白刃の流星   作:夜鷹ケイ

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33.動く口実

 はてさて、執行官としての仕事も計画書を書き進める中、今日も今日とて摩訶不思議な異空間から人をすっぽり引っ張り出し、救出活動に勤しむ日々を過ごした。

 悪の組織で名を知られる幹部であるはずのタルタリヤは、英雄様だともみくちゃにされながら鍾離先生からの招待に応じることとなったのだが、今回ばかりは往生堂ではなく鍾離個人の依頼側であることを願ったのだけれども。

 

 

(今回は先生方面の仕事だったら嬉しいんだけどなー…)

 

 

 違うんだろうなあ、と頭に浮かべながらタルタリヤは万民堂へと足を運び、急遽行われた工事で増えた奥の部屋へと案内を受けた。その部屋は、最初はなかった場所である。

 べつにファデュイのイメージアップを図った覚えは一切なかったのだが、国内での人気が昇り、あまりゆっくりと落ち着いて食事が取れなくなったタルタリヤを見かねた卯師匠が娘を救ってくれた礼にと、同じような境遇の大工たちを集めて急ごしらえで用意した個室だった。

 少なからずともその実績を跳ね返すだけの汚点を被らぬ限りはここら一帯の子どもたちを救出した実績がある以上、英雄と呼ばれ続けることだろう。

 休める場所を提供する。穏やかな一時を楽しんでもらえる場所であること。食事とは、かくもそう在るべきと卯師匠が定義する形で提供できるようにと急遽、誂えられたのである。

 

 

「や。」

 

 

 個室に入ってすぐ目に付くのは、食卓側を隠すように設置されたプライバシーの保護を目的とした紅葉模様のパーテーションだ。ひょっこりと顔を覗かせてにこりと会釈をすると、やっぱりタルタリヤの思った通りの顔ぶれがそこにはあった。

 

 

「おお、公子殿。」

「こんにちは、公子さん!」

「こんにちは、お嬢さん、先生。」

 

 

 現在の璃月では、水に関する災厄が璃月港を中心に生じていた。

 封印された水に関係する魔神の力の影響を受けたものだと考えられており、ファデュイ側が与えられた情報では、璃月七星はそちら方面の調査に当たっている。

 オカルト類の専門家とは言えども、彼女たちが持つ権力はこの璃月では微々たるものだ。不足分の情報をファデュイ執行官であるタルタリヤから補完すべく招待した、と言うのであればこの席にも納得できる。

 そして、ファデュイ執行官として応えられる解答は、それこそが、胡桃から最初に受けた黒門の破壊依頼から、渡し守から発覚した行方不明事件に関係する一連の原因でもあると彼らは仮定した。という事実であった。度重なる依頼の―――おかげと言ってもよいのやら。

 巻き込まれたな、と察したタルタリヤは眉を吊り上げて鍾離を見やる。契約外のオプションだと氷の女皇陛下に報告を入れておくとしよう。あとのことは富者が良し様にしてくれるはずだ。

 一応はおぼろげにでも輪郭をなぞることに成功したのだが、往生堂側から情報共有がなかったことから進捗は芳しくないのだろうと思ってやんわり探るつもりでの言葉を吐く。

 

 

「結局、原因って何だったの。」

「水元素による奔流だ。」

「えっ」

 

 

 二方向から視線を受ける。思わず豆腐をつつく箸を置き、全身が見えるように立ち上がりった。腰の神の目を見せながら、そっと両手をあげて真面目に返答する。

 幾ら執行官だと言えど国ひとつを混沌に陥れられるだけの渦を巻き起こすのは無理だ。水元素の塊とも言える空鯨を叩きつけるにしろ、―――アレ、頑張ればなんとか国の一角を潰すことは可能なのでは、だと感じてしまった。彼の身体はとても大きくて、タルタリヤに合わせた権限でも村一つ分は簡単に呑み込めてしまうから。

 

 

「でも俺じゃないよ?」

 

 

 ふたり揃って冗談だと口々に言うけれど、妙に肝が冷えた。水元素を巧みに操るタルタリヤでも自分以外の肉体を水元素の塊として動かし続けるなどと芸当は出来ない。―――出来たとしても、するつもりがないと言うべきか。そもそも、それをする必要性を感じられない。

 どうせやるならちゃんと刃を合わせてくれなきゃとぷりぷり怒った風に言った。神秘の色を宿した琥珀の瞳と、花弁が開いたような朱色の瞳はそれぞれ和らぐ。

 

 

「それはもちろんですよ! この場合は、ええっと、私たちの国の近くにある海底には、はるか昔に岩の国で大暴れしたと言われてる魔神が眠ってるんです。たぶんそこのことかなー……。」

「そうだ、渦の魔神オセルの封印が解けかけている。おそらくはそれが原因だろうな、全くもって忌々しいことに人身御供で力を取り戻そうとでもしたのだろう。」

 

 

 ぴたり、と胡桃の動きが止まった。彼女の胡乱な眼がぶすぶす突き刺さる。彼女は腰に両手を当てながら下から見上げるようにして鍾離の顔を覗き込んで言った。

 

 

「やっぱり鐘離さんって仙人でしょ~?」

「ふふ、さてな。」

「もー! おかげで助かってますけ、どっ。」

 

 

 もう、誤魔化しきれないぞ、その人外ムーヴ。直近から放たれる凍える眼差しからはそっと目を逸らした。最近のタルタリヤは、鍾離の発言に非凡人味を感じたらああした表情をする。直視したが最後そうして呼吸をするときと同じような感覚で非凡人だと訴えてくるのだ。

 

 

「だとしても、どうして” 迷い道 ”なんてものが出来るの? 璃月の歴史書によると、岩神モラクスが封じたことによって水元素の気配は遠ざかったって言うじゃないか。その時期と同じくして氷の女皇様の冬景色のように、此処だって神の領域で上書きされてるはずだろ。」

「そう、ですよねぇ…。どうして出来るんでしょう、分かります? 鍾離さんは。」

 

 

 少女の疑問を渡りに船と、鍾離は疑問に答える。

 タルタリヤの視線は強くなった。

 

 

「…先も言ったように、生と死の境目があやふやになっていることが条件で発生する―――というよりも、一部の此岸が領域の境界線に引き寄せられる現象だ。」

「引き寄せられる、ってことは」

「目に見えなくても実在するってことなの?」

 

 

 どちらも同じ部分に引っ掛かりを覚え、途切れたタルタリヤの言葉を補強するように胡桃が続けて質問した。璃月では不思議現象の大抵を仙術として片づけられる分、胡桃の方が理解がある。

 異郷の子どもはそう言ったことをそのまま受け入れる。璃月ではそれが普通なんだー、と知らず知らずのうちに一般人との弊害が誕生した。

 

 閑話休題。

 

 実際に空間が裂けるのを見たことはある。

 あれはまるで突如として現れたように見えた。何の変哲もない空間が歪み淀み、荒れ狂う怒りを発しながら生者の魂に触れて食らい尽くすような獣のようにも見えたのだ。対峙した際には、しかと討伐してみせる度胸の持ち主は疑問を裏付けるような証言をした。

 暴走する魔神や仙人のようにも見えたし、力の残滓のようなものでもあった。あれこそが魔神に与えられた権能の名残りとでも言うのだろうか。

 

 

「そうだな、……例えるならばこの世は表裏一体の空間で成り立っている。その表側を此岸、裏側を彼岸、繋ぎを境界線と呼ぶとしよう。」

 

 

 今を生きる人たちの世界を” 此岸 ”。

 その裏側の世界を” 彼岸 ”と仮定した上で話は進む。

 

 

「全く同じ位置に重なりながら、在るべき場所が異なるそれが引き寄せ生じた境界線の隙間に空間を作る。―――此度の現象…便宜上、領域と称するが、領域はそのように発生したのだろうな。」

 

 

 最初から存在しないものは引っ張るどころではないのだ、何せ無いのだから。

 しかし、実在するともなれば別である。生命力と言う餌を常よりぶら下げている状態なので存在する空間の何処かに釣り糸を引っ掛け、水面下に潜む魚のように引っ張り出すことは可能な話なのだと理解した。

 ならば最初から存在するのだとしたら、そもそも件の空間というものは一体どこにあると言うのだろう。彼が言うように世界の裏側?

 そこに行方不明者たちは囚われてしまったのだろうから、事件解決のためになんでも理解したと表情で相槌を打つ鐘離へと期待が寄せられるのは無理からぬことであった。でも、本当にそんなものがあるなら多少つまらない世界でも征服し甲斐がありそうだ。

 しかし、と組んでいた腕をほどかぬまま鐘離は顎に手を当てる。「渦の魔神か……。」 鍾離の方で何かしら懸念事項があるようだとは察したが、璃月の魔神に関する調査に乗り込むともなれば璃月側の許可が必要となる。

 

 

「その場合って、君の方からしてくれるのかな。」

「うっ、……私の方から申請してみますね…。許可もらえたらっ!」

 

 

 許可がもらえたら、を前提としてタルタリヤは笑みで了解した。

 

 

「アハハ、了解。そうなったら、―――そうだな、北国銀行までご足労願えるかな?」

「もちろんです~!」

 

 

 むつかしい話は終えて、あとは和気藹々とした談話をつまみながら大きな鳥の丸焼きを囲んだ。最初の依頼から目撃件数の増えた黒門の魔獣をタルタリヤが討伐した戦利品である。

 

■…

 

 後日、タルタリヤは鍾離からの情報共有を受けて微妙な顔をした。なんでも、璃月のそこかしこで渦巻く濁流のようなそれには見覚えがあるのだと言う。

 しかし、往生堂のお嬢さんの前で言わなかったことだけは「ちゃんと堪えられたね…」とやんわり人外ムーヴを一応は制御したのだと事実を褒める。うっかりあそこで口を滑らせられていたら、流石にタルタリヤとてフォローしきれなかったから英断だった。

 鍾離曰く、心当たりのある封印の場所や媒体を確認してみても、施した術に多少の弱まりは感じれど外部へ影響力を及ぼす程度のものではない。あと百年はゆうに持ち堪えられるだろうし、そこまで歳月が過ぎ去れば外部への脅威とは到底成りえぬささやかな水面となる。だからこそ、今回の件には不思議は残ってしまうのだと言った。

 そんなことを往生堂の少女の前で馬鹿正直にそう答えてしまっては、正体を自ら露呈するようなものだ。崇高な身分の仙人だとは疑われているようだけれど。バレてんじゃん、とタルタリヤはじとりと見つめる。鍾離は顔を背け、全力で切るハンドルの方向を転換した。

 記憶を手繰り寄せながらかつての書物にあった、あの世とも呼ばれる「幽世」と生きる人々の世界「現世」の関係性を語り聞かせることにしたのだ。

 

 

「本当によく思いとどまってくれたよ……。」

 

 

 早々に意図を理解した公子タルタリヤからのアシストによって胡桃は知らずのうちに先んじて彼の言葉を補強する形で少しずつ状況の理解を深められたのは良かったことなのだろう。

 

 

『ここが、私たちの稼ぎ時ー!……だって、思ったのにな~!』

 

 

 そのぼやきからは、往生堂の出番でありながら仙人の管轄になるであろう領域であると理解の色が見える。今の世の中はすべて仙人たちの献身があってこそだと言ってのけようとした男の口を大量の点心でぎっちり抑え込み、「活躍があってこそ、だよね」と遮るのは無駄に疲労したが。

 何処からの目線で何を語ろうとしたの、とタルタリヤから視線をぐさりと刺した。まるで、男の目線が我が子の成長を喜ぶ親のようなものであったからこそ突き刺した公子ストップである。

 仙人相手にそんな態度がとれる人物って限られてくるわけだけど、そこらへんの理解はあるはずだよね。と有無を言わせぬにこりとした笑みによる無言の圧力がただただ痛かった。もちろん当然わかってるよね、と言わんばかりの笑みがなくなったのは、胡桃がかつて散った仙人や今を生きる仙人へ祈りを捧げたからだろう。

 無粋な真似をするつもりはないのだと全身から力を抜き、窓から吹き抜ける璃月の風を受けてタルタリヤは目を閉じて作法を真似た。今も璃月のために先陣を切って戦う彼のために、柔らかな雪の如き安らぎがあらんことを願って目を開く。

 あの昏がりで知ったことだが、祈りというものは願いだ。願いは希望となり、力となる。―――少なくともタルタリヤと成る前の少年はそうだった。

 

 

「仕方がない、璃月で今も奮闘する友人のために人肌脱いであげようか。」

 

 

 口実にしてしまうのは忍びなかったが、背に腹は代えられない。ファデュイ執行官である身分を動かせるのは、プライベートのちょっとしたことなのだ。

 旧き友人に手を貸すぐらいはやったっていいだろう、自分だって管轄外プラス予想外のことを頑張っているのだし何か言われたら褒美として強請っておこう。足取り重く、けれども腰は軽く、ただの青年の顔を覗かせてタルタリヤは遠くの冬へと文を出した。

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