白刃の流星   作:夜鷹ケイ

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36.郷土料理

 異郷の音楽を堪能したいという欲望により呪物へと転じたギターを北国銀行へ持ち込んだ往生堂の二人の要望により、タルタリヤは一本唄ってみせた。最近流行りの” あそび詩 ”と云うものであったのだが、予想以上に大盛況を見せるもので。

 もっともっと聞かせてくださいっ、と下の妹のようにタルタリヤの裾をちょんと遠慮気味に引っ張りながらも、無邪気にぴょんぴょん跳ねてねだってみせる少女の期待には、現地で可愛がる妹分と認識がある今では応えることに否やはない。

 かくして少女と男からの絶賛に気を良くしたタルタリヤは、後日の己のことが分かるのであれば止めるという選択肢を取っただろうが、調子に乗ってリサイタルに応じた。

 

 観客は二人きりだけだけれど、璃月を旅した少年時代のようで懐かしい。

 旅館前での野外コンサートはただ一人の為のものでもあったけど、立地の関係で数多くの人が顔を覗かせては共に口ずさんだりしたものだ。

 彼は元気だろうかと、ただ一人を頭に浮かべながら自由を求める風のうたを歌った。ふと浮かんだ友人を思っての声色は穏やかなものから柔らかで、労わるような温かさが滲む。

 彼の故郷であるスネージナヤでは、日々の終わりを労わり合う宴のようなものもあるらしく、ただただ「公子」がどのような場所で生まれ育ったのか、どのような人間であるかを浮き彫りにさせる優しな歌だった。日本人ヲタクですー、と言ってもそれだけではない。彼は確かに極寒の地で、あたたかな環境に見守られて育った村の子なので。

 次に奏でられたのは、どこかしらの国に必ずあるのだろう細やかな宴会を匂わせる唄である。手を取り合って思わず踊りだしたくなるテンポは小気味よく、少女もまた、コッソリ懐に持ち込んだマラカスで伴奏の追撃をした。

 タルタリヤの珍しくも穏やかで川のせせらぎのような長閑な弾き語りは、換気のために窓を開けてしまった部下たちの手によって近隣に届く。届けられてしまった。

 その後もリクエストに応じて契約を重んじる商人の歌や恋に破れて仕事に生きる稼業の女の歌、故郷を懐かしむ青年の歌から明日を夢見る子どもの歌まで。「けほっ」 喉をおさえて一呼吸。言葉通り、調子に乗って喉が枯れてしまうほど歌ってしまった。そんなタルタリヤの様子を見て、往生堂のお嬢さんの興奮はひとまず落ち着きを取り戻したようだ。

 エカテリーナが用意してくれたホットミルクを飲み干して、ほのかにしっとり潤った喉を確かめながらにこりと笑って言った。彼女にとっては、むしろコレが本題だろう。

 

 

「つきもの、だっけ。晴れたのかな?」

「……あ、あはは、お見通しだったんですか。」

「そりゃあね。」

 

 

 正確には、つきもの、ではなく、憑き物である。

 人やものに憑りつく異形のことを指すのだとかで教わったばかりのものだった。あまり感知できる方ではないけれど、今回の件はおそらく胡桃のお嬢さんではなく、ギターの方に憑りついていたのだろう。

 公子タルタリヤを裏切ることのない部下たちの手によってどこか落ち着かない様子で胡桃が持参したという見慣れぬギターを運び込まれたことこそが、何よりもの証拠であったのだけれども。

 

 

「……往生堂からの急な展開には慣れてるつもりだったけど、お誂え向きにギターを持って来られたらね。これで何かしてほしいんだろうな、ぐらいは。」

「えへへおかげさまでもう大丈夫です、歌が聞きたかったみたいなんですけど異国のものだったみたいで助かっちゃいました! あっ、もちろん私も公子さんの歌聞きたかったっていうのもあるんですけど!」

 

 

 耳鳴りがするほど同じ曲ばかりを奏で続けられてノイローゼになる寸前だったのだとか。すっきりしたと表情で少女は叫ぶ。「ようやく無限ループから解放されましたっ!」 同意するように頷き続ける鐘離の様子に、よっぽど切羽詰まった状態だったのだろうと察する。

 しかし、正直彼らだけでも解決できそうなことである。変に心配して損した気分だ。かろうじてそれは良かった、と言ってからタルタリヤは新調したソファーの背もたれに身体を預けた。

 柔らかな感触と木材の厳格な雰囲気は璃月ならではの技術で彫刻が施され、璃月の雰囲気を感じさせながら瑠璃の石が北国を思わせる。

 青と緑を主体とし、赤や白で縁取られる部屋の景色は見事に璃月風のスネージナヤであった。以前持ち掛けた、この部屋の内装工事の相談料金ってことにしておこう。エカテリーナに声かけてタルタリヤは本日の職務を終了した。

 今日はもう絶対に働かねえと断固とした意志を見せつけるように、「せんせーごはんー…」と無気力な声で強請る。それならば、と挙手したのは胡桃であった。

 視線が集まる。だけど、嫌な予感がした。台所を爆発させた妹と同じキラッキラの曇りなき眼だけが、そこにある。仙人である鍾離先生をしずめたことのある腕前だと云う少女の、きらきらと無垢な瞳がそこにはあったのだ。

 

 

「それなら私が腕によりをかけて―――!」

「エカテリーナッ!!!」

 

 

 博士による下手な毒薬よりもヤッベェものを食わされたことのある公子の反射速度はk脅威の限界を超えた。久々に故郷の料理が食べたいなあ、と大きな声で宣う。

 

 

「それは、用意できそうにないかなぁ…。」

 

 

 残念そうな少女には悪いが、毒薬と一緒に彼女の料理を頂くのは流石にリスクが高すぎるから。傷つけぬようにやんわりと。

 タルタリヤはにこやかな笑みを乗せて、「今日はこちらが冬のお勧め料理を振る舞うよ」と料理人にある程度の家庭料理を注文する。故郷の味を楽しんで、と言われてしまっては断りにくかったから同じように。

 彼らは大事なお客さんだから、丁寧に頼んだよ。公子タルタリヤ直々のオーダーだからか、気合の入った掛け声とともに普段は武具に身を包む彼らは厨房に消えて行った。

 

 

「ところでもしや公子様、アイドル計画ですか!?」

「―――ゲッホ!? な、なんだそれ。そもそも俺、一応わかってるだろうけど十一人居るうちの外交官のひとりだからね!?」

 

 

 妙なお問い合わせが殺到したことで事態を把握し、あ、だとか、う、だとか口を開閉した彼は羞恥心に襲われ、しばらくギターから離れることになったのは余談である。

 もともとの依頼であったギターの呪物は青年が照れてしまう直前まで彼の美声を堪能し、去り際まで青年の恥じらいを含んだ驚愕の声を受け取ってジュッと浄化されて往った。ギュイーンと音を立てて逝った。とんでもねぇギターである。

 ちなみに、密室状態の部屋の換気をしたのは彼の部下たちで。アイドル計画を企てたのが誰なのかはっきり分かんだね。エカテリーナは怒涛の嵐を前でニッコリ黙殺した。

 

■……

 スネージナヤ出身・公子様お抱えの料理人は、むんっと腕によりをかけて故郷の料理を揮った。コレコレ。上機嫌に覚えたばかりの箸捌きでちょんちょんおかずを摘まむ御方の無邪気な子どものような表情を見守る彼らは達成感に満ち溢れた面立ちで部屋の壁に控えている。

 普段ならばファデュイに囲まれて食事だなんてシチュエーションでは緊張のあまり食べ物なんて何一つとして喉を通らないだろうけれど、目の前で美味しそうに食べる人間の顔に惹かれるようにして胡桃も箸を進める。―――…そもそもの話、目の前の人間こそがスネージナヤが誇る冬の栄華ファデュイにおける最高峰の権力者が一人なのだけれど。

 知らぬ人とはやはり見知らぬ人(それはそれ)であり、一人っ子の彼女にとっては物珍しく、幼馴染の間柄でも引っ張る側に居る彼女が初めて経験した自分を背中に隠してくれるお兄さんなのだ。それゆえに、とうの昔に消え去った緊張感やら警戒心やらは、兄のような顔をして注意してくれる彼にはキレイさっぱり作動しない。

 最近になって夢想することとなった” わたしが考えるお兄ちゃん ”をものの見事に体現してくれる理想的なお兄ちゃんなのだ。そりゃあ、ちょっと悪戯を仕掛けてくることはあるけれど。

 意地悪だとしても軽口程度であるし、胡桃が本当に嫌がるようなことをしてきたことは数ヶ月程度の付き合いを持つ今でも一度たりともなかったのだから、疑うまでもない。だから、と云うわけではないのだけれども、彼女はこの関係性を崩さぬために一つだけ、越えてはならぬ越えるつもりのない線を引く。

 胡桃は親しみを込めて往生堂は公子と仕事上の契約関係があると明確化した。自ら関係があるのだと言ってしまうのはリスキーだけど、相手は” 公子 ”を限定したので問題ないだろう。

 

 

「公子さんの住んでるところでは、辛口な料理が多いのかな?」

 

 

 そんな間柄にあるためか、彼女は思ったことを率直に口へと出す。彼の馴染みある郷土料理に舌を波打たせる合間に、璃月で感じる辛さとは違う口当たりのからみに胡桃はふと零した。

 プライベートな取材はお断りするよう<雄鶏>から仰せつかったので、こう言った出自を特定できるような情報はなるべく言わないようにしているのだが、話題の一つに必ず上がる食事の関係を語れぬ発言制限の事情など公子からしてみれば知ったこっちゃねえことである。

 

 

「そうだねえ。俺の故郷―――だけってわけじゃないけど、エカテリーナのところだって似たようなものはあったんだろう? スネージナヤでは一般的な家庭料理だし。」

「ええ、スネージナヤの郷土料理と言えばこちらだと云うほどございました。少しばかり隠し味は異なるようですけれど、ほぼ同じものだと断言いたしますわ。」

「そっちはチーズだっけ?」

「! は、はい、そうですわ。よくご存知でしたね。」

 

 

 仮面の奥で瞳を丸くしたエカテリーナは、己の幼き上官が自分の出身エリアの郷土料理に隠す味を知識に持っていたことに驚いていた。

 

 

「そんなに意外かな? けど船の上で俺にそれを教えてくれたの、君だっただろ。」

 

 

 エカテリーナの反応にタルタリヤは片眉を吊り上げた。その程度のことで憤ったり詰め寄ったりすることはないけれど、教わったことの一つすら記憶に留めておかぬほど国のことにも人のことにも興味のないモノだと思われるのは心外である。お爺ちゃん(ザハール)お婆ちゃん(マルファ)のお話を聞くのだって、他の子どもたちは長話を嫌がったけど” 少年 ”は楽しんで耳を澄ませていたし。

 

 

『風土料理は、郷土料理とも呼ばれ、地域の特産物を使った独自の料理法で作られ、家庭で食べ継がれてきました。』

 

 

 穏やかな気質のマルファの声で語り継がれるのは、家庭料理として馴染まれる前の食文化やそのような料理になった理由であったり、料理が身体にもたらしてくれる効力であったりと、聞いていてなんだかおもしろいと感じるものだったから” 少年 ”からも話の続きをよく強請ったものだ。

 そして、エカテリーナの生真面目な声は、歴史書を読み解くようであり、何処か誇らしげであった。故郷のことを本当に好きなのだと分かる声色だから、よく記憶に馴染んだ。

 

 

『風土料理は、地域の歴史や文化、食生活とともに受け継がれており、料理一つ一つにその地域の歴史文化、自然郷土、食材の旬を感じることができます。』

 

 

 ホットミルクを淹れてくれた彼女は、スネージナヤ国内でも地域によっては同じ料理でも、その土地の気候や郷土に合った調理法で食す工夫をしてきたのだと。少年がタルタリヤとなる前に居たあの船で、そう言ってくれたのだ。

 稲妻での半ば無理矢理な場面を目撃したからか、さみしさを紛らわせるよう肩をそわつく少年を宥めつかせながら、なるだけ穏やかな声をして絵本を片手に彼女はそう語ってくれた。

 タルタリヤと似た年頃に、かつて弟が居たと云う。―――そんな彼女の柔らかな心配りを忘れられるほど、ファデュイ最高峰の権力者の地位を得たタルタリヤとて、非情な男ではない。大きな冬国の船に揺られて心細く眉を落とした夕暮れ色の少年を、ただ普通の子どもとして労わってくれたお姉さんのことならば特に。

 

 

「あのとき、一緒に居てくれたでしょ。」

 

 

 覚えているよ、ちゃんと。

 つまりは。―――そう、つまりは、たったそれだけの話なのだ。

 深海の如き瞳を柔らかく撓ませて、ほんの少し垣間見えるそれをゆるやかに閉じる。持ち上がった口角はそのままに湯呑を傾ける瞬間を、エカテリーナはただ茫然と見つめて。大輪の花が咲き誇るかのように、仮面に覆われてあまり見えぬ顔の、唯一見える口元を綻ばせて微笑んだ。

 

 

「公子殿は、上官としてとても良い人物のようだな。」

「そうみたいですけど、わたしたち、忘れられてません?」

 

 

 そんなことはないよ、と久しく朗らかな微笑みを交わし合った上司と部下は、スネージナヤではどのようなときに振る舞われる家庭料理なのかを璃月の二人に語り尽くした。

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