故郷に文を出して便りが届くのは数日とも掛からなかった。立場的にも公子タルタリヤは今ではすっかり時の人。世間一般で善し悪し関わらず噂話が広がるそのお人である。
彼のあけすけな性格が功を為してか、舞台の上に立つことへ一切合切の苦としない性質ゆえか、そう言った意味でも彼は有名人だったことが加味したのだろう。その上でスネージナヤと璃月を繋ぐ外交官としての顔もあるからか、最優先の顧客として彼が出す文は捌かれるようだった。
今はそんな優位な立場が有り難い。ただただ時間が過ぎるのを待つのは逆に苦痛でしかなかったので、あっさりとした女皇陛下より賜った返答には、にこりと笑みが浮かぶ。
公子へ一任すると一筆のみの返信は何よりの褒美であった。きっと良い報せを送れるように行動してみせる。頑張るのなんて当然だからタルタリヤは指示を出す以外のことは何も言わず、必要最低限の境界線だけをサッパリと引き、後は適当な情報収集を丸投げした。そうすることで自由な行動範囲を生み出し、自分なりのやり方で適切な仕事をしてくれると彼は知っていたからだ。
公子様至上主義のように見えて、実は似たり寄ったりの思想を抱く部下たちもファデュイに属する以上、女皇陛下の恩為に尽力するのは当然のことだと自負がある。一定数、やり方に理解も了承も納得も出来ず暴走する連中が居るけれど、―――けれども、そんな連中でも■■に抗わんとする女皇陛下への忠誠心に対しては同意見。誰も彼もがそんなものは当然だと理解があった。ゆえに、傍からはテキトウに見えるそんな指示でも彼らにとっては適当なのである。
さて、麗しの女皇陛下より一任すると賜り、部下たちには各自のやり方でアレコレ情報をかき集めろと指示を出した公子タルタリヤであったが、彼には彼のやり方がある。
どんな? と言われると、今まさに往生堂の手前に呼び出しを食らったそれがよき例だろう。北国銀行まで呼びに来られたから、きっと承認を得られたのだろうと足を運んだ彼を出迎えたのは、妹のようにも感じる少女であった。
「おはよう、公子さん!」
「ああ、おはよう、お嬢さん。」
往生堂の前で仁王立ちをして、威厳を醸し出すように腕を組んだ少女が役者の顔が揃ったところでさっそく神妙な表情で対処法を尋ねた。
「それで、鐘離さん。渦の魔神……その残滓、だったっけ? そう言ったものを相手にするとき、私たちが気を付けるべき点とかあったりする?」
出来得ることなら危機はさっさと取り除き、誰もが知らぬ存ぜぬうちに収束したい。往生堂で取り扱われるオカルト関係の噂話は気づけば泡沫の夢のようにふんわり消えてゆくものにするべきだと信条があるからだ。胡桃の問いかけは、そんな往生堂の堂主としての矜持が見え隠れした。
けれど、凡人には気を付けようもない。厄災を前にしては人類などみな泡沫のようなもの。シャボン玉よりも柔らかく、すぐさま弾け飛んでしまう儚きものよ。
「…だが、あえて言うなら、” 返事 ”をすべきではない。亡者の問いかけに” 応えた ”ことになり、質疑応答を許す。触れることを許す。誘うことを許す。と今後の全てに対して了承の意となってしまうからだ。渦の魔神はその性質上、巻き込むことに特化した権能を持つとも言えるし、特に顔見知りの声や気配には気を付けておくべきだろう。」
ヒトならざる者の問いかけに、応えてはならず、教えてはならず。たったそれだけのことを気を付けなくてはならないが、時として親しき仲の友人を模倣してやって来るから油断ならない。だからこそ、彼らと戦うことを専門とする方士や陰陽師なるものが存在するのだと。
身の内側に潜む友も同じようなことを言ってくるし、そもそも身の内側に棲む空鯨はずっと言い聞かせるようにして真名を教えるなと口酸っぱくしてきたし、そもそもソレが身近にあったらしいというタルタリヤはそんなものかと納得した。
彼がソレらの存在をオカルトと関連付けることが出来なかったのは、一重に少年の形をした執行官のおかげだろう。今も気づかせるつもりはないらしく、空鯨と良い保護者会を広げている。何があったかは知らないけど、その子に詳しくは知らせないでよ。つっけんどんに聞こえる言葉に悠々と同意した空鯨は、それ以上の情報を青年には渡すことはしなかった。
鍾離は、影響力を及ぼすほどではないと言ったが、それはきっと魔神戦争を生き残った仙人による記憶にあるらしい魔神の中の基準である。
執行官である公子タルタリヤへの要請は、すなわちファデュイを動かせるほどの案件であるために凡人である身を自負するタルタリヤは、おそらく害になり得る問題になりつつあるのだろうと判断して部下たちへの命令の中に幽世とやらの情報収集を上乗せした。
璃月ではこんなことあるんだって。仕事の上乗せと言うにはあまりにもざっくばらんとした言葉であったが、彼の部下らにはそんなものでも問題なかった。収集する情報の方向性に面舵一杯と舵を取り、ギュインギュインと超加速して公子様のお役に立たんと噂話をかき集める。
オカルト調査などもはや趣味趣向の範疇だ。気に入らなければ上辺をなぞるだけでも構わないと指示したが、思いのほか部下たちは熱心に集めてくれている。あと数日も過ぎれば北国銀行の最奥にある公子様専用のお部屋には、優秀な部下たちによる調査報告書が璃月の山のように積み上がることだろう。
それぞれ互いに注意喚起までしてくれるものだから、月々の統計で千岩軍が貼り出すオカルト被害者数の被害者は北国銀行と璃月人を比較しても少ない。ファデュイの仕業だと後ろ指を指されることもあるけれど、そう言った方面では妖魔退治を専門とした方士やら往生堂やらの指摘が入ってすぐさま冤罪となった。さほど労せず晴れたのは、今までの実績もあったのだろう。
罵詈雑言を前に、過去には確かにそんなことがあったと受け入れ、俯きがちに批難をただ受け止める姿勢も、ただの諦観の末だったのだけれども民衆にはウケが良かった。
おかげさまで活躍しやすくなったが、同時に不用意に動けぬことも実感させられる。でも、思ったような不自由さではなかったから部下たちのメンタルケアの時間は格段と減り、滞在中の異国ではなんとなしに息苦しさが軽減されたような気がした。良いことだと素直に思えないのは、担ぎ上げられる筆頭が公子である自分だからなのだろうとタルタリヤは口の端を引きつらせる。
なんで正義のヒーロー? ダークヒーローってジャンルに部類なのではと囁かれる始末で、その筆頭は冬の栄光なる執行官・公子タルタリヤであった。勝手に担ぎ上げないでくれよ。
現実逃避を挟みながら、部下たちより受けた璃月ならではの危険は、スネージナヤでは感じられぬそれであったことを報告書に入れるべきだろう。本国から派遣された部隊への注意として、体験したことや解決したこと。冒険者協会からの裏付けなども添付して、彼ら曰く” 不浄 ”の存在を持ち帰らぬように清めの塩とやらを振りかけて、淑女宛てに送り付けることにした。
彼女の勤務地は、すぐさま公子のもとへ顔を出せる距離にある隣国のモンドだから遊びに来るなんてことも―――マァあるだろうと思ってのことだ。
北国銀行のオフィスまで戻ったタルタリヤは、仕事を見つめ直して零した。視線の先には大きなぬいぐるみが三つ並んでいる。あれは弟妹たちへ送るための土産だ。
「此岸に、彼岸……ねえ。俺たちが居る場所ほど不安定なものはないだろうに、さらに乱す要素を取り入れるとはね。何の調査をしてるんだって突かれそうだな。」
世界の行く末は、果たしてどうなっていくことやら。そうなる前にすべてを支配下に置いてしまうのも悪くはないだろう。一人きりの空間でタルタリヤは密やかに嗤って頬杖をつく。
まったくもって面倒なことに巻き込まれたもんだ。報酬としてぶら下げられる岩神へのアポイントメント権利がなければ思いっきり振りかぶってお返ししたところである。―――だって、冬国の大事というわけではないので。
あくまでもタルタリヤにとっては首を突っ込むべきではない他人事なのである。なんせ彼の身分は、スネージナヤ最高峰に居わす外交官様の一人なので。結局のところ、ファデュイ執行官とは、各種目に振り分けられたスネージナヤが誇る十一人、璃月にとっての七星なのだ。
自由を愛するが故に、いいやと否定してから笑みを乗せる。そんなことをしては、あの子たちは生きてはいけなくなってしまう。すべてを征服したとして、そのあとのビジョンはまるで浮かんでは来なかった。
たとえウマくやれたとしても闘争をこよなく愛する我が身が望む世はきっと戦乱のそれとなってしまうだろうから、難しいのだろうなとも思った。あの子たちの兄である以上、愛する彼らが生きるための世界を拓き続けなくてはと。ただ、そう思う。―――あんな水底の景色など一生見ることがなければ、それで。
「……はぁ、俺って行方不明って単語とことごとく関係しちゃうのかな?」
ファデュイの調査結果は、まとめて往生堂から璃月七星へと上げられる予定である。
どうにも、キンキメッキャクノフダ……? ってのが行方不明になったらしい、とおそらくは重要そうな報告を受けて、タルタリヤは眉をしかめてから文を飛ばして鍾離へと情報共有を行った。
顔にはありありともうめんどくせーなと体面取り繕わぬ青年ならではの表情が乗り、エカテリーナは紅茶をテーブルに添え、トレイを身体に引き寄せて声を潜める。
「そういうわけでは……」
「側付になった時点で俺の話は知ってるんだろう? 海屑町の出身者もそこそこ居るようだし、組織の中でも年齢以外はバレバレのはずだしね。」
背丈ばかりはあったからか年齢関係は誤魔化せたようだけれど、その他の部分は家族を愛するタルタリヤの帰省を許した時点で丸分かりである。
弱点をおさえるつもりの行為だったようだが、彼の中で家族は弱点にあらず。もう全部爆発しちゃおうか、と爆弾タルを抱えて襲撃を企てた連中を一網打尽にする程度には火力が高かった。言葉を受けたエカテリーナは沈黙する。
否定できる要素が、タルタリヤと成る前の少年の過去の中にもなかったと認識が彼女にもあるからだ。何なら彼がファデュイに入る過程も稲妻で行方不明と記録があったような気がする。ちょんと疑問を零せば、弓なりにしなった瞳がふんわり撓んだ。
「否定はしないでおくよ。」
それが何よりもの答えであった。