白刃の流星   作:夜鷹ケイ

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30.川のように

 夢死の秘境で死んでしまっても夢を見る間は生きられるが、夢から醒めてしまっては現実へ帰ってしまうと言うことなのだろう。つまりは、今までの生還者はすべて此処で死して、夢を見たモノであったということだ。秘境のそこかしこで蠢く影を見やりながら、男は更なる納得をした。

 そして、あの死者の執着のようなそれを公子タルタリヤは悉く対戦相手として同じ土俵に引きずり上げ、片っ端から完膚なきまでに蹴落としたと。

 

 

 

―――流れるように今も、また。

 

 

 集合した執念の塊をタルタリヤは肉が踊り血沸き立つような闘争によって斬りつける。自分が最も好む手法で、自分の魂が最も輝く手段で、ありとあらゆる存在を惹きつけて叩き落した。人ならざるものを相手取りながら、一度たりともそのまばゆき生命を散らすことなく。

 

 

「手応えが無さすぎるよ!」

 

 

 奇しくもそれは、まだ生きているのだと夢を見る亡者たちに、お前たちは死んだのだと現実を直視させる一つの手法であった。通りで堂主が有効だと感じるはずだ。

 すでに実績のある者の気配は違う。公子タルタリヤは無自覚ながら最も有効的かつ、良心的な手段を用いて悪鬼を祓っていたのだから、当然のことだった。ならば、すでに璃月を救われたも同然である。

 凡人たちが集っても解決できない怪異(・・)となる前に、集束させて終息させた手腕は舌を巻くほど。愚人衆に身を置く彼が相手でも、仙人たちの目が柔らかくなるのも無理からぬことであった。

 

 

「……先生、その目やめろって言ったよね?」

 

 

 じっとりとした眼差しが刺さる。

 仔狐の威嚇のようで可愛らしいなどと微笑もうとして、ちゃきりと構えられた双剣にそっと目を逸らした。鍾離の弁明を待つまでもなく不満を口にした当の本人は、弓から水元素を器用に操って作りだした双剣に獲物を変えて遊びを続けているのに器用なことだ。

 故郷で相対した魔物の方が強かったらしく、急所を何度も斬りつけて素早く後方へ飛び退き巨体が倒れ伏すのを確認している。

 

 

「こんなの、軽い準備運動さ。」

 

 

 何処かつまらなさそうに双剣をくるくるりと回して、背後から迫りよる巨体の目へ容赦なく突き立てた。雄叫びをあげながら突進してきた巨体を前に、軽くその場で飛び上がる。ごうっ、と遠ざかる背に向けて水槍の中腹で軽く押して。バランスを崩した巨体の揺れを利用して、タルタリヤは更なる打撃を与えた。

 槍を巨体の装甲に引っ掛けたまま己の身体を反転させて踵を思いきり振り下ろす。どごんっ、と鈍く大きな音を立てて巨体はゆっくりと崩れ落ちた。

 似たような動作ではあるが、どれもアドリブ。同じ動作など一つもない。相手や行動に合わせて変化を入り交ぜてタルタリヤは的確に相手を倒した。遺跡守衛の群れですらあのように数秒で瓦礫の山なのだから、確かに対峙したボスとやらもあんなものではなかったのだろう。

 自己シールドを展開し、突進してきたのは最初の一度きり。たったのそれだけで目を醒まさせる闘争本能の呼びかけをぶつけ、悲鳴をあげて逃げ始める相手には今までの笑みはどうしたのか興味を無くしたように視線の先から消して次の相手へ。

 

 

「逃げる? 構わないよ、俺は敗者に優しいからね。」

 

 

 タルタリヤの側にある岩陰に身を隠すように言われた男は、ひょっこりと岩陰から顔を出してはぎろりと深海の瞳に睨みつけられてモグラのように引き篭もる。

 それでも気になるそこをちらちら観察するうちに、タルタリヤは呆れたような眼差しを最後にちくりと刺してから遠距離戦から近距離戦へと変化をつけた。

 そうして遠距離戦が苦手だと言ったのは正しく、双剣やら槍やらへと持ち替えた途端にタルタリヤの動きは良い意味で、一気に変貌した。

 

 

「けど、卑怯者にはそれ相応の代価を支払ってもらう、よッ!」

 

 

 見たくなくとも思わず見入ってしまうような爽快感で溢れた戦闘っぷり。

 そもそも見なくてはもったいないとすら感じさせる生命の流動が映り込む。目を瞑っても聞こえくる武器や金属がぶつかり合う軽やかで遊ぶような音。その合間に、青年の楽しそうな笑い声が挟まれて、まるで一つの劇を見ているかのようだった。

 

 

「もっと俺を楽しませてくれ!」

 

 

 更なるものを望む声は、まるで遊戯で白熱する子どものようで。嗚呼、公子の名が相応しき青年であると鍾離は何度目になる納得を重ねた。

 眩いほどの生命の流動を見せつけ、妬む暇も挟めぬほど生きる世界の違いを魅せつけられる。嫌味なく、ただ己の在り方を叩きつけるようなそれ。己の魂に宿る力をぶつけて魔を祓う、祓い屋と似通ったものを感じる。

 あれでは惹きこまれてしまっては、秘境からに出るに出られんだろう。あの眩しさを、うつくしさを、見逃してしまうような真似はきっと出来やしまい。怪異になり切らなかった理由が判明してすっきりした。

 やはり公子タルタリヤは、到着してすぐ璃月の為の働きを見せてくれていたと改めて実感できたことも良かった。

 

 

「堪能しろよ!」

 

 

 香り立つ高貴な異郷のお茶出し。上質な異国の色彩は、人の心を掴んで離さない一級品だ。まるでその風味を楽しむかのように、鍾離はほうっと息を吐きだした。

 

 

 

―――こうして、黒門の秘境を倒壊させたそのビッグニュースは、瞬く間に広がった。

 

 

 

 璃月の専門家では対応しきれなくなった頃に、秘境に関する様々な見解を広めるためにスメールから学者が派遣され、スメールからも博士の息が掛かった記録係が召喚されたことを、当の本人であるタルタリヤが知ったのは全てが学者たちが撤退した後。

 すなわち、秘境跡地の完全撤退作業が終わってからのことだ。「成果は得られたのかな。」 自分の名前を使ったのに、自分が最後に知ることになろうとは思わなかった。

 ぶっすーっ、と軽いふくれっ面をさらして、すぐさま公子としての顔に切り替える。狼狽えたように言葉を詰める部下たちを見下ろしながら、台座に腰かけた公子は仕事の進捗を促した。子どもらしさを微笑ましさと捉えるか、機嫌を損ねたと恐怖のどん底に陥るかは、公子タルタリヤという執行官が抱える本質への理解度にある。

 促す上司に、言葉をつんのめらせる部下は後者であるのだろう。まだ理解には及ばず。ビクビク肩を震わせ、彼は似通った”異形”だとか”怪異”だとか呼ばれる存在の報告をあげた。

 

 

「それで?」

 

 

 黒門の秘境破壊作戦の一件より、部下の報告通り、何かしらの要因を期待されてか往生堂へ寄せられる怪異関連の相談は流るる川の水のように速やかに公子タルタリヤへと持ち込まれるようになった。

 本来ヒトならざる者に成り果てた存在を元に戻すには、魂をあるべきところへ還元する必要がある。専門家でもこまぬくほどに複雑かつ、慎重なものだ。

 相談を寄せる側の胡桃はそんなことを言った。「人手が足らないんです!」 だから助けて公子様!とSOSを冬の執行官へ無防備に寄せる彼女に、どうしてだか故郷に残した妹が頭に浮かぶ。断らないよね、と言わんばかりの自信とは裏腹に、瞳に宿るのは不安と心配。

 

 

「―――しょうがないなあ。」

 

 

 妹に甘いタルタリヤは、往生堂の若き堂主に対しても甘く対応した。年の瀬としては彼女よりも下だろうけれども、少なくとも自分よりは近しいのだ。

 やったあ。と華の宿った瞳を綻ばせる少女は、普段の奇々怪々とした雰囲気はない。純真な乙女のような表情を意外気におどろくのは冒険者協会の面々で、重役仙人の鍾離は人の子かわいいとばかりに微笑ましげである。

 

 それはそれとして! パッと普段通りの雰囲気を纏った彼女の具合に、商売上手だなあと感想を抱きながらタルタリヤは言葉の先を促した。

 公子タルタリヤによる亡者の葬送儀式が武人流に行われたとあげるべきだ。それをあっさり武人流で解決した彼は、とても貴重な存在であると言える。怪異専門家たちの間で保護する意味でも、上に報告するべきだろうと繰り返して切実な声で訴えた。

 なお、武人流と言うのは、ヒトならざる者に成り果てた存在を元に戻すことを専門家は「浄化」と呼び、その浄化と呼ばれる行為の過程で、祝詞を唱えるでなく儀式を執り行うでなく、刃を交えて行うそれのことを「武人流」と指す。

 つまりは、タルタリヤがとった行動そのものは、退魔で用いられる術の一種である。武を嗜む冒険者にとっては最高の最期となるだろうから、鍾離もまた、出くわすようなことがあれば巧みな槍術でもってして送ってあげてほしいと願われたそれである。

 一切の邪念のない刃は、やろうとして早々出来るものではない。だからこそ、本来の仕事以外のものも魂を相手にする往生堂へ舞い込んでくるわけなのだが、タルタリヤの刃は紛れもなく穢れなきそれであった。下手をすれば退魔士たちのプライドを根元からべっきりへし折るようなものでもあるのだが。

 仙人以外では久方ぶりに見る逸材。どうやら人外に届く刃が彼にはあるようだと、そう思った頃には彼は空間のすべての人ならざるものを惹きつけていた。

 

 何度敵を倒しても、何度転がされても、何があっても、何の声が聞こえても、そこに他のものが混じることがない。目の前の敵を倒す。強くなる。強敵を討つ。

 様々な想いを抱えながらも、すべてはそれに収束してしまう。だからこその、浄化の一太刀。白刃が煌めく瞬間こそが、救いである。なんて噂も広がりつつあるほど、彼の腕前はまさしく天下一品なのだ。

 そうやって度々、「保護をされるべき!」と声高に言うわりには、タルタリヤへ保護とは縁遠い事の発端となっているであろう”そう言った類”の相談を仕事として寄せてくるが。

 

 

「ふむ。公子殿ならば、ヒトならざる者にも太刀打ち出来るやもしれんな。」

「下がってろって言ったのに! 先生さっきから顔出したり、前出たり! あーもう、護衛対象が言うこと聞かないってのはよく聞くけど絶対こういうことじゃない気がする!」

 

 

 今もまさしく刃を雪原のように白く煌めかせ、鍾離へと近づく牙を撫でるように斬り落とした。記録係に鍾離を連れての仕事だ。

 若者の苦情には、けれども残念ながら護衛任務なんてものは、そんなものであると知るものが言えば思うだろう。

 公子タルタリヤはよくよく部下が零す護衛任務の苦労を、誤認したまま、ざっくりと正しく理解させられた。本当に護衛依頼なんてそんなものである、と他の執行官なら言うだろう。彼らは恐怖で縛り付けるが。

 本人としては、冬の、スネージナヤという故郷ではタルタリヤが如何に動きやすく、輝ける星のように”戦って頂けるか”というところに重きを置いていたので、やりやすかっただけなのだと事実は、きっとおそらくこの先も分からないままだろう。

 なんといっても、公子タルタリヤが故郷で護衛任務の辞令を受けるときは必ず女皇陛下のお膝元。スネージナヤ随一の大都市。雄鶏もとい、市長のもとで秘めやかに行われる『護衛のしやすさランキング決定戦』というトーナメント戦を勝ち上がった人間しか居ないという、公子様絶対主義者たちによる徹底ぶりなので。

 

 何も知らぬ子どもだと言ってしまえばヘソを曲げてしまうだろうから、経験のある鍾離はにっこりと綺麗に微笑んで無言を貫いてやった。

 凡人の大人は、子どもを傷つけない為に時として沈黙を選ぶのだと冬の子どもから教わったばかりだったから。そうしてそっと岩陰に立つと、異国の子どもは満足げな笑みを浮かべた。損なったはずの機嫌は見るからに上昇し、ニッコーッとした輝かんばかりの笑顔である。

 大抵の執行官たちは彼のあの顔を見ると、後方保護者面をする。人間の時を生きる少年は彼一人なのだ、無理からぬことだった。

 

 やりやすくなったとお礼を口にして、タルタリヤは再び乱雑とした戦の場に身を投じた。護衛でありながら、戦闘を楽しむ方面を強く出すあの子はきっと不向きなのだろう。

 しかし、攻撃のすべてを鍾離の方へと向けさせぬだけの技量があった。守られる―――とは違うのかもしれないが、タルタリヤの宣言通り鍾離が戦士として最前線に立つようなことは一切なかった。飛び交う流れ弾もすべて弾き斬る。任せきりに出来る存在とは、生まれて此の方、闘うことを使命とした仙人以外には思いつかなかったが、公子の彼も武に関する面であれば大丈夫そうだ。

 後ろ手に水の短剣を投擲した技術はまるで曲芸師のようだったから、常時ナイフのような短剣を装備しておくのも悪くないかもしれない。

 うまく合わせられたら、冬の空に輝く存在として讃えられることのある彼の戦いぶりをより一層際立たせることだろう。そういった面では、近くの老舗に展示されていた白雪のような肌の短剣は買うに値する。

 

 

(…凡人は日頃の感謝と相手に物品を贈る風習があるならば、それに倣ってみるか……。)

 

 

 数時間後、無事に依頼達成した。

 合法的に大胆かつ秘めやかに行われた公子タルタリヤのリサイタルは終わってしまった。見事な剣舞であったのに。秘境の内部に蓄えられた力のすべてを放出させることに成功し、秘境の内部からゆっくりと剥がれ落ちるように破壊できたのだ。

 目撃証言を得たばかりの黒門の秘境は、内部崩落とともに外側も空気に溶けるように消えてしまった。ギリギリの離脱になったが、それすらも遊ぶかのよう。水を発生させ、その上を川滑りの要領で流れ出たのだ。

 

 

「あー! 楽しかったあっ! せんせ、どうだった? ちゃんと護衛任務とか受けるの初めてだったからよくわかんなかったんだけど、守られてるって感じはした?」

「ああ、見ていて爽快な戦いぶりだったぞ。」

 

 

 にこにこと満足げに顔を見せた子どもに、これまた鍾離もにこりと微笑んで頷く。

 数千年単位のお爺ちゃんは外つ国の可愛らしい子どものはしゃぎっぷりにほっこりして、刃を揮うたびに弾けて還る魂の粒子を見つめて言った。

 

 

「実に見事だった。」

 

 

 それぞれ満足する結果を得られたと報告の為に別れた後、北国銀行のもとへ往生堂の鍾離から請求書が届く。「なんだこれ。」 予備のお箸だろうかと食器棚を見た。空きはまだまだあった。本当にナンダコレ。

 故郷の冬祭りでプレゼントを開ける子どものような手つきで慎重に包装をほどき、蓋を持ち上げると空気が抜けて擦れる音がする。

 ちょっと重めの蓋だった。「ナイフ?」 添え書きを確認すると品の詳細がある。つらつらと長く記された解説を根気強く読み解き、なんとか得られた文面曰く。歩く字引は健在のようだ。あとで勉強する。鍾離先生による解説日誌のファイルにそっと仲間入りした。

 白雪の肌をした軽くも鋭利な短剣のようで、投擲向きに数多く箱の中身はあった。よもや公子へ向けての暗殺予告かと思われて北国銀行ではざわめきが広がったが、ひらひらと見せた請求書の名前で脱力する。本当にただの贈り物だった。

 それでも添え書きで安心した一部は気を取り直して、さも当然ですって顔をするのが面白くて。「以前見た短剣裁きが見事だった。ぜひそれで舞ってみせてくれ。」なんて添え書きもなかなかに愉快であったとタルタリヤは食事の席で語った。

 

 

「まるでうちの爺ちゃんみたいだよ!」

 

 

 ザハールを思い出しながらタルタリヤである青年は、腹を抱えて笑って言ったのだ。嬉しかったのだと隠しもしない笑みを前に、それを見た璃月の住民もジジ孫の風景を切り取ったかのようでほっこりとした。―――どちらも成人した男性のガワなのだけれども。

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