白刃の流星   作:夜鷹ケイ

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32.あちらの窓口

 タルタリヤからの質問はすべて戦うことを前提とした尋ね方であった。武人流でのお祓いをした自覚のないタイプのお方でしたかと戦慄きながら胡桃は雇ったばかりの鍾離に「伝え忘れたね?」とじとりとした眼を向ける。

 眼差しを受けた当の本人はどこ吹く風だった。なんと無責任なんでしょうと言ってしまえば、監督する側である自分にも跳ね返って来るものだから呻きながら彼女は事のはじまりを語る。

 

 音信不通となった渡し守の女性からの返答を長く待ちながら、胡桃は根気強く渡し守へと手紙を送った。

 どの程度の規模のことで時間がかかりそうで、どの程度の作業があって人手不足なのか、仕事に時間が掛かるなら少なくとも人員を派遣しようと思ってのことである。そう言った情報をもとに派遣する従業員を決めるので。真面目でささやかなことにも気が利く渡し守のことだから、ほかの情報も添えてくれるだろうと期待もあったけれど。

 ただでさえ、従業員の少ない往生堂を留守にするわけにもいかなかったから、根気強くそれはもう何度も何度も。手が痛くなるほど送り続けて、今に至るまでやっぱり音沙汰はなかった。

 

 

(おっかしいなぁ……)

 

 

 三日ごとに手紙を送り、どれも無しのつぶて状況。

 あら? と思ったのは、此処が最初。確認のために派遣したオカルト面ではひよっこ同然の従業員たちからも似たような手紙が届くから。

 件の相手は往生堂の仲間たちとは同じ釜の飯を食った仲であったし、引き継ぐ前からの付き合いもあったし、胡桃のプライベートに程よく付き合ってくれるお姉さんお兄さんであるために。そのやり取りの繰り返しで彼女は一度は理解を示した。昔にも反省を促すために似たような出来事があったからという、なんとも言えない類の理解である。

 今よりもっと小さな胡桃の行き過ぎた倫理観を諫めるためのことで、今回も悪戯好きな胡桃のことを諫めるためのちょっと悪質な悪戯なのだろうと信じて、最近までは港町をあちこちを探し回りもしたのだ。

 それでも彼女の纏う香りひとつすら見つけられなかったから、彼女は行動を起こした。仕方なく新たに事務職を雇って往生堂の留守を預け、彼女が出張した先へと足を運んでみたのである。

 

 

「けれど、私が長く離れているわけにはいきませんから。」

 

 

 草をかき分けたり木の根っこの隙間を見たり、そこかしこをくまなく探してみたが、待てど暮らせど、お手上げ状態。成果なくして帰還を果たしたのが、つい先日の話。

往生堂へ顔を出した鍾離先生が「胡堂主」と声を掛けるまでは本当に何もなかった。―――と慣れ親しんだ気配を相手に他でもなく胡桃が、そう思い込んで(・・・・・)しまっていたのである。濃厚な生きる者の気配を背負って璃月に帰還してしまったのだと、そのとき判明したのだ。

 

 

「鍾離さんから指摘を受けて私も気づけたんですけど、確かに生きてるヒトの気配はあるんです。断言します。姿は見えないし声も聞こえないのに、それだけはあるんです!」

「なるほどねぇ……ま、一人分の気配(・・・・・・)ではないかな、とは思ったけど、」

 

 

 武人としての気質が、的確にヒトの気配を感知した。通りでタルタリヤがそこかしこへと視線を彷徨わせるわけだと胡桃と鍾離は納得し、彼の適正を強く見抜く。

 

 

「なんだっけ、―――”生霊”ってやつだっけ?」

 

 

 きょとりと深海を瞬かせるタルタリヤの言葉を、此の場の誰よりも璃月に息づく旧きを知る男が首肯した。

 

 

「そうだ、生きている人間の霊魂が体外に出て自由に動き回る現象のことさす。肉体から抜け出した霊魂がなるべく早く還るべき肉体に戻らなければ命の危険があるだろう。」

 

 

 死んだ者の霊魂であれば、往生堂を預かる堂主・胡桃の目に判別がつく。けれど、それが意味するのは、彼女の見る世界は此岸と彼岸の領域線が曖昧であるということだ。

 己が生者であるからか。側の幽霊があちら側への繋がりを遮るクッションになるからか。理由は分からないけれど、分かりづらくて。集中して探し続けるうちに、酔ってしまったのだ。かろうじて収穫できたのは、その体質で分かることだけ。つまりは、彼らの生死確認である。

 

 

「また、死した悪霊に取り込まれ、悪霊に力をつけさせる要因になってしまう可能性もあり、生者の心身に危害を加えてしまう場合もあるので早急な対処が必要だ。」

 

 

 それならば、と鍾離は何でもないように言った。仙人のような感覚を丸出しに、誤魔化すことも難しく感じるような発言である。

 

 

「生と死の境目があやふやになっている可能性が高い。迷い道、というのを聞いたことはないか? 凡人がうっかりヒトならざる者の領域に迷い込む空間のことをさす。」

「生死の領域ではなくて、ですか?」

「ああ、今回はおそらくヒトならざる者の領域だろうな。」

 

 

 今は従業員の安全面に目を向けてくれるおかげで、鍾離の発言に深く追及されることがなかったことが救いだった。なんとなく、博識を通り越してるような気がする。

 あとは自己責任でゴリ押しで誤魔化し続けてもらおうとタルタリヤは思ったが、胡桃の言葉で璃月では普通のことだと認識を改めることにした。

 タルタリヤにはその文明はサッパリである。だが、生死の境目があやふやであるならば話はすぐ終わることだった。とても簡単なことで、単純明快なことでもある。生きとし生けるものすべてに備わる本能を、ただひたすらに呼び覚ませば良い。つまるところ、命の危機を感じさせれば勝手に帰るだろうってことだ。

 

 

「……彼らの魂により強い生を感じさせればいい。境目があやふやなら、かえしたい方向に強く働きかけるのは当然のことだ、そうだろう?」

 

 

 戦場で意識を失った兵士たちを強引に叩き起こす際によく用いる手段である。身体を動かせなくても極寒のあそこでは意識を強く保たせるだけで十分だ。

 本能で生きる男、タルタリヤはそう言って。提案した側の人間であるため、言葉に責任をもってはるばる遠方まで足を運んで実行した。「逃げられるかな?」 ぱしゃんと弾ける水が数多の空間をしとしと濡らし、淀んだ空気をことごとく破壊する。彼らが危惧したヒトならざる者の領域を、此岸と彼岸を結ぶ境界線とやらごとぶった斬ったようだった。

 すでに秘境の一件で界隈をざわつかせた公子タルタリヤは、立て続けに解決した二件の大事件を以てして祓い屋としての名前がなぜか璃月で広がることとなる。仙人も驚きの働き者だ。

 

 

「見事です、公子様。」

「なんでだよ。」

 

 

 ええ、と困惑した声で唸る。往生堂の渡し守行方不明事件では、往生堂の渡し守のみならず、行方不明者であった商人や村人たちまでもを発見したのだ。

 新聞を広げながら、ぐでんと己のデスクに突っ伏した少年のような上官にエカテリーナは微笑ましさにえくぼを滲ませる。囚われの身であった彼らは死の恐怖を断ち切ってくだすった英雄様に心酔し、今ではすっかりタルタリヤ個人のファンとして部下たちと意気投合。熱狂的な信者を手にした公子タルタリヤは、その民衆たちによる熱狂ぶりを前に困惑した。

 

 

「公子様のお口座に全財産つぎ込ませてほしいし保証人にもなれるわ…」

「わかりみしかない。もう存在がマジ無理聖人聖君エンジェルって感じだよね。」

「あの柔らかそうな夕暮れの髪をモフモフしたいお!モフモフ!モフモフ!髪髪モフモフ!」

 

 

 なんだあれ。困惑した。

 

 

「え、エカテリーナぁ…」

「はい、公子様。」

 

 

 ぞぞぞぞ~~~っと鳥肌が立った。何事だ、なんだ、なに、なんなんだあれ。実戦経験もなく、まともに戦えるわけでもない相手を前に、戦士であるはずの身が全身でイヤだと訴えるのだ。

 正直触りたくもないし触れられたくもない。うげぇ、と嫌がる表情すらも狂喜乱舞として受け入れる老若男女の群れを前に、公子は恐怖した。人間として当たり前に感じる確かな恐れである。秘書を務める女性に救いを求めれば、嫋やかな微笑みとともに出迎えてくれた。

 

 

「あとはお任せ下さいませ。淑女様のもとで鍛えられたこの腕、とくとご覧にいれましょう。」

 

 

 近頃あんなのばかりが集まって来るからストレスを貯蓄する公子のメンタルゲージを理解して、頼もしいまでの言葉で暴れ回れる秘境へと送り出してもくれた。

 今後の参考にと思って申し出た、エカテリーナ曰くの「教育場面」は、見せてはもらえなかったのだけれど。「公子様が御覧になるのは、まだお早いです。」って言ったって、もうすでに成人したのに。成人したことだって少年だった頃のタルタリヤを知る彼女ならば、承知の上だろう。それでも周囲の兵士たちもコゾって「まだ! まだお早いです!」と言って止めに来る。

 気になることはあったが、タルヤリヤは刹那的な流動に突き動かされながら、穏やかなせせらぎに揺られながら、それでも相も変わらず冬国の執行官としての日々を過ごした。

 ファデュイであることを差し引きしても名指しで回される仕事量が増えたことには、器用に片眉を吊り上げて無言の抗議をする。ファデュイなので。ファデュイの執行官の一人なので。往生堂の従業員ではないのだから、勝手にあっち方面のお仕事のポストにされては困るのだ。

 

 あとついでに、北国銀行やアセルのおもちゃ屋などの入場に対する規制も張った。一目でも公子を見ようと集まる民衆たちへの警告であり、注意文の発表だ。

 あまりもの変わり種を前に公子タルタリヤが心の底から困惑し、璃月の民である以上はぞんざいに扱えぬからと気を遣うあまり撃退できずに戸惑ってしまうからの規制である。ファデュイ貿易の半数は抗議のために一度は港を閉じ、スネージナヤ貿易商人たちも品物と一緒に帰省した。

 璃月の民のために尽力する七星は泣いてもいい。璃月とスネージナヤ商人たちの間の溝が薄まるようになるまで、半年ほどかかってしまったのは余談である。

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