あれから3ヶ月も経ったような。今、思い返せば、そんな気がしてならない。
医者に見せてもらい、緊急医療。どうにか一命は取り留めたけど、今に至るまでカタリナさんの意識は戻らないでいた。
つきっきりで看病していたクルミも、ここに来て疲労が限界に来ていたのだろう。
心が病んだように、まるで魂の抜け殻のような感じで椅子に座ったまま。柔らかそうなウサ耳もこうべを垂れ、その表情たるやボーとしていた。
当然ながら、僕は心配してクルミをカタリナさんから遠ざけてはみたけど、それでも時間が解決することはなくて。
「これからどうしたら……」
家事が一段落して、新鮮な空気を吸いに外に出ていた僕は、敷地の柵に背もたれを預けて、今後のことを模索する。
日が徐々に昇ってきて、暁の空を滲ませていく。そんな中、
「クラウド、どうしたの?」
いつの間にか起きてきたセーラの声が、後ろから聞こえてきた。
「あ、セーラ。……いや、今後、どうしようかとね。本当は2人の事情を聞いてから、自ずと方針決まるのかも知れないけど。カタリナさんの意識は戻らないし、クルミに関しては、あの調子だしさ。何というか、声をかけづらくて」
「今後の方針? 確かに……。でも、これだけは言えるんじゃない。なにか、理由あってここに来た。あの2人、そんな印象だったし」
「それは分かるよ。帝国の関係者で、何かあってここに来たくらい」
「だよね〜」
ほんと、どうしたらいいのだろう。僕までも、クルミみたく、心が滅入ってしまいそうだった。
このまま意識が戻らなければ、何かあった時、最悪、手の打ちようがなくて。その〝何か″とは、まさしく、帝国関連で騒動に巻き込まれること。
もし、そうなれば、僕だけでなく、セーラ・ブックまで巻き込まれかねないから。
は〜
肩の荷が思いだけに、思わず、ため息が漏れてしまった。
「でも、なんとかなるよ。きっと」
「なんとか、って……」
フォローになっているようでならないような。でも、今、あれこれ考えても始まらない。
それだけは確かな気もする。口では言わないけど、あまり深く考えないことにしよう。
「ふぁ〜、眠い。戻ろう? クラウド。ここにいても、体冷えるだけだし」
「……そうだね」
僕とセーラは、揃って踵を返した。――と、ここで、自宅の中から声が。
「痛い‼︎ 痛いってば! もう、いい加減にしてよ! 分かったから」
「この声は……」
セーラも、僕と同等、事態に気付いたのだろう。
「行こう! クラウド」
「あ、うん」
その言葉を皮切りに、僕とセーラは急いで自宅へ戻った。
「何やってんだよ‼︎ ブック!」
「ちょっと、どういうこと⁉︎」
パッと見た瞬間、異様な光景に僕は、セーラは驚きを隠せないでいた。何というか。一方的と言えば一方的。
何がどうと言う経緯でそうなったか分からないけど、端的に言って、ブックがクルミをしつこく追い回した挙句、捕まり次第、本の角でど突いて回っていたのだ。
対してブックは興奮気味。どう対処していいか分からない中、こちらの存在に気付いてか、クルミが頭を両手で庇いながら涙目になって助け舟を寄越してきた。
「2人とも、棒立ちしてないで、早く助けてよ! この生意気な古本が、痛い! 痛いってば」
「だから、何度も言うが、オイラは古本じゃねぇ!」
「分かった、分かったからさ」
「ほんとか? 今度こそ、本当なんだろうな?」
「だから、さっきから言っているじゃん」
「あ、セーラ!」
見かねたのか。ここに来て堪りかねたセーラが飛び出す。
「いい加減やめなさいよ! 痛がっているじゃないのよ」
ガシッ
電光石火の如く飛び出した勢いだけに、意表を突かれたブックは瞬く間に鷲掴みされ、そのまま取り押さえられてしまった。
「な、何しがるんだ‼︎」
当然ながら暴れるブック。ピンチを逃れたクルミは、小突かれた頭に手を当てながら、
「ありがとう。えーと……」
「セーラ」
「え?」
「セーラ=ウィング、セーラでいいよ。そう言えば、互いに自己紹介まだだったね」
「あ、たしかに。そうだね、まだ、互いに自己紹介まだだったね。あたしは、クルミ。それで、連れがカタリナね」
互いが自己紹介する中、つられるように僕もまた
「ぼ、僕はクラウド。
「天翔……」
「? どうしたの?」
急に神妙な顔つきになったクルミに、セーラは不思議そうに尋ねた。けれど、
「え? あ、うんうん。なんでもない。宜しくね、クラウドさん」
?
僕もまた、セーラと同じく疑問に思ったけど、気のせいか。そう捉えて、こちらこそ宜しく。と、返すに留めた。
「ほら、ブックも」
どう立ち振る舞っていいか分からないでいたブックも、セーラに抱かれたまま、気恥ずかしいそうに
「お、オイラはブック。よ、宜しく……」
最低限の自己紹介を述べた。
「にしても、本題に入るけど、2人して何があったのさ?」
この問いかけ。クルミとブック、2人してちらっと目線を合わせると、計らったかのようにクルミが率先して訳を
「この古本――。あ、いや、ブックと来たら、ほっといて欲しかったのに、無理やり」
そこで、ブックは反論
「だってよ〜。あまりにも微動だにしないから、てっきり心配になってよ」
「でも、無理に構わなくたっていいじゃん!」
「んなこと言ったってよ。まるで、死んだ魚の目、みたいにしていれば、誰だって不安になるじゃんかよ! それに、なんだよ! 人が励ましているのに、いきなり正気を取り戻してみれば、古本呼ばわりしてさ」
「だって、本当に古本じゃん」
「な、何を――‼︎」
そこで、ヤバくなったのを感じて、すぐさま僕は仲介。
「ちょ、ちょっと、待った! 喧嘩はダメだよ」
「ふんっ!」
「……」
2人してそっぽを向く。本当に困ったものだ。それもこれも、カタリナさん、早く目が覚めてくれないかなあと願うばかりだ。
「クルミさん」
「ん?」
セーラの呼びかけに、クルミが向く。
「たまには外の空気、吸いに行かない? いつまでも中に閉じこもっていたら、流石に気が滅入るしさ」
「……で、でも〜」
未だに目が覚めないカタリナへと、目を向けて悩む。その様子だと、かなり気になるようで。
けれど、少し間を置いて、冷静に自分を見つめるような仕草を見せるや
「そうだね。そうするよ」
セーラの呼びかけに応えたようだ。
「カタリナさんについては、僕が見とくから」
「だって」
「ありがとう、クラウド」
「じゃ、行こうか?」
「うん」
こうして、セーラとクルミは、外の空気を吸いにここを後にした。
セーラとクルミ、2人が去った後、僕はクルミの代わりにカタリナさんを見守るようになった。
「ねぇ、ブック」
「あ?」
「お医者さんは、確かに治したんだよね?」
「え? なにを当たり前なことを言ってるんだよ。治したに決まっているじゃん」
「だよね」
「気になることでもあったのか?」
「うんうん。ただ、再確認したくて。だってほら、傷は癒えたのに、なかなか目が覚めないからさ」
「まぁ、無理もないわな。あんなに出血多量じゃ、脳に影響ない方がおかしい訳だし。それに、今、こうして生きている方が奇跡に等しいくらいで」
「だよね」
ほんと、奇跡に等しい限りだと改めて思う。あんなに身体中傷だらけで致命症だったのに、今、こうして生きていることの方が常軌を逸しているわけで。
多分そうなのかも知れないけど、帝国の騎士さんって、皆、そんな感じで普通の人より超人みたくタフなんじゃ、そう勘繰ってしまいそうなくらいに思えてしまう。
「僕じゃ、とても堪えられなさそう」
「見りゃ、分かるよ」
頑丈な体をしているカタリナさんに対して、なんだか羨ましく思ってしまった。
そんな中、
「う、うう……」
ようやくカタリナさんの意識が戻ったのか、呻き声のような声と共にうっすらと目を開けて見せた。
「っ! カタリナさん」
思わず、僕は声を掛けた。
「こ、ここは……」
「僕の自宅です」
「ようやくお姫様がお目覚め、てか」
「私は一体……。確か、奴につけられた傷を抱えながら、相方を庇い続けていて――。相方? ――っ! そうだ! 私は」
バサッ
そこで思い出したらしく、急に上体を起こした。しかし、
「くっ」
傷が完璧に癒えていなかったらしく、苦痛の表情を浮かべて見せた。
「あ、無理しないでください」
僕は慌てて、彼女を制した。
「しかし――」
「確か、クルミだよね?」
「そうだ。彼女は、私にとって――」
「大丈夫です。あの子は、僕の妹が付いていますから」
「あ、いや。そうじゃないんだ。狙われているんだ、帝国から」
「え? どう言う――」
僕と同じく、ブックも
「なにか、きな臭いことでも?」
しかし、カタリナは
「とにかく話は後だ。彼女と共にここを。君たちを巻き込む訳には――」
と布団を剥ぎ取り、無理してベッドから立ち上がろうとして、そこで両足に力が入らず。
「なっ」
「ああ無理しちゃ」
言った側から、両足からその場で崩れ落ち、四つん這いになってしまった。
「わ、私としたことが」
「急ぎたい気持ちは分かったけど、これじゃあ当面、リハビリが必要だな」
状況を見たブックが、考察を述べた。――と、ここで、ようやくブックの存在に気付いたカタリナは、思わず驚きを隠せなくて
「ん? なんだこの本は?」
「え? オイラか」
「喋る本、だと⁉︎」
「え? あ、ちょっと!」
意表を突かれたブックは、避ける暇もなく、瞬く間にカタリナさんの手に捕まってしまった。
「な、何しやがるんだ‼︎ は、放せ、放しやがれ‼︎」
突然、身に起きた事態に暴れ出す。しかし、そんなことはお構いなしに、カタリナは不思議そうな物を見るような形で、観察し始めたんだ。
「喋る本、なんて聞いたことも見たこともなかった。一体、どう言う原理なんだ? 宙に浮くからには、何かの魔導具、くらいは検討つくけど」
「オイラは、オイラだよ。特別でもなんでもねぇ」
けれど、主張したことで、特段、カタリナさんの見る目は変わらなくて。
「クラウド、とか言ったけ?」
「あ、はい」
「この本は、どこで手に入れたんだ? 私が知る限り、この空の世界においては、入手何処が、皆目見当がつかないんだな。もしかして、魔道具に〝喋るように細工した″とかなのか?」
「あ、いや、それは。……なんて言うか〜」
「ん? なにか言えない事情でも?」
「いえ、そうじゃないんです。……そうじゃなくて」
なんと言えばいいのだろうか?
ブックと出会った経緯。あるがまま話したところで、たぶん、理解してもらえないかも。
そんな気がしてならなかった。と言うのも、どこで出逢ったのかは覚えていなくて。
リクが紹介したわけでもなくて、いつの間にかそこにいた。まるで、リクと過ごした、かつての日々の中で自然とそこにいたような。そんな不思議な存在だったから。
そう、例えるなら、空気のような存在。それに近いかも。
「どうしたんだ? 急に黙り込んじゃって」
「あ、いえ。別に〜」
「まぁ、言いたくなければ、それでもいいよ。ただ単に興味を持っただけだから」
「すみません」
「らしくないな。こんな時に考え事か?」
とブック。けれど、僕は、なんでも。そう返すに留めた。
「と、ともかく、事態は急を要するんだ。クルミを早く呼ばないと」
「でも、そんな状態では」
「そうだぜ。回復したばかりなのに、急に体を無理させちゃあ身が持たないってもんだ」
「しかし〜」
――とその時である。玄関先からセーラの声が
「ただいま〜」
やや遅れて
「ただいま」
クルミの、小さな声までもが聞こえてきた。
「あ、帰ってきたみたい」
何気なく僕は返す。対照的に、カタリナさんの反応は、かなりのもので
「クルミ!」
声を大に叫び、ベッドから無理やり立って、クルミの方へ向かおうとした。
「あ、ちょっと」
慌てふためくブック。だけど、体の調子がイマイチだったことが災いしてか。カタリナさんは、その場で膝を崩してしまった。
一方、カタリナさんの声に対して、クルミの反応も早くて
「この声⁉︎ カタリナ⁉︎」
直後、
ドタドタドタドタ……
と激しい足音を立て、こちらに向かって走ってくる音が。数秒経つか立たないか。
その間のうちに、角からクルミが姿を現して――。カタリナの姿を見るや
「っ!」
両の目が見開き、ヒラヒラさせていたウサ耳をピンッと奮い立たせた。数秒間、沈黙が流れた後、
「カタリナ……。カタリナ――‼︎」
張り裂けんばかりの歓喜の声を上げるや、カタリナの胸に飛び込んだ。嬉しさのあまり泣きじゃくりながら
「カタリナ! カタリナ! カタリナ! 本当に心配したよー‼︎」
「www。クルミちゃんったら。ごめんね、心配かけて」
まるでその様たるや、長きに渡る離れ離れになっていた我が子を抱きしめるかのような光景。
同情したセーラも、もらい泣きする中、僕の胸も、ようやく安堵感に包まれたような気持ちになれた。
暫くそのまま、そんな至福な時が流れたんだ。
今まで気を張ってばかりだったこともあり、泣き疲れたクルミは、今までカタリナが寝床として使っていたベッドにて、眠りについていた。
その表情たるや、とても幸せそうな感じに見えて。時折、こちらを向いては、むにゃむにゃ〜、と小言を言いながら涎を垂らしていた。
そんな我が子を見つめるようなカタリナは、どことなく安心したのか。ホッと息を吐くと、丸椅子に腰掛ける僕とセーラの方へと向いた。
「改めて言うが、2人とも心配かけてすまない」
「いえ、僕たちはそんな」
「そうだよ、特別、私たちが何をした訳でも」
「しかし……」
「それよりも、気になってたんだけど、
「それは……」
何か迷うことでもあったのか。視線を泳がせた後、ちらっとクルミを見。それから、訳を話し始めた。
「この際、隠すほどでもないか」
と呟くように前置きした上で、肩の力を抜き。そして――
「正直、隠すつもりはない。なかったんだ。ただ、先程、話した通り、君たちを巻き込む訳にはいかなくて。端的に言うと、私とクルミは、帝国に追われているんだ」
「帝国に⁉︎」
セーラは、その釈明を受けて目を見開いた。ただ、僕としては、やっぱり〜、そんな感じで、あまり驚きはしなくて。
その様子に、カタリナさんは
「君は驚かないのか?」
と意外性に疑問を投げかけた。
「やっぱり、って感じです。なんとなく、そんな想像は、少なからずしてましたから。ブックも、そうだよね?」
「お、オイラも同じさ。対して驚いてないぜ」
「ほんと?」
「本当だよ! 本当」
「ふ〜ん」
「なんだよ?」
「何にも」
?
セーラは何を思ったのだろう?
彼女自身じゃないから、結局は分からなかった。
「ともかく、そう言う事情なんだ。万が一、帝国側から、私とクルミをこの村で匿っていると判断された場合、何されるか分からない。だから、その前にここに出ようと思っていた次第なんだ」
「なるほどね〜」
理由を訊いてからに、ブックは1人で納得したような素振りを見せた。そして、
「でもよ、アテがあるのか? 無策にこの村を離れたとて、アテがないと……」
続けて僕も
「そうそう。無闇にこの村を離れると言っても、結局は島を出るにしろ、飛行船が居るわけだし。旅費だって、馬鹿に出来ないわけだし」
「確かに、君らの言うことは最もだな。……は〜、それを考えたら、頭がどうかしそうだ」
肝心なことを言われてしまったがためか。気丈に振る舞っていたように見えたカタリナも、とうとう、気落ちしてしまったようだ。
そんな中、
「でもよ。どこにも行くアテがないんだったら、この村の外れで隠居して、追っ手をやり過ごすってのはどうなんだ? 確か、キャンプ場として使っている場所があるって、前にセーラが言っていたよな?」
「キャンプ場?」
すぐにはピンと来ないセーラ。ブックは、さらに事細かく、詳細を話す。
「ほら、なんて言ってたっけ? 伐採作業中に、一時的に使ってるとかなんとか」
「伐採? あー、アレ? あの場所! あんなの何にも住めたような場所じゃないよ。第一、モンスターが周囲に徘徊しているんだよ。私だけならまだしも――」
――と、そこでだ。カタリナがその案を真っ向から否定した。
「悪いが、その案は飲めない。帝国はそんなに甘くはないからな。探すと決めたら、山奥だろうが、徹底的に探すから」
「だって、ブック」
「……分かったよ」
渋々、そんな感じに見えた。
「でも、そうなると困ったね。近くに飛行船があったとしても、お金がいるんじゃ〜」
クルミもまた、妙案がなくて困り果てたようだ。そんな中、セーラが難しい顔をしていて。その様子から、何か思い当たるところでもあるかのように見えた。
「セーラ、どうしたの?」
「あっ、うんうん。ちょっとね」
?
彼女の反応に、僕は首を傾げた。そんな中、
「ともかく、君たちにはこれ以上迷惑をかける訳にはいかない。どの道、体調が戻り次第、早いとこ、クルミと共にこの村から出る予定だ。だから――」
「けどよ――」
なにかいい方法がないのだろうか?
悔しさを滲まずブックを傍目に、僕は策を巡らすことに専念した。そんな中、不意に脳裏に過ぎるは、あのタイニーブロンコで
「方法ならあります!」
思いつきさながら、うっかり、反射的に手を挙げてしまった。
「クラウド?」
驚いたように、セーラがこちらに目を向けた。続いて、カタリナさんとクルミ。それから、ブックまでもつられて、僕を注視してきて――。
もはや後戻りできず。この際、脳裏に過ったタイニーブロンコを使った策を話し始めるしかなかった。
「まだ、調整がままなりませんが、僕が作っているタイニーブロンコなら――」
「おいおい、いーのかよ? あの飛行船、夢のために作っていたんじゃないのか?」
「夢?」
キョトンとしながら、クルミは人差し指を口元に当てがいつつ一言発した。正直なところ、この為に使いたくはなかったものの、渋々、自分で納得するしかなくて
「仕方ないじゃん。帝国に追われている2人を見たら、他人事のように思えないよ」
「でも、見込みあるの? エンジンが調子悪いんじゃ」
「それは――」
――とそこで、僕の両肩にカタリナさんの手が乗ってきて。自然と視線が彼女の方へと向く。
「気持ちはありがたく受け取るよ。現状、その方がこの村から、この島から脱出する方法がないからね」
「だったら――」
だけど、カタリナさんは、首を縦には振ってくれなくて
「先程言った通り、君たちには迷惑をかけたくないんだ。そもそも、この問題は、私の不得の致すことが原因なんだ。だから――」
直後、カタリナさんをフォローするかのように、クルミが隣に寄り添って来て、必死に訴えかけた。
「違う違う。全然違うし、そんなことないよ! クライヴだけでなくカタリナも、あたしの為を思っての行動でしょ? 自分を責めないで」
「クルミ……」
思いある光景。何というか、場がしんみりとしてしまうような。そんな雰囲気を醸し出そうとしていた。
万事が休す。そうなるのかな?
そう思われた。その時、
〝トントン! トントン!″
玄関先から、軽快なノック音が。
「誰だ?」
とブック。
「私が行くよ」
率先して行動。踵を返したセーラは、そのまま玄関先へと向かった。セーラが抜けた中、改まって、僕たちはカタリナさん達の方へと向く。
「にしても、夢はともかくとして、タイニーブロンコを使わないとしたら、一体、どうするんだ? いずれにせよ、旅立つにはそれなりに金がいる訳だし――」
「それは……」
ちらっと鞘掛けにかけられた鞘の方を見た。僕もつられて、そちらの方へと目を向ける。
「金策、金策、か〜。……やむを得ないか〜」
不意に、その鞘に手が伸びて――。と、その直後である。何かを察したのか? クルミが、急にカタリナさんの伸ばした腕を押さえ込みにかかって。
柄にもなく、声を張り上げた。
「何考えているのよ‼︎ ダメに決まっているじゃない! 剣を売却して、それで得た金で旅費に回すなんて。無謀だよ、無謀!」
「……しかし、現状、これしか――」
流石のカタリナさんも、苦悩を隠せないよう。厳しい決断をせねば。そんな険しい表情を滲ませていた。
苦渋の決断と、クルミの反応。両者を見て、僕は
「どうしたら……」
極端な話、赤の他人でしかないんだけども。でも、僕も頭を悩ます限りではあった。
そんな中である。玄関先から男の声が。それも、何かを急かすような声が聞こえて来た。
「もう、我慢ならん。中を調べさせてもうよ。村長、悪いが」
「あ、いや、それは――」
「ダメだって、ダメ!」
セーラの訴えかけるような声が。しかし、その声を無視してか、ズカズカと何人もの足音が。
次の瞬間、セーラの切羽詰まったような叫び声が、弾け飛んできて――
「皆! 逃げて――‼︎」
っ!
「まさか‼︎」
「カタリナ!」
何かの危機を察したさてか。反射的に立ち上がったカタリナは、すぐさま鞘掛けにかけられた鞘を手元に引き寄せ、場所を弁えずして、抜剣!
電光石火の如く、自らを盾代わりとなるべく、クルミの前に立つようにして身構えた。
次の瞬間、クラウド、クルミ、カタリナ。そして、ブックの眼前にて、3人もの全身装甲で固めたような甲冑を装備した兵士――帝国兵が雪崩込んできた。
途端、場が殺伐とした緊張で張り詰めて――
「な、な、な、なんだ、一体! な、何が、どう言う〜」
すっかりパニックに陥ったブックは、取り乱しあたふた。対して僕はと言うと、肌身離さず持っていたリボルバーをフォルダから引き抜き。身を守るべくして構えた。物凄く怖いだけに、引き腰で全身が震えているのが肌と感じつつも。
そんな僕らをよそに、そのままこちらまで来るかと思えば、帝国兵達は僕らとの一定距離を保ち、そこで一旦止まり、改まって対峙した。
まさに一触即発。そんな緊急事態の最中、それでもカタリナさんは、一切の動揺を見せなくて。
敵を睨むかのような鋭い眼光を放ってはいたものの、それでも平静を保っていた。
その様たるや、さすがだと思ってしまう。
「帝国の犬どもが。雁首揃えて、何の用だ?」
守るべき者がいるだけに、気迫が半端なく感じる。しかし、帝国兵の方は、怯む様子を見せずして。
3人いるうちの真ん中の帝国兵は、つれの2人を代弁するかのように言い放った。
「何の用? だと。知っているくせに、分からないフリしても無駄だぞ。観念して、そこの機密の少女を渡すんだな」
「機密の、少女?」
?
指さされた方を辿った僕とブックは、同時に、それが指し示すのがクルミだとすぐに分かった。
〝機密の少女″
の意味は分からないまでも。
一方、指を刺されたクルミは、自分を守りたいが為に、カタリナさんの陰に身を隠すように引っ込んだ。
帝国兵達とカタリナさんの問答は続く。
「ふんっ。目的は、やはりそれか」
「カタリナ……」
「大丈夫だ。私に任せて」
「う、うん……」
対して、帝国兵達は
「それ以外に何があると言うのだ、裏切り者。それに、貴様には選択肢はないはずだ」
「選択肢は、ない? 果たしてどうかな? 見くびられても困るけどな」
「何を戯言を」
すると、左隣の帝国兵が何やら耳打ちを。こちらでは、何を言付けしているのか聞き取れなかったが、頷く素ぶりから、何かを了承したようだ。
「ともかく、最終通告だ。どうする?」
ガチャリッ
所持していたアサルト銃の銃口がこちらに向けられた。まさに、僕たち部外者をも巻き込んでも構わない。
そんな意図さえあって、この人たち。帝国民である僕たちを守るはずの立場のはずなのに。
と言わんばかりに、立場をかなぐり捨てたように見えて、常軌を逸しているとしか思えなかった。
「おいおい、冗談だろう? オイラとクラウドは関係ないだろうが」
さすがのブックも、こればかりは弁明を図りざるを得なくて。一方、僕たちに銃口を向ける帝国兵のうちの1人が、珍しいものを見たかのように、感想を述べる。
「っ! 喋る古本だと⁉︎ こいつは珍しい。……いや、怪しいの間違いだな。なら、尚更――」
皆まで言う前に、癪に触ったブックが反論。
「オイラは――」
しかし、ガシッ! とブックを鷲掴みした僕は、そのまま胸の内まで引き寄せ、小言で耳打ちを。
「しー! 今は余計なことは言わないの。変なことを言い返したら、何されるか分からないじゃない」
「わ、わりぃ〜。つい」
冷静さを取り戻したブックは、さすがに自制したようだ。
「ん? 何か言いたいことがあったようだが? ……まぁ、いい。さ、どうする?」
再び、カタリナさんへと向き合い、どう決断するかを迫った。当の彼女は臆すこともなく、余裕の態度を変えずして。静かに目を閉じてみれば、
「さ、どうする? か。どうするも何も、答えは決まっている」
そこで、抜き放った剣の柄を、ギュッと強く握り締め、両目を、カッ、と見開いては
「切り伏せるまでだ‼︎」
啖呵を切った。