白刃の流星   作:夜鷹ケイ

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4.瞬きの間のお友だち

 子どもが”少年”を拾ってから一月が経った。

 その間もずっと子どもは”少年”を気にかけており、昼間には子どもにはちょっと高価な書物や手芸品を手遊び用に持ち運び、夜にはその日の出来事をたくさん語って聞かせて、自室に帰ってから眠る前に”少年”の回復を祈った。元は代用品を目的とした製造だったからか、子どもから放たれる純粋なる祈りは”少年”のもとにも届く。

 元気になりますように。かつて大昔にそうやって祈りを捧げてくれた幼子が居た。時を刻むほど世は無常になり、時代の荒波は容易く幼子を浚って逝く。もう果たされることの無い約束は、幼子が尽きる前夜に結ばれたものだった。

 今は元気な子どもだけれど、この子どももまた、あの幼子のように居なくなって。”少年”を置いていくのだろう。かつての己が浮かんでくる。―――もう裏切られるのは十分だろうと。

 感情なんてものは邪魔なだけだから捨ててきたはずなのに。子どもと共に過ごせば過ごすほど、損傷したパーツが記憶を呼び覚まさせ、”少年”を揺さぶり続ける。早急に取り除かなくては計画に支障が出てしまうから、外部からのメンテナンスを要する案件だと思った。

 身支度を終わらせて戸をあけると、子どもが冬の海のような瞳をぱちくりとさせた。丁度バッタリ出くわしたとも言えるような状況である。

 本人からの自己申告では、まだ自己修復に時間が掛かると言われたばかりだったし、ふらつく足取りもそのままであったし、けれども瞳に宿った意思は強かったから余計なことは言わず、黒猫のような彼を見て「もう帰るの?」とすっかり綺麗に整えられた室内をちらと視界に入れて尋ねる。顔を背けたまま笠をおろして影をつくった”少年”は、こくり、と短く頷く。本音を隠すときの仕草であったが、旅立つ決意は揺らがぬものだとなんとなくそう思った。

 見送る為の準備だとわかるようなもので、脅迫のようなものでもある。とは言っても、子どもは半ば強引に押し切る形で旅立ちの延長を強請った。

 

 

「ふうん? ……じゃあ、ちょっと待ってて。」

「え…」

 

 

 旅立つ日に渡すつもりであった贈り物を取りに行くための時間が必要だったから。怪我の具合からまだもうちょっと居てくれると思ったけど、彼にも行くべきところがあって、やりたいことがあるのだと思い出したから。

 せめて見送りに華を添えられるだろうかと記憶の中から一つのそれを手繰り寄せ、”少年”の肩を掴んで強請った。器用な方ではあるのだが、習ったばかりの手遊びでは誰かへの贈り物とするには不格好だったのでお直しを頼んだのだ。もう出来てるわよ、と見せてくれたそれを包んで、来たる日に渡すつもりだった。でも、それが今日だと言うのなら急がなければと少年の肩から手を放す。

 

 

「まだ出てっちゃだめだよ! 居なくなってたら追いかけるから!」

「えっ」

 

 

 素早く遠ざかる背中を見送ってしまった”少年”は一月という瞬きの刻を共に過ごして子どもの性質をそれなりに理解させられてしまった。秘密基地の鍵は”少年”に預けたまま開けっ放しだし、自由に過ごせと言う奔放っぷりを見せるから、子どもの言動はただの善行であることは違いないのだが、そういった面では強引っぷりを発揮するあれはやる。間違いなくやるだろう。

 滞在中に何もなしというのもあれだったから町を散策したいと言った”少年”に向かって、子どもが元気溌溂に約束を結び付けたときのように。あの日も押し切られる形で約束を取り付けた―――否、取り付けられたのだ。

 

 

『じゃあ、俺が案内するね!』

『期待しないでおくよ。』

『うん、楽しみにして待ってて!』

『はいはい』

『約束だよ。』

『わかったから、早く帰りなよ。人の子は眠らないと死んでしまうんだろう。』

 

 

 そんな何でもないような会話の中で結ばれた約束だった。そうして翌朝、子どもを待たずに町を散策したことのある”少年”は、肌身に染みて理解させられたのだ。

 約束した相手の姿が、約束した時刻と場所に居なかったら、大人たちも恐れる森の奥まで探しに行くような子である。「俺はちゃんと言ったからね。」とお叱りの間にもどや顔で宣う有言実行の子どもであった。

 

 

「よかった、ほらこれ! あ、届かない」

 

 

 時をさほど空けず戻ってきた子どもは、問答無用で「首かして!」と言った。アレが裏を作れるような人間ではないことは嫌になるほど理解した”少年”は、子どもに合わせて少しかがんでやる。手に持ったそれは、この国の人間たちの首を飾るものだったからだと言うのもあった。

 

 子どもは手慣れた様子で”少年”の首に毛糸で編まれたマフラーを巻き付ける。ほらみて、と少し離れて全身を見せる子どもはにこりと笑って言った。「俺のは赤色なんだよ。」とスカーフを引っ張って自慢げに見せてくる姿は、ただの子どもであった。

 気のせいでしかない。己の顔に触れた指先は相変わらず冷たいままであったのに、熱が灯ったような気がした。子どもと同じ蒼を宿したマフラーを引っ張り上げ、”少年”は背を向ける。遠ざかろうとする背に向かって子どもは「またね!」と別れを告げた。言葉こそはなかったが、”少年”の手が小さく上がったのを見た子どもは満面の笑顔で再び同じ言葉を叫んだ。無邪気な子どもの声が己の旅路へと戻った”少年”の背を押してくれる。まだ、頑張れそうな気がした。

 

 

「どうしたの、そんな大きな声を出して。」

 

 

 不思議そうな両親が秘密基地へ顔を出した。ある日の夜、あわただしく編んでとせがまれた中途半端なマフラーを柔らかな出来栄えに仕立てたのは子どもの母親である。

 子どもと同じか、もう少し大きな子ども程度のマフラーに察するものはあった。おそらく町で見かけた少年こそ、「拾った野良猫」なのだろうとあてを付けてお店で売ってるようにしてと珍しく年齢相応におねだりしてくる我が子のためにお直しを入れたのは記憶に新しかった。

 本当ならば身を案じて遠ざけるべきだったのだろうけれど、我が子があんなにも楽しそうにするものだから良しとしたのだ。

 そんな子どもは母からの言葉に悪戯っ子な笑みを乗せる。子どもよりもちょっとだけ年上だったのだろう。年齢相応に甘えてくれる我が子のすがたを見せてくれた少年には、感謝の念しかなかった。子どもは彼と雪のような友情を結んだ日々を指すように、「元気になった黒猫を見送ったところなんだよ!」と言っていつもの日常に戻るようだった。

 貴族の方だったのかしら。秘密の友情であるならば「よかったわねぇ」と母親もにこりと微笑み少年たちの内緒の友情を受け入れた。

 

 その日を境に、子どもはたくさんのものを拾っては小屋で面倒を見るようになった。

 寂しさを埋めるようでもあったし、ときおり顔を出してくれる黒猫の居場所が欲しかったからでもあったし、未知との遭遇は何よりも楽しかったから。人だったり、人じゃなかったり、本当に、たくさんの存在と触れ合って顔を覗かせた黒猫の、あるはずのない肝をひやりとさせた。

 旅立ったはずの黒猫は「メンテナンスを受けてきたよ。」と言ってすっきりした様子で子どもの前に再び現れ、彼を喜ばせた。寂しかったと素直な訴えかけと「また遊べるね。」無邪気に笑って伸ばされた手を、黒猫はややためらった様子で受け入れる。君のおかげでこんなにも大所帯だよ、と見せられたそこには表情を引きつらせたが。

 僕と彼らだけで満足しろ、と黒猫から禁止令を受け、猟犬となった狼二匹を最後に子どもはほかのものを拾ってくるのを止めさせられる。べつに収集癖があるわけではなかったから止めようと思えば止められたのだが、周囲の人ならざるものたちが許さず、子どもを連れて行こうとした。

 そういったものは子どもの家が誇る猟犬―――猟狼たちは大きく吠えて遠ざけてくれるから、好奇心旺盛なわんぱく小僧の世話を黒猫も安心して任せることができる。次に何かあれば辺り一帯の領域を紫電で焼き尽くすと発言してからは、今までの発見率が噓のように何も見つからなくなったのは今でも不思議現象だった。

 

 

「僕はしばらく任務で離れるからね、あの子のこと、しっかり頼んだよ。」

「ワウッ」「ワフッ」

「俺のことなのに……」

「だからだろう?」

 

 

 ふふん、と見下ろすように笑った黒猫は屋根の上へとその身を乗せた。見ていて寒々しかった最初の格好をしなくなったのは、せっせと子どもが装備を押し付けるからだろう。

 かろうじて制服だと言われたコートだけは黒猫の属する所属のもので、それ以外は子どもが贈ったものばかりだった。似合うだろうな、と思ったから紫やら緑やらと入れてみたが、やっぱりマフラーの青が一番だ。青をベースとした明るめの青で水の流れを生んだ羽織は、彼がここへ足を運ぶときによく見かけるスタイルだった。

 ほかのものとあわせて、デザイナーを目指す姉に強請って作ってもらったのだ。よく似合う、とうんうん頷き、気に入ってもらえてるようで何よりだと子どもは嬉しくなって笑った。「またね」お決まりのセリフを背に、自由な猫はぴょんと跳ねてまた姿を眩ませる。彼のいう、退屈なお仕事に向かったのだろう。

 去り際の満足げな笑みこそが、暇つぶしだと称しながらわざわざここへ足を運ぶ彼の心を語っているようだった。衣装も、場所も、気に入ってくれてるなら何よりだ。

 

 

「さーてと、俺たちも仕事しよっか。」

「わうっ!」

 

 

 狩人としての仕事である。猟犬―――猟狼と一緒のそれは訓練中だから、きちんと訓練の成果を出せるように日々の経験が重要であった。

 しばらくは何も近寄らぬと言うのであれば、安心してちょっと遠くまで出てみよう。体力作りと雪原を一緒に走る慣れを付けさせるためでもあった。行動速度で狼側が置き去りにしてしまうこともあれば、移動範囲で人間側が置き去りにしてしまうこともある。そして何よりスネージナヤの象徴。氷雪も含めて遮蔽物が多すぎるから、慣れがあっても迷ってしまうのは珍しくもなかった。

 今日はそれを克服するための訓練なのだと二匹に言った。どちらも気合十分である。握った拳をほどき、短剣を上着のベルトに差し込んでから出発を宣言した。

 ざくりと踏みしめた一歩は、まだ子犬と子どもの足跡で。子どもと狼のやり取りの一連を見送った母親は、静かにへたりと玄関口にへたり込んだ。あまりの可愛さにどうにかなりそうだと気持ちを先生と慕ったマルファのもとへ駈け込んで小一時間ほど語り明かした。




※”少年”の状態
思考やら知識やらを記録するパーツの損傷をした、ということで過去の経験が断片的に繰り返し浮かんできてしまってナイーヴ状態。

※弊テイワットの”少年”の記憶の断片
雪の中が白くて真っ黒だったことも、”神によって閉じた世界”を思い出させてボロボロ。家族と村が教えてくれた幸せも、ちょっと先では地獄道。そんな記憶がエンドレス。

※執行官
PVのおかげで執行官たち子どもには優しそうなイメージが築き上げられましたおかげで、マシュさんが「誰おマシュ」状態になりました。他の執行官も子どもに優しそうな偏見が生まれました(そうなります。)

※母親の状態
 気弱なメルヘンふわふわイメージ→我が子に対して限界ヲタク化が進みつつある。
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