白刃の流星   作:夜鷹ケイ

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35.異郷のあそび詩

 輸入の幅は広く、文化の輸入、とでも言うのか。不穏な噂話をかき消すために七星がとった行動は、稲妻で伝わる集団で遊ぶ、遊び歌という流行りを始めることだった。昔ながらの子守歌とは違うようで、無邪気な子どもたちの歌声が港町のそこかしこで響き渡る。あの歌をテウセルたちにも教えてあげたら喜ぶだろうか。

 監獄で自由を求める女性の人生をなぞるような意味を持たせた歌は、子どもたちの声から聞こえるには居たたまれない。子どもたちの歌は癒されるはずなのに、歌詞が歌詞なだけに穏やかな気持ちを抱けなかった。

 

 

「どうなんだろ……」

 

 

 タルタリヤは窓から吹き込まれるような子どもたちの無邪気な声で紡がれる、不自由を嘆く女の人生をただ聞く。

 羽を奪われた鳥は自由を失い、やがて飛び方すら忘れてしまうだろうに。どんな気持ちでその歌詞を綴ったのだろう。鎖国という状況の比喩なのかな。

 だとしても、昔ながらのものだと聞くし、鎖国はつい最近の話だと言う。タルタリヤが最初に足を踏み入れた時にはすでに外部からの来訪は排他的であったようだけれど―――だから、璃月での仕事で船の護衛につくことになったのだが。それはもう昔の話だった。

 

 

「……ふうん?」

 

 

 タルタリヤは再び往生堂の二人から招待を受け、逆に北国銀行のオフィスに招待した。外せぬ所要があったからってのもあったけれど、そわそわする部下たちの様子に何かやってもらいたいこともであるのだろうと留まることにしたのだ。

 わかりやす。とは思ったが、タルタリヤは大抵のことには寛大な執行官である。何かしてほしいことがあるのだろうなとビシバシ期待の眼を感じ取り、そうして往生堂の少女が背負って来たギターを見て理解した。はーん、なるほどねえ。べったりと貼り付ける年頃の少女には不相応の隈を見て取り、ふうん、と零した。

 

 訪問した少女は、ギターを立てかけてからしなりとしなを作ってソファーに沈み込む。話題を探して結局は今、港で流行りの詩についてとおそらく本題であろうそれを突っ込んでくる辺り、相当な疲労具合なのだろう。

 

 少女の声で詩が紡がれる。

 

 最初の一文で岩神の庇護下にある国のことや国民のことを示し、二つ目の文で雨という水によって削られて研ぎ澄まされた世代の価値を表し、自信家の商人たちが集う港町らしき瑠璃という色の表現が混ざったそれは、確かに国を示すウタであるのだろう。

 夜には灯篭に灯がともり、決して眠らぬ宵を告げる。宴のように華やぐ景色は、永き時をかけて人々が築き上げてきた岩の国だ。

 しかし、夜の帳が降ろされた世界を漂うのは安寧ばかりではなく。だからこそ、それを与えるための存在をほのめかす。夜になったら眠りにつく子どもらのこともあり、人ならざる者たちのこともある。

 薄っすらと纏わせる危険な香りを導き、水の精霊たちを表しながら岩神のことを称えた。七星による統治、栄光なる岩の国を夢見る国民の心、何より尊きは国の子ども。

 

 

「どうかな、どうかな! 自信作なんだよ!」

 

 

 国のことを思って織り成した詩なのだと言う。えっへん、と腰に手を当てて威張ってみせたのは詩をそう締めくくった少女であった。

 人の生死に強くかかわりを結ぶ胡桃であるからこそ、冥の言葉が飛び出たのだろう。一瞬ばかり不穏な気配はしたが、あまりに強すぎる闘志を前にタルタリヤが気づくよりも早く霧散した。

 岩の国を例えるならキーワードはとっ散らかりはしているから掴みにくく感じるが、昼夜どちらの町を歩き回ってみれば彼女のウタは分かりやすい。スネージナヤ出身者にはおそらく伝わりにくいだろうねえ。なにせ一年中、冬の国だし。素直な気持ちを伝えると、肩を落とす。

 

 

「そっかぁ…、でもでもキーワードは良かったんだもんねっ! ねっ!」

 

 

 自信作は他国との交流を深めるための手段として活用するつもりであったらしく、穏やかさとは無縁な冬の国の出である戦士にすらすぐさま通じなければ無意味だと彼女は順番や表現を変えてまた一曲。

 今度は港町ならではの、それも地元の民ですら分からぬであろう珍宝ばかりを並べ。その上に、表現も先ほどとは違って湾曲しすぎて分かりにくくなった景色にやっぱり素直な感想を打ち返す。芸術関係にはあまり心得があるわけでは、と曖昧に言ったタルタリヤだったが、それなりの感覚はあるようだった。

 それでは実力は如何ほどに、とノリに乗った胡桃に付き合って目利きの度合いを確認しようと種目演目問わずあの手この手でテストを受けることになったのだが、時には鐘離と同意見を弾き出す眼は確かである。

 

 

「公子さんが目利きじゃないって絶対うそだよー!」

「ほんとなんだけどなー…。」

 

 

 公子様だの、執行官様だのなんだのと呼ばれるそれは氷の女皇陛下から授かったファデュイとして活動する際のコードネームであって己の家柄を指すものではない。

 教育係であった雄鶏が見たらきちんとポーカフェイスを身につけろとせっつかれそうなほどやる気のない表情をしながら、こちとら一般の家で生まれ育っただけの、ただの少年の身であったのだと心の中で言い訳をする。芸術に一筆したためるような感性を育てることとは無縁だったのだし、闘争という独特な感性があることには違いないが個性の範疇に留まる程度のものだろう。とは本人のみぞが知らぬことである。

 そんなことを言われても狩りをする日々で芸術を嗜む、と言うのは少なくともスネージナヤで両立は難しいだろうなと心の中で国家機密情報(トップシークレット)を独り言ちた。

 なお、淑女の英才教育によって彼の目はしっかり肥えているのでエカテリーナは安心して質屋へ仕入れに行くという主人を見送ることが出来ているとだけ言っておく。ああいう坊やがまったくの自覚がないまま高品質を取りに行かせるって最高の気分じゃない、とは淑女談である。

 

 そして何より、芸術的なセンスには自信無しと言うタルタリヤだが、ある意味では彼自身が雪原やら鮮血やら喧騒やら闘争やらで冬の国を彩る芸術そのものであった。

 やはり気づかぬは本人のみである。デッドエージェントは後方評論家面をして、我が国が誇る冬の栄光なるお一人。公子様はやはり如何なる面でもお美しいのです、とウンウンと頷きながら困惑気味な自らの上司を称える。

 そして、淑女のところで行動をともにした日々のことをさしてデッドエージェントは言った。自らの上司が何もできませんって顔を故郷ではニコニコうんうんとしてきくが、流石に異郷の地ではフォローは入れる。体面を気にしてのことだった。

 

 

「公子様はモンドで歌を嗜まれましたからね。」

「え、そうだっけ?」

 

 

 彼女が担当する管轄内での紳士淑女のマナーレッスン。淑女の英才教育は、スネージナヤに持ち帰ることもあれば、基本的にはモンドで行われた。

 きょとりとした表情は噓偽りなく、手遊び程度に音を育めと投げ渡された楽譜の束を思い出したのかしてタルタリヤは顔をしかめる。苦い思い出だ。教会のアイドルとやらと並ばされてギターやらピアノやらを押し付けられたが、あれは歌を嗜んだというよりも、もう本当に押し付けられたというべきだろう。

 淑女曰く、選曲したのはファデュイの女性兵士たちだと言ったからどの道タルタリヤのセンスと言うわけではないのだけれども。

 しかし、モンドの貴族にしか分からぬ切なくも優しい風の歌があったと地元貴族から教わってしまったので、その真偽も怪しいものだ。

 めきめきと上達する公子の腕を見込んで、コッソリ楽譜を入れたのだろうと指摘してやるつもりだったのに、あんな顔をするから。―――けれども、淑女はああして的確に喜ぶようなことをほのめかしつつ、嫌がるようなことを挟んで公子をからかう。闘争を好むタルタリヤにとっては、楽器よりも武器を手にして音を奏でさせてほしかった時期でもある。

 見事に恋する乙女が好きそうな燃え盛るような恋愛から、泣き別れるような失恋、さざ波のような純愛など数多の恋物語の曲をよく弾かされたものだ。

 

 

「ううん……」

 

 

 思い出して顔をしかめるタルタリヤを伺うように覗き込んでくる少女は、どこか期待で満ちた眼差しでデスクの側に立てかけられたギターを気にした素振りを見せる。彼女が運び込んできたという楽器だが。

 

 

「公子さんの歌かぁ、どんなのだろ聞いてみたいなあ~?」

「えっ、俺が歌うの?」

「ふむ、冬の公子殿(スネージナヤ)が選び歌う異郷(モンド)の曲か、俺も些か興味がある。」

「しかも俺が選ぶの…?」

 

 

 妹のように可愛がる少女からのおねだりを断るなんて野暮なことはしたくなかった。特に近頃は不穏な事件ばかりが相次ぎ、疲労困憊な様子で痩せてしまった彼女のそれは嵐の前の静けさにある一時の安らぎだ。余計に奪うなんて真似はしたくない。

 街中ですっかり窶れてしまった少女と男を目にして少しでも休んでと北国銀行のオフィス―――己の仕事場を提供したのはタルタリヤの方であったので、ある程度の要求も呑む気概もあった。音が響くなんてことはないだろうし。

 特に少女と同じように期待で目を躍らせる男の方は子どもたちの自立を望む計画も重なり、結構な無茶を続けてしまったようで今にも本性を露わにせんばかりであったから。

 石珀を大量に購入し、オフィスの壁際に寄せて置き去りにしたのは鍾離先生の回復のためであった。人々を守るために村を覆うほどの力の駆使をしたようだが、タルタリヤが感じる” 無茶 ”だったとしても、仙人様は大したことないと言ってしまうから此れは凡人側の気持ち―――気休めのようなものでもあったのだけれど。

 飾りっけ皆無だったオフィスへと急ぎ持ち運ばれたギターは、完全に少女の持参。何かを察したタルタリヤは仕方なしにデスク横に立てかけられたアコースティックギターを手に取って、指で音をつまむように軽く弾く。馴染ませるように音を跳ねさせるばかりであったが、ふと曲となった。

 

 

「仕方ないな……」

 

 

 岩の願いが砂塵となり、そらを舞う。

  けれど、太陽は当然のようにしずんで、夜がすすむ。

 

 人の世に降りた夜を、トモの希望が照らして道を拓く。

  燃ゆる篝火は荒れた大地に華を咲かせ、流動の水が数多の生命を運び、

   結んだ約束は大きくなり、やがて契約となりて瑠璃を彩る。

 

 帝君の名の下に集いし彩の運び手は、希望を篝火に

  七つの星を抱きて、全てを見つめる月に祈りを捧ぐのだろう。

 

 

 

 こんなもんだろうか。ギターの弦から指を離し、そろそろと下ろしたところでがたん、とソファーから立ち上がった少女は目を爛々と輝かせる。

 港町のことをよくよく調べてくれたようだと感想を抱きながら、しかし、少女が諳んじた詩を混ぜ入れてくれたようだとも分かる内容だったからだ。けれども伝えようとしたことがしっちゃかめっちゃかになってしまったと自負のあるタルタリヤは、ゆらりと夕暮れの髪を揺らして言った。

 

 

「ああ、ダメだな。なんかよくわかんないことになっちゃったや。」

「それでなんですか!?」

 

 

 ギターを立て掛け直したタルタリヤの手を素早くとり、感想を告げようにも息が詰まる。人はそれを推しと出会ったヲタクと言うが、少女や彼らには分からぬことであった。

 

 

「まあ、お嬢ちゃんの気持ちはわかるぜ。」

 

 

 年季の入った後方先輩ヲタク面の兵士たちは、長年の経験からやってくるであろう爆音の気配を察知して静かにフェードアウトした。すっ、すっ、と息を吸ってばかりいる少女の興奮を真正面から受けながらタルタリヤは、どう、どう、と落ち着くように声を掛けている。

 がばあっ、と勢いよく下から抱き着かれるような形で顔見知りの少女を腰に装備することとなった。しかし、流石はお兄ちゃん気質。

 よしよしと撫でてやりながら好きなようにさせてやり、詰まってしまった言葉を引っ張り出すようにして先方の言葉をオウム返しにする。

 

 

「すっ!」

「す?」

「すっごーーーいっ!すごいすごいすごいすごいよっ公子さん!」

 

 

 ばばーん、と抱き着いた時のように弾けて飛び跳ねて称賛する少女は、表現や順序は自分と同じように甘かったけれど町のことを思って歌ってくれたことが分かる良曲だと褒めはやす。

 彼女がぴょんぴょん跳ねるたびに身体が揺れ動く。ハイハイ、と妹にやるように目を見つめて話を聞きながら、あまりにも怒涛の勢いにたじたじになる。

 

 

「トモっていうのが、私たち国民のことだよね!?」

「そのつもりだけどよくわかっ」

「それで砂塵が、ええっと大昔の塵の魔神さんのことで……亡くなった方だから、悲しくても日々は来るっていうのを、当然って言葉に入れてるんだよね!?」

「そ、」

「暗くなった世界は魔神戦争のことなのかよく分からなかったけど、篝火って、料理の魔神さんのことでしょ? 料理たくさん食べれば元気になるからってことなのかな、美食の国だともいわれてるし素敵だよーっ」

「流動の水は、純水精霊たちのことだろうか。」

「やっぱりやっぱり!? いのちを運ぶって繁盛した時代のことを指してるのかな、願いって人がいっぱい来ますようにーって、商売繫盛しますようにーってやつだったり!?」

「詳しくは俺も知らな、」

「ここでようやく私たちの神様の出番! 主役は遅れてやってくるってこと! 約束から契約になるってところがすごくよかった! 瑠璃と月が同じ番に持って来られたのも最高だったよ!」

「そ、そう……なんだ……?」

 

 

 なんだこれ、すごく遮られて何も言えないぞ。

 けれど、外で聞こえるわらべうたをイメージしながら子どもたちにも分かるようにやってみたつもりではあったが、思った以上に好評だったとタルタリヤは目をぱちくりとさせた。

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