星の旅人物語   作:ぷにぷに狸

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1章:追われる者達
酒を嗜む中、このあと彼女は会議を控えていて。そんな中、艦内警報が鳴り響き――。他方、厳戒体制下の中、エアポートを目指して、3人は駆け抜けていて――。





1章:追われる者達・1話

 多忙なことには変わらない。変わらないが、それでも安らぎのひと時にはなっていた。

 ここは、行きつけのバーであり、メガネをかけたインテリアな。そして、軍服を着たレディーは、そんな憩いのひと時を営んでいたのである。

 勲章を見るからに、幹部クラスと、目の前のバーテンダーが一目で認識するに至っていたほどに、だ。

 けど、そもそもの前提が普通のバーではない。普通なら、勲章を見るより先に、勲章も含めた見た目の格好だけで軍人。その程度の認識でしかないからだ。

 つまるところ、ここは軍事施設の一角にあるバー。それ以上でも以下でもなかった。

 

「うへぇ〜。効くね、この酒。なんて銘柄だっけ? マスター」

「スピリタスだよ。度数、96%の」

「どうりで、いい気分になる訳だ。もう一杯、いけるかい?」

「もう、その辺で宜しいのでは? いくら酒に強いからって、飲み過ぎだよ。この後、会議があるんだろう? 大尉さんよ」

「あん? ……ま〜ね〜」

 

 メガネの隙間から、上目遣いで応える。分かってはいる、分かってはいるのだ。

 けれど、頭では理解していても、やはり日頃の鬱憤、晴らしたくなってしまうだけに、もう、ここに来て、ジョッキ5杯。

 飲みまくり愚痴りまくりたくなってしまうのだ。

 

「は〜、確かに。そうよね〜、ハメを外し過ぎたかもね」

 

 いくら酒に強いとは言え、自分でも飲み過ぎかも。しかも、会議の時間が差し迫っているだけに。

 少なからず反省。ポンポンッと頬を両手で軽く叩き、メガネを掛け直した。

 

 (流石に、ここいらで気を引き締めないと、ね)

 

 気を取り直し、よし、と掛け声を。

 

「行くのかね?」

「ああ。いつも、ありがとうね、マスター」

「とんでもないよ。また、来なよ」

「ええ」

 

 そして、バーテンダーに背を向けるかのように踵を返て――。と、その直後、足元に違和感が。

 

「振動?」

 

 僅かではあるが、足元に微振動を感じた。

 

「どうした?」

 

 とバーテンダー。

 

「い、いえ。なんでも……」

 

 (気のせいか〜)

 

 なんて、思いかけた。――とその直後、心臓を破裂せんとばかり、突如として、陳情ならざるアラームが鳴り響き渡った。

 

「な、なんだ⁉︎」

 

 突然の事態に戸惑うバーテンダー。だが、女は、いや、スカーレット大尉は、本能的に察知した。

 しかも、それに呼応するかのように、腕章に備え付けてあるホロ通信機から、青白い映像が映し出される。

 映像に出た、装甲服を身に纏う帝国兵は言う。

 

「大尉殿、侵入者です! 監視カメラは破壊されましたが、熱探知によると2人の模様です」

 

(侵入者。やはり、先の爆発は……)

 

「分かった。侵入者の分析を急げ! 特に狙いは何なのかを。私も今からそちらに向かう」

「分かりました」

 

 映像はそこで途切れる。

 

「マスター、そう言う訳だ」

「ああ、分かっている。頼みましたよ、大尉殿」

 

 コクリと頷き、スカーレットはバーを後にした。

 

 バーから出る。

 

 すると、先の騒ぎによるものか。いつもの落ち着いた雰囲気は一変していた。行き交う兵士や職員は右往左往しており、中には声高に叫ぶ者も。それから、グループを作る者達も見かけた。

 訓練時を想定した雰囲気にも似ているが、今は違う。全身が気を引き締まる感覚を覚え、今までの酒気が軽く吹き飛ぶ感覚を抱かずにはいられなくなったのだ。

 

 向かう先は決まっている。

 

 だからこそ、足早にスカーレット自身も早歩きで持ち場へと向かうのだ。その間、予定していた会議を中断する旨を皆に伝え、セキュリティゲートをパス。長い渡り廊下を伝い歩く。

 その中で、再びホロ通信機が反応。

 

「侵入者の特定ができました。侵入者の正体は、クライヴ=ダインとカタリナ=エルステイン。いずれも、あの十天将クラスの者です」

「なんだと‼︎」

 

 そこで、思わず立ち止まってしまった。完全なる部外者ならまだしも、帝国軍の。それも今では違うが、それでも忠義を尽くし帝政関係者を直々に護衛する立場にある騎士団(十天将)がこうも裏切るとは、まさに想定外だったからである。

 

 まさに〝獅子心中の虫”とはこのこと。

 

 スピード出世。最年少とは言え、長らく大尉として歴任してきたスカーレットも、これにはどよめきしざるを得なかった。

 しかし、そこは口には出さなかった。元から冷静沈着な性格だけに功をさしたようで、軽く深呼吸した後、すぐに冷静さを取り戻す。

 

「どうなさいます? 大尉殿」

 

 指示を仰がれる。対して、スカーレット。いつもの癖、メガネのフレームに手を当てがい軽く調整するや、こちらからも言葉を返した。

 

「兵の大量増員と魔導装甲車(XM-Ⅰ)の配備を急げ。配置先は……、区間トンネルだ。それも、エアポートへの入り口を封鎖するような形でな」

「トンネル内でXM-Ⅰを? だ、大丈夫ですか? 流石に……」

 

 だが、しかし、狼狽える帝国兵に対して、スカーレットはスパッと応えた。相手は十天将、常套手段では対抗できないだけに。

 

「君……、巻き込まれるリスクを考えている場合ではないはずだ。それを分かっているはずだろう?」

「……ま、まさか⁉︎」

「そうだ。裏切った十天将が攻めてくるとなれば、こちらに対して大事な〝何か″を奪うか破壊するか? それらを必ずしてくるはずだ。だから、それらを確実に防ぐんだよ。だがら――」

「確かに……。了解しました。早速、指示通りに。それから、早急に奴らの目的が何なのかを調べ上げます」

「頼むよ」

 

 そして、通信は切れた。スカーレットはふとして思う。

 

 (あの男にも情報が入っているのだろうか?)

 

 と。

 自分にとって、右腕でもある男。……きっと入っているだろう。連絡するまでもなく。

 異名、帝国の尖兵将、と呼ばれているだけに、事こういった件に関しては鼻が利くはず。

 そう想像するや、敢えて連絡するまでもないと思い留まった。

 

 渡り廊下に出て。それから、中央監視棟へと続く空中ブリッジへと向かう。屋外へと続く廊下だけに、向こうから大量の隙間風がこちらに向かって流れ込んでくる音が聞こえてくる。

 それだけに、いくら慣れているとは言え、肌寒さを感じずにはいられなかった。そんな時である。通信が入った知らせを受けた。

 早歩きしながら報告を受ける。

 

「大尉殿、奴らの狙いが分かりました。〝機密の少女″です。少女を奪って逃げるつもりです」

「ちっ、やはりか〜。で、今はどの辺りまで侵入を許した?」

「そ、それが……。中央研究棟最終区画でして」

「最終区画、だと!」

「申し訳ありません。やはり、敵が敵だけに、セキュリティシステムの全容を理解し尽くしているだけに……」

「言い訳無用。ガーディアンを動員するなりして、時間を稼げ」

「わ、分かりました」

 

 そこで通信は切れた。非常にまずい事だと理解していた。研究棟はセキュリティが強固で金城鉄壁で知られる不落の区域。

 ましてや、最強と言われて久しく最新セキュリティを導入したばかりの中央研究棟。しかも、最終区画にまで侵入を許したとするならば、流石のスピード出世するほどの才女と言えど、これには十天将の恐るべき実力を目の当たりに、脱帽と畏怖の念を同時に抱かずにはいられなかった。

 いずれにせよ、機密の少女を奪われるのは時間の問題。いつ、いかなる時も冷静な分析ができる取り柄だけに、無駄に焦る気持ちを抑えることができた。

 

「弟子はともかくとして、クライヴ……。事情はともかくとして、弟子を連れて裏切るだけの胆力は流石だな。だが……」

 

 ――とそこへ、またもや通信が。吹き荒れる向かい風を受けながら、空中ブリッジを渡る中、出た。

 

「ラディッツ、ただ今見参しました。――と、言いたいところですが、大尉殿。事情が事情だけに手を焼いているようで」

「話が早いな。そう言うことだ。任せられるか?」

「勿論ですとも! 〝帝国の尖兵将″の異名に恥じぬよう、奴らを蹴散らし機密の少女の保護に全力に当たります」

「気前がいいな。……相手は裏切り者とは言え、十天将だぞ。決して油断せぬよう」

「イエッサー‼︎」

 

 通信は途絶えた。スカーレットは僅かにほくそ笑む。これで、裏切り者に対抗する駒が揃った、と。

 

 空中ブリッジを渡り切り中央監視棟内へ。エレベーターホールに出たスカーレットは、まっすぐ。それも3つあるうちの真ん中のエレベーターへと直行する。

 パネルに掌を当て、そして、最下層から登って来たエレベーターに乗り込む。中は広く、目の前には背丈以上もある植木鉢が赤きソファーを挟んで、両側に配置してあるのが目につく。

 パッと見た感じ特別なエレベーターを醸し出す。いわば、どこか高級感を漂わせるような……。

 だが、監視室へ行く者は、何回も同じ光景を見ているだけあって、あまり、大した感情を持つことはなかった。

 踵を返し、パネルに手を触れると、僅かな引力を感じながら緩やかに上がりゆく中、目の前のソファーに腰を掛けた。

 

 暫くはこのままだろう。

 

 焦る気持ちを抑えて、監視フロアのある階まで登り切るのを待つ。その最中、今度はエレベーター内から放送が流れた。

 

『最終防衛線を突破! ターゲット2名は機密の少女を連れ出し、第3区トンネルへ直行している模様です。至急、増援を――』

 

 直後である。激しい爆発音がどこからともなく聞こえ、同時にエレベーター全体を激しく震わせた。慌ててソファーの肘掛けにしがみつき、バランスを取る。

 舌打ちし、それで、数秒を経て、再び放送が流れた。

 

『第二区画で爆発発生! 交通が遮断。繰り返す、第二区画で爆発発生! 交通が遮断されました。大至急、消化班を配備して下さい』

 

「ったく、十天将崩れは侮れないわ。本当の意味で、最悪の事態を想定しないとならないじゃないの」

 

 機密の少女がこうもあっさり奪われてしまうことに、冷静さを欠いてしまい憤りを感じずにはいられない。

 そんな中、監視フロアに到着。

 

『監視フロア前到着、監視フロア前到着』

 

 エレベーターの扉が開くや否や、スクッと立ち上がり早足でエレベーターを出た。

 

 奥に監視室への扉。その手前に認証パネルがあり、植木鉢が窓を挟むようにして配置してある廊下に出た。

 認識パネルを受付できるのは、自分を含む限られた人間しか認証できないようになっている。

 歩み寄ったスカーレットは、パネルに掌を翳す。識別スキャナーが、掌を掠めていく。

 そして、網膜検査。最後にIDを手早く入力。画面中央、検査中……、と点滅表記された後、

 

『認識データの結果、スカーレット大尉と確定。通行を許可します』

 

 そんなメッセージが流れたかと思いきや、監視室への扉が開いた。   

 

 スライド式ドアが開かれた先、目の前に大きなモニターが視界いっぱいに現れた。モニターには、色々とデータが記されていて、細かい内容まで見ようとすれば、目を擦りよく注視しないとならない。

 けれど、ここに来た理由として、スカーレットはこれまでの経緯を理解していた。だから、敢えて見るまでもなかった。

 更に言えば、オペレーターもどこにいるか。ここからでは壁が死角になっていて見えないが、いずれにせよ確認するまでもなく。ソファーを回り込んでは腰を据え、卓上パソコンを手元に引き寄せた。

 いつもの癖だけに、メガネに手を当てがい微調整。そして――

 

「待たせたな」

 

 と、一言挨拶を。続けて

 

「現状の報告を頼む。爆発の被害状況も含めて」

 

 受けて、2人のオペレーターは順に話す。

 

「ターゲットは現在、機密の少女を連れて第二区を抜けて第3区へ。逃走車両を走らせています」

「爆発の被害状況は、第二区画での交通が遮断されたこと以外、現地点では不明。しかし、今のところは人為的な被害は出ていない模様です」

「ふむ〜。そうなると、ガーディアンによる時間稼ぎは無意味だったようだな」

「そのようです、残念ながら」

 

 スカーレットは今暫し思索に更けた。更けて、パソコンを操作して、増援部隊の現状も同時に把握しようとしていた。

 そうした中、苦々しい存在を目にする。

 

「ちっ、直々にお出ましなのね。同胞の失態を裁くために。だが……」

「どうされましたか?」

「いや、なんでもない。なんでも……」

 

 そして、結論を出す。

 

 〝先に方をつけされてたまるか!″

 

 そんなプライドを持ち合わせて。

 

「そんなことより大至急、大至急だ。消化班はそのままに、第4区へのゲートを早急に封鎖。同時に、非常口の全面閉鎖とエアポートへの直通である第4区非常口周辺に、XM-Ⅰ配備を含めた兵力の全集中をせよ。ネズミ1匹足りとも逃すな」

「イエッサー!」

「御意!」

「帝国軍の底力、目にものを見せてくれる」

 

 まさに、啖呵切った命令。

 

 (この作戦なら……)

 

 正直なところ成功する確信はない。ないが、しかし、まさにスカーレットにとっては、自分が指揮する帝国軍の威信を賭けた、最大限考えた末の全包囲作戦(結論)でもあった。

 

 

 

 

 橙色の灯りに満ちた、どこまでも続くトンネル。その先は、トンネル内を満たす霧で満たされ、全く見通しがつかない。実際には、〝霧″ではなく、〝煙″と表現した方が適切なのだろう。

 ともかく、そんな視界が悪いトンネルを真紅のスポーツカーが、何かに追われるかのように疾駆していた。

 

「ねぇ、先が見えないよ。大丈夫なの?」

 

 後部座席に座る年端もいかない少女が、先が見通せない視界を前にして、不安感を覚え声を上げた。

 

「問題ない。コイツがついているからな」

 

 運転席に座るガタイの大きい甲冑姿の男が、カーナビを指差して自信たっぷりに答えてみせた。

 つまるところ、甲冑姿の、と言うことは、まさしく騎士そのもの。いや、実際には騎士。それでもって、最初に声をかけた少女と隣席する、マントを羽織った少女もまた騎士であり――

 

「でも、カーナビ頼りもアテになりませんよマスター。なにせ、私達、追われているんですから」

「確かにな」

 

 2人の不気味なやり取り。ウサ耳、桃色髪の少女は、その点に関連して、さらに不安が強くなった模様。

 両耳が元気なく垂れた中、

 

「ホントに大丈夫なの? 特にクライヴ、あたしを連れ出したのが間違いなんじゃ――」

 

 しかし、そこは即答。

 

「んな訳ないだろう。むしろ、あのままあの場にいたら……」

「そ、そうだよ、クルミ。帝国の被験体(サンプル)にされる姿なんて、私、これ以上、見たくないもの」

「カタリナ……」

 

 カタリナ(親友)の思いを聞いてか、不安感を抱くものの、自分も少しは頑張ろうと思った。

 

「と、そんな訳だ。だから安心しろ。必ずここから連れ出してあげるからな」

「ありがとう、クライヴ」

 

 2人の言葉が励みになったようで、クルミ自身、なんだか勇気が湧いて来たような気がして来た。

 そんな中、

 

「でも、マスター」

「ん?」

「エアポートに向かうにしろ、どの道、ゲートを越えないといけないんですよね? それに、先の爆破工作で厳戒態勢になったのも火を見るより明らかになった訳ですし。ある程度は、目処はついているんですよね?」

「ゲート? どういうことなの? カタリナ」

 

 垂れた耳をピンと立てる。まさに初耳であった。

 帝国の〝ある機関″で過ごしていたクルミであったが、なにせ、ずっと箱入り娘みたいな生活を強いられてきただけはある。

 そのため、帝国の重要施設がどのような構造をしているのか、全然、理解していなかったのだ。

 唯一、外部との繋がりがあったのは本だけ。読書好きなだけあって、ある程度は常識を持ってはいるものの……。

 

「クルミ……」

 

 と答えるのに行き詰まるカタリナ。

 その表情たるや、親切に説明はしてあげたいが、今はそれどころでないだけあって、歯痒さが滲み出ていた。

 

「悪いな、クルミ。今は説明している暇がなくてな。……カタリナ、そこは大丈夫だ。恐らくゲートは閉ざされているだろうがな」

「閉ざされているって……。でも、なにか考えがあるなら、私はそれに従います。なにせ、今回の作戦の言い出しっぺはマスターですから」

「ふん、任せておけって」

 

 しかし、

 

「カタリナ、本当に大丈夫なの?」

 

 思わず問いかけてしまった。やはり、先が見通せないだけあって、不安感は拭いきれない。それだけに、クライヴの言葉に全てを委ねる気にはなれなかったのだ。

 けれど、カタリナはクルミの頭に掌を乗せると、まるで我が子に語りかけるように説き――

 

「大丈夫、大丈夫。きっと大丈夫だよ、クルミ」

 

 と、再度、励ましの言葉を述べてから

 

「私とマスターの間柄だもの。何も考えなしに、こんなことをしていたら、さすがの私でも見抜くもの。それに、彼の性格、少なからず分かるでしょう? だから――」

「……う、うん〜」

 

 カタリナほと親しい間柄ではないとは言え、帝国に反旗を翻す以前からクライヴとは少なからず面識はあった。

 あって、それでいて、最初の二、三週間くらいは、カタリナと、当時、人見知りだった自分との仲介役を引き受けてくれた恩もある。

 その際に、直感的ではあるが、彼には正義感に満ちた眼差しを感じていたことは否めなかったのだ。

 そのことを不安の最中、思い出しただけに、全幅とまではいかないが、ある程度は信頼してはいた。

 

「ふん。まぁ、無理に委ねなくていいさ。ある程度は、自己防衛するくらいが丁度いいくらいだし。それに――。……っ!」

「? どうしたんです? マスター」

「カタリナ?」

 

 クルミ自身も気になった。ルームミラーから見えるクライヴの表情。それが何かを見据えるような目線と共に、眉間にやや皺が。険しさが一段と高くなっているように見えた。

 そのこともあってか、軽く舌打ちするや否や、毒吐くような独り言を呟く。

 

「……やはり、思った通りだ」

 

 と。

 

「え? 思った通りって?」

 

 当然のことながら、何のことかは理解できなかった。しかし、

 

「カタリナ、分かっているな」

「ええ、あの先は、必ず……」

「カタリナ?」

 

 親友のカタリナまで真剣な表情に、ガラリと変わったことに、いよいよ戸惑いを隠せなくなった。

 

 行く手を、巨大、かつ、重厚な鋼鉄製のゲートが、クルミ達の行く手を阻んでいた。カタリナ・クライヴと共に想定内ではあったが、クルミとしては、驚愕するに値していた。

 真紅のスポーツカーは、ゲートからある程度、距離を取った形で停車。車外に出ようとしたところで、トンネル内を満たす煙が肺を虐めにかかって来る。

 当然ながら、何回もむせる。咽せては、今にも喘鳴が出そうで苦しさが込み上げて来るのだ。

 

「げほっ、げほっ、げほっ、……。何よこれ! げほっ、煙が充満していて、とても息詰まりそうなんだけど」

「同感、さすがにこれは……。マスター」

「ああ、分かる。普通なら、これ以上、先へ進むことは叶わないが……」

「クライヴ?」

 

 徐にクルミ達から離れていくクライヴを、彼女達は不思議そうに見つめる。右端から階段を伝い、目視から3mくらいはあろう高さにある歩道に登った。

 そんでもって、曲がり角に差し掛かった際、何かを見つけたようでその場にしゃがみ込んだ。

 

「なにか、見つかったの?」

 

 苦しさがある傍ら、問いかけてみる。

 

「まぁな。確かにここからなら……」

 

 同じく、弟子のカタリナも気になって声をかけてみた。

 

「何か落ちているんですか?」

 

 すると、

 

「落ちているというよりか、ようはマンホールだよ」

「マンホール?」

 

 その言葉に反応してか、クルミ自身もクライヴの方へ向かって歩き出す。そうした中、

 

「カタリナ、こじ開けるスパナか何かないか?」

「スパナ、ですか?」

「ああ、そうだ。それに、この見立てだと、開けてからそんなに時間が経ってないように見えるしな」

「クライヴ、見せて?」

「クルミ。おお、いいぜ」

 

 彼のほぼ真後ろに来たクルミは、一歩前へ。その場で、フリルを抑え、しゃがんだ。

 

「これが……」

「そうだ。マンホールって代物だ。この場合は、蓋に当たるがな。確か、見るのは初めてだよな?」

「げほ、げほ、……うん。読書を通じて知った程度だから。確か、下水道に繋がっているんだよね?」

「おほっ、そうそう。……カタリナ、見つかったか?」

 

 僅かに横に首を捻り、例のスパナと言った工具の類が見つかったか尋ねる。車の後ろのバンを弄っているような音を立てながら、師匠の問いかけに答えて見せた。

 

「なかなか見つからないです。それにマスター。もしかして、マンホールの蓋を開けるのを見越していたんじゃ〜」

「ご明察。下水道伝いなら、ゲートの閉鎖とか関係ないからな」

「でも、見立てが甘いですよ。肝心の工具の類、見つからないですし」

 

 〝蓋をこじ開ける工具がない″

 

 そんな歯痒い現実問題に、クルミの心の中は、時間と共に焦りが滲みてきた。

 

「見つからないって、どうするのよ。……それに、いつまでもここに居たら、っ! げほっ、げほっ、げほ、……おえ!」

「だ、大丈夫か?」

「大丈夫な訳ないよ。どうするのさ?」

 

 まさに、煙中真っ只中、万事休すである。そんな感じがしてならなかったのだ。さらに、その心境は、カタリナも同じであった。

 

「まさに袋小路ですよ、マスター。このままだと、煙で意識消失するのが先か? 追っ手に捕まるのが先か? そうなってしまいますよ」

 

 もはや、ここまで来ると、全てはクライヴ自身の決断しかないのだ。クライヴは黙す。考えて、考えて……。そのように見えた。そして、やや一拍置いて――

 

「やむを得ない。……クルミ、下がれるか?」

「う、うん……」

 

 言われた通り下がった。

 

 (何をするんだろう?)

 

 ぼんやりと見つめる中、クライヴは背中に背負っていた、斧にも剣にもなり得る両手剣――〝可変刃(チェンジブレイド)″を抜刀。

 そして――

 

「神技!」

 

 掛け声と共に気を高め、大きく振りかぶった。――と、ここで、

 

「っ! げほっ、げほっ」

 

 突然襲って来た咳に邪魔され、不発に終わってしまった。

 

「大丈夫? クライヴ」

 

 むせ込む彼を心配して声を掛けた。手で制し、

 

「だ、大丈夫だ。ちと、煙が肺に溜まり過ぎたらしい」

 

 そう言い残すや、もう一度チャレンジしようとした。――と、ここで、対岸からカタリナが

 

「無理しないで下さいよ、マスター。それに、あまり、技を連発できるような体じゃないんでしょ?」

「そ、そうだな」

「クライヴ……」

「仕方ない。他の手を考えるか。……カタリナ、そっちは何か見つかったか?」

「今のところ……。あ、これは」

 

 鉄製のゴミ箱を漁る彼女に、クルミ・クライヴと共に気になる。その最中、カタリナがゴミ箱から拾い上げたものとは――

 

「使えるかどうか定かじゃないですが、一応ありました。錆びれたスパナが」

「お、でかしたか!」

「これで……」

「ああ、それでマンホールの蓋(こいつ)を開けられるはずだ」

 

 それから程なくして――

 

 カタリナから治癒魔法と念の為の加護魔法を貰い、なんとかクライヴとクルミの喘息は事なきを得た。

 勿論、カタリナだって、自らその二つの魔法をかけて、状態異常を治したことは言うまでもない。

 錆びれたスパナは、マンホールの蓋を開けた際、途中でへし折れてしまい、もはや見る影も無くなってしまった。

 だけど、いざ、下水道に入ってみるや否や、地上のトンネルとは打って違い、生臭いような臭いは、多少、気にはなるが、それでも喘息に苛まされるような環境ではなかった。

 つまるところ、トンネル内よりかはマシであった。

 

「う〜。臭いよ、クライヴ」

「すまないな、こんなところ歩かせて。ただ、それもこれもちょっとした辛抱だからさ。だから」

「頑張って、クルミ」

「カタリナ……」

 

 鼻を摘み涙目になりながら、親友の励ましに耳を傾ける。

 

「にしても、先が見えないな」

 

 奥を見据えて、クライヴが一言ぼやく。鉄格子で下水と歩道を仕切られているとは言え、先がどうなっているのか、暗くてよく分からないだけに、なんだか、これまた不安になりそうである。

 

「でも、マスター」

「ん?」

「ゲートを越えるだけなら、そこまで気にする必要はないかと」

「まぁな。ただ、万が一のことを考えれば、少しは気になるのも無理もなくてな」

「万が一、ですか〜」

「そ、万が一、な」

「と、ともかく。早くここから出よう。あたし、臭いの苦手だから」

「あ、ああ。そうだな」

 

 ようやく、クライヴを先頭にして歩き出した。とは言え、ゲートを越えるだけの間だけとは言え、この鉄格子で仕切られた光景は、まるで長い廊下と牢屋を掛け合わせたような雰囲気を醸し出す。

 更に輪をかけて灯りが点々と奥まで点在していると言えど、この陰湿な暗さは、まさに、恐怖を駆り立てざるを得ない。

 それだけに、時折、両手を見つめては、小刻みに手が震えているのが、見てとれた。自分に対して、怖くない、怖くない、と言い聞かせても、やはり、体はそうはいかなかった。

 

「どうやら、ここから地上に出られそうだな」

 

 そう言うクライヴの眼前には、僅かに壁に接した梯子があった。ただ、梯子の上を見れば暗いせいか。

 天井にぶつかっていて、出られそうには見えなかった。その疑問を口に出して

 

「本当にここから出られるの?」

 

 と問う。それに対して、彼は

 

「ああ。暗くてよく見えないが、恐らく梯子の上はマンホールの蓋だろう。ここから出られる可能性は十分あるだろうさ」

「だと良いけど……」

「ともかく、俺から先に登って見る。合図したら、後について来て来てくれ」

「了解」

「……うん」

 

 ともかく、今はその言葉を信じるしかなかった。

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