伏黒恵じゃ、ないけど。
五条悟は無下限呪術と六眼を持って生まれた現代最強の呪術師である。だからこそ、五条家は彼の機嫌を損ねないよう丁重に扱ってきた。そこには次期当主へのおべっかというものも含まれていたのだろう。しかし、最も大きな要因はそれではない。
もしもその少年の機嫌を損ねれば自分は殺されるかもしれない。そんなことを誰もが思っていた。五条悟の
「悟、もっと人の顔色を窺う癖をつけなさい。大事なことだ。」
五条家の汚点、忌み子とよばれるその男の名は五条極楽。現当主の兄にして悟の叔父にあたる人物だ。家の者からは蛇蝎の如く嫌われているその男は、悪評に反して理性的な人物であった。
「なんだよ、雑魚に気を使う必要なんかねえだろ。」
五条悟は自らが恐れられていることを知っている。しかしその男は自分にまったく恐れず、あまつさえ小言を言ってくるのだ。当初は、ものを知らない自分を傀儡にしようとでもしているのかとも思ったが、そもそも自ら当主の座を投げ捨てたような男が、そのようなことをするわけがないと悟は結論づけた。
「もちろん、君がなんとも思わない雑魚の気を使う必要なんかないよ。でももし君が気にするような人が現れたときにできなかったら不味いだろう?」
自分が食べ終えた食器を自らさげながら極楽は言った。もちろん悟の食器は侍女が運んでいる。
食事を終えたのだからさっさと自分とゲームに応じてくれてもいいのに、と内心で愚痴を吐きながら、悟は男の後ろを歩いていた。
五条極楽、凋落術式を持って生まれたその男は母の胎から出てきて直後、こう言い放った。
「えおーあをおうーしょおっえ」
そのまま泣きもせずに眠りについた子を見てその時の当主は変な子が生まれたと首をかしげた。
呪力量が非常に多く、術式も相伝と発覚した1歳の時に、その子供の問題もまた発覚した。
「まこーらを、ちょうふくしよーとおもってる。」
夜泣きをしない子だった。わがままを言わない子だった。大人びた子供だった。語彙が豊富で、どこから仕入れたのかわからない知識もあった。だからこそ彼がその言葉を発した時空気が凍った。
まこーら、ちょうふく、この二つの言葉から推測されるのは八握剣異戒神将魔虚羅を調伏したいということだろう。
許されなかった。たとえ相伝の術式を持っていようとも、呪力量が優れていようとも、次期当主の器があろうとも、憎き禪院の相伝術式を求めるような者を、五条の当主にするわけにはいかない。
翌日、まだ生まれて2カ月もたっていない極楽の弟が次期当主候補となった。