった。「一緒に食べた方が美味しいだろ?」ではない。目を覚ましてからずっと調子が狂わされたままだった。

 結局最後まで食事をともにした子どもは”少年”が寝付くまで一緒に居ることにしたようだった。食器を片付けてからというものの、秘密基地から出ていく気配がない。

 

 

「眠れそう? 子守唄でも歌おうか?」

 

 

 監視でもしてるつもりなのかと口を開きかけたところでの追撃。ただの世話焼きな子どもからの視線を遮るように、そっと目を閉じた。裏を探そうとすればするほど、”少年”の柔らかな何かが抉り取られたような気がしたのだ。

 子守唄の辺りで寝たふりをしたのに、子どもはバカな子だった。不要のアピールにも気づかないようなバカな子どもは、声変わりもまだ迎えていない柔らかく幼い声で音を奏でる。

 それは、海屑町では有名な冒険者と鯨の物語から派生した子守唄であった。ゆるゆると散歩へと誘ってゆく。さざ波が耳をくすぐり、水音が鼓膜を撫ぜて、泡が息を包む。不意に音が止み、一定のリズムで吐息が耳をくすぐった。”少年”はゆっくりと片目だけを開ける。”少年”が横たわるベッドの縁が温い。顔を埋めたまま微動だにしない子どもがそこには居た。

 

 

「お前が先に眠ってしまうの。…子どものくせに大人ぶるからだよ。」

 

 

 あどけない幼子の眠った顔を久しぶりに見た”少年”は、無防備な子どもを抱える―――ような真似はせず、作業の途中「風邪を引かれでもしたら面倒だからね。」と。

 ただそれだけのことなのだと誰に言うわけでもない弁明を虚無にして、風をかき集めて子どもの身体を運んだ。お前の献上品は、昔、小さな村で口にしたものとよく似たものだったから。受けた借りを返してあげただけだよ、本当にね、それだけなんだ。




※おいしいを引き出したかった子どもVSそもそも飲食ワカラナーイ少年
(活動報告書にあとがきあり。話のイメージ)
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